東方プロジェクト・ネタバトルSS 東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 1回戦 Cブロック第4試合 パチュリー・ノーレッジ VS 光の三妖精               ※ ※ ※ 「え〜、Cブロックも最終となる第四試合をとなっておりますが、ここでこれまでにない 異色の対決を迎えることとなりました」  微妙〜、という声で放送席から天狗の少女が言うように、戦いの場であるリングの上に 現れた二組の陣営を眺める観客たちの目は、早くも興味の色を失って久しい。  それは熱戦するCブロックに唯一用意された『お遊戯』と認知された、大会トーナメン ト表屈指のどうでも良い一試合なのであった。 「赤コーナーからは、快進撃を続ける紅魔館陣営の最終兵器! 『動かない大図書館』こ と、パチュリー・ノーレッジ選手! それを迎え撃つのは、お騒がせ光の三妖精のリーダ ー、『日の光』サニーミルク! いや〜、慧音さん。どう見ますかこの試合」 「尻を叩いておしまいだな」  さらりと、悩む間もなく半人半獣の少女は言い切った。  それに笑い、今度は文は香霖堂の主に問いかけた。 「どう見ますか、店主」 「げんこつを入れておしまいかな」  あっさりと、間髪いれずに半人半妖の青年は言い切った。  それに笑い、文はうんうんうなずいて、今度はため息混じりにマイクに向かう。 「そうなんですよねぇ。ま〜、そんな感じでお送りしております。誰に訊いてもパチュリ ー選手の勝利という予想で一致してしまい、なんだかもう今後発展性のない試合放送にな ってしまいそうなのですが、盛り上げるにはこれは一つのハプニングに期待するしかない! という、いささか情けない興行状態となっております」 「いや、別に盛り上げる必要はないだろう」 「でも、せっかくの宴会ですし。幻想郷一の宴会好きを自負する私たちとしては、場を白 けさせることはそれだけで残念無念なのです」 「……そうか」  『私たち』と、天狗の流儀を持ち出してくる文に、慧音は肩をすくめて嘆息した。どこ で誰が宴会をしていても、知らぬうちに天狗の一匹二匹は紛れ込んでいるのが幻想郷の宴 会事情だ。大の酒好きであり、大の情報好きである彼女たちにとって、酒が出てさらに皆 の口が軽くなる宴会場は、これ以上無い娯楽の場なのであろう。  そのようなことを話していると、放送席の上に一羽の妖怪兎がやって来て、くわえてい たメモ書きを一つ置いたと思うと再び跳ねて去っていく。その試合毎の定期報告にざっと 目を通し、文はさらに頭痛を堪えるように額を押さえた。 「永遠亭主催の賭けですが、こちらもどうやら成立していないようです。と言うか、サニ ーミルク選手に賭けている人が一人もいないので、これはパチュリー選手が勝っても負け ても、そのまま元金を返金という形になると思われます」  ぶ〜、というブーイングが、会場からの素直な気持ちの表れであった。               ※ ※ ※ 「聞いた? みんなパチェに賭けてるって」 「そう」  まるで自分のことのようにニコニコと告げてくる友人の吸血少女に、パチュリーは分厚 い魔導書に書かれた文字の羅列から視線を外さないまま、曖昧にうなずいた。一文字一文 字に強い力の込められた文章を区切りまで読み、手製の押し花の枝折を差し込んでパタン と保留。そうしてから初めてセコンドへと顔を向ける。 「結果のわかりきったことをするのも、時間の無駄ね」  近視のために目を細めたムスッと怒っているようにも見える顔は、レミリアにとって長 年親しんだ友人の顔だ。彼女の調子が悪くなさそうなことに、レミリアは満足の笑みをも って次のように言った。 「でもね、無駄な時間は好き勝手やれる時間よ」 「まあ、そうなんだけどね」  それにはパチュリーも同意する。  無駄で意味がない時間は、意味がないだけにどのように弄んでも良い、ある意味『破壊』 を許された時間だ。試合という形で過ごさなければならないその無駄な時間を、パチュリ ーの好きなように演出しろとレミリアは言うのである。  なので、 「たまには自分の足で歩くのも良いかもしれないわね」  紅魔館の花壇に散歩に出かける気安さで、パチュリーはリングの中央に向かって歩みだ した。  本当に、その程度の試合なのである。               ※ ※ ※ 「がんばってー」  一つ、笑顔でスターサファイア。 「がんばって」  二つ、仏頂面でルナチャイルド。  そして、 「うー! がんばれないわよ! なんで私が一人でやらなくちゃいけないのよ! 三人で 申請したはずでしょ!? おかしいわよ! 陰謀よ!」  三つ、癇癪起こしてサニーミルク。  ――という感じで、青コーナーではそれぞれ光に属する三匹の妖精が、かしましくもお 互いの声をぶつけて騒ぎあっていた。  そもそも、と大口を開けて怒鳴るのはサニーミルクだ。名前の通りの蜂蜜色の髪を振り 回し、短い人差し指でビシビシと連続で仲間二人を指差して顔を近づける。 「なんで大会なんかに出てるのよ! 私は『大会の最中に姿を消していたずらしてやりま しょう』って言ったはずでしょ!?」 「ええ。私も『いいわね』って」  はい言いました、と挙手するのはスターサファイア。  対して、腕を組んでふんとのけぞるのはルナチャイルドだ。 「私は反対したわよ。ここに集まってる連中はヤバイって」 「でも、『ちょっとだけなら大丈夫よ』って言ったら」 「う……」  スターサファイアに横から言われ、一人良識ぶろうとしたルナチャイルドはたじろいだ。 そこに、サニーミルクたちは二人で口を揃えて唱和した。 「『じゃあちょっとだけ』」 「……はい」  二人目、挙手。  よろしい、とサニーミルクはその二人を眺め、幼い顔にもっともらしい表情を作って考 察する。 「確か、最初は会場内を姿を消して歩いていたのよ」  とまずサニーミルクが言えば、 「そうそう」  とスターサファイアがうなずき、 「あ、確かそれで兎に掴まったのよ。いつぞやの月の兎に」  とルナチャイルドが決定的出来事を思い出す。  そうして、三人はポンと手を叩いた。 「ああ!」  サニーミルクの力で光の波を遮断しても効かず、ルナチャイルドの力で音の波を遮断し ても効かず、さらにはスターサファイアの力で気配の波を察知しようとしても不可能な、 彼女達にとって唯一の天敵である波動を操る月面兎。  その兎に大会の観戦料となる食材か酒を持ってきているか問い詰められたのが、いけな かった。 『持ってないわ!』  そういう時に限って何故か堂々と胸を張るサニーミルクに、月面兎は苦笑いを浮かべて、 『いいのかな……まあ妖精だしいいか』  とかなり気さくに彼女たちに茣蓙の席を一つ勧めてくれた。どうやら、普通に彼女たち が見えてしまうため、彼女たちが姿を消す力を使って悪巧みしていたことに気づけなかっ たようだった。  それで話が済めば良かったのだが、 『おや、これは光の三妖精の皆さん。今日はずいぶんお行儀が良いですね。何か新しいい たずらでも考えてないですか?』  カメラを持った天狗が、彼女たちの席の真後ろに立っていたりしたのだ。その天狗は好 奇心丸出しで「わくわく」などと彼女たちのコメントに期待していたが、いたずらへの道 が月面兎によってさっそく頓挫してしまったことを知ると、あからさまな失望を表に出し てため息などついてくださったりしたのだ。 『はぁ〜。まあ良いです。大きなネタの前に小さなネタを溜めておくのも大切と思いまし たが、妖精はしょせん妖精ですからね。ヒマネタにしかならないでしょうし』  もちろん、ヒマネタというのが、他に記事が無い場合の埋め合わせ記事のことであるこ とくらい彼女たちも知っていた。 『ヒマネタ?』 『他に記事が無い場合の埋め合わせのことですよ』  と尋ねて教えてもらう程度には知っていた。  その言葉に喚いたのは、主にサニーミルクと通りすがりの氷の妖精だ。二人が天狗に喰 ってかかると、天狗はそれを待っていたとばかりに一枚の紙を取り出した。それは大会に 出場する選手のリストで、残り三箇所の空欄を残すだけのものだった。 『ヒマネタにご不満なら、どうです、大会に出場してみては? 今ちょうど探していたと ころなんですよ』  と、天狗はニヤリと笑う。  笑ってビッと氷精を指差し、 『最強で!』 『!』  次に、氷精の隣にいた大妖精を指差し、 『可憐で!』 『ひっ』  最後に、彼女たち三人を指差し、 『普通の妖精とはスケールの違うことをやってのける妖精たちを! いや〜、偶然ですね。 ここにいっぺんに揃っているなんて。あなたたちのうち誰か一人でも妖怪を倒したりした ら……これは今年最後の『文々。新聞』は妖精特集かもしれませんねぇ。あ〜、ちょうど 残り枠も三つですし、滑り込みセーフですか? ラッキーですね』 『ラッキー?』 『そう、ラッキー』 『じゃあ、あたい出る!』 『チルノちゃん!?』  あっさり引っかかる氷精一匹。それと、それに巻き込まれる健気な大妖精が一匹。  うわ、馬鹿だな〜、とサニーミルクは思ったのだ。  思ったのだが、 『これで、サニーミルクさんが参加してくれれば、一面を飾る今年最高の美妖精は決定で すね』 『え〜、そうかなぁ、えへへ』  巧みな――本当に巧みな誘導に引っかかり、知らず知らずのうちに名前をサインしてし まっていた。目に入ったのは『さるの』という間違ってる臭い稚拙な文字と、その横にあ る下手なりに大妖精が一生懸命書いた文字だけで、注意書きにある『死んでも文句は言い ません』などの項目は、一切頭に入ってくることはなかった。  そして、 『妖精ですからね。三人一緒で結構ですよ?』  という天狗の薦めに従って、ニヤけ顔のサニーミルクに続いて、スターサファイアとル ナチャイルドも一筆名前を書いたのだ。  ただし。  セコンドとして。 「あなたたち〜……っ」 「うふふっ」 「いやまあその」  おでこをぐりぐり擦り付けてくるサニーミルクに、残り二人の妖精たちは、片方は笑っ て片方は目を逸らした。思い返してみれば、貧乏くじは結局サニーミルクが引いているの だ。  自業自得とも言えるが。  ともあれ、ここまでの経過を思い出したサニーミルクは、すでにリング中央で待ってい る対戦者の姿に血色の良いミルク肌を青ざめさせる。 「絶対に無理に決まってるじゃな〜い!」  すると、泣き言を言うリーダーに、わざとらしくスターサファイアが微笑んでみせる。 「でもほら、あの魔女は確か喘息だって話よ。ちょっと疲れさせれば、サニーでも勝てる かも」 「そ、そうかしら」  それにほんの少しの希望を見出すサニーミルクだが、 「……そして二回戦はあの悪魔の妹……」 「い〜や〜!」  ルナチャイルドの呟いた世にも恐ろしい現実に、恥も外聞も無く悲鳴を上げた。  まともに戦えば地獄――拳骨かお尻ぺんぺん。  逃げながら戦えば地獄――たぶん二回戦で『壊され』る。 「それでは、選手中央へ!」  天狗の無慈悲なマイク放送が、魂の抜け殻のようになったサニーミルクの背中を押すの であった。  それを見て、スターサファイアは両手を合掌させて言うのだ。 「凄いわ、サニー! まるで閻魔様に裁かれる人間みたい!」 「南無南無……」  見よう見まねで念仏を唱えるルナチャイルドなのであった。               ※ ※ ※ 「それでは、両雄出揃いまして、いよいよ試合開始となりますが……っと? どうやらい きなりサニーミルク選手から抗議のようです」  リング中央へとやって来たサニーミルクは、間近でパチュリーを見るや否や、ぶっと吹 き出して叫んだのだ。 「ほ、本持ってるじゃない!」 「あ〜なるほど。どうやらパチュリー選手、本をセコンドのレミリア選手に渡すのを忘れ ていた模様。試合開始は、武器を手放してからに――」  と、文がさもありなんと言いかけたところに、パチュリーは「何を言うのか」と心外そ うな顔で言った。 「武器なんて持っていないわ」  手にした魔導書。自筆によるその本は、パチュリーらしく八卦図と五芒星を組み合わせ た変則の図面を表紙に金字されているものだ。いかにも分厚く、それで殴れば妖精の首の 骨くらい容易く折れそうな代物である。  それを示しながら、彼女は言うのだ。 「これは私の身体の一部。本を手放せというのなら、私はこの試合を棄権するわ」  そのひとことは横暴に過ぎる発言ではあったが、常からの『パチュリー・ノーレッジ』 を知る人々には、これ以上無い説得力のある言葉でもあった。  結果、 「よろしい。パチュリー・ノーレッジの魔導書携帯を認めます」  最高審判長である四季映姫・ヤマザナドゥの鶴の一声が、その問題を解決した。それに 絶句するのはサニーミルクで、それに大喜びするのが放送席の文だ。 「う、うそ〜!?」 「閻魔様来たー! 超厳格にして、超柔軟! しかしその決定は幻想郷において絶対のも の! この不利、サニーミルク選手はどう切り開いていくのか、期待しましょう!」  試合開始前からのハプニングに、会場も興味の無かった視線をリング上へと向け始めた。 その主たる理由が、本を手にしたパチュリー相手にサニーミルクがいかに玉砕するか見る ため、というのは、やはり妖怪たちは残酷であるということである。 「な、何かハメられているような……」  うぬぅ、とサニーミルクは唸る。いつもならば姿を消して妖怪たちをからかう自分が、 今は逆にいたずらでも仕掛けられているかのように理不尽だ。  そのような妖精一匹の不満を飲み込みつつ、空から舞い降りたリリーホワイトは告げた のである。 「始まりですよ〜」  と。               ※ ※ ※ 「さて……」  試合が始まると同時に、パチュリーは本を持った左腕をサニーミルクに向かって伸ばし た。  まだまだ遠い位置。憤慨している日の妖精を自分の視界から隠すように、本を下から持 って壁とする。それは一見すれば、パチュリーが左手に鏡を持って、そこに映っている自 分を覗いているかのような構えだ。 (『実験』を始めましょうか)  身体は、やや左半身。真っ直ぐに伸ばした左手の位置は、肩よりもやや低め。膝を軽く 曲げ、右手は左腕の肘に添えて支えるようにする。小さく身体をまとめたそれは、四肢の バネを溜めた構えとも言えた。  それを見た美鈴は呟く。 「籐牌(とうはい)術」  また、それを見た慧音が呟く。 「パリィドバックラー」  違う名前で呼ばれたその構えは、同じような姿かたちを持ちながら、しかしまったく違 う地域で発達した二つの技術だ。双方共に盾を用いた防衛の術であるが、特に東洋では武 芸十八般に必ず含まれるほど重用されている『他者制圧』のための技術である。 「これは……まず構えを見せたのは『動かない大図書館』! 意外にも正当の武術の構え を見せたそこから、いったいどのような攻防を見せるのか!?」  実況として言いつつ、一番興味津々にリングを見つめるのは文だ。パチュリーの構えは 終わらない宴の夏に行われた弾幕格闘ごっこの際にも見せなかったもので、文の情報には まったくなかった意外なものだ。そもそも、パチュリーがまともな格闘術を扱えること自 体、意外以外の何ものでもない。 (そこから、何を見せます?)  対して、パチュリーの向かいに立ったサニーミルクは先ほどまでの憤慨もどこにいった のか、奇妙な構えを見せるパチュリーに困惑を露わにしていた。 「……なに?」  それは真正面に立った者にしかわからないことであったが、サニーミルクからはパチュ リーの姿がほとんど見えてはいなかった。突き出されたパチュリーの左手――そこに立て られた魔導書が視界の壁となり、その後ろの風景を遮っているのだ。  もちろん、それは本とサニーミルクの距離が近いがためだ。サニーの顔から二歩と離れ ていない近距離に、その本はある。そうするとパチュリーまでの距離は三歩から四歩とい ったところになるが、その距離がサニーミルクには厄介だった。 「う〜」  彼女がパチュリーの姿を視界に収めるには、一歩後ろに下がれば良い。だが、そうすれ ばパチュリーと自分の距離は広がり、それは『攻撃』のできる距離ではなくなる。  では横に回ればどうだろうか。 「……あう」  サニーミルクが右回りに移動しようとすると、パチュリーは本という『枠』からはみ出 した分だけを修正する。サニーミルク、本、伸ばした腕、自分、という並び順が常に一直 線になるように動くのだ。  ならば、とサニーミルクは回転を早めた。もともと勝ち目の無い戦いと見切り、ただ単 純にパチュリーの周りを駆け足で旋回する。  すると、パチュリーは正確にそれを捕捉した。大きく回るサニーミルクに対し、最初の 足場を動かずに、ただその場で回転することでサニーミルクを逃がさない。  と。 「えい!」  意表をついて、サニーミルクはその場で飛び跳ねて両足で着地した。同時にそこからも う一度跳ねて逆方向へステップ。  サニーミルクは、それでパチュリーの標準が一瞬でも外れてその顔が見えると思ったの だが、 「……う」  見えたのは、分厚い本の表紙だけだった。サニーミルクには意味の取れない図面の、い かにも『頭の良さそう』な表紙だ。それは光の三妖精の中で一番の頭脳派を自称するサニ ーミルクには、自分に対する挑発のようにも見えた。  しかも、 「サニー、がんばって〜」 「死なない程度にね」  というスターサファイアとルナチャイルドの無責任な応援があれば、癇癪の一つでも起 こそうものである。  なので、サニーミルクは目の前にある本を叩き落すことにした。そもそもパチュリーか らも自分の方は見えていないはずなのである。 「んもう! 何よ、こんなもの!」  そうして平手打ちの要領で叩こうとして。  それに合わせるように魔導書が天に向かって上昇し。 「……え?」 「まず一つ目成功」 「ぎゃっ!?」  ようやく見えたパチュリーの唇がそう言葉を紡ぐのを見た途端、脳天に一撃を喰らって サニーミルクは悲鳴を上げた。なんてことはなく、手を出したところをすかされて逆に脳 天唐竹割りを喰らっただけなのだが、重量のある本による一発は予想以上に痛かった。 「ったぁ〜!」  目から火花が出るというものを体感し、サニーミルクは涙目で後ろに下がった。しかし それをパチュリーは許さずに自らも前に出て、彼我の距離を固定する。 「また同じ!?」  そうサニーミルクは思ったが、そうではなかった。再び本が目の前にやって来たと思っ たら、いきなりそれは傾いて、 「へぶぅ!?」  本の『頭』がサニーミルクの顔に向かって突っ込んできた。要するに、真っ直ぐ立てて いた本をパチュリーがややサニーミルクに傾けて、そのまま前に進み出たのである。それ は鈍器で顔を突かれる重量感で、パチュリーの前進の勢いが加わってかなり痛い。ダメー ジと言うほどではないが、とにかく痛い。 「こ……」  と鼻を押さえて文句を言いかけたサニーミルクは、パチュリーが再び本の後ろに篭城を 決め込んでしまったのを見て、頬を膨らませる。 「この!」  同じ痛みを与えてやるつもりで、サニーミルクはパチュリーが本を掴んでいる手を狙っ て拳を突き出した。腕の短い自分では、腕を伸ばしたパチュリーの懐に飛び込むのは不可 能だとわかっているからだ。  が。 「たっ!?」  拳に痛みが走ったのはサニーミルクの方だった。理由は簡単で、パチュリーが本の位置 をずらしてその拳を受け止めたからだ。  それでも諦めず、サニーミルクはパチュリーの白く細い指を狙う。普通に考えて、そこ が一番狙いやすく、また打撃を当てれば『拳と本で挟む』ことができると判断したからだ。  しかし、 「……たぁ〜っ」  またしても、打撃は本の表紙を叩くに終わった。  だが、その失敗がサニーミルクに火をつけた。やってやろうじゃない、と連続で拳を繰 り出す。そして、そのことごとくが本によって阻まれる。  そのサニーミルクが攻めあぐねる状況に、文が素直にパチュリーに感心を送った。 「これは凄い! 妖精のパンチとはいえ、パチュリー選手、その全てを見事にさばいてい ます。あの構えでは、自分からもほとんど見えないはずですが、素晴らしい防御術!」 「――いや、不可解だ」  それに対し、逆に首を傾げてリング上を見ているのが慧音である。彼女には、パチュリ ーの攻防の『意味』がわからなかった。 「あの構え、本来なら右手には剣なり手槍などを持って戦う形のはずだ。あの妖精相手に 両手で盾を支える必要が、どこにある? あれではまるで……」  もっと打撃力の強い相手に対し、専守防衛を貫いて戦っているように慧音には見える。 酷く警戒心が強く、相手から己の身を遠くに遠くにと配置する構えだ。 「確かに……って、あれ?」  うなずきかけた文から疑問の声が出たのは、そこだ。  その放送はもちろんリング上で動くサニーミルクの耳にも届いていたが、彼女に文の疑 問について考える余裕は無い。ただ、とにかくパチュリーの手を狙って打つことのみに集 中していた。  だから、彼女は気づいていなかった。すでにパチュリーが最初の位置からかなり魔導書 の位置を下げていることを。サニーミルクにとって打ちやすい位置、パチュリーの腰辺り の高さで支えられた本を、彼女は必死に追わせられているのだ。  そんな妖精を、パチュリーは静かな観察の目で見る。小さく数えているのは、二十から 順番に減っていく数字だ。 「十三、十二、十一、十――」  段々と減っていき、そして、 「零」  数字が終わるのと、サニーミルクが、 (このままじゃ無理っ)  と考えるのは同時だった。  いたずらっ子の脳味噌というものはこういう時こそ素早く動くもので、彼女は靴を脱ぐ とそれを拾うために屈み込み、その姿勢のまま手首のスナップでパチュリーの足首めがけ て投げつけた。  そして、それをフェイントとして、一瞬遅れでもう片方の靴を魔導書へと放つ。 「上手いっ」  思わず文が声を上げた。パチュリーが足への投擲に反応して本で払いのければ、無条件 で上への投擲がパチュリーに命中する。  だが、パチュリーはそれに引っかからなかった。慌てず騒がず、靴が足に当たるに任せ て残りの靴を魔導書の表紙で受ける。  ――そこまでが、サニーミルクのフェイントだ。  サニーミルクは、上への靴をさらなるフェイントとして、パチュリーが無視した下半身 へのタックルを敢行していたのである。 「引っかかった!」 「さすがはサニーね!」  それにルナチャイルドがぎゅっと小さな拳を握る。スターサファイアも予想外だったの か嬉しそうな顔をしたが、 「まあ」  すぐに、手で口を押さえるハメになった。  とすん、と相手の胸元までもないごく低い身長で体当たりしてもほとんど意味が無いの は当然として、 「二つ目成功」  呟いたパチュリーが自分の腰に抱きついたサニーミルクの脳天に魔導書の『角』を添え たのを見た瞬間、ルナチャイルドは両目を手で覆った。  結果。  ゴッ、という音がして、サニーミルクはキャンバスに倒れた。無言で頭を押さえて七転 八倒する妖精を眺め、無慈悲にも空いた手で本を真下に向かって叩いたパチュリーはうな ずく。 「こんなものかしら」  言いつつ、パチュリーは本の持ち手を変えた。閉じていた本を開き、頁の半分ほどと表 紙をまとめて掴む。そうすると、本は一つ節のあるヌンチャクのような状態になり、 「完封〜! パチュリー選手、まるでサニーミルク選手の動き全てを読んでいるかのよう なその動き。見事に本一冊で防ぎきり、そして沈めてしまいました〜!」 「って、ま、まだ終わって――」  立ち上がろうとしたサニーミルクの側頭部に、横一回転した遠心力を込めて魔導書が叩 き込まれた。  悲鳴も無くサニーミルクの身体が薙ぎ払われてぶっ飛び、その小さな身体がキャンバス に落ちると、即座に映姫は笏を掲げて宣言した。 「そこまで! 勝者、パチュリー・ノーレッジ!」  そうして、パチュリーの『実験』は終了したのである。               ※ ※ ※ 「パチュリー選手、まだまだ色々手札がありそうですが、今回は相手が相手ということも あり、余裕の二回戦進出! その底は、次のフランドール選手との試合で見られると期待 しましょう!」 「……いや、いくらなんでもあれは異常じゃないか?」  試合が終わってすぐに疑問を口にしたのは、放送席から全てを眺めていた慧音だった。 彼女は勝利宣言を受けるまでもなく赤コーナーにきびすを返していたパチュリーの『確信』 っぷりに、次のような疑念を抱かずにはいられない。 (全て『読め』ているのか?)  それが不可能ではないことを、慧音は自身の経験として知っている。対戦相手の過去の 情報を元に、特定の『癖』や『パターン』を見出し、自らの能動的な行動によってその見 出したものを誘導していく、いわゆる詰め将棋型の戦闘方法だ。 (しかし、それにしてもあそこまで躊躇い無く自分の『読み』を信用できるものなのか?)  確かに相手が次にどう動くかわかっていれば、対処は容易い。それでも慧音であれば、 常に状況が自分の『読み』通りかどうか確認してから動くのが当たり前だ。  だというのに、パチュリーの行動にはその『確認』が一切無い。端で見ていてもわかる が、パチュリーは肉弾戦の技術に何ら秀でたところはない。そのような彼女が『読み』を 一つでも外せば、それは即座に命取りになるというのに、まったく恐れるところがないの だ。 (大した度胸……と言うべきか。それとも、それだけ自分の『読み』に自信があるのか)  とりあえず、と慧音はうなずく。  賛辞の言葉は一つだ。 「お見事」  そして、そうやって密かに評価されていたりするパチュリーを赤コーナーで迎えたレミ リアは、慧音よりも遥かに合理的な思考の持ち主だった。  彼女もまたパチュリーの『読み』に感心した一人なのだが、レミリアには相手の手の内 を『想像する』などという選択肢は無い。  つまり、 「それで、種明かしは?」  そのまま本人に尋ねたりするのだ。  もちろん、そういう直接的な吸血少女の友人であるパチュリーもまた、種明かしを出し 渋る手品師ではない。あっさりと、魔導書の表紙を前にしてレミリアにかざして見せる。  そこにあるのは、八卦図に五芒星だ。 「八卦図は陰陽計算回路。天地人の状態から解を導く、いわゆる『現状何をしてくるか』 に対する『結果』計算機ね」 「それで相手がどうやって攻撃してくるか予測した?」 「……で、五芒の魔方陣は、東洋的な『現状計算』に、不確定要素込みの『予言』を加え る。私じゃ状況ごとの動きを予測しても対応できないから、『未来』の動きを少し見ない とね。こちらの能動的な行動で状況を『詰めていく』必要が無いだけ、私には楽だわ」 「要するに、いいトコ取りってわけね」  そうした計算装置を常に相手の一番近い場所に置き、パチュリーは計算と占いを繰り返 して行動していたのだ。別に魔法を使っているわけではなく、観察眼により得た情報に対 して単純な数字合わせを行ったり、縁起物相対などで占ったりといった作業を頭の中で繰 り返すのである。  それは『技術』というよりも、パチュリーの優れた頭脳が生み出す『特殊能力』に近い。 他人が同じ理論を使用してもそれは不可能な話で、パチュリーは『理論』という自己暗示 に近いもので、自分の脳の計算能力を引き出しているに過ぎないのだ。 「どの程度まで使えるものか試してみたかったけれど、まあそれなり。今の集中力を維持 できれば、的中率は十割」  あっさりと、パチュリーは恐ろしいことを口に出してみせる。それがごく至近距離、対 一人にしか適用されない効果だとはいえ、その威力は絶大だ。  それだけのものを用意してきた意味を捉え、『運命を操る』と嘯く少女は目を細めて微 笑んだ。 「ふぅん、それなら『確定予測』ね、面白い。まるで運命を覗いているみたい」 「残念だけど、あくまでこれは『確実に予測』するだけ。運命だなんて厄介なもの覗く気 もないわ。運命は絡み合う人数が多すぎるから、脳への負担が大き過ぎるのよ」  これはあくまで、私と対戦相手二人分のみ、とパチュリーは念を押した。 「二人分だけの『未来』を垣間見て、それに対する準備を予め行う……そうね、最初は弾 幕ごっこ用に研究していたから、名づけるなら『SpellPractice』。そんな 感じかしら」  言い終わってから、運動の反動が来たのか眉根を寄せてパチュリーはケホケホと咳き込 む。そして、「これで決まったわね」と、レミリアにだけ聞こえるように口に出す。 「優しくないわよ」 「それで結構」  まるで挑まれたかのように、レミリアはパチュリーの言葉を受けて牙を剥いた。それこ そ『運命』を見るかのように、彼女は言うのだ。 「『教育係』にはいつだって『賢者』を。狐の賢者は仕事を果たしたから、次は魔女の番。 ――お願いね、パチェ」 「レミィのお願いなら、仕方が無いわね」  親友の願いに、パチュリーは彼女にしては珍しく力強くうなずいた。『運命』と言うの ならば、自分とフランドールが二回戦で当たるようにトーナメント表が割り振られたこと にも、『運命』を感じずにはいられない。  『運命』とは『確定予測』されるような『決まった事象』ではなく、特定の状況へと物 事を推し進める一種の『流れ』のようなものなのだとパチュリーは思うのだ。だからこそ、 『流れ』に逆らうこともできるし、ある程度であれば『操作』することもできる。そこが、 『確定予測』された『未来』とは違うところだ。人事を尽くす甲斐がある『これから』だ。  だから。 「がんばらせてもらうわ。消極的に」 「……積極的にお願いね」  いささか不安そうに、レミリアは突っ込むのだった。  で。 「ス〜タ〜、ル〜ナ〜!」 「ぎゃー!」 「成仏して!」  恨みがましげな日の妖精が、ねっころがったまま星と月の妖精たちの足を掴んで、キャ ンバスに引きずり込んでいたりするのであった。  そして、一回戦は最終Dブロックへと続くのである。                         『Cブロック第4試合』――決着!