東方殴り祝伝説 〜Bare Knuckle Prayers〜 幕間2→3B(エイプリルフール更新) 『閑話休題』 格闘ごっこ大会と言えば聞こえは良いが、結局はそれはただ単に己の戦闘力に自信のあ る妖怪たちが集まっただけの宴会である。 酒を飲んで気持ちが良くなれば普段は紳士的な妖怪たちもその元来の姿である好戦的な 性格が滲み出てくるもので、つまりはその『遭遇戦』もまたある種の必然として発生した 出来事であった。 トン、と肩と肩が触れ合っただけ。 つまみをもらおうと、グラスを片手に席を立った。そのタイミングが二人分重なり、狭 い場所で少女二人が『すれ違い損ねた』。 直後。 藤原妹紅と蓬莱山輝夜は、お互いの最初の一発を喰らって吹き飛んでいたのである。 ※ ※ ※ 「な、ん、ら!?」 否、最初の一発を『喰らった』のは片方のみだ。 (にゃんれ『蹴り飛ばしたはずのわらひ』がぶっ飛んでんにゃ!?) 肩が触れ合った至近距離から、相手の顔を見た瞬間に反射的に繰り出した右の膝蹴り。 それが輝夜の無防備な鳩尾に炸裂したと確信した時、妹紅は宙を舞っていた。 何が起きたかもわからない。 だから、元人間としては驚異的な身のこなしで着地を決めてみせた妹紅は、憎々しげに その相手の名前を口にするしかなかった。 「かぐ、にゃ〜ヒック」 呂律が回らない程度には酔っていたが。 ※ ※ ※ 妹紅を『投げ飛ばした』輝夜もまた、吹き飛んでいた。それは、彼女が放った投げが、 いわゆる捨て身投げと呼ばれる類のものだったからだ。 不意の『遭遇』から、妹紅による膝蹴り。その唐突な危機に対して、輝夜は身をすくめ たり引いたり、そうした逃げるという行動を取らなかった。逆に、身体の力を抜いて、そ の場で膝を落とし――要するに真下に落下した。 そして、膝を鋭角な三角の武器にして突き出してくる妹紅の脛、三角形の『辺』の部分 に、斜め下から自らの右の掌を押し当てた。 ぐいっと。 そうやって妹紅を押し返そうとしても、当然膝を蹴り上げてくる妹紅の勢いに、掌一つ で抗えるわけがない。必然的に輝夜の手は弾かれ、彼女が位置を下げた分だけ膝蹴りは彼 女の胸骨のど真ん中に命中する軌道に乗ってしまう。 そこで、輝夜は素早く妹紅の残った片方の足を払う。スパーンという足払いは、体重を 前に向けて発射した妹紅の後ろ足をいとも簡単に『横に動かす』。妹紅にとっては、半ば 浮くようにして前に進んだところへの、横方向への加力だ。 それは、『前へ進む』という力に対して、あまりに微々たる力だっただろう。 輝夜の押し当てた右手。 払われた妹紅の後ろ足。 どちらか片方だけならば、妹紅の膝蹴りは成立していたに違いない。バランスを崩そう が、体当たりのようにしてぶち当たるくらいのことはできたはずだ。 しかし、それは成立しない。 輝夜は『膝を落とした』ことによって、重心を充分に低くしていた。対して、妹紅は膝 を斜め前に、さらに言うならば斜め上へと自分の腰ごと持ち上げるようにして打ち出して いた。 『投げ』とは、相手の重心を支配することで可能となる。 そして、『打撃』とは、そのレベルが高ければ高いほどにその打撃部分に重心からの力 の通り道が綺麗に通っている。つまり、重心の持つ『重さ』を託されている。例えば、振 り切るような蹴りなどは、いきなり目標が消えてしまったら蹴った者は勢い余って一回転 する。無理に止めれば腰を痛めることもあるだろうし、バランスを崩して転んでしまうこ ともあるだろう。それが全力の一打ならばなおさらだ。打撃部分というのは身体の末端で あることが多いが、そのように確実に重心と繋がっているのだ。 その『末端部』に――。 (多方向への力を加え、歪ませ、手繰り寄せ、『重心へのライン』を掴み取る!) 足を払われたことによって完全に浮いた妹紅の身体が、輝夜の手という一部分を通じて 地面と繋がる。輝夜が地面であり、妹紅はその上に乗った『荷物』だ。 荷物の『持ち手』が、身体を思い切り横に捻りながら自らも身を投げ出す。ぐるん、と 大きな荷物を、まるで右手の一振りで振り払うかのように思い切り投げっ放つ。 あまりに一瞬でそれが行われたため、周囲からは『輝夜が身体ごと捻る平手打ちで妹紅 を弾き飛ばした』ようにしか見えなかっただろう。 要するに、その打撃にしか見えない究極レベルの投げ技――それが輝夜の絶技『永夜返 し』の正体なのである。 「あらら?」 だが、投げた輝夜自身も捨て身投げの例にならって、身体を捻った勢いのままリングの キャンバスならぬ境内の硬い地面の上に転げ落ちそうになる。そこを、慌ててそばに控え ていた鈴仙が受け止める。 「――っとぉ! だ、大丈夫ですか、姫様」 「ん〜? 大丈夫よ、永琳」 「鈴仙です」 まったく素面のようでいて、彼女もまたその程度には酔っていたりした。 ※ ※ ※ それは、大きく投げるだけのいわゆる『着地可能』な投げだった。そのことに気がつい た鈴仙は、「上等にゃー、やったろかー!」「ぐややややや!」と妙なやり取りを行う酔 っ払い二人に挟まれながら、冷静に判断する。 (まだ止められる!) 派手ではあったが、ここまでの流れは妹紅と輝夜という特級の力を持つ者同士としては 本当に挨拶程度の接触でしかない。 まだ大丈夫。 いわゆる『喧嘩』になる前に、和やかに仲裁。お酒を飲んでオールオッケーの幻想郷あ りがとう。 (よし、止めよう。ひとことでいいわ。『まぁまぁそんなことより、お二人ともお酒でも いかがですか』。それだけでいいわ。うん、せーの――) せ。 「まぁまぁそんなことより――」 「ふぅん、面白い組み合わせじゃない」 「うげっ」 全てをまるくおさめる魔法の言葉。 『酒』のひとことを口にしようとしていた鈴仙は、割り込んできた幼い声に思わずその 顔を大きく歪めた。 それはまさに運命の悪戯。 (私に恨みでもあるの、こいつ!?) 振り返らないでもわかるが、振り返らないで背中を向けたままにしておけるほど分別を 期待できない相手の登場に、鈴仙は正しくそちらに振り返った。 そして、確かにその横槍の主はそこに立っていた。 運命を操ると嘯く吸血鬼、レミリア・スカーレットその人。 輝夜の三回戦の相手という、特別な意味を持った相手。 が。 ゴクリ、と鈴仙は唾を飲み込んだ。 言っていいのだろうか? 「ねえ」 「何?」 「なんでアンタ真っ裸なの?」 「吸血鬼だからだあああああああああ!」 寒々しい冬の空の下、頭からワインを被ったせいでお着替え中の夜の女王は、カリスマ たっぷりのお尻をぷりんと晒しながらそう叫ぶのであった。 ――はた迷惑なことに、そのくらいには彼女もまた酔っていたりなんだったりしたので ある。 ※ ※ ※ これは悪夢か? 鈴仙はそう思わざるを得なかった。 一人は数々の秘術を操り、山火事常習犯でもある炎の使い手の蓬莱人。 ステータス → 酔っ払い。 一人は桁違いの時を重ね、永遠と須臾というスケールの違うものを操る月の姫。 ステータス → 酔っ払い。 一人は三人の中では若輩だが、運命を操り絶大な身体能力を有する吸血鬼。 ステータス → 酔っ払い。AC0。 それだけの関わり合いになりたくない連中が揃った状況で、全裸の幼女が言うのだ。 「誰に断ってひとの獲物に手ぇ出してんのよ。私とやる前に怪我をしたとかケチをつけら れるじゃないの」 「ほ〜?」 「へぇ〜?」 その物言いに、妹紅が目を見開き、輝夜が唇の端を吊り上げる。 レミリアの言葉は暗に輝夜に対する勝利予告であったが、妹紅が反応したのはそれより もずっと前の部分だ。 『獲物』、と。 冗談じゃない、と彼女は嘲笑を浮かべる。 何も知らない小娘が。 「アンニャにゃんかに、かぐにゃとやる資格があにゅとでも思っちぇるわけ? だったら、 お笑いだぁ……ひっく」 「資格、ね。あるわよ、『負け焼き鳥』なんかよりはずっとね」 凄みを増した妹紅の酔いに充血した瞳に、レミリアは臆することなく真正面から挑む。 その様はどこまでも堂々としていて……しかしマッパだ。 どんなに格好良いセリフを言ってもキマらない格好ってあるもんなんだなぁ、と鈴仙は その一触即発のシチュエーションを眺めながらぼんやりと思う。 すでに色々諦めて傍観モードに入った鈴仙の前、「上等にゃぁ……」と拳を握り締めた 妹紅と、王者よろしく腕を組んで立つネイキッド・レミリアの間の空間がぐにゃりと歪む。 それは二人の放つ妖気が戦いの意志を受けて空気に充満し始めた証で、そこに至ってはも はや鈴仙が何を言っても止められるものではない。 そこまで行くと鈴仙が考えることは一つである。 (どうか、私が巻き込まれませんように) ……実に自分勝手なその願いは、なんだか神様っぽいものもたくさん集まった境内のお かげか、叶う。 口の周りを桃の汁でべたべたにした氷の妖精が、びっくりしたように足を止めてレミリ アを指差して言ったのだ。 「あ、バカだ」 巨大な紅の十字架が博麗神社の境内に炸裂した。 ※ ※ ※ 「ふん……興ざめしたわ」 瞬着、ではないが、呼ばれて飛び出てなんとやらで、咲夜が「ワンツースリー」と風呂 敷でレミリアを覆うと、その中からは普段の服装の吸血少女が現れる。 そのまま一礼して休み時間の定位置のバーカウンターへと戻っていく咲夜を一瞥もせず、 レミリアは呆れた表情の妹紅からクスクス笑う輝夜へと視線を移す。 ひとこと。 「後でね」 そうして、小さな身体には不釣合いなほどに大きな翼をひるがえして彼女は背を向ける。 直前までの全裸幼女とは別人のようにキマっているのは、やはり衣服とは文化的な生活に 絶対に必要なものなのだと鈴仙に確信させる。 そして、 「ふふふ。こっちも、もういいわ。飲みなおしましょ」 「そうにゃな……うぃっく」 レミリアの渾身の一発で焦げ付いた地面の上でピクピクと痙攣している氷精の姿に肩を 揺らしていた輝夜は、ポン、と妹紅の肩を叩いてからジェスチャーでお猪口での一杯に誘 う。すると、妹紅も毒気を抜かれたのか、赤い顔で苦笑いしてうなずく。 で。 「でも、肩がぶつかったくらいで怒るだなんて、永琳カルシウム足りてないのよ」 「違う!」 周り中全部永琳に見える程度には酔っていた輝夜姫なのであった。 エイプリルフールの勢いで書いただけだけど――決着!