東方プロジェクト・ネタバトルSS
東方殴り祝伝説 〜Bare Knuckle Prayers〜

幕間2→3C(前編)
『幻想郷バトルロイヤル』


              ※ ※ ※


「それでは、バトルロイヤルのルールを説明させていただきます」
 『格闘ごっこ大会特別バトルロイヤル戦』と銘打たれた突発イベントに際し、マイクを
片手に場を仕切るのは、当然のように司会進行を務める射命丸文――ではなく、千年を転
生する人間、稗田阿求その人だ。
 いつもならばその任を受け持つ文はと言えば、目立つことこそが本意であるかのように
リングのコーナーポストの上に立っている。
 その天狗を含め、リング上に集まった参加者合計二十名。 
 さすがに窮屈そうなその四角いジャングルを眺めつつ、阿求は会場の少女たちに観光地
を案内するガイドよろしく声色を作って説明する。
「このバトルロイヤルは、一回戦で敗退した選手及び、会場からランダムに選ばれた四名
の選手によって行われます。ちなみにこの四名は、バトルロイヤルを棄権したメディスン
・メランコリー選手と光の三妖精の方々に代わっての参加となっています。
 参加選手の名前を敬称略で挙げさせていただきますと、
 『屋台に来てね』ミスティア・ローレライ
 『現場取材がモットー』射命丸文
 『泣きたい』大妖精
 『寒いのは嫌い』八雲紫
 『期待に応えられる試合をします』上白沢慧音
 『精一杯がんばります☆』因幡てゐ
 『紫様たちに当たるまでなら』橙
 『まあ適当に』レティ・ホワイトロック
 『面倒だなぁ』ルーミア
 『もしかしてウチ全員参加?』八雲藍
 『演奏したい』ルナサ・プリズムリバー
 『演奏しよっか』メルラン・プリズムリバー
 『演奏すればいいじゃん』リリカ・プリズムリバー
 『余興があるのはいいこと』小野塚小町
 『今度こそ実力発揮』鈴仙・優曇華院・イナバ
 『鬼じゃないなら何でも来い』リグル・ナイトバグ
 『いいけどね』鍵山雛
 『ちょっと自信無いなぁ』河城にとり
 『まだ呑める』犬走椛
 『雑魚ばかりでつまらない。一人で全員ぶっつぶしてやんよ!』東風谷・キッド・早苗
 ――以上の総勢二十名での試合となります。
 ちなみに、この大人数での試合はさすがにリングでは窮屈なので、スキマ妖怪八雲紫選
手の厚意により、別の試合場を用意していただくことになりました。
 バトルロイヤルはその試合場に入った瞬間から開始され、次の条件により選手が脱落し、
最後まで残った者が勝利者と決定します。
 一つ、口頭による降参宣言。
 一つ、会場外に出る。
 一つ、戦闘不能状態のまま、バトルロイヤルが終了する。
 バトルロイヤルは、戦闘可能状態の選手が残り一人になった状態で終了しますが、逆に
言えば、全員が戦闘不能にならない間であれば、途中でダウンしても後で立ち上がって再
び試合に参加することが可能というわけです。
 『大ダメージを与える』戦いをしなければ、後になって相手が復活してくるかもしれな
い、遭遇する相手全てとの『完全決着』が勝利への必須条件となってくる、デスマッチ形
式のバトルロイヤル……実況は、私こと九代目阿礼乙女稗田阿求。解説は、永遠亭の主、
蓬莱山輝夜さんと、博識者の八意永琳さん。この三人で、試合の模様をお届けさせていた
だきます」

              ※ ※ ※

「あああああああ、な、なんなんですか、あのコメントは!?」
 阿求による選手紹介の最後、傲慢極まりないコメントを発表した東風谷早苗は、泡を食
った顔でリングサイドの神様に向かってロープから上半身を乗り出した。
 それを受けた酒瓶を抱えたご祭神は、そ知らぬ顔で一杯きゅっとやってから、
「あ〜、酔っ払いのやることに怒ったらダメダメ」
「神奈子様って、酔っ払っても頭は素面じゃないですか!」
 それこそ神懸り的に酒に強い神奈子の言い訳に、早苗は背中に刺さるゾクゾクとした視
線に身震いしながら批難の言葉を叩きつける。
(見られてる見られてる!)
 それこそ魔力などがこもっていてもおかしくはない人外の化け物たちの視線を初体験す
る早苗は、腰から背筋、さらには頭のつむじの辺りまで細かい虫が這うような不快なむず
痒さを感じて、口元を情けないへの字にした。
 眼下の神奈子はそれを面白そうにニヤニヤ笑ってみているばかりで、助ける気などさら
さら無いというのが一目でわかる。
(な、なんでこんなことに……)
 いきなりつれてこられた幻想郷で、いきなり持ちかけられた『神奈子が新しい信仰を得
るための方法』の相談。
 その相談がようやくまとまりかけたところへの、突然のサプライズだ。
「はぁ……」
 ため息をついて、早苗は会場に視線を向ける。
 リングの周囲には見世物の観客なのか、多種多様な妖怪がいる。その中からランダムに
選ばれる四人に、妖怪ではない――しかも幻想郷の人間ですらない――早苗が選ばれてし
まうなど、とんでもない偶然だ。これまでの人生で生きてきた時間のうち、幻想郷という
場所に自分が存在している時間がまだたったの一時間足らずということを考えれば、奇跡
のような確率と言って良い。
「格闘技だなんて……まともに人に使ったこともないのに」
 神奈子に「チカン撃退用」と言いくるめられて一通りの型は身につけさせられたが、そ
れも結局一度も人に対して使ったことはない。早苗の技は神奈子に教わり、神奈子に使っ
たことしかないのだ。
 と。
「大丈夫大丈夫。ほら、テレビでたまに見るじゃない、格闘技。あんなふうにやってくれ
ばいいのよ」
「……だといいんですけど」
 あっけらかんとした神奈子の言葉に、もう一度ため息。正直、嬉々として殴り合いをし
てこいと要求されるのはたまったものではない。
 しかし、それでも早苗がリングを降りないのは、それなりに好奇心もあったりするから
だ。
(妖怪、ねぇ?)
 あらかじめ神奈子に教わっていたし、自分の目でも耳が生えていたり角が生えていたり
するのを確認している。
 だが、それにしたって、だ。
(子供じゃない)
 自分とそう年齢の違わない少女がずらっと並んでいて、「あ、こいつら妖怪だから」と
言われても、素直に納得できるものではない。
 背筋がゾクゾクしたり、肌がピリピリしたり、禍々しいオーラが見えていたりもするが、
それにしたって、だ。
(なんと言うか……もっと怖い見た目をしてるもんじゃないの?)
 おどろおどろしかったり、と早苗はちょうど自分の前の方に陣取っている、背中に昆虫
の羽根のようなものを生やした幼い少女の一団を一瞥する。そこは少女というよりも幼女
と表現した方が良さそうな妖怪たちばかりで、強いて言うなら早苗のイメージ的には妖怪
と言うよりも妖精っぽい。
 そんな彼女たちが『どんなふうに妖怪なのか』を近くで見てみたい欲求があるのも、ま
た事実なのだ。
 そして、神奈子は早苗をリングに上げる前に言った。

「『あなたがいかに特別な存在か』。妖怪を凌駕する現人神の力、思う存分に振るい、そ
して確信してくるといいわ。この世界は、そういう力で君臨できる、力ありきの世界であ
ることを」

 ――そのように。
 それはつまり、早苗に求めているということだ。
(幻想郷への理解、か)
 確かに、実体験以上の近道は無い。それに、いざとなれば口頭での降参宣言で自由にバ
トルロイヤルからは脱落することができる。
 無理せず、だけれど、実感できるまではがんばろう。
「よしっ」
 気持ちを定めると、早苗は両手で自分の頬をパチンと挟み込んだ。気合い注入。少し飲
んだお酒のおかげで身体は火照り、寒空の下でもそれほど気にならない。
 そうして背中からの視線の圧力に耐えてリングの方に向きなろうとすると、

「それでは、皆さんを素敵なスキマツアーにご招待しますわ」

 怪しげな少女の言葉と同時、早苗の視界は暗転した。

              ※ ※ ※

「ほいっと」
 トン、と八雲紫が手にした傘の先端でキャンバスの表面をつつくと、『大口』が開いた。
それは強引に裂けたとか割れたとかではなく、まさに『開く』というのが正しい自然な動
きで、そのあまりの自然さ故にそこにいた二十名もの妖怪少女たちは何が起きたのかも理
解する前にそこに『呑みこまれた』。
 それこそ悲鳴一つ生まれる暇も無い早業に、一人コーナーポストの上にいた文は、ふむ
と目を細め、手にしたカメラでその珍しい光景をパシャリと一枚。
 そうして、
「では、お先に。中継もお願いしますよ」
 開いた『大口』の上にふわふわと浮かぶスキマ妖怪にしゅたっと額に手刀を添える敬礼
をして、自らもその『自然な不自然』に向かって足場を蹴った。
 その姿が、キャンバスの口内へと消える。
「ふふっ」
 そうした畏れも不安も無い天狗の仕草に笑い、紫は「それじゃあ」と暗い空に向かって
何度か指を走らせる。
 くるんくるんくるん、といくつもの『まる』。
 それがリングの上空に指で辿った形のスキマを生み出し、開いたその向こう側が面食ら
った顔の参加選手たちの顔を映し出すのを確認すると、紫は今度は傘の先端をリング横の
放送席へと向けた。
「チャンネル合わせはお好きにどうぞ」
「?」
 その意味不明の言葉に阿求が首を傾げると、紫が無造作に傘を放り投げる。手首のスナ
ップだけで投げたそれは、しかし正確な放物線を描いて放送席のテーブルの上に落ちる。
ご丁寧に、柄の部分には『説明書在中』の付箋つきだ。
「え〜と……」
「ああ、これなら大丈夫。使えるわ」
 基本人間の阿求はそんなものを渡されても困ったが、手早く傘を手に取った永琳がすぐ
にオーケーサインを出す。
 それに満足のうなずきを返し、紫は最後に選手たちの突然の消滅に目をまるくしたまま
の会場に言う。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
 言葉は、スキマ妖怪の姿と共にリングの中へと沈んでいく。


 そして、誰もいなくなった。


              ※ ※ ※




「うわああああああ! ……って、何ここ?」
 いきなり平衡感覚を失ったと思ったら、今度はいきなり古臭い空間に放り出され、リグ
ルは子供っぽい大きな目をパチパチさせて周りを見回した。
 そこはどこかの建物の中なのか、天井がある空間だった。
 一瞥した印象は『洋館の玄関』。
 リグルの立っている位置はちょうど館の外と内を隔てる扉の前で、重そうで立派な両開
きの木製の扉を背にしていた。その正面には二階へと続く広幅で傾斜の緩い階段がある。
左右を見ればやはり別室へと続く扉があり、リグルはやはりここは自分がいる建物の『起
点』なのだと確信した。
「つまり、ここで試合しろってこと? まぁ広いことは広いけど……」
 屋内とは言っても、玄関全体は吹き抜け構造になっていて、一階から二階を突き抜けた
分だけ天井が高く、閉塞感は無い。日本語的に玄関と言うよりは、エントランスと表現し
た方がニュアンスが近い場所かもしれない。頭上に埃を被っている大きなシャンデリアが
ある辺り、『最近は使われていないが、昔は金持ちが住んでいた館』という雰囲気が漂っ
ている。
 と。
「いったぁ〜!」
「!?」
 遠くから何やら痛みを伴った悲鳴が聞こえてきて、リグルは反射的に床を蹴った。一回
目の跳躍で壁に飛びつき、そこから壁を蹴って一気にシャンデリアの縁に手をかける。
 ぶらん、とぶらさがってしばらく息を殺していると、続いて一階の扉の向こう――恐ら
く隣の部屋での戦いの音が響いてくる。
「今の声は……ルーミアかな?」
 馴染みの妖怪の悲鳴に、リグルは一瞬隣の部屋に観戦に行きたい欲求に襲われたが、し
かしすぐにそれを振り捨てる。
 考えるべきは、バトルロイヤルのルール。
 建物の中。
 今自分がいる、確保した位置。
 素早く計算し、リグルは一つ思いついたことに口元をゆるめた。
 が、それが油断だった。
 リグルは、階段を上がりきった二階の踊り場に一匹の妖怪が立っているのを見過ごして
いた。
 妖気を抑え、こっそりとそこに潜んでいたその鳥の妖怪に、
「やっほ〜」
「ミスちー!」
 完全に不意打ちを許した。


              ※ ※ ※




「はぁい、藍」
「紫様」
 藍が主を迎えたのは、黴臭い臭いの漂う書斎でのことだった。
 他の妖怪に比べて紫のスキマによる移動に慣れている彼女は、紫が現れた時もリグルの
ような動揺はしておらず、余裕の態で本棚の本の背表紙を眺めていた。
 自分が『部屋』に送られたことが、主からの『待機しろ』の命令だと判断していたこと
が間違いではなかったと安心し、藍はさっそく主に新しい命令を求める。
「では、いかがいたしましょう?」
「そうね」
 本棚の多さのせいか部屋の広さの割に手狭に感じる書斎の中を、紫の靴がこつ、こつ、
と音を刻む。
 藍に歩み寄った紫は、とん、と五本の指の先端を藍の胸元に触れさせ、
「まずは一発、耐えなさい」
「はい?」
 狐の呆けた反応の直後、肉食の蜘蛛の爪が、掌の根元というもっとも硬い場所を使った
砕骨の一撃となって炸裂した。
「く……は!」
 接触からの紫の打撃に苦痛の声をもらして後ろに吹き飛んだ藍は、勢い余って部屋の扉
に背中をぶつけた。すると、すでに老朽化した扉は蝶番も劣化していたのか、いともあっ
さりと『抜け』た。
 支えるものがなく、どたーん、と後ろに倒れこんだ藍は、だがすぐにクルリと後転して
立ち上がる。ダメージはほとんど無い。瞬時の判断で、紫の掌から致命的な胸骨の合わせ
目を外し、その一撃を胸で受けるに抑えたのだ。
「さ……さっそくですか!」
「バトルロイヤルだもの。体力のあるうちに、一番やっかいなモノを倒しておかないと」
 掃除されていない床を転がったせいで埃まみれになって顔をしかめる藍の前に、倒れた
扉を踏みつけて彼女の主が進み出る。それは実に泰然とした――要するに、圧倒的強者の
みに許される警戒心の欠片も無い歩みだ。
 藍は即座に彼我の戦力差を計算して答えを導き出す。
(七対三!)
 単純に肉弾戦のみでの『試合』となれば、妖獣の最高峰である藍に敵う者などそうはい
ない。それは主である紫とて例外ではなく、体力的には並の妖怪の域を出ない紫では、多
くの策を労して勝率三割といったところだろう。
 だが、
(それは理想論……ね)
 力とは何かという問いに『智恵よ』と言い切る主に、そんな『自分に想定できる範囲内
での結果』が通じるとは思えない。
 紫ならば、藍が思いもしない奇策を用いてその勝率を逆転させる一手を打つことも可能
かもしれない。『妖怪並』の腕力、俊敏ささえあれば、藍に一撃加えることは充分に可能
だ。そしてその一撃を突破口に、藍を攻略することが出来る智恵の持ち主こそ、八雲紫な
のである。
 だからこそ、紫自身も最初の最初――自分が五体満足に自由に動ける序盤戦の時点で『
最強の駒の一つ』である藍を叩き潰そうと行動を起こしたに違いない。
 逆に言うならば、藍としてもこの展開は願ったり叶ったりだ。
 ふ、としかめていた唇に笑みを戻し、藍は一度呼吸を止めて身体中の筋肉に力を込めた。
随意筋を全力で緊張させ、面積の広い腹や背中が痛いほどに引き締まる。骨ごと砕けろと
ばかりに固く握り締められた拳が震え、一秒の間をもって、藍はためていた息をゆっくり
と吐く。
「ふっ……ふー」
 急激な緊張から弛緩。
 主のいきなりの先制攻撃によってわずかに緊張していた身体が、より大きな緊張の波に
飲み込まれて消える。精神なんてものは肉体に引きずられる。精神的な緊張が肉体を強張
らせるならば、肉体からの大きなアクションでそれを掻き消してしまえば良い。
 それが『人間や妖獣の生理』だ。
 普通の妖怪に比べ、妖獣という『肉』に近いカテゴリに属する藍は、そうした生理を利
用して自分を戦闘状態に持っていくことができる。
 逆に、そうした生理とは無縁なのが、紫をはじめとする真妖怪たちだ。
 真妖怪たちは、肉よりも精神に依存する部分が大きいため、肉体的な損傷ではまず滅び
ない。その反面、精神的なダメージ――苦手とされるものによる攻撃など――にはとこと
ん弱い部分もある。
 故に、藍は承知している。
 自分と紫が戦った場合、お互いが狙うのはまったく違う場所になると。同じように肉体
を使って戦いながら、まったく違う場所を攻め合うことになると。
 藍が狙うのは、紫の精神。
 『これはやられた!』
 という自覚。肉体が元気でも立てなくなる精神ダメージ。
 紫が狙うのは、藍の肉体。
 『まだ負けるか!』
 と藍の心が思っていても立てなくなる肉体ダメージ。
 ――紫ほどの大妖怪の心を挫くのは、正直長時間を必要とする。
 ――藍ほどの大妖獣の体を挫くのは、正直長時間を必要とする。
 お互いがそれをわかっている主従は、バトルロイヤルという集団戦の中で自分たちが取
るべき『戦い方』を同時に選択する。
 結果。
「合格」
 棒立ちのまま、ただ真っ直ぐに右手を伸ばした藍。それを見て、紫はニィッと能面に亀
裂が入るような妖しい笑みを浮かべる。
「そうね。『邪魔が入る前の短期決戦』といきましょう」
 藍に合わせるように、紫もまた自らの右手を前に差し出す。そうして、二人の手が握手
でもするかのように重なり――。
 『ゲーム』が始まった。


              ※ ※ ※




「これはまた……だな」
 初体験となるスキマ移動の直後、軽い立ちくらみに頭を振った慧音は、自分が飾り気の
無いこざっぱりとした部屋にいることを確認した。
 家具らしい家具が無く、板張りの床の上は長年の積み重ねを思わせる埃で埋まるのみ、
というのは、こざっぱりと言うよりも殺風景と言った方が相応しいかもしれない。とにか
く、何も無い。カーテンすら取り外された窓はそもそも板で打ち止められているというこ
の状況をひとことで表すならば、『引越し後の廃屋』で決定だろう。
 どれくらいの間人が踏み込んでいなかったのか、空気自体も淀んでいるかのようだった。
(どこかの建物の中? 窓がこれじゃあ、何階かもわからないわね)
 とりあえず、これ以上この部屋にいてもただ虚しいだけだ。
 ここを自分のバトルロイヤル開始地点として、まずは誰か対戦相手を見つけよう。
 そう決めて、慧音は扉の取っ手に手をかけた。部屋の状況には不相応に立派な意匠が施
された取っ手の掘り込みの感触を指で楽しみながら、慧音は過去この建物で過ごしていた
者はそれなりに裕福かつ身分のある者だったのだろうな、と考えを巡らせる。
(もしかしたら、爵位くらいはもっていたのかもしれない)
 家具は何もないけれど妙にしっかりとした作りの扉や壁や窓に、そう思う。
 そうして取っ手を引くと、幸いにも扉はまだ老朽化しきってはおらず、危なげなく開い
た。
 開いた先は案の定廊下で、しかし慧音の想像よりはずっと広いことが意外でもあった。
 考えていたよりも、ずっと裕福な家柄だったのかもしれない。爵位を持ち、さらに貿易
でもしているような。
 ともあれ、慧音は自分のいる場所への楽しい想像はそこまでにして、廊下へと一歩進み
出た。
 で。
「あ〜?」
 と慧音は目を瞬かせた。
「え?」
 と月の兎が目をまるくした。
「あらら」
 と雪女が苦笑した。
 四つ並びのゲストルーム。ちょうど同じタイミングで隣の部屋から廊下に出てきた自分
たちの姿に、彼女たち三人はそれぞれに顔を見合わせ、
 ――とりあえず、ニッコリと微笑んでおいた。


              ※ ※ ※




 化け猫の三半規管というのは、さすがに並の妖怪よりも優れている。上下の感覚すら危
うくなるスキマでの移動の直後でも、橙はその画廊とでも言うべき部屋の様子を瞬時に把
握していた。
 そこは、おそらくは建物の玄関に当たる場所のすぐに隣。館の正面――庭側の壁が丸々
ガラス窓になっており、庭と玄関、両方から入って館の主の自慢の絵画を鑑賞できるよう
になっている、長方形の部屋だ。
 残念ながら部屋の『長辺』に当たる部分にかけられていただろう額縁は取り外されて久
しいようだったが、不思議と橙にはその部屋が『画廊である』と理解できた。
(ん〜、紫様かな〜?)
 なんとなくだが、まったく知らないはずのこの館の見取り図のようなものが頭の中に浮
かぶのだ。バトルロイヤルの関係上、必要な情報ということかもしれない。
「で、私の最初の相手はあんたってわけね」
 トーントーンとその場で軽く跳躍してリズムを取りつつ、橙は部屋の対岸――窓側の橙
に対して廊下側の扉の前にいる金髪の少女、ルーミアに視線を向ける。
 ルーミアは、橙などそこにはいないかのように廊下に顔を出して左右を確認していたが、
そこに目当ての相手はいなかったらしい。肩をすくめて、残念そうに部屋の中へと向き直
る。
 そして、
「猫よりは……あの人間がいいなぁ」
「だーめ。あれは私がいただくわ!」
 本人の知らない場所で、早苗争奪戦が開始されたのである。


              ※ ※ ※



 そうやって様々な場所で最初の『第一戦』が始まっている一方で、ただ一人、そもそも
館の中にすら入っていない少女もいた。
「うわった!」
 スキマから吐き出されるや否やその場で尻餅をついたのは、防水仕様の青い服を着込ん
だ妖怪少女――河城にとりだ。
「うへ……デタラメ」
 彼女は自分が瞬きほどの時間でリングの上から違う場所に飛ばされたことを理解すると、
よいしょっとかけ声一つで立ち上がる。砂のついた尻をパシパシと叩き、まずはそこがど
こであるか辺りを見回した。
「山じゃない、か」
 そこは緑の森に白雪がコーティングされた自然豊かな場所であったが、そんなことは幻
想郷であればどこでも同じことだ。にとりがそう判断したのは、まずは自分にとってまっ
たく見覚えが無い場所であるということ、そして『日本の妖怪』が主に住んでいる妖怪の
山には似つかわしくない西洋風の建物が目の前にそそり立っていたからだ。
 『試合場』として考えるならば、その建物がそうなのだろう。と言うことは、そこに足
を踏み入れた瞬間から、にとりもバトルロイヤルに参加しなくてはならないということだ。
「天狗様にスキマ妖怪に……どれもこれも無理っぽいなぁ」
 技術力は高くとも直接の戦闘力はそれほど自慢できるほどではない河童は、何故に自分
が選ばれてしまったのかと偶然の神様に軽く愚痴る。
 それでも仕方なく足元の雪を踏みしめながら館へと向かおうとするが、その途中でにと
りは視界の端に引っかかった『黄色』に振り返った。
「?」
 見慣れない洋館への道のり。いつもなら気にも留めなかっただろう、池のそばに広がる
雪の白の中でなお自己を主張する力強い『黄』。見知らぬ場所で、良く見知ったものを見
かけた故の驚きでにとりは呟く。
「オトギリ……ソウ?」
 弟切草。
 または鷹の傷薬、はたまた血止め草――妖怪の山に居を構えていれば、ごく自然に覚え
る薬草だ。にとりも、野生するそれで擦り剥いた膝小僧の傷を癒した経験がある。
 が。
 にとりが足を止めたのは、それがあまりにも多かったことが原因だ。
 池のほとりに、それこそ花壇を埋め尽くす面積で弟切草の黄色い花弁が咲き誇っている。
確かに弟切草は多年草で見た目の色合いも悪くないが、生薬にもなる関係上、多少の刺激
物を内包している花でもある。簡単に言うと、安易に花弁に触れれば、その手が皮膚炎を
起こしたりするのだ。柵も無い花壇に気軽に咲かせるには、少々危険な気もする。
(観賞用じゃないなら……不自然じゃないか。怪我人でもいたのかな?)
 もしかしたらここは怪我人のための療養施設だったのかもしれない。身体のどこかに痛
みを抱えた人が住み、その家族や使用人たちが毎日この花壇から黄色い花を摘んでは、そ
の可哀想な誰かに与えていたのかもしれない。
「ま、私には関係ないけどね」
 例えそうであっても、それはおそらく遥か昔のことだ。近づいてわかったが、館はかな
り痛んでおり、すでに誰も住んでいない廃屋化しているのは明らかだった。住んでいると
したら、怪我人や病人ではなく幽霊の類だろう。
「さて、と。急がないと、失格になってもつまらないし」
 それこそつまらないことで足を止めてしまったと、にとりは早足で玄関に急いだ。
 そうして、一匹の河童が館の扉の向こうに呑みこまれる。


 ――それを見ていたのは、風に揺れる弟切草だけであった。


              ※ ※ ※


             <少女休憩中>


 博麗神社の裏手側、縁側に当たる部分からさらに一歩入った場所――つまり、畳の敷き
詰められた霊夢の部屋に、その部屋の主と金髪の少女が二人向かい合って座っていた。
 全ての者が境内の特設リングに集まっているためにその光景を見る者は誰もいなかった
が、霊夢が上着を脱ぎ捨て、さらに肌を覆う最後の鎧であるサラシまでも解いて正座して
いる姿は、もし見る者がいれば「いったい何事」という状況だっただろう。
 しかも、目の前の金髪の少女――アリスがその身体に手を伸ばして、何やらせわしなく
動き回っていればさらに「激写!」ものであることは言うまでもない。
 が。
 別に、二人で隠れてキャッキャウフフというわけではもちろんない。
「――はい、テーピングおしまい。どう?」
「ん〜、悪くないわ、ありがと。ずいぶん楽になるのね」
 上腕部から肩を回して、わずかに膨らんだ胸周り、それから腋の下。何箇所かをグルグ
ルとテープで巻き、関節の動きを抑圧しないようにしつつも『締め上げ』てあるのは、ア
リスの言う通りに痛み止めを含んだテーピングだ。
 通常のテーピングによる関節や靱帯の補強に加え、テープ自体にたっぷりと特性の治癒
薬が塗り込められている。
 感心した顔で痛めていた肩の動きを確かめるように回す霊夢に、アリスは真逆に呆れた
顔で言った。
「いきなり一人でいなくなるからどうしたのかと思ったら……痛いなら痛いって言いなさ
い」
 休憩時間に入った途端に霊夢が宴会の場を離れるので不審に思ったアリスが覗き込めば、
老人よろしく湿布を背中に貼ろうと四苦八苦している霊夢という情けない姿だったのだ。
 同じ乙女としてそれは無いと思ったアリスがテーピング役を買って出たのも、ごく当然
の流れだった。
「でも、一回のダウンで『これ』ね。三回戦出れるの?」
「ま、どうにかなるでしょ」
 あっけらかんと霊夢はうなずくが、アリスは二回戦での霊夢の『笑えるくらいに激しい
ダウン』を思い出して、むしろ笑えずに眉根を寄せる。
 あのダウン。
 紅魔館の門番の自爆覚悟の『巫女殺し』作戦による一撃は、確実に一日程度では抜けな
いダメージを霊夢の身体に与えていた。いくら受身が得意とはいえ、妖怪の打撃をまとも
に受けてキャンバスの上を転がったのだ。その際に肩を妙な形で打ちでもしたのか、試合
が終わってしばらく経ってから霊夢は痛みを覚えはじめた。
 そういうわけで、霊夢にとってアリスの気紛れでのテーピング助力は確かにありがたい
ものだったりしたのだ。もしそのまま黙って湿布程度で三回戦に挑んでいたら、もしかし
たら両腕が上がらず試合にすらならなかったかもしれない。
 そう客観的に判断するからこそ、アリスは忠告する。
「やるなら止めないけど、これだって応急処置なんだから、もし試合中に動かなくなった
ら適当なところでやめときなさいよ?」
「動かなくなったらねぇ……不吉なこと言われた気がするわ」
 病は気から。縁起は言霊からなのに、と霊夢は唇をへの字にして恨みがましくアリスを
睨みつけるのだった。


             <少女休憩中>


              ※ ※ ※


「バトルロイヤルが開始されて五分、早くもいくつかの戦いが開始されましたが、最初に
注目するとしたら、どこの組み合わせになりますでしょうか?」
「そうね。バトルロイヤル全体の結果を占うとしたら、八雲紫とその式でしょうけど――」
 と、阿求にマイクを渡された永琳がもっともらしく自分の意見を言おうとした時だ。
 あらら、とその隣の輝夜がその袖で口を覆った。
「もったいない」
 リングの上に開いたスキマという名の観戦モニタ。
 そこに映っているのは、鈴仙とレティの同時攻撃により速攻で沈められた上白沢慧音と
いう光景であった。


              ※ ※ ※



 それは、実にあっさりとした展開だ。
 ゲストルームから廊下に出た慧音、レティ、鈴仙の三人。
 この三人の並び方は、そのまま、
 『慧音・レティ・鈴仙』
 というものだった。
 そこで、お互いを把握した瞬間にレティは慧音にタックルを仕掛けた。胴に抱きつく、
真正面からの何の捻りも無いタックルだ。
 それに慧音は対応して、両手を伸ばしてレティの両肩を突いて押し潰そうとした。しか
し誤算だったのは、タックルするレティを上回る速度で駆けて来る鈴仙という存在だ。
 両腕をレティ迎撃に伸ばした慧音の横に、鈴仙が踏み込んだ。タン、と床に下ろしたそ
の右足をさらに蹴り、鈴仙の身体がまさに兎の跳躍速度で跳ねる。その一回の跳躍で慧音
の横を通り過ぎ――。
「……っ!」
 そのついでに、左腕がラリアットの形になって慧音の顔面を真後ろに弾き倒していった。
 慧音の身体がその一発で『起き上がり』、仰け反って倒れそうになった身体をレティが
正面から腕を回して抱きとめる。
 そして。
 ブリッジ一閃。
 思い切って放ったレティの背面反り投げが、無防備な慧音の脳天を床に叩きつけて、そ
の意識を一発で刈り取ったのであった。


              ※ ※ ※


「わわ……っ! あっさりとまぁ」
 そのあまりのあっけない慧音の幕切れに、同じ里から足を運んだ阿求はあちゃーと顔を
しかめた。
 隣で、永琳も苦笑いして先ほどの言葉を続ける。
「――まずは確実に一人が秒殺される三人の組み合わせに注目しましょう……と言いたか
ったんだけど、もう決まってしまったわね」
 永琳が苦笑するのも当然で、バトルロイヤル開始直後のその決着は、複数のスキマ映像
のどれに注目して良いか迷っていた観客たちの中に多くの『見損ねた』者を生み出してい
た。
 そうなれば当然、
「見れた〜?」
「見てなかった。スキマ妖怪見てた〜」
「ちょっと、早すぎよ〜!」
「半人半獣、立ちなさいよ〜!」
 ぶーぶー、と自分勝手なことを言うのが妖怪少女たちというものだ。弾幕ごっこも基本
的に一対一というルールのため、珍しい三つ巴の戦いというものを期待していたのに、そ
れが他の映像に視線を移した一瞬に決着してしまったのだ。
 慧音情けないなぁ。
 慧音ダメダメじゃん。
 という声が出るのもわからないでもなかったが、ここは同郷として一つフォローすべき
ではないだろうかと阿求は慣れないマイクに口を寄せる。
「え〜と……今の解説をお願いしてもよろしいでしょうか? 永琳さん」
「そうね。今のは確かに決着が早すぎたけれど、普通に戦っても遅くても一分以内には今
のように突然な終わり方をしていたはずよ。三人での戦いというのは、一対一に比べて無
防備な時間が桁違いに多いから」
 それは、仕方ないことなのよ、と多分に無知な少女たちを嗜めるような響きの言葉だ。
そうそう、と輝夜もうなずいて言う。
「私も最近弾幕ごっこを始めたけれど、何度か同じ状況があったわ。『避けて移動した先
をちょうど通過する自分を狙っていなかった玉』に当たるの」
 覚えたての遊びを語る彼女は、その例えが適切かどうかは別として続ける。
「あの妖怪を一つの弾幕の塊として見た時、半獣人はそれへの対処で頭がいっぱいになっ
てしまった。両手で潰して、しかる後に自分の攻撃を加えようと思った。彼女に対して、
自分の方が有利な位置関係を得ようとしたの。でも、それはこの場合大きな間違い。全て
の『意識』を彼女に対して使ってしまったら、別方向からの弾幕には、もう対処できない
わ」
 それは『詰み』だわ、と輝夜は表現する。
 『集団』が襲い掛かってくる状況では、『俯瞰』で把握することが大切なのだと。
「あの場合なら、タックルを処理して自分の攻撃、なんて考えてはいけなかったの。可能
なら避けて、不可能ならタックルをわざと受けてしまうというのでも良かったわ。タック
ルされてしまえば、うちのイナバの攻撃は『より倒しにくい』妖怪の方へ向かっていたは
ずだから」
 大切なのは、三人が全員敵同士ということだ。
 その中で二人がぶつかれば、必ずどちらかに隙ができる。そこを三人目は狙い打ちでき
る。今回は、慧音とレティのぶつかり合いを上手い具合に鈴仙が利用して一撃加えたこと
が、慧音の瞬殺という結果を導き出したというわけだ。
 そう、と永琳は阿求に向かって言う。
「これは、奇数で戦う以上絶対に避けられない隙よ。どんなに注意しても、必ずその瞬間
はやってくる。そして、無防備なところへの攻撃は通常の何倍ものダメージになるの」
 予想外のところから攻撃が飛んでくるのだ。正面からなら耐えられる攻撃でも、例えば
後頭部に受ければ一発KOくらい簡単だろう。
「バトルロイヤルだと、二人だけじゃなく三人四人が集まる場面も今後あるでしょうから、
実力で上回っていても今みたいにあっさりとやられる者がまた出てくるかもしれないわね」
 それが強者必勝ではないバトルロイヤルの醍醐味なのだと、永琳と輝夜は互いにクスク
スと笑い合う。
 面白くなるわね、と。
 その笑いに押されつつも、阿求は文に託された実況の役目を果たすべく、くじけず永琳
にさらなる質問を投げかけた。
「で、では、次に注目すべきはどの組み合わせになりますでしょうか?」
「そうね。早く終わりそうなのは――」
 チラリと永遠亭の懐刀の視線が数あるスキマを流し見し、一つの映像に動きを止める。
 そうして、彼女が指差したのは、
「あそこ」
 式の式と宵闇の妖怪の戦いであった。


              ※ ※ ※




 地図的には一階の玄関の左手側。元画廊の中央で向かい合った橙とルーミアの間に、リ
ーチ的に差らしい差はなかった。弾幕ごっこで遊ぶ少女たちの中ではお互いにかなり背が
低い部類で、それが格闘ごっこともなれば自分が手の届く場所は相手にとっても攻撃の間
合いの内というわかりやすさだ。
 つまりは今回、身長及び体重によるハンデは無し。
 なので、ルーミアの手が無造作に伸ばされてきた時、橙が思ったのは「やった!」とい
う会心のひとことだった。
 ルーミアがお互いの最後の間合いを潰して一歩進み、『手が届く距離』にしながら右手
を伸ばしてきたのに対し、橙はそれと時間を同じくして左脚での下段蹴りをルーミアの右
足に向かって打ち放つ。
「やっ!」
「痛っ!?」
 橙の顔を掴もうと迫るルーミアの右手。それが橙へと届く前に、橙のローキックがルー
ミアの足をピシッと叩く。膝よりやや上の、まだ肉付きも頼りない細い太腿にそれを受け
た宵闇の妖怪が顔をしかめると、その攻撃の手は目標である橙の鼻先の空間を裂いて空ぶ
った。
「あれ?」
 その『距離違い』に、ルーミアが怪訝そうな顔をする。二人の身長はほとんど変わらず、
お互いの攻撃の間合いは同じはず。だというのに、橙の攻撃だけが届いてルーミアの攻撃
が届かないのは――。
「ほっと」
「!」
 小さな疑問にルーミアが考えてしまうと、その隙を狙ったように、再び橙が左のローキ
ックで彼女の太腿を外側から打つ。ピシッという痛みはしならせた細枝で叩かれるのにも
似ていて、瞬間的に『肌がびっくりする』。打たれた箇所の筋肉が硬直して、思わずそち
らの足で床を踏みしめてしまったルーミアは、「ええい」と仕方なく逆の左足を前に進め
て、左手の指を熊手のような形にして大きく弧の軌道で目の前を引き裂いた。
 だが、右足が固まったから左足で前に出る、などという大雑把な前進は足音からしてど
ったんばったんと派手な動きだ。それでも妖怪らしく岩をも砕く腕力は当たれば充分なダ
メージを約束するが、橙はそれを恐れずに冷静に一歩バックステップした。
 ブン、と威力の塊が橙の顔の前スレスレを通り過ぎ、橙の前髪が揺れる。
 ギリギリの間合い。
 あとわずかで当たる、と確信してルーミアが再び右手を振るおうと右足を前に出すと、
「せっ!」
「い……たたた!」
 今度は、橙の右脚でのローキックが、ルーミアの右足を内側から外へ向かって弾くよう
な一撃で打ち払った。その的確なカウンターのイン・ローキックは、先ほどまでの外から
のローキックとは比べ物にならないほどに効いた。今度は硬直どころか足全体に痺れが奔
り、ルーミアの右膝がカクンと折れる。
 そこに、
「え〜い!」
「わわ!?」
 そこで初めて前に出た橙が素早く左右の爪を振るう。切っ先の鋭い手刀が喉を貫けとば
かりに突き出されてくるのを、ルーミアは顔を青くして両腕で十字を作ってどうにか防ぐ。
一、二、と連続して鋭い痛みが腕から脳天に抜け、ルーミアは自分が負けた一回戦での妖
夢との戦いを思い出す。
(アレは、確かコーナーで……)
 素早い回転の打撃で逃げ場の無い場所に誘い込まれ、強打の一発で沈められたのだ。
 それと似た感覚を、ルーミアは今橙からの攻撃に感じた。
(足を攻めて、動きを止めて、それで一気に攻めてきて……)
 ならば、次は強打だ。
 そう予測を張って、ルーミアは顔の前で組み合わせていた腕の十字を左右に振り払った。
その視界を遮るような、しかし大きすぎる動きに、橙の目が隙を見出してギラリと輝く。
(チャンス!)
 という『攻め』の意志を、ルーミアは至近距離で見た。
 だが。
「これならどうー!?」
 ルーミアの腕は、左右に開いて、そしてまた『閉じ』た。振り払ったように見えたのは、
防御を捨てた攻撃のための動きだ。そもそも、格闘のかの字も知らないようなルーミアに、
自慢できるような防御技術は無い。攻められれば攻められるほどに不利なのだから、ルー
ミアには『攻撃こそ最大の防御』を行うしか戦い方は無いのだ。
 それは、ルーミア自身を十字架に見立てたような両腕開きからの、腕で噛み砕くような
左右同時打撃。両腕で打ち、挟み、掴むという一連を生み出す、原始的だけれど効果的な
喧嘩の技だ。とっさの判断というよりも、
(なんだか前にこんなスペルカード作ったような気がするなぁ)
 という記憶が、ルーミアにこの素早い行動を取らせていた。
 身長もそうだが、自分と橙の腕力にもそれほどの差はない。ならば、妖夢に喰らったよ
うな一撃KOはまず無いと考え、一発もらう覚悟で組み合いにもっていき、噛み付きでも
なんでも、強引な手段で自分のペースに持っていく。
 しかし。
「あ、ら?」
 ルーミアが腕を交差させたそこに、橙の姿は無かった。ルーミアが攻撃に転じた瞬間、
橙は攻撃の意志をもって、『斜め後ろにステップ』していた。
 そこから橙は大きく踏み出し、ほとんど真横からルーミアの右足に対し外側からのロー
キックをお見舞いする。
「え!?」
 という驚きがルーミアの顔に浮かぶが、橙はそれに構わない。チャンスに大打撃を使っ
てこない橙の行動にルーミアの『妖怪的思考』が麻痺している間に、さらにローキックを
彼女の足に加える。その時点で、見た目にも痛痛しいミミズ腫れがルーミアの剥き出しの
太腿には浮かんでいた。橙の足は少女らしく細くて、鞭のようにしなって痛い。
 ハッとルーミアが気づいて横に身体を反転させて振り向いても、
「てや!」
 ピシッ、とローキックが入る。
 ルーミアがその痛みに顔をしかめながら手を伸ばしても、
「そいや!」
 ピシッ、とローキックが入る。
 威力よりも、速度重視。
 ルーミアの攻撃の初動に合わせて、ルーミアが『手を届かせるために、まず足を前に出
す』ところに、その足を狙った蹴りを出す。
 身長は大差ない。
 手の長さも大差ない。
 足の長さも大差ない。
 だけれど、使っている武器が手と足と違い、踏み込みの分だけ、ルーミアの方が『先に
相手の攻撃の間合い』に入ってしまっている。
 その『差』が、決定的なものとして現れた。
「ううう、もう、何よ〜!」
「これで……おしまい!」
 もうガクガクと震えるばかりの右足を酷使して前に出ようとしたところへの、橙の渾身
のイン・ローキック。
 踏み込んで自分の体重を支える足がついにその役目を果たさなくなった時、ルーミアの
身体は重力に逆らえずに埃っぽい床へと倒れこんだ。
 で。
「へぶっ!?」
 真正面から受身をとり損ない、モロに顔面を打ったルーミアは涙目で鼻を押さえて恨み
がましい視線を橙へと向ける。
 で。
「……う〜、参った〜」
 両腕で床を押して立ち上がろうとして、だけれど右足にまったく力が入らずに立ち上が
るのに失敗したルーミアは、あう〜、とその場にペタンとうつ伏せになって敗北宣言を口
にする。
 それに、
「絶好調〜!」
 無傷で勝利した式の式は、冬の寒さにも関わらず顔を火照らしてガッツポーズを決める
のだった。


              ※ ※ ※


「化け猫と宵闇の妖怪対決、まずここを勝ち抜いたのは、化け猫の橙選手! 私は一回戦
の彼女の試合を見ていませんが、こんなに冷静で……まるで人間のような戦い方をすると
は思いもよりませんでした」
 まったく化け猫らしくない。
 そう思って阿求が永琳を見ると、彼女はあっさりとその真実を告げる。
「それだけ、あの子につけられた式が優秀なんでしょうね」
「あ〜、なるほど」
 式とは計算式。構造式。あらかじめ決められた行動をなぞることによって、『式』とな
った妖怪は主の生み出した式の力の恩恵を受けることができる。理論上は、限りなく主に
近い力で戦うことも可能なはずだ。
 そうなれば、あの『異様に地味で冷静な戦い方』も納得がいく。
「最初から『右足』だけを攻めることに決めて、相手がどんなに弱っているように見えて
も贅沢をせず、地味に最初の狙いを貫き通す――相手の痛みの顔色や自分の感情よりも、
『ひたすら主の作った式を信用する』姿勢の勝利ね。なかなか良く躾けてあるわ」
 あの狐、うちの兎の教育係りとして雇ってもいいわね、と永琳は呟く。
 そして同じ頃、観客席では間食のみたらし団子を頬張りなが幽々子が妖夢を茶化してい
た。
「妖夢よりずっと綺麗に勝ったわね」
「むぐ……っ!?」
 あの苦戦は最初の不意打ちがあったからです、とはさすがに言えない妖夢なのであった。
文句を団子と共に飲み込み、知人の勝利に拍手を送るのが精一杯のお庭番である。
 スキマ映像の向こうでは、橙が念のためといった感じでルーミアの足を引っ張り、庭へ
の扉を開いてルーミアをぽいっと投げ捨てている。これでルーミアは完全に脱落だ。
「え〜、早くも慧音選手、ルーミア選手の二人の選手が消えたバトルロイヤルですが……
と。どうやら小町選手が動き出したようです」
 次はどこの戦いを、と思った矢先。阿求は一階の倉庫の扉を開いて出てきた小野塚小町
の姿に、皆の注目を促がした。


              ※ ※ ※




「参ったね……埃だらけじゃないかさ、まったく」
 スキマによって一階のL字型をした物置の中に放り出された小町は、他の部屋とは違っ
て雑多な音楽器具の積み上げられたそこに落下した自分自身の不運にため息をつく。
 各種弦楽器、管楽器のケースが目立つその物置には窓も無く、当然のように真っ暗な中
を手探りで扉まで辿りついた時には、水を被った上で砂漠を転がったような悲惨な姿にな
っていた。
「結構経ったけど、状況はどうなってるのかねぇ。これでもう終わってたら、あたいただ
のお笑い要員じゃない」
 ぶちぶち言いながら、とりあえず自分の身体をパシパシと叩く。もあっと埃が散るが、
廊下の床だって埃でいっぱいなので、悪いとは思わない。
 そうして最低限の見た目を取り戻してから、さて、だ。
「まずは、厠で顔でも洗うか……」
 不思議と頭の中にある館の知識を「そんなもんでしょ」と軽く納得しておき、小町は物
置からごく近いトイレの扉に向かった。顔もそうだが、うがいだってしたい。この古びた
館にある水が腐っていないことを願って、小町は取っ手を引いた。
 そこに、
「は、入ってま〜す」
「……あ〜、こりゃ失礼」
 ちっこいのが一匹いた。
 小奇麗な洋式トイレの便座の上、羽根を生やした妖精がちょこんと座っていた。
 引きつり気味の笑顔で自分を見上げてくるその大妖精に、小町は一拍遅れてニッコリと
満面の笑顔を浮かべ、ひとこと。
「他のヤツに倒してもらいな」
「は、ははははい〜!」
 パタン、と扉が閉じられる。
 はぁ、と小町は再びのため息をついた。顔を洗いそびれてしまった。
 と。
「水なら、表の池にいくらでもあるわよ」
「お!?」
 唐突に後ろから声をかけられ、小町はトイレの扉に背中をくっつけるようにして振り返
った。咄嗟の不意打ちに対処するため、両腕で身体の前面を覆い、自分の背中を壁側にす
することで守る。
「?」
 だが、予想していた不意打ちは無かった。逆に意表をつかれた小町の前で、現れた黒い
少女はボソボソと独り言のように言う。
「人の家で暴れるのは、良くない」
「……ほ〜。そりゃ正論だ。あんたが死ぬ生き物だったなら、四季様に善行発見って連絡
してたところだ」
 そのルナサ・プリズムリバーの相手のテンションさえも下げてしまうかのようなローテ
ンションに、小町は口笛を吹いて感心する。バトルロイヤルだというのに正面から正々堂
堂とは、見上げた根性である、と。
 ――そのタイミングで、抜き打ちのような速度のルナサの右拳が小町の眉間に突き刺さ
った。
「いだ!? ちょ……!?」
 いきなりの『真正面からの不意打ち』に小町は面食らう。否、自分の存在を見せてから
の攻撃なので何も卑怯ではないのだが、すっかり『会話モード』に入りかけていた小町に
したら、驚きの一撃だ。
 そして、小町が痛めた眉間を庇うように身体を丸めると、
「ここは私の家。不法侵入はあの世では犯罪に含まれないのかしら?」
「は、はい? ここ、あんたの家――ぐっ」
 これまた意外な事実に小町が顔を上げたところに、その動く口元を狙った雷速の拳がガ
ツンと音を立てる。体重が乗っているわけではない速度重視の手打ちだったが、それでも
結構痛い。
「んな……あ、あんたねぇ!?」
 今度はさすがに目尻を吊り上げて小町も怒る。自分が『呆けるタイミング』を完全に狙
い打ちしてくるルナサの攻撃は、肉体へのダメージというよりも精神的にカチンと来た。
 何より、
(ナメられてる!?)
 それだけの絶妙なタイミングでの攻撃だというのに、あえて小町に大きなダメージを与
えないルナサの手加減が小町には気に食わない。
 その憤りをこめて右の前蹴りを放ち、ルナサを足の裏で突き飛ばそうとすると、引き離
すどころかその蹴り足の横を滑るようにしてルナサが踏み込む。ルナサの左脇腹をかすめ
て蹴りが通り過ぎ、目を見開いた小町の顔面に、三たびルナサの閃きのような右拳が炸裂
する。
「つぁ……っ」
 威力は先ほどまでと変わらない。しかし、今度は前へ繰り出した蹴りへのカウンターに
なったため、小町の頭が後ろに大きく弾けて背にしていたトイレの扉にゴツンとぶつかる。
(ドンピシャリ……か! この場所はマズいっ)
 まるで前蹴りを待っていたかのようなルナサの躊躇いのない動きに、小町は片目を閉じ
て痛みを堪えながらその場で床を蹴って横に跳ぶ。壁を背にしていては、前後の動きが制
限されて戦いにくくて仕方が無い。
 そうして、今度は螺旋階段側を背にして、小町はルナサとの戦いを仕切り直す。ルナサ
に対して身体の正面を向け、両手を肩の前に左右の差別無く同じように開手に構える。足
もまたどちらを前というわけではない真っ直ぐに揃え、その状態で軽く上下にステップを
刻み始める。
 トン、トン、トン、とリズミカルなその動きに、ルナサは右の半身を向ける。しかも、
右構えと言うような『右側をやや前に出した構え』ではなく、完全に『右側面』――半身
ではなく、側面のみを相手に見せる極端な構えを取った。その構えで、右手は軽く握って
自らの右肩に添えるような位置。左手は用済みとばかりに小町から一番通い後ろ腰に添え
られている。小さく、窮屈な型だ。
 その独特の構えを見せるルナサに、小町は『幻惑』を仕掛ける呼吸を計った。上下のリ
ズムからいきなり爪先の力だけで前に跳ぶ小町のフェイントは、初回の攻防ではまず見切
られるものではない。
 次に足を床に着けたら、前に跳ぶ。
 小町がそのように決心した時だ。
 トン、と小町が最後の普通の上下跳躍のために床から足の裏を放した瞬間、ルナサが後
ろ足になっている左足で床を蹴った。スライドするように間合いに入ってくる彼女に、小
町はギクリと顔を強張らせる。
「な……!?」
 それは、小町がすでに『上に跳んでしまった』タイミングでのスタートダッシュだ。予
め何かの行動の動作に入っているならともかく、ほぼ直立状態で真上に跳んだ者がそこか
らできるのは、ただ一つ――真下に落ちることだけだ。
「くそっ」
 それでも拳の直撃だけは避けたい。小町は両腕で顔を庇った。ルナサの打撃はパシンと
弾ける種類のもので、純粋な打撃力という点ではかなり劣る。顔以外の場所にならば、着
地直後の不安定な状態で喰らっても問題無しと小町は判断した。
 が。
「気をつけて。注意するのはそこじゃない」
「!」
 ルナサの右の拳は動かなかった。そんな小さなものではなく、右側面を向けたまま思い
切り踏み込んだルナサが突き出した右肘が小町の無防備な胸の中心に突き刺さり、ゴツッ
と鈍い音を立てて彼女をそのまま突き飛ばした。空中で少女一人の体重で押された小町は
抗いようも無い衝撃に真後ろにひっくり返る。受身も取り損ね、先ほど扉にぶつけたのと
同じように後頭部を床に打ち付ける。
「きゃん!?」
「ほら、頭を打った」
 意外に可愛らしい悲鳴を上げた小町に、ルナサは攻勢を喜びもしないで淡々と床に落ち
込むような声音で言った。ひたすらテンションを下げるルナサの声だったが、胸と後頭部
を同時に痛打した小町はそれどころではない。
「うぐ……ぐ……」
 ルナサの打撃は、小町の攻撃のタイミングどころか、防御のタイミングすら読み切った
ような正確さだった。特に後頭部を打ったのはこれで二度目。顔面ならば何度か殴られて
も大丈夫でも、後頭部は一発でも戦闘不能になる急所だ。さすがに効いた。
 タンコブが出来ていそうな頭を押さえながら立ち上がると、小町は眩暈にも似た吐き気
に盛大に顔をしかめる。
「参ったね、こりゃ……」
 自分が放り込まれたのが物置だと悟った時と同じボヤきを舌に乗せた。目を向ければ、
ルナサは追撃するでもなく再び真半身の構えで静止している。
 それを見て、今度も小町は「ナメてるのか」と憤りかけたが、しかしすぐに気がついた。
 ここまでの攻防。
 後ろからの不意打ちをせず、わざわざ姿を見せてから小町が口を開いた瞬間に殴ってき
たルナサ。
 小町の前蹴りに合わせてカウンターを入れてきたルナサ。
 小町の跳躍に割り込んで一撃を入れてきたルナサ。
 それら全ての共通点は、小町の『リズムの間に入り込んで』きているということだ。ル
ナサは、今も小町が再び構えるのを待っている。真正面から小町の隙を突くスタンスを貫
こうとしている。
 一気に攻め込んで大ダメージを狙おうとせず、あくまで小町ありき――小町の行動を起
点とした攻めにこだわっている。
 小町に休憩時間を与えるのも構わないというその姿勢の理由を考え、彼女はふむと何か
が腑に落ちて頭の熱が引いていった。
 そうか、と。
(違う。こいつ、ナメてるんじゃない)
 少女たちの遊びで良くある出来事。
 例えば、氷精が巫女を撃墜した時に言われる言葉。
 『巫女がぼーっとしてたんだろ』等々。
 撃墜された巫女自身も「今日は調子悪かったわね」で済ましてしまう大金星。
 氷精の運の良さ、巫女の腑抜け具合が口にされても、誰も言わない「氷精の方が巫女よ
り上だね」という評価。
 それをルナサは嫌がっているのだ。
 そう。
(『ナメるな』って言ってきてるんだ、こいつ……っ)
 確かに、小町の認識の中でルナサは『三人一組の騒霊の中の一人』でしかなかった。三
人で一人前と思っていた、と言っても過言ではない。
 それはおそらくこの戦いを見守っている会場の妖怪たちもそうだろう。死神である小町
と騒霊の一体では正直格が違う。皆がそう思っていたに違いない。
 故に、一番最初に不意打ちでルナサが小町を倒しても、
『まともに戦えれば死神が勝てたでしょうに、これがバトルロイヤルの怖いところね』
 などと言われていたに違いない。
 また、小町のリズムを読みきって攻撃をするにしても、そのまま速攻で勝負を決めてし
まった場合、
『騒霊が勝った? ああ、死神が油断してたんでしょ。騒霊が意外にが強くて面食らって
る間に畳みこまれたんでしょ』
 という言葉が囁かれたに違いない。
 勝敗は別として、あくまで死神が上。騒霊は下。
 運。
 偶然。
 油断。
 全ては『小町のせい』。
 だからこそ、ルナサはそれら全てに否を唱えたのだ。
 自らの技を見せた。自らの攻撃力を示した。その上で、小町にかかって来いとテンショ
ンの低い視線で誘いをかけている。
 正々堂々と、自分の戦力を見せながらの一騎打ちを望んでいる。
 勝った方が強い、負けた方が弱いと決定する正規戦を仕掛けてきている。
「なるほど、ねぇ」
 騒霊三姉妹の中で一番無口で――比較的――静かと思っていた長女の意外な『自己主張』
に、小町は頭と胸の痛みにもかかわらずに感心の言葉を呟いた。
「確かに、あんただけはまぁ、他の姉妹と毛色が違うよ」
 騒霊三姉妹と言ったら、周りの都合におかまいなしに好き勝手に騒音を響き渡らせてい
るものだと思っていたのに、この姉だけは違う。
 自分たちだけで完結し、他の何にも依存しない騒霊のくせに、『他者』というものを強
く意識している。
 姉妹を率いてライブを開いたり。
 映姫の忠告を受けて次女に亡霊相手の演奏を命じたり。
 広く、深く、自分たちを知らしめようと動いている。
 騒霊という存在を、『他者』たちに関わらせようとしている。
 かつて自分たちを生み出したプリズムリバーの四女を失った時に存在意義を失ってしま
った騒霊姉妹。そんな自分たちに、積極的に『存在する意味』を付加しようとしている。
「しょせんは三人一組、とかあたい思ってたけど……悪かったね。訂正するよ」
 生命ある存在ではないくせにずいぶんとしっかりと『生きよう』とし、それ故に姑息な
手段無く、なお強いところを見せようとしてくるルナサに、小町は最大限の賛辞を送るこ
とにした。
「なかなか、やる」
 自分ほどではないけど、と嘯く。それに対し、ルナサの低温の瞳が少し和らぐ。小町か
らの「格下扱いは無し」の合図に気がついたのだ。
 そして、小町は一回大きく息をつく。
「は〜……」
 たっぷりと考えている間にルナサが待っていてくれたおかげで、吐き気はかなり落ち着
いた。胸の痛みも、あくまで単発の打撃だったおかげで致命的なダメージではない。
 だから、次の動作もよどみなく滑らかに実行された。
 右足を半歩前へそろそろと進める。その爪先は床を向いていて、足の指先から指の付け
根の部分だけが床に接しており、他の部分は半ば浮かし気味。そうして、後ろの左足の裏
で床をぐっと踏みしめる。いわゆる、猫足立ちの構えと言われる構えだ。
 それを見たルナサは瞬時に行動を選択し、ひゅっと呼吸を合わせて自らも右前に踏み出
した。しっかりと踏みしめた左足を軸にした、小町の右足での前蹴りが来ると判断したの
だ。最初の方での攻防と同じように、その横をすり抜け、今度はカウンターの一発だけで
はなく、そこからの連打に繋げる。右足での蹴りに対して自分から見て右側に進むのだか
ら、直線同士の動きで確実にすれ違うことができる。
 そう思った瞬間、ルナサの目の前で小町が『前に出した右足を軸にして、身体ごと前へ
打ち出すような左の前蹴りを繰り出し』た。
「!?」
 驚く暇も無い。自分から小町に近い『小町の左足から真っ直ぐのライン』に飛び込んで
しまったルナサは、向けていた右半身の脇腹に大きな槍のような蹴りを突き刺され、身を
横くの字に曲げて崩れ落ちた。
「今……の!?」
 ぐう、とヨロける足取りで一歩二歩と下がりながら、ルナサは自分が一撃喰らったこと
が信じられないという顔をした。
 それはそうだ。彼女は、小町が後ろの左足に体重をかけるのを見た。猫足立ちで浮いた
右足の代わりに、しっかりと足の裏で踏みしめ、そこに蹴りのための土台を作っているの
を見たのだ。重心が左足に乗っているというのに、左足を浮かして蹴りなど――あり得る
はずが無い。あったとしても、それはその場で跳ねるような、足から先を振る力だけの申
し訳程度の威力しか無い牽制攻撃にしかならないはずだ。
 しかし、だというのに現実に体重の乗った見事な蹴りが左足で繰り出された。左足で床
を踏みしめて、だ。
(攻撃のリズムはわかっていたのに……)
 完全なタイミングで踏み込んだはずだったのに、左右が逆だったというその不思議。
 そのルナサが珍しく表情に出した困惑の色に、小町はようやく溜飲が下がったという得
意満面の笑みで宣言する。
「さあ、見せてあげるよ。距離を操る『渡し』の妙技!」
「!」
 言うなり、小町が身を折ったままのルナサに無造作に近づいてくる。まるで無警戒な歩
みは、一発の蹴りがどれだけのダメージとなったかを確信しているためだ。ルナサが積み
重ねていた精神的優位など、本気になった小町の前では賽の河原の積み石程度のものでし
かなかったのだろう。
(……似合うわね)
 是非曲直庁への道すがら、子供の霊たちが必死に積み上げた石を笑いながら蹴っ飛ばす
――そのくせ、何故か子供たちには人気がある――死神を想像し、ルナサは自分の唯一の
武器である右拳にきゅっと力を込めた。
 近づいてくるのなら、こちらの拳も当たる。痛烈な脇腹への一撃で、もはやそこから下
は力が抜けて動けない。
 渡りに舟、と言うのは、小町への言葉に違いない。
 あの世にいけない騒霊にも舟を用意してくれる死神に皮肉な感謝を抱き、ルナサは『そ
の時』を待った。
 ほんの数歩で小町が蹴りの間合いに入る。
 蹴りが来るか……とも思ったが、違う。さらに最後の一歩、上半身を前に振るように勢
いをつけて、拳の間合いへと小町は右足で斜め前に踏み込んだ。
 踏み出した右足に胸がくっつくような深い前傾の踏み出しに、今度こそそちらに体重が
乗っているとルナサは瞬時に見分け、拳への打撃に対する起死回生のカウンターのために
彼女は視線を向ける。
 そして――その視界から、小町が『消えた』。
 驚愕とは身体を硬直させると同時に、反射の動きも生む。ルナサは無意識に視界の外へ
と消えた小町の動きを追って視線を動かし、それを見た。
 勢い良く上半身すら振って右前に出た小町が、『後ろの左足に残していた重心』で尻を
背後に突き出すようにして身体を後ろに傾かせた。そうすると、上半身と右足を前に出し
た姿勢のまま、その全身が左足を軸にして後ろに下がる。つまり、ルナサの視界から逃げ
ていく。
(体重は右足に乗っていたはず……!?)
 疑問が弾けたが、その思考に硬直した身体は反応してくれなかった。
 身体を後ろに引き戻した小町がそのままの動きで右回転し、右足での後ろ回し蹴りを放
つ。回避もカウンターも不可能だとわかったルナサは、最悪その一発でのKO負けの可能
性だけは無くそうと、薙ぎ倒されること覚悟で動きの鈍い右腕を頭の右側に差し出した。
 それにこの距離なら、と。
(足の硬い部分は……当たらない!)
 拳の間合いだ。本当に目の前で放たれた後ろ回し蹴りの『膝裏』がルナサの腕にぶつか
った。
 直後。
「……っ!?」
 ごっ、という硬い音が、騒霊長女の後頭部で響いた。
 ルナサが腕で防いだその後ろ回し蹴り。それが、受けられた膝を支点としてくにゃりと
曲がり、死神の鎌のような軌跡で庇うものの無い急所を踵で打ち抜いたのだ。
 それはまさに魂すら刈り取る一撃で、暗転した視界で前のめりに倒れ込みながらルナサ
は思う。
(戦いの距離が……掴めない……)
 小町が近い場所にいるのか、遠い場所にいるのかわからない。踏み出した前足を見れば
近いはずなのに、その実体重は後ろ残し。しかし、それを疑って前へ出てきたのを見過ご
しては、普通に攻撃された時に致命的。自分が近距離で戦った方が良いのか、遠距離で戦
えば良いのか、まったく判断できない。
 正直、カウンター使いとしてはこれはあまりにも相性が悪い。自分からガンガン攻めて
いくタイプならば、これほどに幻惑されることもないだろうに――そう、例えば騒霊の次
女であるメルランならば、あるいは。
 それが、ルナサの最後の思考だった。


              ※ ※ ※


「ダウーーン! ルナサ選手、倒れました。いえ、これは――」
「KOでしょうね。もう立てないわ」
「――とのことです」
 おお〜、と鮮やかな決着に感嘆と拍手を送る会場に合わせて阿求が声を張り上げると、
永琳がその判断が正しいことを裏づけした。
 まさに、わかりやすい小町の完全勝利だ。
 だが、その最後の辺り、リズムを計ることに長けたルナサがいきなりカウンターを失敗
し始めたことが腑に落ちない阿求は、困った時の永琳先生へとマイクを向けて尋ねる。
「でも、どういうことなんですか? 最後の方、妙に簡単に攻撃が入っていたように見え
たんですけど?」
「ああ、あれは単なる重心のコントロールよ」
 そして、解説を求められた永琳先生は、やはり頼れる先生らしくあっさりと答えてくだ
さるのだった。
「右足を持ち上げると、人の身体の重心は地面に接した『左側』に残る。それを上半身の
筋肉の『緊張』で『右側』に残したままにする。それを淀みなく動作の中で行えれば、あ
のくらいの幻惑は可能よ」
 それは永琳的にはとてもわかりやすく具体的な説明だったのだが、受け取る阿求の方は
顔に大きな疑問符を浮かべた。
 なんだそりゃ、だ。
「右足を持ち上げつつ、上半身で……え?」
「ん〜、永琳の言い方はまどろっこしいのよ。ここ、ね。腋の下」
「ほわや!?」
 あらあら、と困った阿求を見かねて輝夜が指を伸ばすと、その指が阿求の腋の下に触れ
た。妙な悲鳴を上げた阿求に構わず、輝夜がすす〜っと人差し指を滑らせて真っ直ぐに腰
の辺りまでの線を引く。
「ここからここに、力を入れるの。普段意識的には使わない場所だから、強く『力を入れ
る』って強いイメージが大切ね。感覚的なものだけど、わかるかしら?」
「ええと……あ、なんとなく」
 必要とされる筋肉の部分を輝夜に触れられて誘導された阿求は、『触られた』という意
識に筋肉が反応して実感することができた。
「そこに力を入れながら、席を立ってみて。右足を上げる」
「はぁ」
 言われた通りに席を立ち、そして阿求は右の上半身を『硬直』させながら右足を浮かし
た。
 すると、わずかだが永琳と輝夜の言いたいことがわかった気がした。
「なるほど〜。右側に変なものが残ってる感じが」
「それが重心。……で、いいのよね、永琳」
「はい。満点よ、輝夜」
 減点ばかりの鈴仙が聞いたら即死しそうな得点を気軽に姫様に与えて、永琳は家庭教師
よろしくうなずいた。意識しているのか、その口調は永遠亭の他の面々の前でよりかなり
輝夜に親密なものになっている。
 その高得点ににっこりと微笑み、しかし輝夜は自らで話にオチをつける。
「まあ、私も知識だけで実践はできないのだけれど」
 その後は、永琳が受け継いだ。
「あの死神は、猫足立ちで後ろ足に体重を乗せているように見せて、『重心』は右半身に
残していたの。それで、動き出すと同時に接地していた爪先に『体重』を下ろして地面へ
の楔として、左の蹴りを打ったのね。その後の、最後の攻防も基本は同じ。大きく右に身
体を倒しながら、『重心』自体は左に残していた。そこから死角に回り込む後ろ回し蹴り
じゃ、対応も雑になるし、どうしようもなかったでしょうね」
「は〜、ありがとうございました。大変よくわかりました」
 もとから博識だと知っていた永琳は当然として、この解説で輝夜の、話し上手と言うか、
説明上手と言うか、そういう意外な一面を見た気がする阿求だ。そう言えば、先日幻想郷
縁起の取材のために永遠亭に足を運んだ際も、昔話を初めとして様々なことを話してくれ
た気がする。
 話し相手が欲しい、来客大歓迎、とは輝夜の弁であるが、「ちょっとした理由があって
長らく閉じこもっていた」というそのうっぷんを彼女は晴らしているのだろうか。
 そう考えながら、阿求は視線をスキマのスクリーンへと戻す。
 そこでは、小町が早くも次の行動を起こしているところであった。


              ※ ※ ※




「ふむ」
 気絶したルナサの足を掴んで引きずった小町は、何やら怯えた「こっち見ないで」オー
ラを発しているトイレの扉にうなずいた。
 そうして、
「あいよ、お邪魔〜」
「ひぎぃ!?」
 勢い良く扉を開け放ち、外でのどったんばったんに身を丸めて縮こまっていた大妖精に
向けてルナサの身体を放り投げた。狭いトイレの中で新たな住人に押し潰される形になっ
た大妖精が哀れな悲鳴を上げたが、小町は口笛を吹いてそれを無視して扉を閉める。
 後始末完了、だ。
 これなら万一ルナサが目を醒ましても大妖精がその頭を殴るなりなんなりして復活を妨
げてくれるだろう。それができなくて大妖精の方がやられても、小町としては勝手に参加
者が一人減るだけの話だ。
「さぁ〜てと、少し休ませてもらおうかな」
 次は誰と遭遇するかな。
 参加者の顔ぶれを脳裏に思い描きながら、小町は頭の後ろに両腕を組んで、ぶらぶらと
螺旋階段方面へと歩いて行くのだった。


              ※ ※ ※




 そして、小町がルナサを倒したと同じ頃、そのほぼ真上では静かな主従対決が一歩も動
くことなく続いていた。
 直立した状態でお互いの右手と右手を握手するように合わせた八雲紫と、その式の八雲
藍。
 二人がそれを初めて数分が経過していたが、その間二人がしていることと言えば、わず
かな肩の震えと、ピクピクと上下左右、あらゆる方向にブレる右手の動きのみという、端
から見ると不可解極まりない光景だった。
 しかし、
「…………っ」
「…………!」
 二人の表情はどんな難弾幕を前にした時よりも真剣で、それぞれの額には汗の玉まで浮
かぶほど、その『ゲーム』は白熱していた。
 それは、二人にしかできない、究極の演算遊びだ。
(これなら……どうですか!)
 藍が、紫の手首を取って捻り上げるつもりで指先を主の右手首にわずかに触れさせる。
(甘いわね)
 すると、紫がそれを見越して『先』に藍の手首を指の腹でちょんと掠める程度に叩く。
(こう返すわ)
 手首を掴んできた藍の手を真上に跳ね上げて、その跳ね上げるのに使った自分の腕を
折り畳んで肘打ちで入り込む――つもりで、今度は紫は小指で藍の右手の下側を持ち上げ
るように押す。
 そうなると、
(いやいや、それなら後ろを取らせていただきます!)
 藍は、その肘打ちを残った左掌で覆うようにして受け止め、そこをそこを支点としてア
クロバティックな跳躍前回りで紫の背中側に回って、即座に裏拳――のつもりで、親指で
紫の右手の親指を頭から押さえる。
 ならば、と紫はその場でしゃがみこむつもりで右手をやや下げる。
 そこに藍は――。
 続けて紫は――。
 お互いの、『相手の手を取ってからの行動』を延々と微動で伝え続ける。それは、実際
に相手の手を取って技をかける隙を見ながらの『出題と回答』合戦だ。
 自分がこうやって取るぞ、と『出題』しても、相手が『回答』する限り、その手は有効
ではない。ならば、やるだけ無駄である。
 逆に、対処方が見つからず、対応がわずかにでも遅れれば、その時点で計算通りの技を
かけられて負け。
 無駄に体力をすり減らしながら『状況を見て』判断するのではなく、『状況を計算で予
測して』お互いの力を比べ合い、全てが決定してからその動きをなぞって決着とする。
 それは、お互いの身体能力と使える技全てを理解しあっているからこそできる、弾幕ご
っこよりも安全な力比べ。
 すでに数分にも及ぶそれは、お互いにダメージが一つも無いことからもわかる通りに、
膠着状態だ。
 智恵こそ力と言い切る紫は当然として、式として演算能力に秀でた藍もそれには負けて
はいない。特に、藍は身体能力において圧倒的に有利という点が、有効打を生む選択肢を
多く彼女に与えてくれている。ひとことで言ってしまえば、多少演算能力で劣ったとして
も強引に捻じ伏せる『出題』が可能なため、とても『有利』だ。
 故に、藍は矢継ぎ早に先攻を取る。
 これならば?
 これならば?
 これならば?
「く……っ」
 段々と一方的に押し付けられるようになった『問題』に、紫の眉根が寄せられる。さす
がに格闘では分が悪過ぎるか、と思った瞬間――。
「ふっ!」
「あら!?」
 雑念のせいか、紫は藍に手首を許した。右手で右手首を取られ、一瞬でその手が藍の方
へと引き寄せられる。向かい合ってお互いの右腕同士が繋がった関係上、引き寄せる動き
はそのまま紫が『右半身を先に引かれ、左半身が後ろになる』形になり、彼女の右脇腹が
わずかの時間だけ無防備にさらされる。
 そして、その先には低く構えた藍の左肘が待ち受けていたのだ。
 ゴリ、という硬いものを肋骨に捻じ込んだ音が鳴り響き、引き寄せられたはずの紫の身
体が反発に浮いた。派手な衝撃に、藍から手を放された紫が後ろに向かって弾け、書斎横
の壁に背中を打ち付けられて再び派手な音を立てる。
 ズル、というのは主である紫が、座り込むようにして床に滑り落ちていく音だ。
 それを見届け、藍は一度緊張の糸を解き、処理情報過多で熱のこもった息を吐く。
「ふぅ〜」
 そうしてから、


「いきますよ、紫様!」


 左右から襲い掛かった二匹の天狗の一撃ずつを、両腕で頭を庇い、上半身を丸めて亀の
ようになることで、『自らの身体で受け止めた』。
「な」
「に!?」
 というのは、超高速で駆けての真っ直ぐな右拳での突きを右肩口で受けられた文、そし
て、それに負けない速度で突撃しての飛び込み膝蹴りを締め込んだ左腕で受けられた椛の
二人の驚きの声だ。
 直後、
「天狗の動きが、止まったわね」
 偉いわ、藍。
 崩れ落ちたはずの紫がその場に立ち、現在の妖怪の山の覇者たちの頭をぐわしと掴む。
 髪を引っ張られて抵抗できない少女二人の頭がごっち〜んと激突させられたのは、その
次の瞬間のことであった。


              ※ ※ ※


「こ、これはどういうことでしょう!? 紫選手と藍選手の戦いが決着したと思われた途
端、そこに天狗の乱入! そうかと思えば、今度はやられたはずの紫選手が藍選手との協
力攻撃? 一対一の対決が、一気に四人入り乱れてのバトルロイヤル突入ですか!?」
 それは、あまりにも状況変化の早い展開であった。長引いていた紫と藍の勝負が決した
と皆が思った途端の、狙い済ましたような天狗二人の乱入、そして紫の復活だ。
 そのスムーズな流れは、一つの結論をもって納得へと導かれる。
「あれは、予め相談してあったんでしょうね」
 永琳の言葉は、天狗を誘き出す八雲二人の演技、ということを示していた。そうとしか
考えられないし、そうでないならば紫が崩れ落ちるフリをする意味がわからない。
 状況証拠的にそれしかない、と思うのだけれど、
「問題は、いつ二人がその相談をしたかね」
 そんな暇、バトルロイヤルが始まってからは無かったのに、と。


              ※ ※ ※




「ふん。やはりコソコソ見張っていたな」
 痛烈に頭を打った後、天狗二人が紫の手を振り切って書庫前の空間の端と端――文が地
図的に見て書庫の左側の壁の隅、椛がその正面である螺旋階段の柵の前にまで逃げると、
藍は鼻を鳴らしてそんな二人をねめつけた。
 それは藍には簡単すぎる『出題』と『回答』だった。
 書斎から出た直後に紫が口にした『体力のあるうちに、一番やっかいなモノを倒してお
かないと』という言葉。
 その意味を考えれば、このバトルロイヤルの中でどんな相手が一番厄介か、考えるまで
もなく明白だ。
「自らは危険を冒さず、まずは様子見に徹し、自分たちに伍する者がいる場合はその者た
ちがお互いに力をすり減らすのを確認してから、疲労の場に襲い掛かる――そういう戦法
はことバトルロイヤルにおいて有効極まりないが、観客のいるこの見世物の中でそれを実
行できる者はそうはいない。どうしても、卑怯のそしりを受ける。最初から『そういうの
が性分だから仕方ない』と思われている奴ら以外はな」
 つまり、これは『天狗』を誘き出すための作戦だった。
 『邪魔が入る前の短期決戦』と言いながら紫が時間のかかる『ゲーム』を仕掛けてきた
のも、全てはその符丁だ。
 天狗以外の参加者が二人を見つければ、戦いの最中に殴りこんでくる。
 それなら、二人が協力して速攻でしとめてしまえば良い。
 そして天狗ならば、常に周りを警戒しながら『ゲーム』をしていた紫と藍のどちらかが
その存在を確認した瞬間、見つけた方がわざと隙を作って『負けたフリ』をする。今回の
場合は、書斎側を背にしていた紫が、書斎の向かい側の部屋の二つある扉からうかがう天
狗たちを見つけたというのがその結果だ。
 全ては『天狗』を引っ掛けるためだけの、罠。
 そのことを理解し、文は一瞬だけ片眉を上げかけ、しかしすぐに愛想の良い笑顔を浮か
べて拍手する。
「いやぁ、お見事です。さすがは幻想郷に名高い八雲のお二人。でも、私たちがもっと遠
い場所に配置されていて、別の場所でバトルロイヤルを続けていたら、どうするつもりだ
ったんですか?」
 天狗が最後まで来ない、という可能性だってあったというのに。
 そういう文の疑問に答えるのは、その細く美しい指から黒と白二種類の髪の毛をパラパ
ラと床に散らす紫だ。
 彼女は、いかにも『口元だけ』愉快そうに笑みの形にして言う。
「あら、天狗というのは、その辺りのお子様たちに負けるような可愛い種族の名前だった
かしら?」
 そんなはずはないでしょう?
 どれほど時間がかかっても、必ず、あなたたちはここにやって来る。
 ――それは間違いの無い、八雲紫の方程式が生み出した絶対の答え。
「……いやはや、お恥ずかしい。そんな大したものじゃありませんよ」
 そのスキマ妖怪の妖艶に過ぎる言霊に、文はその営業スマイルより深く、堅牢なものに
した。動揺を隠すためではない。『攻撃のタイミングを隠すため』だ。それは『下っ端哨
戒天狗』でしかない椛の方も良く理解していて、彼女もまたその顔には張り付いたような
笑顔がある。
 天狗というものは、妖怪にしては珍しいほどに高い協調性を持っている。社会性と言い
換えても良いかもしれない。とにかく、感情を表に出すことを抑えて、一見相手に合わせ
ているように見せかける、争いを避けて共存するための能力である。
 もっとも、天狗の場合はその生来の傲慢な性格と合わさって、その協調性が生かされる
のは同族内だけだったりもする。彼女たちは天狗以外の妖怪はすべからく『格下』もしく
は『利用すべき相手』として見ており、その気持ちを隠すためのより慇懃な態度が、相手
には小馬鹿にされているとしか思えないことが多いのだ。
 だからこそ、それを知る紫も藍も油断はしない。
 その笑顔の下で何を考えているか――たいていはロクでもないことだが――わからない
のが、天狗という妖怪だ。その類稀な速度もあり、目を放した瞬間にでも襲い掛かられる
可能性がある。
 そして、文は笑顔ほどの余裕は持っていなかった。
 場所が悪い。
 文と椛、二人が下がったのは、運悪くそれぞれ空間の『隅』だった。リングで言うなら
コーナーポスト前の三角地帯だ。それで、前を紫と藍という大妖怪二人に塞がれている。
速度が売りの天狗としては、致命的な場所取りと言えた。
(それとも、そうなるように誘導された、ということね)
 恐るべきは八雲、と文は言葉を舌の上で転がす。言葉には、絶対にしない。
 しかし、とも思う。
 これは想定していた事態だ。相手が相手だけに、文は事前に椛と作戦を交わしていた。
 時間的に少し前になるが、文と椛は書斎の前、出入り口が二つある部屋に同時にスキマ
から出現した。
 最初に二人顔を合わせた時は「なんでこいつと最初に当たるのか」と舌打ちしたが、文
はむしろその不運を幸運に変えることにした。
 絶対に大ダメージを避けられない天狗同士の戦いは避け、とりあえず共闘しましょう、
ということだ。それには椛もすぐに賛成した。何せ、まともに戦えば文と下っ端天狗では
さすがに文の方が地力で勝る。勝てる可能性よりも負ける可能性の方が高く、また勝って
もダメージのせいで他の参加者とまともに戦える状態ではなくなることは、想像に難くな
い。
 結果、二人は共闘に踏み切った。
 それから、最大の強敵は『八雲』であることもお互いに意見が一致していた。
 理解した次の瞬間、二人の間では高速の拳が行き交った。
 ぐー。
 ちょき。
 ぱー。
 何十、何百、何千、疾風の手の動きを卓越した動体視力で見切り、相手が出す『手』に
勝てる『手』を繰り出す。
 社会的な天狗は、一回の勝負で全てを決することはない。今回は二連勝をお互いに義務
付け、勝利と敗北を繰り返す。
 文も椛も、速度において並ぶ者のほとんどいない天狗という種族に相応しい回転力を見
せた。だが、そこでわずかの差をつけたのは、警備を主とする白狼天狗の椛と、情報係で
ありその手のスナップで新聞を配る烏天狗の文という、その役割の差だ。
「!」
 無限の相殺の果てに二連勝を決めた文は、言葉にせずただガッツポーズを決めた。
 競り合いの果てに敗北を喫した椛は、同じく無言で肩をがっくりと落とした。
 その時、二人はじゃんけんで『役割分担』を決めたのだ。
 どちらがどちらの相手をするのか。
 文が選んだのは――。
「藍さん。あなたに一騎打ちを申し込みます」
「ほ?」
 それは、突然と言えば突然過ぎる申し出だった。バトルロイヤルという場で四人――正
確には二組――集まった状態で、いきなりの一騎打ち宣言。
 ふむ、と目を細めた藍は、どうしたものかと紫の言葉を待つ。自分なりの答えはあった
が、主といる時は主に従うのが式の務めだ。
 果たして、
「それで、私たちがどんな得をするのかしら?」
「だ、そうよ」
 口元だけの亀裂の笑みを崩さない紫の結論に、同じ判断をしていた藍もうなずいて文に
きつい視線を向ける。
 相手は素早さに長けた天狗だ。一騎打ちなどといって現在の壁を使っての『囲い』を解
けば、すぐにどこか別の場所に逃げ出すことも可能だろう。
 ある意味、速度的に『天狗には逃げる自由がある』が『八雲二人には無い』とも言える。
天狗の足は最速だ。藍だけならともかく、紫を連れて逃げることはできない。
 そう考えていると、
「安心してください、誰も逃げたりしませんよ。名高い九尾の狐、八雲藍さんのお力を、
この試合の場を借りて一度体験してみようというだけです。ええ、私などでは到底敵わな
いでしょうが、せめてもの土産話ということで、お願いできませんか? ちゃんと手加減
もしますから、心配ありませんって」
 ――実に慇懃で、小馬鹿にしているとしか思えないセリフを、天狗は吐いた。
 さらに、
「逃げないという証拠に――」
「い……一局ご指南いただきたい!」
「――ね?」
「な……っ」
 目の前で起きたことに、藍は信じられないと目を丸くした。それまで黙っていた椛がい
きなり紫の方へと進み出たかと思うと、その場に『正座』して懐から何やら折り畳まれた
紙と小袋を取り出してバシンと床に置いたのだ。
 広げられたのは、縦九マス、横九マスの、将棋盤。小袋からぶちまけられたのは、そこ
で争うための将棋の駒。
 つまり、椛は言う。
「大妖怪八雲紫様。本将棋ルール、落ち無し、お互いの持ち時間一分でお相手いただきた
く存じます!」
 完全なる正座。
 完全なる『動かない』姿勢。
 逃げを捨てた、もし文が逃げれば椛だけが八雲二人に袋叩きにあう、損な役回り。
 そんな役割をじゃんけんで押し付けた文は、相変わらずの笑みのままで付け足す。
「もちろん、一分が経過して将棋が終わったら、そこからは自由です。お二人で協力して
の戦いを見せてくれても、こちらは文句を言いません。こちらが戦うのは私一人。ただし
一分」
 一分、と天狗の記者は繰り返した。
 一分だけ、と。
「それだけの時間は、私に藍さんとの一騎打ちをさせていただきたいのです。藍さんのお
力なら、一分もいらないかもしれませんけどね」
「……一分、ね」
「そう一分」
 そのあまりな……あまりな言いように、藍は唇を震わせて呟いた。それに対し、文はに
っこりとうなずく。
「どうです?」
 この場での決定権は八雲側――紫にある。そして紫は、文の「一分」という言葉に思い
のほか心を刺激されて、初めてその口元の亀裂を動かした。
 より深い、笑いの方向に。
 返答は、明快だ。
「藍、お相手して差し上げなさい。そしてあなた」
 自らの式に命令を下しながら、紫は座る椛の天狗らしい笑顔に向かって言う。
「一分で、叩きのめして差し上げましょう」
 瞬間、確実に、犬走椛の笑顔は凍りついた。
 その硬直した天狗の前に紙の将棋盤を挟んで紫は正座する。
 紫という壁がいなくなったことに、文が満足げに『隅』から進み出る。そうして、藍を
前にして立ち、気軽に告げた。
「それでは、始めましょうか」
 不遜過ぎるその言葉。
 そろそろ堪忍袋の緒が切れかけている藍は、しかしそれが天狗なのだと一つ諦める。付
き合うだけ無駄な連中だ。
 それに、自分の感情は、今消えた。
 紫からの意志が、藍に式として一つの行動だけを選択させる。
 曰く。
『お相手して差し上げなさい』
『一分で、叩きのめして差し上げましょう』
 藍に憑けられた式は、紫の練り上げた式。
 藍のスペルカードは、紫のそれの写しのスペルカード。
 ならば、それ故に。
 ――紫の口にした意志は、藍の口にすべき意志。
 藍は考えるまでもなく、言っていた。
「お相手させていただこう」
 そして、

「一分で、叩きのめして差し上げましょう」


              ※ ※ ※




「何ここ? 温室……かな?」
 玄関から入ったにとりは、『誰もいない吹き抜けの玄関』から右の部屋に抜け、そこか
らロビーを通り抜けて温室へと進んでいた。とりあえず広くて誰かいそうなところを選ん
で移動していたのだが、運が良いのか悪いのか、ここまで誰も見かけることなく館の一番
奥の場所までやってきてしまった。
「ここにもオトギリソウ。なんだろ」
 温室は館から張り出す形の、ガラスの壁に覆われた部屋だ。曇りの現在はほとんどその
役目を果たしていないが、晴れの日は太陽の日がガラスの屋根を通り抜けて、部屋中を陽
気に溢れた状態にしてくれるだろうことがよくわかる。
 にとりが目にしたのは、そこで鉢に植えて育てられている、無数のオトギリソウの羅列
であった。同じ部屋にあるというのに鉢は統一性が無く、赤いものがあれば青いものもあ
り、形も不揃いで縁が欠けているものもあり、拾いものでなんとか数を揃えているといっ
た感じだ。
 しかも、それでも温室の広さに対しては数が足りず、むしろ数十程度では廃れた館の寂
しさを強調してしまっている。
 客の目を惹き、心を和ませる植物を育てるのが温室の役目であるのならば、そこは温室
としての役目をまったく果たしていない場所と言って良かった。
 と。
「ん?」
 にとりの目が、部屋の隅に少々毛色の違うものを発見した。結構大きな、四角く黒いも
の。気になって近づいてみれば、
「な〜んだ、水槽かぁ」
 それはただの水槽であった。
 だが、にとりが河童という水生の生き物でなければ、少しは不思議がったかもしれない。
その水槽は大きく、長辺が二メートル近い巨大な長方形のものだった。例えるなら、にと
り一人くらいなら完全に入りきってしまう大きさだ。
 しかし、にとりは河童。それを見ても「窮屈そうだなぁ」という水生の立場からの感想
しか抱かなかった。
 さらに、
「この温室だと、温そう……」
 噂に聞く熱帯魚とやらでも飼ってるのかしら、とにとりは水槽の濁った水に目を凝らす。
残念ながら熱帯魚特有の派手な色合いはその黒の中に見出すことはできず、中で蠢く大き
な魚の背びれのようなものが水面から顔を出した程度だ。
「ここは、何も無し、と」
 そうして、にとりは温室を後にするのだった。


              ※ ※ ※




 おかしい、と因幡てゐは首を傾げていた。
 彼女は一階の使用人の相部屋らしい場所からこのバトルロイヤルをスタートしていた。
 そこは他の部屋と同じように埃の積もった廃れ具合だったのだが、違っていた点が一つ。
 そこには、工具箱があったのだ。
 これ幸いと、てゐはその工具箱を最大限に活用することにした。
 まず最初は、大妖精が入って行くのを見かけたトイレの扉に簡単な罠を仕掛けた。扉と
壁の間に斜めに釘を打って開閉の邪魔をし、それを無理矢理開けようとガタガタ音を立て
ている間に、開けようとしている者が他の者の注目を集めてしまうというものだ。
 そうして、次に向かったのは二階の書斎だった。書斎の扉にも、一階と同じ罠を仕掛け
た。中に誰かが入っていたようだったが、しばらく出てくる気配はなかったので、気にし
ない。
 二つとも他愛無いいたずらだったが、見つかれば即戦闘になるバトルロイヤルでは、充
分過ぎる嫌がらせだ。
 だというのに。
「おっかしいわねぇ。不発だったのかしら?」
 地図的に伯爵の部屋の向かい側の部屋――奥の部屋との間を繋ぐだけの、半分通路のよ
うな部屋に入り込みながら、てゐはひとりごちる。
 先ほどから、ドン、だとかドターンだとかいう派手な音はするのだが、ガタガタという
扉を揺する音だけは聞こえなかった。てゐの立派な兎の耳にも聞こえないのだから、そん
な音は館のどこでもしていないのだろう。
「つまんないの」
 別にてゐはバトルロイヤルの勝者になろうなどとは考えていなかった。適当に楽しく周
りを引っ掻き回したところで、痛い目を見る前に館の外に出るか降参するかをして、失格
になってしまえばそれで良い。
 なのに、その『楽しいこと』の仕込が、何故か全て不発のようなのだ。
 まるで、誰かが被るはずの厄災が設置されるそばから回収されてしまっているかのよう
に。
「ん〜?」
 納得できない。
 これではつまらない。
 唇を尖らせながら、工具箱を片手にてゐは頭の中の地図にも名称の無い『?の部屋』に
足を踏み入れた。


              ※ ※ ※




「ここ、私たちの部屋だよねぇ?」
「そうみたいね」
 う〜んと腕組みをして言う妹のリリカに、メルランはニコニコと機嫌の良い笑顔で同意
した。別に自分のスタート地点が嬉しいから笑っているわけではない。ただ単に、基本的
に彼女は笑顔でいることが多いというだけだ。
 彼女たちがスキマから放り出されたのは、彼女たちが一番良く知る場所、つまりは自室
だった。実際にはそれらを必要としない騒霊のこと、部屋にはベッドやタンスなどといっ
た基本的な家具が揃ってはいても、どれも館そのもののように古びて、埃が積もっていた。
使用された形跡が無いのも、当たり前だ。もし里の人間が間違って紛れ込んでも、廃屋の
片付け忘れ程度に思われるだろう。
 そんな場所で、リリカは渋い顔をする。
「あ〜、じゃあやっぱりそうなんだぁ。どうしよ、ルナサ姉さんだけ離れちゃったよ」
 自分たちの家を勝手にバトルロイヤルの会場に使われたのだ。これは文句の一つでも言
わないとやってられないが、こと『家』のことになると、決定権は長女のルナサにある。
末のリリカが口を出して良いのかは、微妙なところだ。
 それに、他の姉妹に比べて悪知恵の働くリリカにはわかるが、これを仕組んだのは十中
八九あのスキマ妖怪である。下手な文句は、身を滅ぼしかねない。
(めんどいなぁ)
 しかし、そんなバトルロイヤル後のことよりも重要なこともあった。
 それに気づくのは、色々と考える三女よりも、常に状況に対して前向きに進む次女であ
ることが多い。ちなみに、長女は後ろ向きであるからこそ心配して色々可能性を考えるの
で、一番気づくのが早かったりする。
 ともあれ、メルランは言う。
「それよりリリカ。『あの部屋』を荒らされたら堪らないから、まず最初はあそこに行き
ましょ」
「うへぇ。そうだね、強いヤツがいなければいいなぁ」
 できれば弱くて、戦いになっても部屋が荒れない程度の相手でありますように。
 リリカはそう祈って、メルランの後ろについて自室の出口へと歩き出すのだった。


              ※ ※ ※




 数多の人形の中に彼女はいた。
 普段ならば、物言わぬ人形たちに人形解放のなんたるかを説く彼女であったが、今日だ
けはその限りではなかった。
 何故なら、そこに並べられた人形たちは、どれもこれも、今は人間の持ち物ではなかっ
たからだ。
 だから、そこは、彼女にとってとても心地よく、安心できる場所だった。
 だから、そこに、彼女は――いた。


              ※ ※ ※




 小町は、足音に顔を上げた。
 一階の螺旋階段に腰掛けて休んでいた彼女は、上の階で八雲二人と天狗二人が何やら言
い合っているのを、それとなく聞いていた。
 たぶん、上で勝利したどちらかの組と自分が戦うのだろう、と予想している。
(こいつは強敵だね)
 スキマ妖怪に、九尾の狐、そして天狗。どいつもこいつも、このバトルロイヤルの中で
は優勝候補だ。おそらく次点が自分と月の兎くらいだろう。他は……まあ、ほぼ雑魚と言
って間違いない。色々と便利な能力の持ち主はいるが、『格闘』という点ではやはり一歩
も二歩も遅れている連中だ。
 故に、彼女は足音の主がロビー側から真っ直ぐやってくるのに、ぴゅ〜、と余裕を持っ
た口笛を吹いた。
 それは、青と白の――近い色ではないのにどこかの紅白を思い出すかのような衣装に身
を包んだ、バトルロイヤル参加者中唯一の、そしてこの大晦日の大会に紛れ込んだ唯一の、
『外の世界の人間』だったのである。



                                 (後編へ続く)