東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 2回戦 Aブロック第1試合 博麗霊夢 VS 紅美鈴 ※ ※ ※ 午後になりなお冷たさを増す大晦日の風に、赤コーナーのセコンドスペースで黒い色の 魔法使いは自分の身体を抱きしめるようにして呟いた。 「う〜別に寒くないぜ」 「魔理沙は修行が足らないのよ」 それは私の台詞だぜ、と嘯く魔理沙は、コーナー前に悠々と立つ霊夢の姿に呆れたよう な視線を向ける。 魔理沙が寒さに弱いのは人並みとして、霊夢の格好は格別に『冬並み外れて』いる。服 の生地が厚手なのは良いとして、白いブラウスに紅の上着のみ、しかもそれぞれ肩と袖の 間に切れ込みが入ったセパレートで、表現するなら『肩出しセパレート紅白』とでもいう ような服装だ。 頭に蝶々のような大きなリボン、襟元には惜しみなくフリル、それでいて日本の着物を 意識した緩やかな袖部分と、実に和洋折衷のその『浮いた』デザインは、しかしどこか浮 世離れした暢気な少女には良く似合っていた。 (似合ってはいるが……寒いぜ) 彼女のためだけに仕立てられたような服を身にまとう霊夢は、その人間であれば誰でも 怯むような寒さの中に平然と立つ。吐く息は白いし、家の中に入ればすぐに炬燵に潜り込 むような性格のくせに、それでも彼女が必要以上に寒がっている姿を魔理沙は見たことが ない。 何と言うか、魔理沙は温度が下がるにつれて『少し寒い、寒い、凄く寒い』と変化する のに対して、霊夢は『寒い、寒い、寒い』のような気がする魔理沙なのである。少しでも 寒いと文句を言い、凄く寒くても同じように寒いと文句を言う少女だったりするのだ。 「要は大雑把なんだな」 「何か言った?」 「言ってないぜ。あの門番相手にどう戦うか、考えてきたのか?」 肩をすくめて魔理沙が言ったその言葉に、霊夢は意外そうに目を丸くする。 あれ、と。 「それは魔理沙が考えることでしょう?」 「あ〜? なんで私なんだ?」 「セコンド」 おお、と魔理沙は両手を叩き合わせた。そして彼女はコーナーポスト越しに霊夢の手を 両手で掴むと、にっこりと頬に赤丸までつける完璧な笑顔で告げるのだった。 「がんばれ」 「魅魔呼んできなさいよ」 巫女はそれを正面からぶった切ったが、魔理沙は懲りずに首を横に振る。冷たくかじか んだお互いの手を揉み揉みとマッサージしながら、今度はわざとらしくため息をつく。 「魅魔さまは炬燵でふて寝してたぜ」 「揃いも揃って役に立たない連中ねぇ」 やはり霊夢はにべもない。魔理沙の手を振りほどくと、少しだけ温まった手を握ったり 開いたりしつつ、ふむとひとこと。 「ま、なるようになるでしょ」 反対側のコーナーにいる紅魔館の面々を見遣り、そう言うのだった。 ※ ※ ※ 「あちらは随分と余裕のようね」 気楽に魔理沙と話している霊夢を眺め、青コーナーのセコンドスペースにいる咲夜は美 鈴にだけ聞こえるように囁いた。 「舐められてるわけじゃないけど、まあ、霊夢らしいわ」 やや苦笑気味のその言葉に、美鈴は同じように苦笑いする。まあそうでしょうね、とい うのは、妖怪ならば皆が知っている『博麗の巫女』の性格に対する感想だ。 「見ないの?」 咲夜に問われ、美鈴は下を向いたままうなずいた。美鈴は咲夜と向かい合う形になって、 コーナーの作る三角州で左右のロープに手を添えて俯いていた。精神統一をするように瞼 を軽く瞑っている彼女の表情は咲夜からは見えず、ただ帽子の乗った頭からピリピリした 緊張感が伝わってくるばかりだ。 「巫女に関しては咲夜さんの方が詳しいから、私の代わりに見てください。巫女の調子、 どうですか? 寒さで固まってるなら、速攻かけますから」 視界から冬を切り離した闇の中、美鈴は昨年の夏に行われた弾幕格闘ごっこの際の霊夢 の動きを思い出していた。目の前にいたかと思うと零時間移動して頭上にいるような、そ んな捉えどころの無かった『空を飛ぶ不思議な巫女』。 彼女に対する最大の勝機を考えるなら、試合直後。いわゆる、速攻即倒である。 どのような変則な手合いだろうと、何か行動を起こす前に勢いという名の力で押し切っ て、試合を数秒の内に終わらせてしまう。それが古今東西『戦い』における最も有効な戦 法の一つだ。 もちろん、相手がそれを予期していた場合には冷静に反撃を受けるリスクもあるので、 それを行うかどうかの最終的な決断は戦う相手の肉体状態及び精神状態を観察してから行 われる。 その観察を、美鈴は自分ではなく咲夜に託した。 そして咲夜はそれを受け取り、 「霊夢の調子ね。あれほどわかりやすい子も他にいないけど」 『いつも通り』の霊夢の姿に、美鈴に告げる。 「残念ながら、あの紅白は今日も絶好調よ」 「あ〜……やっぱりですか。まあ、望むところ!」 よし、と美鈴はイメージ作りを終わらせて顔を上げた。ロープを放した両手で自分の頬 をパァンと挟み、気合いを入れてリング中央へと振り返る。 「相手が何色の巫女だろうと、『ここ』は私の分野だから、負ける気はしないわ」 「当たり前よ。お嬢様に恥をかかせないようにするのよ」 「もちろん」 背中からの声に気軽にうなずく美鈴であったが、しかし言うほど表情は気楽ではなかっ た。引き締められた顔は、妖怪らしく鋭すぎる視線で対岸で雑談する霊夢を捉え、手は緊 張で関節まで硬直しているのかゴキリと音を立てながら握り込まれる。 (硬くなってる) と美鈴の姿を見た咲夜は判断した。 仕方ないわね、と彼女は少女の帽子へと手を伸ばしかけ、 「あら」 降って来た影に、やや意表をつかれた声を上げた。 美鈴や咲夜よりもかなり小さなその影は、身体よりも大きな二枚の翼をはためかせてコ ーナーポストの上に着地した。その軽い音に美鈴も振り返ると、その影はいきなり次のよ うに言うのである。 「ふふ。別に、負けたっていいのよ?」 「お、お嬢様!? どこから……っ」 「そこから」 と、現れたレミリア・スカーレットは短い指でリングサイドの一角を示した。そこは現 在レミリアの妹のフランドールと友人のパチュリーが茣蓙に座っており、その二人の間に 子供一人座るだけの空白ができあがっている。 要するに、そこからピョンと飛び跳ねてやってきたのであるが、 「霊夢は私と決着をつけるのが運命よ。まさか、その運命を邪魔する輩がいるとも思えな いけど?」 「うあ……」 何やらご主人様より酷なことを言われた気がして、美鈴は心底情けない顔になった。負 けるわけにはいかないと握り締められていた拳が、なんだそりゃと開かれる。 つまり、負けろと? 戦う気満々だった美鈴が思わず身体全体で脱力する。 が。 「でも」 レミリアは続けた。 「主の前を守る門番が、うちには一人いたわね。霊夢がそこを越えられないようなら、諦 めるのもやぶさかではないわ。紅魔館の門番に負けることは、私に負けることに他ならな い。違う?」 自分を見上げる美鈴に、幼い少女は片目を瞑るウィンクをしてみせる。その言葉の意味 をしばし脳内で吟味し、やがて理解した美鈴は慌ててうなずいた。 「は、はい。紅魔館門番、紅美鈴! お嬢様の御首を狙う不埒者、必ず追い返して御覧に いれます!」 勢い込んで美鈴はもう一度拳を握り締めた。力強く、しかし今度は余計な力を込めずに 適度な力で。 そうだった、と思い出す。 (私の仕事は、門番で良かったのよね) 彼女は今回の試合に関して、一つ考えていたことがあった。それ故に咲夜から見てもわ かるほどに緊張が表に出ていたのだが、レミリアの言葉でその『目的』に対する義務感が 少しだけ薄れた。 必須から、結果論に。 だから、美鈴は緊張のほぐれた表情で、主のレミリアを見る。緊張の檻に抱え込んでい た思いが、気軽に口をついて出た。 「思えば、あの紅白にはうちもなんだか負け続きですよね」 「ええ」 その美鈴の言葉に、レミリアはしみじみとうなずいた。さもありなん、と。 「私をはじめ、咲夜さんも、パチュリー様も負けましたし」 「うんうん」 まさか咲夜たちまでね、とレミリアは難しい顔。 「フランドールお嬢様も、レミリアお嬢さ――づっ!?」 「私は永夜に一勝したわよ」 言い切る前に、レミリアの鋭い蹴りが爪先で美鈴の鼻面を痛打していた。顔面を押さえ て痛みに涙を流した美鈴は、慌てて言い直し、 「そ、そうですね。咲夜さんと一緒――いだ!?」 「一人で」 速攻で二発目を食らってうずくまった。 ジト目で見下ろす主に、しかし美鈴はうめくように続ける。 「そ、そうでした……お嬢様は紅白に一回勝ってますけど、と、とにかく、うちは今まで 負け越してるわけで」 「それで?」 何が言いたいのか、レミリアは怪訝な顔で促した。 すると美鈴は、真っ赤になった鼻をさすりながら立ち上がる。涙目で、もう一回蹴られ るのではないかと、少し遠慮がちに最後の言葉を主に告げた。 「で、ですから、私がKOで勝って、今年はしっかりと紅白への勝ち星を稼いで新年を迎 えられるようにがんばります」 だから、期待して試合を見ていて欲しい、と言った。 そういう門番に、 「……へぇ?」 と、レミリアは目を丸くした。 「霊夢相手にKO宣言ね。意外に景気のいいこと言うじゃない」 「いや、なんだか紅白や黒白が出入りするようになってから紅魔館に腕試しにくる連中も 増えて、これはちょっと舐められてるんじゃないかなぁ〜って」 実際のところ、それは霊夢たちの出入りが問題というよりも、霊夢たちと交流を持った おかげで紅魔館の面々も外に出かけることが多くなり、そのせいで妖怪や人間たちの間に 以前ほどの『新参者の威圧感』を与えなくなったこと――つまり自分たちの出入りが増え たこと――が要因しているのだが。 ともあれ、美鈴は言うのだ。 「ここで巫女に勝って、幻想郷に紅魔館ありってことをしっかりアピールします」 それで、周囲の畏怖の中、パァーっと明るく正月遊びを満喫してやりましょう。 それが我らが居城、紅魔が館のあるべき姿。 その言葉にこめられたものに、必勝の気合いに、レミリアはなるほどとうなずく。 「パァーっとね……なるほど」 そういうのも良いかもしれないわね、と吸血少女は微笑んだ。 最後に確認する。 「期待していいのかしら? パァーっと」 「はい。パァーっと!」 「なら期待するわ。紅魔館――私に勝ちを見せてみなさい、紅美鈴」 「は!」 直立し、胸元で広げた左手に右の拳を当てて、美鈴は自らが見せられる最高の礼でその 言葉を受けた。ニヤリと笑い、レミリアはコーナーポストの頭を蹴って自らの席へと飛び 下りる。 そして、 「勝った」 そう妹と友人に告げるのだった。 ※ ※ ※ 選手二人が中央に揃うと、司会の文はコホンと咳払いを一つしてからマイクに唇を寄せ る。 「あ〜、あ〜、テステス」 マイクと自分の喉の調子を確認するように二、三声を出すと、よしとうなずいて言う。 「それでは、休憩時間を終え、そろそろ第二回戦の試合を始めたいと思います。第一試合 は、大会初戦を見事な空中戦で制したお馴染み『博麗の巫女』博麗霊夢選手! 対するは 一回戦をこれまた見事なKO勝ちで制した『紅魔館の門番』紅美鈴選手の一戦となってお りますっ!」 「今気づきましたが、あなたあの門番に負けたんですか」 「ええ、まあ」 驚いたように横から声をかけた少女に、文は何でもないことのように肯定した。声をか けたのは着物姿の人間で、わざわざ人里からやってきた稗田家の当主だ。 「ちなみに、今お聞きになったように、二回戦からは放送席に新たなゲスト、九代目御阿 礼の子でいらっしゃる稗田阿求さんにいらしていただいております」 「妖怪の皆さん、どうもこんにちわ。大晦日にご苦労様です」 天狗から回されるマイクに、阿求は怯むことなく年末の挨拶の声を発した。珍しい拡声 器にも遠慮しないその性格は、やはり普通の人間の感性とは少しズレているのかもしれな い。 ともあれ。 「そういうわけで、マンネリになりがちな放送に新しい風を迎え入れつつ、二回戦の開始 の合図を待ちたいと思います。両選手、すでにリング中央で視殺戦! これは激しい戦い を予感させます!」 「……なるほど、そういうふうにやればいいわけね」 思わず阿求が苦笑してしまうのは、霊夢と美鈴が視殺戦どころか普通に挨拶していたり するからだ。 (無理やり盛り上げるのがお仕事と) 宴会のためなら天狗は努力を惜しまないなぁ、とその種族の性に感心してしまう。 審判長である閻魔の前で向かい合った選手二人は、阿求が見た通りお互いに手を挙げて 軽く挨拶を済ませ、同時に言葉を交わす。 「背水の陣よ」 「? あ〜……あんた一人で陣なのか」 切り出した美鈴に、霊夢は懐かしいと笑いながら調子を合わせる。二年以上前、一昨年 の夏に交わした会話をよく覚えているものだと自分でも感心する。 だが、自らネタを振りながらも、美鈴の目は笑ってはいなかった。彼女は自分が何のた めにそこにいるのか、何を主に宣言して青コーナーを出てきたのか、よく理解している。 (お嬢様を相手に大口を叩いた。あれだけ言って負けたら……ご飯減りそうだなぁ) う〜ん、と結構真剣に心配する。 紅魔館ではメイドだろうと門番だろうと仕事の報酬は毎日の住処と食事の保障だ。だが、 当然その『ランク』は仕事ぶりに左右されるので、美鈴としてはここで勝利して紅魔館の メンツを保ちつつ、自分の腹を満たす『報酬』を確保したいところなのである。 (それで、パァーっとね) 紅白の巫女に勝利し、主であるレミリアに今年最後の大きな貢献をする。 (最高じゃない) 倒れた巫女を見て、全員で笑ってやるのだ。 それで紅魔館は今年最後に巫女を倒した勢力として負け越しの汚名を注ぎ、何よりお嬢 様の期待に応えることができる。 (一石二鳥! お正月はみんなで大騒ぎ!) 彼女はそう思っているのだが――。 実は、暢気な顔をしつつ、霊夢もまた同じようなことを考えていたのである。 (格闘マニアの門番ね。格闘ごっこでこいつとレミリア倒しておけば、来年も紅魔館の連 中は大人しくしてるでしょ。今年静かだったのは、昨年の永夜とかで元気使い果たしたか らだろうし) 寿命が長い妖怪なんて、元気があり余っている時に暴れて、そうでない時は慎重にエネ ルギー補充に専念しているものなのだと霊夢は考えている。実際、同じ妖怪が一年に連続 で霊夢の手を煩わせる事件を起こすことはないし、大きな事件の後に数年単位で沈黙する 妖怪も少なくない。 (幽々子とか。紫とか) 暇になったらまた事件を起こしそうな連中の顔をリングサイドに見つけつつ、霊夢は「 ふふ〜ん♪」とまずは目の前の『獲物』に焦点を合わせる。 (来年も一年楽をしてやるわ。あ、でも事件が無さ過ぎるのも退屈だけど) 困った巫女もいるものなのである。 そんな二人をふむと眺め、紫は隣に座る藍に尋ねる。 「藍、どちらが勝つかしら? やっぱり霊夢?」 「私より紫様の予想の方が確かでしょうに。それに、賭け事は感心しませんよ」 「ま」 唇を尖らせる大妖怪に、藍はため息をついて「そんなものしなくても、うちにはいくら でもお金があるんですから」とぼやく。 と、今度は横から橙が彼女の袖を引っ張り、 「藍様はどっちが勝つと思います?」 純粋に興味ありそうに尋ねてくるので、藍は少し考えてから応える。 「ん〜? そうだな、門番の気合いのノリがかなり良いわね。最初は巫女が相手ってこと で少し緊張もあったみたいだけど――」 チラリとリングサイドで余裕の笑みを浮かべる吸血鬼に視線を向ける。 「――上手くコントロールするのがいたわ。正直、今のアレとは格闘でやり合いたくない わね」 「なるほど〜。紫様、そういうわけです」 「紅美鈴に五枚っと」 「ゆ〜か〜り〜さ〜ま〜」 「紅美鈴に八枚っと」 「ゆ〜ゆ〜こ〜さ〜ま〜」 九尾の狐と半人半霊の庭師が、世にも情けない顔で額に手を当てた。 そういう状況の中。 雲の割れ目から姿を見せた春の妖精が、一回戦に続く新たな戦いのステージの開始を告 げた。 「始まりですよ〜」 と。 ※ ※ ※ 試合は静かに立ち上がった。 リング中央で大股二歩の距離を挟んで向かい合う両者は、それぞれが独特の構えでお互 いの動向を探る。 美鈴は左半身。肩幅よりも広く足を開き、自然に垂らした左肘を腰の高さで直角に曲げ て脇腹から腹までを霊夢から隠す構えで上下にリズムを刻む。右拳はやわらかく肩の高さ で天へと向けられている。簡単に言うなら、普通に腕をぶらりとさせて立った状態から、 左肘を九十度、右肘を百八十度折り畳んだ形となる。 対して霊夢は、真正面を向いたままの自然体。『ただの仁王立ち』という構えのまま、 真っ直ぐに美鈴の動きに目を凝らしている。 「まずは様子見ですね」 その様を見て妖夢は言ったのだが、 「そうかしら?」 永遠亭の兎から賭札を受け取りながら、幽々子はそう呟いた。彼女には、美鈴が開いて いた右足をジリジリと左足へと寄せているのが見えていた。左半身であるため、霊夢から はその動きが左足に隠れて捉えることができない。 そして、 「ふっ!」 鋭い呼気と同時に、美鈴は右足でキャンバスを蹴って身体を『押し出した』。左足の位 置まで右足を寄せてからもう一度足を開くだけの『大股一歩分の』移動だ。構えを崩さず、 まるでリングの上を滑るようにして視界の中で大きくなった美鈴に、霊夢が思わず目を丸 くする。 「お?」 同時に、美鈴は左手の手刀を鋭く鞭のように打ち放つ。射程距離に入ってから攻撃開始 する体重を乗せた攻撃ではなく、移動と腕の伸ばしを合わせてようやく指先が霊夢に触れ る程度の、挨拶代わりの牽制の一撃だ。 (どう避ける!?) 霊夢の技量を見定めるための攻撃は、しかしぎりぎりのところで霊夢に届かない。伸ば した中指の先が霊夢の顎先寸前で止まり、美鈴は舌打ちする。 (やるわねっ) それは、美鈴が目標との距離を見誤ったわけではない。霊夢が棒立ちのままわずかに身 を後ろに傾けて紙一重で『避けた』のだ。 続けて美鈴は素早く引き戻した左手を影絵の狼のように親指と中指の先をくっつけた独 特の形で突き出す。狙いは霊夢の鼻と唇の間で、先ほどの振る動きとは違う白鳥やダチョ ウのような首の長い鳥が餌を啄ばむような鋭い突きだ。 だが、やはり霊夢はそれを上半身の移動だけで避ける。一発目で下がったことで振り子 のように霊夢の身体が戻ることを想定していた美鈴は、霊夢が下がったそこから右回りに 弧を描いて身体を前に戻す動きをしたことで、真っ直ぐに進んだ自らの突きを外された。 さらに、最初の一発から時計の針が一秒を刻むより前に、美鈴は三度目の正直とばかり に前の攻撃で伸ばした左腕をそのまま横に振り、その薙ぎ払いで霊夢の首を引っ掛けよう とする。 すると、今度は霊夢が右から弧を描いて戻ってきた流れで上半身をくにゃりと前に折り 畳み、それを回避する。膝を支点にクルリと上半身を一回転させた霊夢は、美鈴の攻撃が 通り過ぎてから悠々と身を元通りに起き上がらせる。 その一秒にも満たない間の攻防に、文が慌ててマイクに口を寄せた。 「これは……凄い。霊夢選手、戦いの口火を切る美鈴選手の三連撃を全て回避! 一回戦 でも見せてくれましたが、やはり博麗の巫女の動きは人間離れしております!」 「あれは、門番の三発目より霊夢の方が先に動いていたな。どういう理屈だ?」 慧音も驚いた顔で付け足したが、その異常さを誰よりも理解しているのは、他でもない 霊夢と対峙した美鈴だ。 彼女は自分の牽制の三発が全て外されたことで、霊夢の防御術の仕組みを把握すること に成功した。 (……なるほど) ミスティア戦でもそうだったが、霊夢は棒立ちに見えていても実際にはコンパスで描い た円の中を乱反射するような動きを繰り返している。膝から上がフラフラと、細かく動い ていて『真っ直ぐ立って』いない。 その細かな動きが攻撃側としたら面倒で、攻撃を出しても、それが霊夢に届く頃にはす でに目標打撃位置は別の場所に移動してしまっているのである。だから、慧音のようにま るで霊夢が相手の攻撃を先読みして動いているような錯覚も覚える。実際は、動いている 霊夢に対して攻撃を仕掛けて、結果何も無い空間に着弾させているだけだ。 「拳闘のウィービングに似ているけど、妙に酔拳も混ざっているわね。紫様はどう見ます か?」 「ん〜、幽霊ウィービングと言ったところかしら? 氷精が言ったのは『プルプル避け』 だった? 酔いどれウィービング?」 「いや、命名でなくて」 藍に話を振られた紫は、愉快げに霊夢の動きに名前をつけた。一応美鈴に賭けてはいる が、どちらが勝とうと彼女にはどうでも良いことなのだろう。すぐ隣で観戦している幽々 子も同じのようで、目の前で披露される珍しい技術に早くも拍手をしているくらいだ。 だが。 皆が霊夢の『技術』に感心し、拍手まで送る中、当の霊夢は三段攻撃をかわしたことに 調子づいて言うのだ。 「あんたの攻撃も魔理沙の弾と同じね。勝手に避けていってくれるわ。手加減ならいらな いわよ?」 「……私の名前の使用には料金が発生するぜ」 かつて香霖堂で食した朱鷺鍋の行方を巡って行われた弾幕ごっこ――その際に言われた 言葉を繰り返し聞くハメになった魔理沙がセコンドスペースで唇を尖らせる。 一方、 「やっぱりね」 その言葉に、美鈴は改めて自分の中での『霊夢』の力量を設定し直す。弾幕においてだ け用意していたその特別な位階。 人間。 弱妖。 強妖。 大妖怪。 そして――。 「あなた、やっぱり『博麗の巫女』ね」 「何よ、当たり前でしょ?」 何を今更、と怪訝そうな顔をする霊夢に、美鈴は舌を巻きながらも内心おかしく思う。 なるほど、と。 博麗霊夢――彼女は、自分がどういう防御術を使っているか『知らない』のだ。自発的 に避けようとはしているのだろうが、彼女が避けようとした時にはすでに美鈴の攻撃は『 幽霊ウィービング』によってとても避けやすい場所に追いやられている。 彼女は思っているはずだ。 何このイージーモード、と。 実際にはウィービングの技術がそういう状況を作っているのだが、霊夢自身は真っ直ぐ 立っているつもりで、身体を揺らしている自覚は無い。 それは、美鈴のように技術で戦うのとは違う。 フランドールのように、その才能と身体機能で戦うのとも違う。 美鈴もフランドールも『自分の状況』と『相手の状況』に応じて動く。誰もがそうだ。 しかし、霊夢は違う。 霊夢は『自分の状況』を知らないのだ。少なくとも、美鈴から見えるような『霊夢の状 況』は知らないに違いない。見えているものがズレている。 (この子には、何が見えてるのかしら?) 自分が真っ直ぐに立っているのは確実として、彼女の目に相対する者の構えがどう映っ ているのか、機会があればそれを聞いてみたいと美鈴は考える。 (面白い) いつの間にか、美鈴は頬を緩めていた。リングの上で試合のために敵と向かい合ってい る状況であったが、不思議と笑みがこぼれて仕方ない。 戦う理由は、がんばる理由は、確かに紅魔館にあったかもしれない。 だが、それに加えてもう一つ理由が増えた。 「お嬢様のため以外にも、負けられない理由ができたわ。勘……は、巫女の専売特許だっ たかしら。これは私の勘だけど」 自分の『格闘のための技』が、『格闘の重力から浮いた相手』にどれだけ通用し得るか。 『わけのわからない者』との遭遇戦。 技術比べのための試合とはまた違う、『可能性の探求』。 これは一種の、 「『もののけ』退治よ」 「妖怪退治は巫女の務め!」 そうして動いた美鈴に、今度は霊夢も自ら前に出たのだ。 ※ ※ ※ 「本物の蹴りを見せてあげるわ!」 「蹴り? 蹴りなら、こうよっ」 美鈴がその場から右の回し蹴りを放つのと同時、霊夢もまたキャンバスを蹴った。左足 で踏み切った霊夢はほとんど真下から相手の顔面を狙う飛び回し蹴りを繰り出す。 直後に響いたパチィーンという音は、お互いの蹴りがほぼ同じタイミングで相手に受け 止められた音だ。 美鈴は蹴りを出しながら右手で顎を庇って掌に霊夢の蹴りを一発受け、霊夢もまた飛び 込んできた霊夢に惑わされずに急角度で側頭部を狙ってきた美鈴の蹴りを左腕で受け止め ていた。 互角に見えるそれだったが、 「った……」 と顔をしかめたのは霊夢の方だった。霊夢の蹴りが美鈴に簡単に押さえ込まれたのに対 し、美鈴の蹴りは腕の防御越しでも棒で殴ったような衝撃を霊夢の頭に伝えたのだ。 それを好機と見て、美鈴は蹴り足を腰の前に折り畳んで引き戻しながら、防御に使った 右手で霊夢の顔面を狙おうとした。顎の前で蹴りを受けた形から、そのまま腕を伸ばして 突きとする。霊夢は跳んだ関係上、一度『着地』という動作が必要なために後ろに逃げる ことはできない。 そう思った美鈴の顔面が、真後ろに跳ねた。 「がっ!?」 左足の爪先がキャンバスに着くと同時、霊夢は再びその場で足場を蹴ってバック宙蹴り を放ったのだ。『下がる』ことはできなかったが『のけ反る』形となるそれで美鈴の突き は空を切り、逆に霊夢の右足での蹴りが今度こそ顎を跳ね上げたのである。 一本足で立ち、右足は蹴りの後に折り畳んで胴の守りとしていた美鈴は、その一撃でバ ランスを崩して後ろに倒れる。 観客はそれでダウンだと映姫を見たが、映姫はそれを無視して試合を続行する。それも そのはずで、美鈴はダウンの勢いを利用してそのまま伸膝後転し、すぐさま元の形に起き 上がっていた。 「痛ぅ……っ」 そして美鈴が霊夢を見れば。 ――目の前に、靴底が迫っていた。 「!」 ほとんど反射で、美鈴は両腕で顔を庇っていた。十字にしたその腕に、刺すような衝撃 が二連続で入る。 「きつつき蹴り〜! これは、あのバランスのいい美鈴選手が、空中から『格闘』してく る相手に何もできな――」 文がそう言いかけた時だ。 美鈴が蹴りを受けた両腕を勢い良く左右に開いた。 「え?」 空中から左右の蹴りを一発ずつ繰り出して、美鈴を蹴った反動で後ろに着地しようとし ていた霊夢は、その両足を左右に弾かれて目を白黒させた。 美鈴の斜め上空で大股を開いて、スカートの中のドロワーズを観客たちの前にさらした 形。後ろへの反動すら、美鈴に左右に転化させられてしまった一種の停止状態。 そこに、 「破」 美鈴が右足で大きく『霊夢の真下』に踏み込んだ。 「山」 ダンッという小気味良い震脚の音と共に、 「砲ー!」 身体全てを使い、右の拳を天へ向かって突き上げた。 致命的な隙に飛び込んできたその拳を、霊夢は鳩尾の前で両掌を重ねて受け止めるが、 美鈴の全力の一撃はその防御をいともたやすく貫通する。 ――はずだった。 「な……!?」 霊夢は腹で拳を受けると、そこを支点として『頭を前に振った』。美鈴の肘に頭突きで もするかのようにクルリと前に『回る』動き。そうすると、霊夢の重心が鳩尾から胸へと 移動し、膝の屈伸で霊夢の身体を打ち抜こうとする破山砲の『斜め上』へのエネルギーは シーソーのように浮いた霊夢の腹から下を押すハメになり、 「っぶないわね。当たったらどうするのよっ」 滑り台の上を前転して転がり落ちる形で、霊夢が美鈴の拳を『乗り越えた』。乗り越え た先にあるのは、拳を突き上げた形で硬直している美鈴の驚いた表情だ。 その表情に、下半身を破山砲に押されて勢い良く回った霊夢の前回り踵落としが炸裂す る。 ぐしゃ、という派手な音が、今度こそ完全なダウンの形で美鈴をキャンバスに叩きつけ た。 ※ ※ ※ 「ダウン! ワン、ツー、スリー!」 「決まった〜! 返し技からの返し技、そこからさらに返し技! 目まぐるしい攻守の入 れ替わりを制したのは、博麗の巫女っ。霊夢選手です!」 即座に笏を掲げた映姫のダウン宣言と同時、文もまた手に汗を握りながらマイクに叫び を乗せていた。ほとんど霊夢に潰されるようにして倒れた美鈴が大の字になって動かない 事実に、乱れた髪を手で振り払う霊夢の姿を戦慄と共に見る。 (これは……強い。ここまでやりますか) その考えと、ほぉ〜、と観客たちが止めていた息を吐き出す音が重なった。多くの妖怪 たちも、今の文と同じ気分を味わっているのだろう。 文はもちろん霊夢が『弱いはずがない』と思っていた一人だ。未熟であっても博麗の巫 女。並の人間よりは遥かに対妖怪の戦闘技術を身につけているだろうと。 それでも驚いたのは、霊夢の戦いぶりが文の予想していた『技術』とは違うベクトルに 向かうものだったからだ。 その文の様子に、同じ放送席にいた阿求がクスリと笑う。 「もっと人間らしく、小細工を使って徐々に相手の体力を奪っていくと思っていました?」 「え? え、ええ。何せ、攻撃力だけはどうしても人間だと限界がありますから」 人間と妖怪の間に絶対的な差というものがあるとしたら、単純な肉体性能の差に他なら ない。技術ならばともかく、筋力や体力といった面で人間が妖怪を凌駕することはない。 「徒手空拳で妖怪に匹敵する攻撃力を持つとしたら、それはすでに仙人の域です。でも、 巫女はまだそんな段階でもないですし――」 「だから、それを補うのが博麗の技というわけです」 続けようとした文を、阿求は言葉で制した。興味ありそうに自分を見てくる慧音と霖之 助にもうなずき、彼女は言う。 「巫女がどの程度意識しているかはわかりませんけど、今ダウンを奪った攻撃もあの妖怪 の突きの威力を回転に加えての蹴りです」 つまり、と。 「博麗の巫女の攻撃力は、相対する妖怪の攻撃力に比例する、ということですね。そうい うことばかりずっとやってきた一族ですから、あれは」 専門家ですよ、と阿求は最後に付け加えた。それを黙って聞いた文は、しばし考えてか ら内容を完全に理解して、 「要するに、妖怪の力を逆に利用する、というわけですか……厄介ですねぇ。あ〜、つい でによろしいでしょうか、博麗の巫女に詳しい阿求さん。巫女は足技が多いみたいですけ ど?」 「そうですね。最初の飛び込み蹴りは博麗の技の一つ『昇夢』。その次のは『昇天蹴』だ ったと思います。基本的に巫女は手に札なり針なり棒なり持ちますから、純粋な肉弾攻撃 となるとやはり足技が増えるようですね」 「なるほど」 「……初めて実況と解説が成立したな」 今までは放送席の面々による憶測や感想が中心だったのだが、今回は阿求が『情報』と して博麗の巫女について語ってくれたことに、慧音は苦笑を禁じえない。 そのようにして、周囲で様々な会話が進んでいる中、同じ時間の流れの中で閻魔のカウ ントもまた進んでいた。 「シックス、セブン、エイト!」 「め――」 動かない美鈴にフランドールがリングサイドから声をかけようとしたが、その口の前に レミリアが手を出して遮る。 紅魔館の主は、部下のダウンにむしろ小さな口から鋭い牙を見せて不敵に笑う。それは 青コーナーのセコンドについた咲夜も同じで、彼女からは倒れた美鈴がしっかりと目を開 いて空を眺めているのが見えていた。 そして、 「ナイン!」 「よっと」 最後のカウントまであと一秒というタイミングで、美鈴は足を振り上げ、それを振り下 ろす反動で立ち上がった。 お〜、と観客が拍手すると、美鈴は赤く『点』になった自らの額を撫でさすりながら、 赤コーナーのポスト前にいる霊夢に笑みを向ける。 「惜しかったわね。もうちょっと下なら、さすがにおだぶつだったわ」 「頑丈ねぇ」 その余裕そうな美鈴の様子に、さすがに霊夢も呆れたように頬を掻く。続行、という映 姫の言葉に促されて彼女が前に出ると、すでに美鈴は低く構えて霊夢を待ち構えていた。 それは先ほどまでの上下のリズムのある構えとは違い、左半身でまるで椅子にでも座る かのように腰を低く落とした、どっしりとした構えだ。がに股でしっかりとキャンバスを 踏みしめたその下半身の上に、正面の霊夢に狙いをつけるように拳を向けた九十度の角度 で曲げられた両の腕がある。 その構えを、八雲紫は次のように表現する。 「まるでミサイルの発射台ね」 同時、上白沢慧音は次のように表現する。 「まるで、長槍密集陣形(ファランクス)だな」 両方がそれぞれの意味で正しく、それらの表現に対する答えを文は注目する観客たちに 伝える。 「美鈴選手、ここで八極拳にスタイルチェンジ! あらゆる中国武術の達人、戦う相手に 合わせた対応をできることが、紅魔館門番の強味です! さあ、彼女は一度倒れてからが 強いですよ」 文の言う通り、美鈴は一度のダウンを喰らったことで、霊夢と戦う上での『相性』とい うものを理解していた。 (みんなには私が一方的にやられたように見えただろうけど……霊夢にもダメージは通っ た!) 最初の回し蹴りの際、自分の蹴りが霊夢に確かに通用したのを、美鈴は右足に返った衝 撃で確認している。その一撃と後の攻防の『差』はいったい何なのか、気づけない美鈴で はない。 また、それこそを期待していたレミリアは、我が意を得たりとばかりに隣に座る魔女に 上機嫌に言う。 「パチュリー・ノーレッジ。あなたにアレの考えがわかる?」 「アレならそうすると、レミィが予想していた答え程度なら。でも、それは私の答えじゃ ない」 アレの選んだ選択肢なんて、とパチュリーは肩をすくめる。 「考え得る限り、およそ一番馬鹿げた作戦ね」 「お姉様、パチェ、それってなぁに?」 と、そこに一人だけ会話の意味がわからないフランドールが声をかける。幼い少女の不 思議そうな顔に、レミリアとパチュリーは互いの顔を見合わせて、 「百聞は人の為ならず、よ」 「そうね。違うけど」 持ちネタではぐらかした。 美鈴の構えの意味を理解していないのはフランドールだけではなく、当事者である霊夢 もまた周囲の盛り上がりに怪訝な顔をするうちの一人であった。 「……ふぅん? あんまり変わったようにも見えないけど?」 「違いはすぐにわかるわ」 霊夢が尋ねるのに、美鈴は短く応える。まさか霊夢も美鈴が種明かしするとは――多分 ――思ってはいなかったのだろう。美鈴の対応を気にすることなく、もう一度距離を詰め ようと走り出す。 「行くわよ!」 そこからは、一瞬だった。 ※ ※ ※ 軽快に駆けた霊夢が左足で踏み切って前へ跳ぶ。前へ跳びながら身体は右回転し、折り 畳んだ右足の裏がソバットとして美鈴の側頭部を狙って飛んだ。 「……違うっ」 それを見た藍が呻く。霊夢のそれは一回転して相手の頭を薙ぐソバットではなく、鋭く 二回転――竜巻のように回転した、遠心力を十二分に乗せた一撃だ。一回転で打撃が飛ん でくると考えるところへのフェイントを織り交ぜた旋風脚である。 その幻惑に、美鈴は低く構えたまま反応できなかった。 スパーンと後ろ回しの靴裏が右のこめかみを射抜き、その衝撃に美鈴は全力で歯を食い しばる。 そして。 その一撃を喰らいながら右足で半歩踏み込んだ美鈴の右の肘が、蹴りを当てた形で宙に 浮いていた霊夢の右脇腹に直撃した。 「!?」 瞬間、霊夢の身体が硬直する。九十度に曲げて構えられていた右肘を、前に踏み出しな がら擦り上げるだけの至近打撃に、全身にピシリと電撃が走ったような衝撃が広がる。 霊夢が痛いなどと感じるよりも前に、美鈴が霊夢に叩きつけた右腕ともう片方の左腕を、 手にした岩でも投げ捨てるかのように自分の後ろ足になっている左足側へと放った。その 振る反動を利用して、右膝がグンとキャンバスを押して美鈴の身体を前へと『発射』する。 「る……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 右肩での体当たりが美鈴の叫びと共に炸裂し、霊夢の身体は文字通り『ぶっ飛ん』だ。 ソバット直後という不安定な状態から身体の側面でキャンバスに落下し、そこからさら に霊夢は跳ねる。ゴロンと一回転し、その背中が赤コーナーのポストにドスンと叩きつけ られると、シンと辺りが静まり返る。 「え?」 呆けたような魔理沙の声が、皆の心情そのままだっただろう。 その余韻が消える間もなく、 「ダウン!」 映姫の宣言が、状況を何よりも明確に全ての者に伝えるのだった。 ※ ※ ※ 「た、倒れたー! 博麗の巫女、霊夢選手が、ついに今大会初めてのダウン! そしてこ れが――」 文は見る。赤コーナーを背に横たわる霊夢。その霊夢をセコンドスペースから呆然と見 下ろす魔理沙の姿。 カウントが、スリーを刻む。 巫女は、動かない。文は自らの身でその威力を知っていた。 だからこそ、言うのだ。 「――決定打! 恐るべし紅美鈴っ。一発にかけたその破壊力、鬼や吸血鬼に劣るもので はありません!」 「これよっ」 文の煽りに乗るように、レミリアは席を立った。子供らしく歓喜の顔で何度も手を叩き あわせ、してやったりとパチュリーを振り返る。 笑顔で言うのは、 「霊夢は、相打ちに弱い!」 ということだ。 だが、パチュリーは冷めた目で突っ込む。 「カウンターでも何でもなく、本当に『相打ち』を狙うのだなんて、アレくらいよ」 美鈴が狙っていたのは、まさにそれであった。 自分がダウンに至る攻防の中で打撃をことごとく反撃の材料にされた美鈴は、最初の回 し蹴りが多少なりとも霊夢にダメージを与えたことに活路を見い出した。いかに霊夢とい えども、『自分の攻撃』が相手に命中した際の硬直時には隙が生じる、と。 その時に注意しなくてはいけないのは、霊夢の攻撃を避けてはいけないということだっ た。美鈴の狙いは『霊夢が美鈴に触れる』ことでその動きが固定されることであり、回避 してしまっては再び霊夢に打撃を受け流されてしまうかもしれなかった。 「八極拳の構えは、至近距離で全身を打ち出す技を使用する符丁。他にも至近距離で使え る拳法は多いですが、ここは肘の出しやすさを優先したのでしょう。最初から『押す』打 撃では流される可能性もありますし、まずは近距離打撃の中で一番『刺す』性質の高い肘 を迎撃に選んだのだと思います。自分が先に倒されてしまえば意味が無いですが、自分の 耐久力に自信があるからこそ選択できる、有効な作戦ですよ」 文も美鈴の構えを分析し、そう評価する。 そして、それは美鈴だけではなく、反撃で倒せる破壊力さえ持っていればどの妖怪にで も可能な戦法であることが、何よりも重要であった。 「なるほど〜」 珍しく酒の手を休めてまで萃香が感心する。美鈴が示した結果は、彼女の勝利を導いた だけではない。正確に霊夢の『戦力』を丸裸にし、その攻略法まで全ての妖怪の前に曝け 出してみせたのだ。 「やるじゃない。『巫女殺し』……確かに見せてもらったわ」 酔い潰した妖精たちが死屍累々と転がっている茣蓙の上に胡坐をかいたまま、萃香は美 鈴に賛辞を送った。 送ってから、 「相手が『並の巫女』なら、今ので終わってたね」 「い……たぁ……あ、あれ?」 その萃香の言葉に起こされたかのように、霊夢が赤コーナーのポストの下で呻いた。す ると、絶句していた魔理沙が我を取り戻して大声を出す。 「霊夢! 立てるか? 今、凄く格好悪いぜ!?」 「あ、あのねぇ」 う〜、と顔をしかめつつ、霊夢は顔を上げた。そうやって現在の状況を確認して、初め て彼女は驚きの色を浮かべる。 「もしかして、ダウンした?」 「してるぜ」 そうこうしているうちにカウントはシックスを越え、それが聞こえた霊夢は慌てて立ち 上がろうとした。 が。 「お?」 足を伸ばそうとした瞬間、その膝が地震にでもあったかのようにガクガクと揺れた。さ らに右脇腹に走った刺すような痛みに、霊夢は「いたた」とそこを手で押さえる。 「あ、足にくるって初めてね……」 「頭にくるのはいつもだがな。無理か?」 「きついわ、ってこと」 さすがに汗の玉を額に浮かべ、霊夢は背中側にいる魔理沙と軽口を交換した。 そして、 「エイト、ナイン!」 「ふ……っ」 息を止め、下腹に力を入れて彼女は無理矢理自らを立ち上がらせた。そこで映姫のカウ ントが止まり、その姿に文が意外そうにコメントする。 「立ちました。霊夢選手、大ダメージながらも、試合を続行するつもりのようです! し かし、これは……」 無理ではないか、という言葉を文は呑み込んだ。立ち上がった霊夢がいきなり足を震わ せて、後ろのコーナーポストに背中をトンと預けたからだ。 だから、言い直す。 「無理です」 断定した文に反対する者はいなかった。それは美鈴も同じ気持ちだ。 彼女は、霊夢が立ち上がったこと自体にはそれほど驚いてはいなかった。苦労すれば立 ち上がるくらいはできるだろう、と思う。自分だって、倒れれば根性で起き上がる。 (でも、それと戦えるかどうかは、違う) 人間と妖怪の差は、そのようなところにも現れる。 もし霊夢に美鈴と同じだけの攻撃力があったとして、お互いにダウンの応酬の果てに残 るのは美鈴だ。 「体力が違いすぎる、ということですね」 阿求も文に同意してうなずいた。短い時間に区切った『試合形式』で戦うならばともか く、本当の滅ぼすまでの潰し合いになれば、人間が正面からの勝負で妖怪にかなう道理は ない。今回は試合形式ではあるが、霊夢が時間を『逃げ』に使わずに相打ち覚悟の美鈴相 手に接近戦を挑む以上、それはお互いに防御無しで殴り合う生き残り戦に等しい。 「普通に考えて、これで終わりですね。まあ、一応彼女も人間ですし、ここで――」 と、阿求が解説をまとめようとした時だ。 苦笑した者が、放送席に一人いた。 「普通……ねぇ」 「店主?」 「彼女が品物の代金を払ってくれるような『普通』の巫女だったなら、僕も良かったんだ けどね」 唐突な発言に自分を見てくる他の面々に対し、霖之助はそれだけを言った。その後を継 いだのは、離れた席にいた萃香だ。 「『普通』じゃないのよ」 あれは、と。 「『空を飛ぶ不思議な巫女』なんだから」 続行、という映姫の声で、霊夢がコーナーから発進した。 で、三歩目で足をもつれさせて転んだ。 美鈴が顔面に衝撃を受けて身をくの字に折ったのは、その瞬間であった。 ※ ※ ※ (え!?) 何が起こった、と美鈴は混乱した。霊夢が動き出したのを見た美鈴は、同じように八極 拳の構えで膝を深くたわませた。 返り討ちにする。 そう思った瞬間に、顔面に衝撃が来たのだ。 それはまったくの無防備なタイミングだった。霊夢が転び、拍子抜けした気持ちの寸隙 に鼻面に一撃をもらっていた。 「つ……」 痛みは、驚きの後に来た。ジン、という鼻が痺れる感覚に目に涙が浮かび、しかし美鈴 は霊夢を迎えるために前を見た。 が、そこに霊夢はいない。 ならば、 「上!」 「美鈴、下!」 「あれ――ぶっ!?」 空飛ぶ巫女を捉えようとしたところに咲夜に言われ、慌てて下を向いた顔面に、逆立ち になった霊夢の靴の裏が揃って叩き込まれた。その打ち上げロケットのような一発に、美 鈴は構えを崩して中腰のままたたらを踏んで後退する。 「なん……さ、最初のって……!?」 「霊夢が両腕を伸ばしたまま転んだのよ! まずは態勢を――」 整えて、と咲夜が言い切るより早く、霊夢はそこにいた。 そこ、美鈴の目の前で、霊夢は拳を握り締めて叫ぶ。 「行くわよっ」 それは美鈴の発想の外から来た台詞だった。 腕を伸ばした伸身での『倒れこみ振り下ろし打撃』で、自分の身長分の打撃範囲を稼い で美鈴の顔面を殴った霊夢は、うつ伏せに倒れるとそのまま前転し、足が天頂方向に達す ると同時に両腕でキャンバスを押した。つまり、逆立ちをした。その逆立ち蹴りで今度は 美鈴の顔面を跳ね上げ、後退させたまでは良い。 だが、起き上がったそこからさらに踏み込み、両拳を固めて美鈴の前に立つということ の意味を、霊夢が理解しているようには思えなかった。 (本気!?) 人間と妖怪が正面から殴り合う。霊夢はそれを挑戦してきたのだ。 そして、その真否を問うまでもなく、霊夢の右拳が真っ直ぐに飛んでくる。顎を狙った それを、美鈴は簡単に左掌で受け止めると、そのパシンという音に我に返る。 「望むところよ!」 今更何か小細工を思いついても遅いということを、博麗の技でも使い手が人間である限 り妖怪には勝てないということを、美鈴は自らの手で証明するつもりで拳を握り締めた。 対して、霊夢は霊夢で珍しく頬に汗を伝わせてその距離に立っていた。 霊夢が距離を詰めた理由など、簡単なものだ。 (まずは休む!) 膝が震えるほどにダメージのある今、霊夢は『歩かなくて良い距離』を求めて美鈴に近 づいた。今の霊夢には、遠い間合いから蹴りなどで攻撃される方が一方的に潰される可能 性が高いと思ったからだ。 (どうせなら、こっちの攻撃も当たる距離で、足を使わないで休む!) 色々と贅沢な少女が、博麗霊夢なのである。 しかし。 「あ?」 気がついた時、霊夢の身体は美鈴に足払いされて宙に浮いていた。近距離での殴り合い に入る前に、美鈴は霊夢の幽霊ウィービングの弱点を突いたのだ。 (霊夢の動きは、膝から上だけ!) そのまま拳を繰り出しても、霊夢にはウィービングで避けられる。だから、美鈴は徹底 的に博麗の技を潰すための手段に出ていた。 「っとぉ!?」 浮いた足を、霊夢は慌ててキャンバスにつけた。その致命的な隙に、美鈴が左の掌底打 ちを顔面に向かって放つ。それに目を見開いた霊夢は、 「やばっ!」 頭を横に振ってそれを回避した。耳元を通り過ぎる美鈴の突きに、今度は自分が交差法 で左の拳を横振りに叩きつける。 ゴッ、という音を立てて霊夢の拳が『避けなかった』美鈴の右頬に命中し、その事実に レミリアが両手を胸の前でパァンと叩き合せる。 「終わりよ、霊夢」 そのレミリアの言葉通りに、美鈴は右の拳を背中側まで振りかぶって最大の打撃の準備 を済ませていた。そこからはもう技も何もない。妖怪の破壊力で、美鈴は折り畳んだ右拳 を芝を刈る鎌のような横振りで霊夢のこめかみに向かって打ち出した。 直後、『霊夢の右の振りかぶり殴り』を喰らって弾けたのは、美鈴の顔面の方だった。 霊夢は左の一発を当てた後、連続で攻撃を叩き込むために、右の拳を頭上から振り下ろす 超大振りを繰り出していたのだ。 結果、美鈴の横振りを霊夢が身体を前に倒して避けた形となり、頭上を空気を裂いて拳 が空振っていった後を、霊夢の拳が美鈴の顔面を捉えた。 「れ、霊夢選手の……わ、ワンツー?」 「あんなワンツーがあるか!」 素早く実況した文に、正座して紫に酌をしていた藍が突っ込む。 しかし、レミリアの笑みは崩れない。それはまだ美鈴のチャンスが続いているというこ とだ。霊夢の右拳は美鈴に命中していて、霊夢は『攻撃を受け流せない』。 「美鈴!」 レミリアの声に乗り、霊夢の拳を顔面に受けたまま美鈴が腰を右に捻って左肩を霊夢側 へと押し出した。足の踏み込みなど必要とせず、腰の捻りと肩の入れ方、そして拳の回転 で速度と威力を生み出す、最短距離を通りながらも一撃必殺の突きだ。 予備動作の無いそれに、霊夢は反応できない。 ――はずだった。 霊夢が美鈴の頬に当てていた左手と、鼻に当てていた右手を、それぞれ美鈴の左右の肩 に下ろして掴んだ。図らずも、その動作が美鈴の左の突きを右腕で弾き『霊夢の右腕の外 側を滑らせる』ことになる。そうして、右の大振りで下がっていた頭を、肩を入れた突き を放ったせいで前向きの勢いがついた美鈴の顔に向かって、霊夢は思い切り突き上げ、ぶ ちかました。 「てい!」 「ぎゃっ!?」 ガツーン、という派手な音がして、美鈴の目の前に火花が散る。自らの必殺の突きの破 壊力をそのままカウンターで受けた彼女の身体が、一歩退く。倒れこもうとする身体を、 右足を後ろに出してスタンスを広げ、どうにか支える。 「れ、霊夢選手の、ワンツースリー!?」 「あんなワンツースリーがあるか!」 再度文が迷いながらも実況し、藍がそれに対して怒鳴りをぶつける。背筋がゾクリとし、 九本の尻尾の毛が一斉に逆立ったのは、文の言葉が真実であると心のどこかで理解してい たからだ。 霊夢はそこから歯を食いしばる。 (動け!) ピクリ、と少女の左足が動く。 それよりも早く、レミリアの一喝が飛んだ。 「美鈴っ!」 それで美鈴は自分のなすべきことを悟った。自分と霊夢の位置関係が最高の状態にある ことを、レミリアの声で知らされたのだ。 頭突きが命中して、美鈴と霊夢はほとんど胸を突き合せた状態だ。その形で、美鈴は右 足を一歩分後ろに退かせている。左腕は、霊夢に突きをかわされて伸びきってしまってい るが、入れ替わりに引き戻した右腕は肘を曲げて鋭角な三角を作り出していた。 (一歩!) 考えた時には、すでに身体は動いていた。右足の鋭い踏み込みが霊夢の両足の間に落ち てキャンバスを鳴らす。右足が前に出ることで自然に右半身が前に押し出され、その勢い を利用して美鈴は真っ直ぐに右肘を突き出した。 そこに、『膝蹴りのため』に霊夢が上半身を思い切り右側に捻る。 「な……!?」 ついに、レミリアは絶句した。 身体を横九十度に捻って膝を水平に美鈴の脇腹に突き立てようと跳ね上げた霊夢。肘を 立て、全力で一歩前に踏み出した美鈴は、それに自ら飛び込む形となり、 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 内臓が爆発しそうな衝撃が、美鈴の脇腹を直撃した。ズン、と鈍い音が美鈴の内部で響 き渡り、反響したそれが口から声にならない悲鳴となって漏れる。足が一瞬キャンバスか ら浮き、炸裂した霊夢の膝を支点に美鈴の身体が見事な『く』の字を描く。 それが、美鈴が初体験する『自分の発勁』の破壊力であった。震脚で全身を打ち出した ところに一撃を受けたことは、短距離の全力疾走中にいきなり目の前に槍が現れて、それ に突っ込んだようなものだ。 自爆、という言葉を肯定する前に、レミリアはもう一度叫んだ。それだけは認めないと ばかりに、 「めいり……むぐっ!?」 「そこまで」 だが、横から伸びた手が少女の口を強引に押さえ込んだ。ほとんど顔を叩くようなそれ に、レミリアは愕然として真っ白な手の持ち主を見る。 「パチェ!?」 「だから言ったでしょう、考え得る限りおよそ一番馬鹿げた作戦だって」 冷静に見なさい、とパチュリーは友人である吸血嬢と視線を絡めた。 「もう無理よ、相打ちを狙うどころじゃないわ。単発ならともかく、乱打戦であの紅白相 手にカウンターなんて、無理な話なのよ」 何せ、 「『博麗霊夢』の勘と幸運の特性値は、この会場の全員を集めたよりも高い」 「……私も、霊夢と戦う時はアレと同じ戦い方をするつもりだったのに」 五百年を生きる子供の瞳は幼く、自らの考えが否定されたことが未だに信じられないと いう色をしていた。 「なら、これを見ないで戦っていれば、ああなっていたのはレミィだったってことね」 「うぐぅ……」 そして、同じように『ぐうの音』を上げているのは放送席の文であった。一回戦で美鈴 と戦った彼女は、美鈴の嫌になるほどの耐久力を身をもって知っている。その美鈴が、人 間である霊夢のカウンター数発ですでに崩れ落ちかけていることに、呻くように言ってい た。 「な、なんです、この理不尽!?」 「……少し巫女の項目を書き直そうかしら……」 阿求もまた頭痛を堪えるようにしかめっ面をしており、そんな二人に霖之助がサラリと コメントする。 「『対人間』じゃ、あの子相手には無理なんだよ、色々」 商売とか、と彼は肩をすくめる。 また、ぶつぶつと不満を漏らしているのは藍だ。 「あれがワンツースリーフォーですって?」 「藍、あんまり計算し過ぎても駄目よ。霊夢なんだし、ほどほどにね」 「はあ……」 紫に諭されても、藍は眉をひそめたまま納得ができない。自分が目撃した『現実』が、 いかに贔屓目に見ても理に適わない結果だったからだ。 (霊夢からしたら、左で殴って、右で殴って、頭突きして、膝蹴り、か) 別に、霊夢は美鈴に対して意識的にカウンターを合わせたわけではない。ただ、自分の 連続攻撃を繰り出しただけだ。技の繋がりも、まあ良しとしよう。 問題は、霊夢が『美鈴の攻撃の流れ』を完璧に無視して自分の行動だけを行った結果、 それが全て『偶然』カウンターになってしまったということだ。 霊夢の勘はわかる。彼女であれば、相手を見ないでも攻撃を当てることができる。 霊夢の幸運はわかる。彼女であれば、『適当』に出した攻撃が偶然カウンターになるこ ともあるだろう。 (でも、なんで相手を『無視』できる!? カウンターのプレッシャーを感じないってい うの、あの巫女は) 自分の攻撃に、破壊力で上回る美鈴の攻撃が被さってくるのだ。普通の人間なら――妖 怪でも――普通そこは退く。おっと危ない、だ。 だが、霊夢は自分を通す。相手の攻撃のど真ん中を通りながら、躊躇い無く相打ち以上 の攻撃を当ててくる。まるで地雷地帯を笑いながら歩いているようなものだ。 総評して、藍は言う。 「そのズレた頭があってこそのナチュラルカウンター。春頭……ってことかしら」 「なんだか、色々酷いこと言われてる気がするわね」 観客の歓声に紛れた一部妖怪たちからの批評に、霊夢は仏頂面でリングサイドをざっと 睨み流す。 そちらは後で文句を言うとして、自らの打撃で下がった美鈴を前に、霊夢は軽くピョン と跳躍し、 「復活っと」 震えが止まった足に、景気良く前に踏み出した。それは迷い無く、淀み無く、深手を受 けた美鈴にとどめを刺そうという気負いすら無い、ごく自然の一歩。 そして美鈴は、折れそうになる膝を両手で押さえ込みながら、ようやく自分が相手をし ているものの片鱗を理解していた。勘で『もののけ』と思っていたものの、正体を。 「ほん……とに……」 震える肺で無理矢理声を発し、美鈴は親指を掴んだ膝の内側にめり込ませた。すると、 電撃が走ったように膝がビクッと大きく跳ねる。 「何が見えてるんだか、この――」 それで足の震えが止まる。ほんの数発受けただけなのに深い倦怠感を感じさせる身体を 動かし、その緩慢な動作で美鈴はもう一度腰を落とし、両の肘を直角に八極拳の構えを形 作る。 「『紅白』は!」 真正面から迫る『紅白』に、美鈴はダウンを奪った時と同じ相打ちを狙おうとした。乱 打戦の不利は実証されたので、ならば狙いすました単発で、と。 ――が。 遠い間合い、まさかそこから攻撃が届くとは思わなかった距離で、霊夢が左回転して背 中を見せる。美鈴が驚くそこに、霊夢は左足での低く刈るような後ろ回し蹴りで、美鈴の 前に出した左足の膝を真横から痛打する。 「!?」 ミシリ、と膝が軋みを上げ、その一発で美鈴の身体が霊夢の蹴り足に払われるように傾 いた。 「ぐ……うぅ……っ!」 もしそれが『今』よりも前であったら、美鈴が大ダメージを受ける前であったら、それ はただの蹴り一発分の痛手でしかなかっただろう。 だが『今』、自らの発勁を返され、その足元さえおぼつかない状態で接地のかなめであ る膝に一撃喰らうことは、美鈴にとって何よりも避けなければならないことだった。 (げ、迎撃がさせてもらえない。回復もさせてもらえない……っ) こいつは、と美鈴は唇を噛む。 「うぅぅ……!」 払われ浮いてしまった左足を、美鈴は唸り声にも近い声を上げて強引に持ち直す。残し ていた右足を伸ばし、一瞬体重を上方向に持ち上げてバランスを取り、より大股に歩幅を 広げる形で足の裏をキャンバスにつける。 そうしてから見れば、霊夢は先ほどと変わらない位置で美鈴に向かって立っていた。 彼女は言う。 「そんな所に突っ立ってても、私は倒せないわよ?」 それは言葉通りの意味だ。 迎撃だけを狙おうとしても、霊夢は美鈴の反撃を許さない位置から攻撃を仕掛けること ができる。自らの膝があと数発も耐えられないことを、美鈴は全身の疲労で悟っていた。 そうした外部から切り崩す霊夢の攻撃に、彼女を春と評した藍が目を丸くする。 「今度は、理詰め!?」 「一番近かったのが足だったからでしょう」 紫の言葉こそ、真実に一番近かった。 そして、霊夢の言葉に笑ってしまったのは美鈴だ。 「や、やっぱり……」 霊夢。 巫女。 人間。 自分。 門番。 妖怪。 単語が頭をよぎり、その中で無意識に無視していたもの、自分だけではなく、同じ作戦 を考えたレミリアでさえ無視していた事実を思い知る。 それは先ほど美鈴が理解した『片鱗』と重なるものだ。 (小細工していたのは、私の方か) 人間は、妖怪を倒すために小細工を弄する。小賢しく、知恵の及ぶ限りの方法で圧倒的 な力の妖怪を倒そうとする。 だというのに。 真っ直ぐやってくる巫女。 その巫女を倒すために、作戦を練って挑んだ自分。 作戦が通じなくなり、焦り始めていた自分。 作戦を立てることに、疑問すら抱かなかった自分やレミリア。否、誰もが疑問を抱かな かったに違いない。 『相手は巫女なんだから』 だが、 (『妖怪が確実に人間に勝てる戦い方』なんかで相手できる手合いじゃない……っ) カウンターなど、愚の骨頂。 もし通用するとしたなら――。 「……ふ」 「やる気ね」 低い構えで固定されていた膝を打たれ、流すことができなかったその衝撃に足を痺れさ せながらも、美鈴は唇の端を吊り上げて笑った。身体は、まだ動く。自分が辿り着いた答 えを実践する程度の体力は、まだ残っていた。 そして、霊夢もその意志を汲み取って笑う。 開き直った美鈴に対してあまりに普通の笑い方をする霊夢に、美鈴は彼女に何が見えて いるかの答えをもらった気がした。 軋みを上げる膝を踏ん張る。今更構えの変更はない。 「一撃よ……背水の陣!」 「だからさ、あんた一人で陣なのかって!」 最後の会話が終わり、美鈴は自分の武術家としての『結論』で霊夢に向かって一直線に 右足を踏み出した。 使うのは、例え霊夢のどのような攻撃が飛んでこようが絶対に打ち負けない、霊夢が美 鈴の力を利用しようとして触れるだけでもその瞬間に意識を吹き飛ばす、攻防を兼ねた自 分に放てる最高の一打。一度放たれれば霊夢には処理できないほどの大破壊力・広範囲攻 撃。 最初から、それで良かった。 武術家として、己の技を信じて真正面からぶつかれば、美鈴が霊夢に圧倒されることな どなかった。 美鈴の背後のロープの向こうは、紅魔館の面々が座る場所。そこにいる『背水』の皆に 見せつけるように、美鈴は『点』ではない『面』の攻撃である背中での体当たりのために 深く右膝を曲げてキャンバスに震脚した。 ズダァーン、というその日一番の震脚の音が響き、 その、平らになるほどに折り曲げられた美鈴の太腿の上に、霊夢は階段でも上るように 己の右足をトンと乗せていた。 「れ――」 そして、美鈴が身体を反転させて背中を――『必殺の攻撃』を見せるよりも先。 美鈴の震脚の反動に乗った霊夢の、身体をキャンバスに水平にするほどに左側に投げ出 したローラー回転後ろ回し踵蹴りが、ありえないほどの衝撃音で美鈴の顔面を真後ろに薙 ぎ倒した。 ※ ※ ※ バァーーン! という弾ける音で、美鈴の身体が背中からキャンバスに叩きつけられる。 パチュリーが肩をすくめて広げた本に目を戻し、レミリアが舌打ちし、そしてフランド ールが席を立つ。 「めいりーーーーん!」 叫ぶ。 その叫びに重なるように、映姫が笏を掲げて、 「ダウ――」 その宣言が止まる。 ダウンはしなかった。美鈴は背中がキャンバスに落ちる勢いを利用して、そのまま後転 して跳ね起きる。 え? という空白。 フランドールがその目を輝かせ、 そして、 後転の勢いを殺せずに、美鈴はそのまま後ろに倒れた。 ゴロン、と。 ただ一瞬だけ、フランドールの声に反応したその身体。 そこで、映姫は首を横に振った。 「そこまで! 勝者、博麗霊夢!」 ※ ※ ※ 「けっっっっっっっっっちゃーーーーーーーく!」 映姫の終了宣言と同時に、文もまたマイクに向かって全力で叫んでいた。横では阿求が 胸を撫で下ろし、慧音が疲れたとばかりに放送席に突っ伏している。 観客席からは盛大な拍手とおひねり、そして外れた美鈴側の賭札が冬の曇り空を覆うほ どに盛大にばら撒かれる。 「巫女ミコ霊夢!」 「巫女ミコ霊夢!」 ミスティアの歌声に合わせて妖精たちも合唱し、プリズムリバーの演奏がテンションを 増し、リングの上では霊夢がそれに応えて両腕を突き上げて勝ち名乗りを上げる。 「はい、お疲れ〜」 「あ〜、さすがにあれは死んだんじゃないか?」 「まさか」 両腕をぐるぐる回しながら赤コーナーに戻ってきた霊夢に魔理沙が冗談めかして言うと、 霊夢はふむと最後の一発を決めた左の踵でキャンバスを数度叩く。 トス、トス、とやってから、霊夢はひとこと。 「ま、頑丈だけが取り得の連中だし、大丈夫でしょ」 あっけらかんとした霊夢に、まあそうだなと魔理沙も肩をすくめる。それよりも、彼女 は霊夢に聞きたいことがあった。 「霊夢。あの門番、強かったか?」 「ん。そこそこ」 「そこそこかよ……」 一瞬、ほんの一瞬だけ魔理沙は唇を噛み締める。それは他の誰にも気づけないほどの時 間であったが、霊夢は不思議そうに首を傾げ、 「魔理沙?」 尋ねたが、魔理沙はすでにいつも通りの笑みに戻って、逆に霊夢に首を傾げ返してみせ た。 「ん〜? ご苦労さん、だぜ」 そうして、二人は手をパチンと叩き合せ、早速たっぷりのおひねりを回収しにかかるの であった。 で。 赤コーナーで霊夢と魔理沙が話しているのと同じ頃、 「美鈴!」 リングに飛び上がったフランドールが倒れた美鈴に飛びつくと同時に、フランドールは 『青コーナーのポストの上』に座っていた。 「あれ?」 「少々お待ちくださいな」 自分の認識の外の時間で運ばれた吸血少女がきょとんとした顔をしていると、その横を 紅魔館のメイド長が湯気を上げるヤカンを片手に通り過ぎていった。 まさか、と思った直後には、 「うあっっっっっっっっっっちゃああああああああ!?」 悲鳴を上げて美鈴が跳ね起きる。それを見届けて、咲夜は一歩退いてフランドールに対 して身を深く折る最高の一礼にて告げる。 「では、後はお好きなように」 「美鈴!」 「ぐぎゃっ!?」 吸血体当たりをぶちかまされた美鈴がもう一度ぶっ倒れたことは、言うまでもない。 そして。 リングの上が「おひねり、おひねり、お茶っ葉とか入ってないかしら?」だとか、「美 鈴、美鈴!」だとか、「痛い痛い!」だとか、それを見守るヤカン片手のメイドだとか、 そういうぐちゃぐちゃとしたものに支配されてしまったのをリングサイドから見上げつつ、 レミリア・スカーレットは呟いた。 「……とりあえず、見せてもらったわ」 一回戦では現れなかった、『博麗霊夢』の底。 攻撃する姿。 避ける姿。 反撃する姿。 ダウンする姿。 回復に努める姿。 勝利する姿。 それら、格闘という行動に含まれるほぼ『全て』の姿を引き出した部下に、レミリアは 口元に笑みを浮かべる。 負けはしたが、それ以上のものを見せてくれた。 「いい仕事をしてくれるじゃない。さすが、我が紅魔館の門番」 そこで『我が』が入るところが、レミリアのレミリアたる所以だったりするのだが、彼 女は試合前に美鈴が言った言葉を思い出す。 (パァーっと、だったかしら?) いいだろう、と。 (パァーっとやってやるわ。私が、霊夢を倒してね) 永遠に紅い幼い月は、生き血を啜る魔性の牙を覗かせ、そう笑みを浮かべるのであった。 ――ともあれ。 そういうことで、博麗霊夢の三回戦進出一番乗りが決定したのである。 『Aブロック第1試合』――決着!