東方プロジェクト・ネタバトルSS 東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 1回戦 Dブロック第2試合 西行寺幽々子 VS 小野塚小町               ※ ※ ※  その試合が始まる前、会場はそれまでの試合の中で一番のざわめきを見せていた。    境内に置かれた特設リングを囲む茣蓙の観客席では、移動のために腰を上げた妖怪たち がお互いに身を寄せ合ってひそひそ話をしていた。賭札を買おうと用意した小銭を手にし たまま、応援すべき赤青の各コーナー側に移動することもなく、どこか熱で浮かされたよ うな表情でお互いの情報を交換し合う。  そして、そうやって立ち話を重ねても決まらないのが、試合で賭ける勝者の予想だ。  放送席の文が耳を澄ませて付近の声を盗み聞きすれば、 「どっちに賭ける?」 「やっぱり、亡霊嬢じゃない?」 「でも、相手は――」  という会話が聞こえてくる。それが概ね会場の全体で見られる傾向で、誰かがどちらか の勝利を予想すれば、それに対して他の誰かが「でも」をつけるのである。  それもそのはずで、少々風が出てきた寒空の下のリングに立つ二人は、その肩書きから して勝者を判断しにくいものだったりする。これまの試合の中で、格別にだ。  なので、 「Dブロック第二試合。ここに来て、なんとも皮肉な組み合わせが実現しました」  そのような切り出しで、文は試合開始を待つ二人の選手を紹介した。  まず赤コーナー。 「赤コーナーに立つは、冥界は白玉楼の主、亡霊嬢こと西行寺幽々子選手! この格闘ご っこ大会の主催者の一人にして、すでに二回戦進出を決めている魂魄妖夢選手のご主人様 でもあります。昨年夏の弾幕格闘ごっこでは、舞うような美しい戦いを繰り広げましたが、 今回はいったいどのような戦いを見せるのか――期待しましょう!」  実力も折り紙つきの堂々たる強妖の一柱の紹介に、まだざわめきはあれど、まばらな拍 手が観客席から届けられる。  だが、問題はその対戦相手、青コーナーに背を任せてリラックスする赤毛の少女の方な のだ。  文もそれは承知していて、次なる紹介にはより力を込めてマイクに声を注ぎ込む。 「対する青コーナーは、三途の川の水先案内人、小野塚小町選手! あまり馴染みのない 方も多いかと思われますが、なんと彼女は審判長を務める閻魔様の直属の部下! 亡霊や 幽霊といったものに対しては圧倒的優勢を持つ『あちら側』――つまりは彼岸でお仕事を なさっている死神さんなのです」  三途の川の水先案内人。さらに死神という肩書きは、それだけで一つの結果を想像させ る。高い実力を認められている幽々子の賭け率が思うほど上昇していない状況は、全てそ の肩書きに起因していた。 「審判として閻魔様にお出でを願った際に、ついでと思って『出てみませんか』と聞いて みたら、『構わないよ』となんともあっさりとした参戦了承。この自信満々のゲスト、言 っては悪いが――」  要するに、 「亡霊嬢にとっては相性最悪! 考え得る限り、最悪の対戦相手と言って過言ではないで しょう!」  ということである。  亡霊である幽々子と、霊を閻魔に届ける死神の小町では、その種族相性が悪すぎる。し かし、それで『小町選手圧倒的に有利!』とならないのは、幽々子がその辺りにいくらで もいる亡霊の一匹ではなく、れっきとした幻想郷の実力者の一人だからだ。  死神は亡霊に有利。  だが、西行寺幽々子はそれを覆すほどに強い。  その二つが天秤に乗って賭札購入に迷いを生じさせているのが、今の状況だ。だからこ そ観客たちは予想をするのが難しく、お互いに相談するのをやめられない。  そして、そうした『勝者予想の相談』がこの格闘ごっこ大会の楽しみの一つでもあった。 せっかく普段は見られない豪華な強妖の面々――顔を見せているのは少女ばかりだが―― の戦う姿がみられるのだから、その過去の逸話から想像される強さを比較して、酒の席の 肴にしよう、というのである。 「ほら、永夜事変の時に私たちの頭の上飛んでいった亡霊嬢見たでしょ?」 「ああ、夜雀が酷いことになってたやつ」 「そうそう。鳥目になって半人半霊が身動き取れなくなってからの亡霊嬢のばら撒き具合 は凄かったって。数撃ちゃ当たるの典型?」 「あの死神さ、今年の春に見たけど巫女とか魔法使いと普通にやりあってたよ」 「そう言えば、四季の花が咲き乱れた異変を解決したのは死神じゃなかった? 魂を運ん だとか何とか」 「あれは巫女が解決したんじゃないの?」 「巫女はべろんべろんに酔って妄言吐いてただけでしょ。死神が解決したっていうのが有 力っぽくない?」 「そもそも元凶が死神のサボりって噂もあるわよ、それ」 「やっぱり亡霊嬢かなぁ。弾幕格闘ごっこだと、それなりに強かったし」 「死神は鎌持っていたじゃない。武器持ってるんだから、格闘とかできそうじゃない?」  等々、大変盛り上がっていたりする。  永遠亭の兎たちが賭札を入れたザルを背中にくくりつけられて飛び跳ねていても、呼 び止める者がいないくらいの熱中ぶりだ。  ちなみに、 「まあ、死神の能力は格闘ごっこには全然関係ないのですけどね」  こっそり呟いた文の言葉を聞いている観客は、一人もいなかったりするのである。               ※ ※ ※ 「お〜お〜。利益にこだわる衆生ってのは、いつの世も難儀なものだねぇ」  青コーナーのポストの上から楽しげに言うのは、観客たちが話題にする小野塚小町だっ た。彼女は器用にポストに腰を下ろし、足を組んだ楽な姿勢でリングの周りの喧騒を眺め ている。  彼女が面白がっているのは、一つは妖怪たちの『強さ議論』。そしてもう一つが、自身 の死神の目に映る彼女たちの『寿命』だ。先ほどから妖怪たちの寿命は、議論の浮き沈み の度に伸びたり縮んだりしている。霊夢や魔理沙といった人間勢を見れば、その寿命はは っきりと定まり固定しているので、いかに妖怪たちが『めちゃくちゃ』であるかがわかる というものだ。 (てきと〜な生き物だなぁ、ほんと)  小町がそう笑ってしまうほど、その会場に集まっている妖怪たちは『元気』だった。  妖怪は肉体よりも精神に依存する部分が多い。より霊的と言うか、精神的に『肉類』よ りも高い位置に達しており、本来ならば『肉』に因るはずの存在限界点までの時間までも、 その精神の状態によって大きく変動してしまう特性がある。  つまり、彼女たちの寿命は明日来るかもしれないし、遥か十万年の後かもしれないとい うことだ。それは悠久の時を刻む逞しさと、直後に果てるかもしれない脆さ――その二つ を同時に抱えた、まさにどこから生まれてどこに消えていくかもわからない命である。 「よ〜し、決めた! 私はやっぱり亡霊嬢!」 「なら、私は死神にするかな〜」  だが、その場にいる妖怪たちの中には、少なくとも今日明日死ぬような気配の者は一人 もいない。皆が皆、少女らしい活気のある命の火を胸に宿して騒ぎ立てているのである。  それは、普段『命の尽きた』魂ばかりを相手にしている小町には新鮮な光景だ。生来の お祭り好きである彼女は、そうした空気に触れることで、やはり自分も大会に参加して良 かったとうなずいてしまったりする。 「やっぱり娑婆は良いところだねぇ。そうは思いません、四季様?」  と、小町は不意に後ろに振り向いた。そこにやって来ているのは、彼女の上司にして試 合の審判を担当する四季映姫・ヤマザナドゥだ。  どこか浮かれる子供のような顔をした小町に、映姫は鳩尾の高さで重ねた手に笏を構え る基本姿勢で同意する。 「ええ。少なくとも、地獄よりは良いところよ。そうでないと、地獄が罰として成り立た ない」 「いやいや、そうではなくてですね……」 「わかってるわよ。冗談に決まってるでしょ」  つまらなかった? と映姫は他の者が聞けば驚くほどに気さくな言葉遣いで肩をすくめ た。その残念そうな顔に、小町は苦笑しながらコーナーポストからキャンバスへと飛び降 りた。  この上司、絶望的に冗談が下手なのである。そもそも真顔で言うので、それが冗談なの か本気で勘違いしているのか、実にわかりにくい。  そしてわからないのはその冗談だけではなく、その寿命もまた小町にはまったくわから ないのが、映姫という存在だった。 (う〜ん、相変わらずの無限っぷり)  小町のような『端くれ』とは違う本物の神格である映姫は、存在としての次元――映姫 に対峙した鈴仙はそれを『位相』と表現した――が違うため、生物の寿命を視る小町の力 の対象外となっている。  その『高い位置』からの公正明大さは実に公平で、試合が始まれば例え部下の小町が相 手でも判定に手心を加えたりはしないであろうことを小町は理解していたのだが、 「まあ、いいや。じゃあ四季様、裁定の方はお任せしますからね。あたいが倒れても、足 が滑ったってことで一つよろしくお願――きゃんっ!?」  軽口を叩き、あっさりと映姫の笏で鼻を打たれて悲鳴を上げた。卒塔婆型の笏の先端で 突かれなかっただけ幸いだが、平の部分でペチンとやられて小町は涙目になって映姫を見 遣る。  すると、映姫はため息混じりに言うのである。 「小町、あなたは状況を考えていなさ過ぎる」 「は、はあ……冗談ですよぉ」 「例え冗談であっても、聞くものはそれを疑惑の種とするわ。あなたが倒れた時に、それ がダメージダウンではない場合ならば私はダウンを宣言しない。それはルールに則った当 然のことなの。でも、あなたの言葉を聞いた者にとってはどう? 私が部下のあなたに甘 い裁定をしたと思われかねない」  びし、と映姫は笏を小町の目の前に突きつけて、ことさら厳しい調子で説教を続ける。 それは本人の言うように、身内にはより厳しくしないと示しがつかない『周囲からの贔屓 の疑惑』を払拭するための伏線なのだろう。  だから。 「口は悪徳の母。小町、私は判定に手心など加えませんからね」 「……はぁ」 「返事は『はい』でしょ」 「はい! 不肖、三途の川の一級案内人、小野塚小町! 邪念無く、他人の手助けを期待 せず、己の力のみを尽くして正々堂々と戦うことを誓います! いやぁ、四季様、あたい がそんな楽な手段で勝とうとしているだなんて、誰も思っちゃいませんよ〜。何せあたい は、勤勉かつ嘘をつかないことで有名な死神なんですから」 「そう願いたいところなんだけどね。まったく……気を引き締めて戦うのよ? 相手だっ て勝つ気でリングに上がってくるんだから」  額に手を当て、軍人よろしく敬礼して宣誓しつつ、小町はすぐに相好を崩してヘラヘラ としまりのない笑いで映姫に擦り寄った。そのわざとらしさにさらにため息をつき、映姫 は最後にもう一度だけぺしっと笏で額に触れるだけの注意を加え、リング中央へと戻って いった。  その最後の言葉を吟味し、 「ご期待には応えますよっと」  審判ではない映姫個人からの激励をありがたく受け取り、小町は含み笑いで対角線上に ある赤コーナーへと視線を向ける。  そこにいるのが、映姫以外では数少ない小町が『寿命』を視ることができない稀有な存 在――西行寺の亡霊嬢なのであった。               ※ ※ ※  その幽々子は、試合前のわずかな時間、セコンドについた妖夢から口がすっぱくなるほ どに注意を受けていた。 「いいですか、幽々子様。相手の死神はかなりの使い手です。花の異変の際に手合わせし た感じだと、武器の扱いにも長けているようでした。当然、武器無しでもそれなりの技量 を持っていると思っていいでしょう」 「ふ〜ん」 「ですから、最初はまず様子見で、相手の手を探ってから戦うようにしてください。幽々 子様のお力なら、『見』に専念すれば無傷で攻撃を捌く程度容易いはずです」 「へぇ〜」  力説する妖夢だが、幽々子はそれを聞いているのかいないのか、そ知らぬ顔で空返事を するばかりだ。  その態度に、妖夢は困ってしまう。できることなら幽々子を試合に出すことすら避けた いと思っていただけに、助言すら上手くできないこの状況は彼女の胸を不安でいっぱいに してしまう。  もっとも、 (負けたら、嘘泣きして絡んでくるんでしょうし)  自分の身を案ずる程度の心配だったりするのだが。  ともあれ、そういうわけで妖夢は繰り返す。 「いいですね? ちゃんと動きを見極めてくださいよ。そうすれば、幽々子様の技が通用 しないということはないはずなんですから」 「ぽえ〜っと。ところで妖夢」 「……はい、なんです?」  結局まったく耳を貸さないで、幽々子は自分の話題を切り出した。それに対し、セコン ドとしての役割の虚しさを感じながら、妖夢はため息混じりに先を促す。  先ほどから妖夢に視線を向けずにただ真っ直ぐに青コーナーを見つめていた幽々子は、 扇を開いて口元を隠し、ゆっくりと言った。 「私が成仏したら、白玉楼はどうなるのかしら?」 「は?」  と呆けた声を上げ、妖夢はぽかんと口を開けた。一瞬、何を言われたのかわからなかっ た。  そこで初めて自らの従者を見た幽々子は、その間抜けな表情に小さな笑みを浮かべ、そ うして呟く。 「意外に、何も変わらないのかも知れないわね」 「ゆ――」  ようやく言葉の意味を理解し、それはいったいどういうことかと、妖夢が血相を変えて 問いただそうとした時だ。 「両選手、リング中央へお願いします」 「あらあら、せっかちさんね〜」  文のマイクによる催促に応え、幽々子は軽い足取りで歩を踏み出していた。寸前までの 儚いほどの透明な笑顔は陽気なそれにとって変わり、追いかけようとした妖夢の手をスル リとかわしてして行ってしまう。  だから、慌てて妖夢は叫ぶ。自分を見ない背中に届けとばかりに、声を張り上げる。  ひとこと。 「幽々子様!」  幼い頃から、何度呼んだかわからない名前。  届かないはずがない名前。  そして。 「妖夢」 「!?」  不意に飛んできたものを、妖夢はその人並外れた反射神経で掴み取った。それは細長く 畳まれた、幽々子のトレードマークとも言える優雅な扇。 「持っていなさい。無くしちゃ駄目よ?」  振り返ることなく、幽々子はそう告げたのだった。               ※ ※ ※ 「まさか、一回戦からあんたに当たるとはね」  リングの中央で向かい合うなり、小町は片手を挙げて挨拶をした。それに幽々子も会釈 を返し、二人は映姫の前で視線を交わす。 「まあ、今更あたいがあんたにする説教もないんだけどさ」 「お説教なら、閻魔様にしっかり受けたわぁ。主に妖夢のせいで」 「あ〜、春だろそれ? 主に妖夢のせいで」 「な、何か悪口を言われてる気がする……」  何故かいきなり意気投合する二人に、遠くから眺めていた妖夢は憮然とした。妖夢から 見て、二人はこれから戦うとは思えないほどに陽気な気配を周囲に放っている。  だが、それは『陽気』というものにも色々種類があるのだと思わせる好対照でもあった。 笑顔は同じかもしれないが、二人の『陽気』には決定的な違いがあるのだ。  小町の、溌剌とした楽しさを振り撒く陽気。それが目に見えるなら、周囲に広がってい く波動のような、他人に干渉する宴会的な陽気。他人に触れようとする陽気。自分が案内 する魂を明るくする陽気。  対して幽々子の、穏やかで自分のみで閉じた陽気。周囲には広がらず、周りからはどう して彼女が陽気なのかわからない、天然の陽気。一人のみ、どのような状況でも笑顔でい 続ける陽気。  一人は、今お祭りに参加しているから陽気。  一人は、この大会に関係なく、いつも陽気。  誰かの影響を受け、誰かに影響を与える小町。  一人で完結し、誰にも影響を与えない幽々子。  陽気が二人並んでもこれほどに対照的なこともあるのだと、放送席の文は感心する。同 じように二人の立場も対照的で、主に肉体労働を求められる渡し守に、日々のんびりと暮 らすことがお仕事なお嬢様という、本来ならば相争うはずのない二人だ。  しかし、だからこそ小町は言う。得られないはずの機会を得た今だから、言えることも あるのだと、口を開く。 「でも、四季様が怒るのも無理はない。もう少しあの半人前に『もの』を教える義務があ んたにはある」 「あなたも段々」 「分を過ぎた道具を持たされた者は知らずに罪を重ねることもある。あんたがちょっと教 えればそれで済んでいたことを、あんたは教えていなかった。あたいにはあんたは少々無 責任に見える」 「閻魔様に似てきたわね〜」  わざとらしく小難しい調子で言う小町に、幽々子は「嫌だわ」と袖を目元に寄せていじ けるふりをした。しくしく、と口で効果音までつける彼女に、小町はさすがに思わず苦笑 した。 「妖夢を教えることは、あんたが地に足を着けて暮らすことにも繋がるはずだ。より良い 死人生活を送るのも悪くないと思うけどね……まあ、とっくの昔に四季様に裁かれた魂に 何を言っても無駄か」 「地に足を、ねぇ。あなたは妖夢と似たようなことも言うのね。ふふっ、より良い生活、 あなたもどうかしら? ちょいっと私が命を――」 「間に合ってるよ」  丁重にお断りし、小町は「よし」とうなずいた。  チラリと映姫を見れば、二人のやり取りを黙って聞いていた上司は静かに笏を空へと掲 げたところだ。それに呼応するようにリリーホワイトが雲間から現れ、 「始まりですよ〜」  亡霊と死神の戦いの開始を告げた。  そしてその直後、死神は亡霊に叩き伏せられてキャンバスに落ちたのである。               ※ ※ ※ 「つぁ……!?」  小町が『縦』に叩き潰されてキャンバスに腹這いに倒れた時、幽々子の動きを理解でき た者は会場にはほとんどいなかった。  ただ一人妖夢が、 (やっぱり作戦なんて聞いてない!)  頭を抱えたりしていた。  幽々子は試合開始と同時に両腕を横に広げて回転し、小町の懐へと突っ込んでいったの だ。それは横回転の遠心力を込めた打撃で、小町は当然のようにその初段を受け止めよう とした。皮肉にも、妖夢が幽々子に言った『最初は様子見』の作戦を小町が実行したので ある。  だが、その小町の受けは致命的な隙となった。直前で幽々子は思い切り『爪先で背伸び』 をして、横の回転を意識的に『歪めた』のだ。  つまり、最初に横回転、そこから背伸びと同時に腕を真上に振り上げ、背伸びの勢いで 浮かんだ自らの体重全てを転倒するような唐竹割りとして、小町の頭に叩き込んだ。小町 にすれば、横方向の動きがいきなり縦の動きへと変わるなど、対応できるものではない。  結果、 「ダウン! ワン、ツー、スリー!」 「ダ、ダウーン! いきなりの先制攻撃! 幽々子選手、かつての弾幕格闘ごっこの際に も見せた技二つを瞬時の切り替えで実行! その一発で死神をキャンバスへと……まさに 『叩きつけ』ました〜!」 「あれは、いきなり横の円運動を縦に切り替えたわけじゃないな」  映姫のダウン宣告、次いで思わず声を張り上げる文にさらに重ねるようにして、慧音も また驚きを隠せずにキャンバス上の幽々子を凝視した。彼女は、まるでそれが当然のよう にニュートラルコーナーへと下がり、倒れる小町を見下ろしている。  それはまるで、勝つのが当たり前という圧倒的な格上の姿だ。 「横の動きを縦に切り替えるのは身体に無理があり過ぎる。あれは背伸びで自分の体重と 横回転の力を一度『投げ』て、それを空中で腕を旋回させて頭上に持ち上げる動きで転化、 最後に身体ごと死神に叩き込んだ。あれは……」  立てないぞ、と慧音は呻いた。ただの腕の振り下ろしとは違い、言うのならば巨人の腕 ――幽々子の背丈と同じ長さの腕による一発だ。  それを証明するように、小町は震える腕で上半身を持ち上げるのに必死だった。最初の 最初、まさに試合開始の『まさかこのほやほやがいきなり攻めてはこないだろう』の思考 の隙間を狙い打たれた形になる。 「シックス、セブン、エイト!」 「く……そっ」  それでも、小町は歯を食いしばって足の裏をキャンバスにつけた。両手と片膝を接地さ せた、陸上のクラウチングスタートにも似た体勢から、 「ま、だ、まだぁ!」  無理矢理に膝を伸ばして立ち上がった。  それを見て、映姫が即座に続行を支持する。あら、と幽々子が意外そうな顔をし、その 顔に小町は冷や汗を流しながらも不敵な笑みを浮かべる。 「ぜ、全然効いてないね! 色々ありましたが、あたいは今日も元気です! お母さん、 元気に生んでくれてありがとう!」 「立った〜! 小町選手、立ちました! 打ち所が悪かったのか、何やら妄言を吐いてお りますが、とりあえず凄い根性です!」  お〜、と観客も感心する中、小町はほんのわずかの時間に頬を伝うほど噴き出した汗を 拭う。その姿は予想外に元気そうで、幽々子はあらまあと頬に手を添えて尋ねる。 「倒れてくれて、全然構わないのよ?」 「いや、まあ、正直そうしたいんだけど……」  クラクラする頭に辟易しつつ、小町は呟く。知らず視界が捉えてしまうのは、公平な審 判である映姫の冷たいくらいの表情だ。 「少しくらいは、あたいも格好良いところを見せなきゃさ」  言って、小町はぐっと下腹に力を込める。そうやって全身に気合を入れ、確認するよう に一回真上に跳躍。  トン、とキャンバスに着地して、彼女はもう一度跳んだ。今度は、先ほどよりも高く。 それから着地すると、今度はわずかに浮かぶ程度に低く。  トン、トーン、トッとリズムを刻み、そのステップを続けながら小町は両手をそれぞれ の肩の前に置いて構えた。どちらが前ということもなく、均等に左右だ。  対して、ニュートラルコーナーから進み出た幽々子は、小町にほとんど自分の真横を見 せるように右半身に構えた。右肘を小町に向け、手の甲で自分の額に触れるような形。左 腕はそれと平行になるように胸の前を横切り、左手の甲が右の腋を隠すような位置。  両足をしっかりと閉じて背筋を伸ばしたその姿は、普段の幽々子には見られない強い『 芯』を感じさせる立ち姿だ。もしその左右の手に扇を持っていれば、舞の一場面かと錯覚 しかねない。  それは、またしても好対照。常に縦に動く『動』の構えと、空気の流れさえ止まるよう な『静』の構えの二極であった。 「さて、小町選手が立ち上がったことで、試合は再び仕切り直し。今度はそれぞれ構えを 取り、互いの出方をうかがうのか、それとも先手こそ勝利と攻め込むのか……注目です!」  文はそう煽るように放送したが、二人が一斉に構えたことによって会場の声は唐突に途 切れていた。自分の賭けた選手への声援すら無く、観客たちはシンと静まり返って二人の 間にある空間を見る。  ニュートラルコーナーから出た幽々子と、最初の立ち位置で倒れた小町の距離は、だい たい大股で二歩と半分。まだ互いの攻撃が当たる距離ではないが、二人が同時に距離を詰 めれば一瞬で無くなる間合いだ。  その距離で、二人は位置を保つ。歩を進めず、睨み合いのまま、数秒の時間が過ぎる。 その消極的な展開に、それでも観客が非難の声を上げないのは、最初の幽々子の一撃を見 ているがためだ。 (もしかしたら、この試合は次の一撃で終わるんじゃない?)  そういう期待が、その膠着には向けられていた。  もし一撃で終わるならば、その瞬間を見逃さないように。そして、その一撃を繰り出す のはいったいどちらが先なのか。 「順番から行くと」  と、口の中だけで言うのは小町だ。それまでずっと幽々子を観察していた彼女は、明ら かに幽々子に『攻め』の意志がないことを悟っていた。一度ダウンを奪っておきながら不 動で待つ幽々子の姿は、小町に対する挑戦に他ならない。 「あたいの番、ね」  言うが早いか、小町は三つの跳躍のリズムのうち『トン』で右足から踏み出していた。 もっとも普通で無理のないタイミングでの前進に、幽々子は動じずに小町の接近を待つ。 小町の攻撃が当たる距離まで、もう一歩。  が。 「あら?」  目の前に迫った小町の蹴りに、幽々子は目を丸くした。小町の『左足での後ろ回し蹴り』 を、上下閉めの窓のように腕を閉じて受け止める。  ゴッ、と鈍い音がしたのは、それが踵を使った回し蹴りだからだ。例え受けても硬い痛 みのあるその蹴りに、幽々子の身体が軽々と吹き飛んだ。 「いや、後ろに跳んだ。動きが軽いっ」  慧音が舌を巻くのは、攻撃した方も見事だが、受けた方の身のこなしも見事だったから だ。硬い部分での打撃を喰らうのを嫌い、咄嗟に幽々子は後ろに跳んだ。身体の中央を通 る正中線を崩さず真っ直ぐに立っていた幽々子には、そういう時にどちらにでもに動くこ とができる強味がある。用意が無いだけに最速ではないが、用意による『偏り』がないだ けに平均的に動くことができる、そういう強味だ。  しかし、自分の動きが感心されていることなど、幽々子にはどうでも良いことであった。 彼女はバックステップした自分の位置と、先ほどまで自分がいたコーナー前に移動してい る小町の位置を順番に眺め、それから不思議そうに小首を傾げた。 「ふうん、なるほど?」 「わかってないのに『なるほど』とか言わないでください!」 「あらまあ妖夢」  ニュートラルコーナーと赤コーナーの中間の距離にまで近づいた幽々子に、妖夢が声を かける。その突っ込みに背中で応え、幽々子はクスリと笑う。 「それで、謎々の答えはなぁに?」 「〜〜〜っ。足です、死神の足の向きに気をつけてください!」 「足、足、足ね……っと」  そう妖夢の助言に幽々子が従おうとした時だ。  今度は前の時のように間を置かず、小町が足を踏み出していた。考える暇も無かったが、 幽々子は妖夢に言われた通りに小町の足を見る。  右足での、普通の踏み出し。  一歩がキャンバスに置かれ、次に左足が二歩目になって前に出てくる。  トン、トン、という二歩。 「妖夢〜?」  普通よ、という幽々子の声に被さるように、小町が両の手で順番に左右と拳を振るう。 真っ直ぐな突きを、半身の幽々子はまず左の一打目を右腕の肩から肘までの部分で受け、 続いた右の二打目を頭をわずかに後ろに反らして避ける。半身とは、狙われる箇所が身体 半面というごく少ない部位であるため、受けに専念するには容易い型だ。  そして、幽々子は相手の拳を右腕の付け根付近で受け止めたその状態から、自らの左足 を踵からの反時計回りの動きで『右足の右側』へと回り込ませた。つまり、幽々子から見 て右足の爪先が前を向き、左足の爪先が後ろを向いている形を作り出す。  そこからは、一瞬だ。 「!?」  小町が目を見張る。幽々子が小町の突き出した左腕の表面を滑るようにして、小町の背 中側に回り込んだのだ。拳を受け止めた部位を始点としての、『左足を右足の右側に、右 足を左足の右側に』を繰り返すことによる、歩幅を必要としない舞踊の回転移動の結果だ。 「幽々子様の舞は冥界一よ!」  妖夢の誇らしげな言葉が、その錬度の高さを物語っていた。そうして背後を取った幽々 子だが、そこで今度は彼女の方が目を丸くする羽目になった。 「あら?」  視界を覆うほどに広がったスカート。それは真下から真上へと振り上げられた、一本の 長い足の勢いそのままだ。 「破廉恥」  自分にだけ見えたスカートの中の幻想郷にひとこと呟き、幽々子は攻撃の機会から一気 に防御の機会へと移ってしまった位置取りに見切りをつけ、背後に大きく跳びすさった。 それから半瞬も経たないうちに、爪先で背伸びする回転で振り返った小町の踵落としが、 目の前の空間を縦に引き裂いた。 「これは……思った以上に高度な技術戦となりましたっ。幽々子選手が舞うように美しい 動きを見せれば、小町選手がそれを切り返す! 二人共に足捌きが生命線の選手ですので、 これはそういう意味でも面白い試合です!」 「?」  再び距離を取った小町を前に、幽々子は文の放送にやはり疑問を覚えずにはいられなか った。自分のことはわかるのだ。確かに、幽々子は見た目『静』に見える形からの、舞独 特の小さな動きでの方向転換を戦いの軸としている。しかし、小町の『足捌き』の意味が、 彼女にはわからない。 「とてもお行儀が悪い足ってことはわかったけれど」  思った途端、再三小町が踏み出した。今度は、トーンのタイミング。大きく右足が前に 出る。  一歩目。  幽々子は二歩目の後に来るだろう攻撃に供えて構えを整え、 「…………っ」  脇腹を狙って飛んできた、突き刺すような後ろ回し蹴りに身をくの字に折った。 「ゆ……っ!」  妖夢がコーナーポストに駆け上る。  文が放送席で立ち上がり、マイクに向かって叫ぶ。 「クリーンヒットーーーーーーーーーーーー!」 「幽々子様ぁ!」  それは一歩目のタイミングで飛んできた、届くはずのない蹴りだった。幽々子が『それ』 の仕組みを理解した時には、小町は幽々子に蹴り込んだ足をそのまま下ろしてキャンバス をドシンと踏み、 「悪いね、亡霊嬢!」  至近距離、くの字に折れた幽々子の顔面へと、遠慮なく膝を叩き込んだ。               ※ ※ ※  要するに、それは『距離を操る程度の能力』ということだった。  無論、小町は自らの能力を使うわけではなく、技術でそれを体現してみせたのだが、そ のからくりは妖夢や文といった、多少ならば武術の基本知識がある者であればすぐにわか るもので、逆に幽々子のような応用的に武術の真似事はできても、その基礎を知らない者 には難解な、いわゆる一つの謎かけであった。  何故、二歩の間合いから、一歩での攻撃が可能なのか。  その答えは、小町の踏み出した右足の『爪先の方向』にあった。  踏み出した右足――その爪先を左側、つまり内側へと捻りこんで接地する。その右足を 軸足にして、小町は前に飛ぶような後ろ回し蹴りを放っていたのだ。  本来、後ろ回し蹴りとは文字通り『後ろ』に回って蹴りを繰り出す。だが、小町は爪先 を捻りながら踏み出すことで、『一歩前に出ながら後ろを向いた』。一歩を進む動きがす でに『二歩目の攻撃の動き』に連動する足運びを、小町は実行していたのだ。  そのようにして、小町は『一歩進んで、二歩目で攻撃する間合い』を、一歩での攻撃射 程に収めた。正確には後ろ回しで相手方向に進むので二歩分移動しているのだが、攻撃動 作までの移動は一歩だ。  このような足運びは、日本の舞踊や茶の湯、祭式作法にもある、ごくごくありふれたも のに過ぎない。基本的には、幽々子が実践して見せた舞踏の回転と同じ理屈だ。  しかし、小町はその『幽々子と同質』の動きを縦のステップの中に覆い隠した。タイミ ングの違う三種類の跳躍で、踏み込む幅のズレを生む。時には後ろ回しではなく、真っ直 ぐに普通に踏み込んで幻惑する。常に小町の足に注意しながら戦うことは不可能なので、 幽々子は常に変化する攻撃タイミングに戸惑うしかなかった。  だから、答えを知った時には、もう遅かったのである。 「幽々子様のお顔を……っ!」  コーナーポストの上で妖夢が叫んだ時、すでに楼観剣と白楼剣は抜き放たれていた。無 意識などという生易しいものではなく、殺意は反射の域を越えた速度で意識的に刀を抜い ていた。  真っ赤に燃えた妖夢の視界で全ての動きが遅くなる。  極度の集中力が時が止まったかのような錯覚を起こさせ、その中で妖夢は幽々子の顔面 を膝で打ち抜いた小町に向かって足場を蹴っていた。  直後。 「!」  目の前に突然現れた黒い渦に、妖夢は突っ込んでいた。コーナーポストからリングに飛 び込もうとした身体に、そこから伸びた強烈な『笏』の一撃が突き刺さる。 「うぐっ!?」 「試合は終わっていませんよ」  言ったのは、妖夢と入れ替わりにコーナーポストの上に立った映姫だ。  あ、と驚きの声を上げたのは誰だったのかは、倒れた妖夢にはわからなかった。  だけれど。  なるほど、とのん気な声を上げたのが誰だかは、彼女にはすぐにわかった。 「ふうん、なるほど?」  わかったような、やっぱりわからないような、そんな中途半端な声を出したのは、小町 の膝蹴りを両腕で受け止めている幽々子であった。その身体は小町の蹴りで跳ね上がり、 一見膝蹴りが直撃したように見えたのだが、それは違っていた。  『くの字に折れる』というのは、どういうことなのか。  額を横切るように右腕を、胸を横切るように左腕を構えたまま、『前かがみになる』と いうのは、どういうことなのか。  把握して、小町は顔を引きつらせた。 「狙われた!?」 「偶然よ。幽々子ですもの」  紫はそうおかしそうに笑ったが、完全に右足を押さえ込まれた小町は、まったく笑えな い。  幽々子の両腕の位置は、例えるならばテーブルに両腕をついてくつろぐ時のものに似て いる。左腕をテーブルにペタリと下ろし、右腕をその上に重ねる。交差した両腕で、上に 乗せた右手がちょうど左肘に当たるくらいだ。  その形の両腕で、下から打ち上げてくる小町の右膝を押さえ込んだ。  そこから、 「いくわよ〜!」  スパーン、と鋭い足払いが小町の残った左足を払った。左足を掴まれた状態でキャンバ スに仰向けに転がった小町は、しかしダメージは無いとすぐに立ち上がろうとしたのだが、 「んふふ」 「……え?」  目の前に、頬をほどよく朱色に染めた『大福顔』があった。  西行寺幽々子の、最高にタチの悪い、含みたっぷりの満面の笑顔。  ゾクリと背筋に嫌な悪寒が奔った時には、それは始まっていた。 「え? あれは……何? 幽々子選手、小町選手の足を……はい?」  それは文も知らない『怪奇』だった。  幽々子が小町の右足を手にしたまま、自分の右足を小町の左右の足の間――つまり股の 間に置いた。股間や腹を踏むわけではなく、ただ股の間に右足を置いたのである。  そして、素早く小町の左足を掴むと、自分の右膝裏を通るようにして、直角に交差させ る。結果、小町は自分の左足を折り曲げて、自分の右膝の上に乗せたことになる。 「い――」  膝の上に足が乗る。そのことにより、小町の右足は強制的に膝を真っ直ぐに伸ばさせら れる。  その後に何が起こるか。予想がついて、小町は両腕をキャンバスに突いて起き上がろう としたが、それももはや遅かった。  幽々子が掴んでいた小町の右足を胸に抱え込んで、自ら後ろ向きにキャンバスに倒れる。 そうして、交差している小町の左足――小町の右膝を押さえ込んでいる左足ー――の、膝 を通り過ぎている『余り』部分に自分の余り部分である左足の膝の裏を選んで乗せて固定 する。 「はい、できあがり〜」 「い、きゃああああああああああああああああああああああああ!?」  絶叫が響き渡った。  それは小町自らの足を直角に交差させ、交差が解けないように幽々子の左足で固定した 関節技だった。伸びきった右足はしっかりと幽々子の胸で両腕に抱えられ、幽々子がわず かに後ろに反るだけで小町の喉から信じられないような悲鳴が上がる。  自分の足が自分の足を締め付け、関節があらぬ方向に曲がりかける痛みなど、さすがの 小町ですら経験が無い。『自分の身体』という、耐久度が等しいもの同士がお互いをへし 折って逃げようとするのである。 「ほい」 「いた、いた、痛い痛い痛いいたあああああああああああああああ!」 「な、なんです、これ……って、もういいです! はい、臨時解説の八雲紫さん!」  小町の悲鳴が途切れない。その凄まじさに顔を青くした文は、目の前に開いたスキマに 向かってマイクを差し出した。  紫はそれを受け取り、言った。 「西行寺華蔓(はなかずら)」  それは。  詠うように。 「『反魂蝶 ――フィギュアフォーレッグロッグ咲―― 』」 「ぎぶぁっぷ、ぎぶあっぷ、いた、いたあああああああああああああああ!」 「そこまで! 勝者、西行寺幽々子!」  小町の限界の悲鳴に、ついに映姫が笏を掲げて宣言する。  幻想郷、そして外の世界。二つの世界でもっとも完成度が高く、そしてもっとも激痛を 伴うと言われる関節技――『足四の字固め』が、三途の川の案内人を切って落としたので ある。               ※ ※ ※ 「し、死神なのに死ぬかと思った……」  解放された小町が最初に口にしたのは、そういうことだった。全身の気力が奪われてキ ャンバスに倒れたままの小町の呟きに、幽々子は袖で口元を隠して笑いながらひとこと。 「地に足の着かない案内人では、役者不足ね」 「う〜、そうきたか〜……」  試合前の説教を切り返され、小町は観念のため息をついて寝転がったままお手上げした。 結局、『地に足を着かなくさせる程度の技』で敗北してしまった。 (狙ってたんだろうなぁ)  と思うのだが、 「妖夢〜、お腹痛いわぁ〜」 「ゆ、幽々子様、大丈夫ですか!?」  ヘロヘロと嘘泣きっぽく赤コーナーに歩いていく姿を見ていると、『最初から関節技の つもり』だったのか、『結果的に関節技になった』のかがわからなくなってしまう。  何せ、幽々子は最初打撃技で小町からダウンを奪っているのだ。もし関節技狙いであれ ば、あの最初の一撃すら『布石』に過ぎなくなってしまう。 (考えすぎか)  天然そうだしな、あの亡霊、と小町はぐったりとそこで一眠りするつもりで瞼を下ろす のだった。  そうして、やはり嘘泣きしながら戻ってきた幽々子に、妖夢は主の勝利を喜ぶと同時に 試合前のやり取りを思い出して真剣な顔になる。  それは、どうしても聞かなければいけないことだった。 「幽々子様」 「なに、妖夢。ご飯粒ついてるわ」 「あ、どうも……って、そんなわけないです!」  頬をぷにっとつつかれ、妖夢は感謝しかけてからぷくっと頬を膨らませた。それに押し 返される指先を楽しむ幽々子に、妖夢は気を取り直して尋ねる。 「幽々子様」 「なに、妖夢。半霊にご飯粒ついてるわ」 「あ、どうも……って、どこにもご飯粒はついていません!」 「やぁね、妖夢。いつだって憑いているじゃない」 「ゆ・ゆ・こ・さ・ま!」  ふざけて取り合わない幽々子に、ついに妖夢はその場に座り込んだ。あららと驚く幽々 子に、正座した妖夢は毅然とした態度で尋ねる。  例え幽々子がふざけようと、それを許さない勢いで、 「試合前のお言葉、その真意を教えてください。幽々子様のいない白玉楼など、私には何 の価値も――」 「……妖夢は本当に馬鹿ねぇ」 「はい?」  はぁ、と哀れっぽくため息をつかれ、さらに本当に馬鹿な子供を見る目で見られて、妖 夢は固まった。  果たして、幽々子は言うのだ。 「私が成仏するだなんて、あるとしても妖夢が死んでいなくなったず〜っと先のことだか ら、妖夢が考えることなんか何もないのよ〜?」 「え? あ、まあ、それはそうです、けど? あれ、じゃあなんで私にあんなこと……」  なんだか正座までしている自分が惨めになってきた妖夢が、おずおずと顔色をうかがう ように声をかけると、幽々子は答えて言った。 「そんなの、試合前に言うと盛り上がるからに決まっているじゃない」  妖夢は、寝転がった小町と一緒に、次の試合の邪魔になるからとつまみ出されるまでリ ングの上で正座していじけた。  お化けというものは、人を化かすのがお仕事なのである。                         『Dブロック第2試合』――決着!