東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 1回戦 Bブロック第2試合 因幡てゐ VS アリス・マーガトロイド ※ ※ ※ 「格闘はブレインよ」 しぱしぱと眠たげに目を瞬かせ、ぐでっと青コーナーに寄りかかるようにして、アリス はセコンドの魔理沙に語っていた。 「予測できる攻撃ほど避けやすいものはない。予測できない攻撃ほど避けにくいものはな い。状況と能力っていう絶対条件を、予定と応変っていう能動条件で処理するのが格闘。 だから、相手のそれが読めれば全ては私の掌の上。人形を操るようにね」 欠伸混じりのアリスの顔色は、決して良いものとは言えなかった。目の下には墨でも塗 ったかのような隈が浮かび、血の気の無い白い肌がそれをさらに際立たせている。一応薄 く化粧をして誤魔化そうとはしているのだが、それでも隠しきれていないのが現状だ。 「ねむ……」 それがアリスの今回のコンディションであった。バッドコンディションも良いところだ。 同じ魔法使いであるアリスの戦い方を参考にしようとした魔理沙など、いきなりの雲行き の怪しさに「こりゃダメだな」と早々に思ってしまったくらいだ。 「寝てないのか?」 「ん〜。ほら、昨日の宴会で格闘ごっこやるって決まったじゃない。あの後、家に帰って から参加者全員の能力を分析して試合のシミュレートしてたのよ」 「あ〜、そういえばお前あの後いなかったな。一人でそんなことしてたのかよ」 「それで気がついたら朝になってた。あふ……」 とろんとした目つきのまま、アリスは口に手を当てて欠伸を噛み殺す。目を開いている ことすら厳しいというふうに眉間を揉み解している姿は、いかにも頼りない。 「準備していたのはいいが、それで戦えるのか?」 「大丈夫……一回戦が兎で助かったわ。二回戦までは寝てるわよ」 「余裕か」 「余裕ね。伊達にここまで脳を酷使していないわよ。ありとあらゆるパターンを想定して、 全てに対する対処法を作ってきたわ」 「暇人だな」 暇が無いからこそ脳の酸素が足りなくて欠伸を連発しているというのに、魔理沙はあま り感心しない。まあそんなものだろうとアリスは重く鈍い思考の端で納得した。霧雨魔理 沙はそういう娘だ。 なので、 「まあ、そういうわけだから、あんまり参考にならないわよ。他人の真似するくらいなら、 傾向と対策っていう魔法使いの基本をしっかりなさいな」 しっしっとセコンドから追い払うつもりで手を払う。すると、ロープの上にズラリと並 んだ色とりどりの人形たちが同じように手を動かす。 しっしっ。 「酷いぜ」 「善意よ。あなたの出番だってすぐよ。私の試合はあっという間に終わるから」 ソウソウ、終ワルカラ。 やはり人形たちは一斉にうなずく。一斉とは言っても、だけど単調に同じうなずきを見 せたわけではない。それぞれが腕を組んでいたり、申し訳無さそうに頭を掻いていたりと、 個体ごとの性格が良く表れているのを見て、魔理沙は手前にいた黒髪の京人形の額をピン と指で弾いた。 痛イワ、痛イワ。 虐められた京人形は両手で額を押さえてうずくまり、それを司祭のように大きな立て襟 つきの露西亜人形が庇うように立つ。最後にイギリス仕込みの金髪が美しい上海人形が、 京人形の背中をなぐさめるように撫でさする。 それは眠い眠いと繰り返すアリスの生み出す、即興の人形劇だった。 それぞれが呪具や魔法具であり特別な力を持つ人形たちであるが、やはりそれらは命の 無い『道具』でしかない。しかし、人形たちはアリスの指先の小さな動き一つで、まるで 命――魂と心を宿した正しき生き物のように表情豊かに動作する。 (相変わらず器用なもんだ) あらかじめ仕込まれた『スイッチ待ちの魔法』。そしてそれを微動で『オン、オフ』す るアリスの技術。 「なるほど。状況と能力の絶対条件を、予定と応変で処理、ね」 「そういうこと」 魔理沙の理解に、アリスは満足げにうなずいた。眠気醒ましに「ん〜!」と大きく伸び をして、 「しょっぱ」 用意しておいた塩をひと舐めし、 「ん、美味し」 同じく用意しておいた白ワインをひと舐めした。そうやって、本人的には合理的に自ら の身体を覚醒状態、血行の良い臨戦態勢に持っていく。異論は色々あるだろうが、少しく らい酒が入っているくらいでちょうど良い祭というものもあるのだ。 「よしっと……っ」 そのように準備を終え、青コーナーから振り返ったアリスの顔は、一時的にしろ眠気の すっかり払われたものだ。 彼女は背中にいる魔理沙に向かって言う。 「魔理沙。これから完成された魔法使いの戦いを見せてあげるわ。本当の理詰め。ブレイ ンの戦いよ」 小指を目に見えないくらいわずか動かすと、人形たちが「アリスワッショイ!」とばか りに大きく両手を挙げて万歳し、その跳びあがった勢いでロープの下へと下りていく。そ の見る者を和ませる可愛らしい人形の姿が魔法や技術だと言うのであれば、まさにアリス は超一流の使い手だ。 (――神綺様には、まだまだ全然及ばないけどね) 自分の力を認めつつ、アリスは自らの生みの親――創造主である魔界の神こと神綺の柔 和な笑顔を脳裏に描く。 アリスが人形を生きているかのように動かせる使い手だとするなら、神綺は魂のある生 命そのものである魔界人――萃香風に言うのであれば魔族――を生み出した超々一流の使 い手だ。偉大なる生命創造に比べれば、アリスの人形操使など児戯に等しい。 (出発点よ) 魂のある生命を生み出すために、まず心のある人形を作ってみたい。それは魔法使いと しての永遠の課題でもあるし、魔界に生を受けた者として創造主の御業に近づきたいとい う本能的な憧れでもある。 そして、紛い無い生命、紛い無い心を創造する者は、それらを全て把握していなければ ならない。 つまり、 (生かすも殺すも思いのまま。そのくらいの『理解』) それができれば、格闘ごっこで負けるはずがない。 さて対戦相手の兎はどのくらい自分の掌で踊ってくれるかな、と対角の赤コーナーを見 たアリスは、あらっと眉根を寄せた。 「いないし」 対戦相手の因幡てゐ。その姿は、リングの上のどこにもなかったのだ。 「不戦勝? 一応そういうのも想定していたけど……」 「賭けの胴元だから遅れてるんだろ。ほら」 自分たちのリーダー格が試合に出るということで、永遠亭の兎たちはこぞってお小遣い で賭札を購入していた。賭け金の回収役である兎たちが購入しているために、会場全体で の回収活動が遅れていたらしい。 なるほど、とアリスも納得する。 「まあ、せっかくのご馳走だし、少しくらい遅れてもね」 「そこまでか」 どこまでもアリスは自信たっぷりだ。 別にアリスは一回戦の対戦相手である因幡てゐを軽んじているわけではない。もちろん 列強と呼ばれる大妖怪たちに比べれば格が落ちるが、言っては悪いが後ろにいる魔理沙な どよりはずっと動きも素早く力も強いと思っている。 だが、だ。 「繰り返すわ。私は兎にできるあらゆることを検証したの。例え何をしてこようと、私が 驚くことはありえないわ。そのために隈まで作ったんだから」 「スポ根だな」 「ガラじゃないわよ。もっと優雅にいきたいわね」 徹夜で迎えた朝、顔を洗おうとした鏡の中に見た自分の目の下の隈に、アリスはこれで は女の子失格だとため息をついたのだ。その嘆きの分くらいは試合で勝利を味わわなけれ ば割に合わない。 そう、アリスが瞼を下ろせば、そこに展開されるのは攻めてくるてゐの映像。 野生動物からの化身である膂力を生かして正面から来るか。 足の速さを生かしてヒットアンドアウェイで来るか。 人を詐欺にかけることを楽しむ性情を考えれば、もっと奇抜な行動に出ることも考えら れる。嘘の命乞いくらい、朝飯前だろう。 「アリス」 「ええ」 魔理沙に促され、アリスは再び瞼を上げた。言われるまでもなく、歓声がてゐがリング に上がったことを伝えていた。 ――のだが。 「は?」 そこにいた想定外の人物に、アリスは思わず考えをそのまま口に出していた。 「どうしてあなたがいるわけ?」 「ああ、まあ、うん……セコンドで」 歯切れ悪く答えるのは、鈴仙・優曇華院・イナバだ。てゐの代わりに現れた彼女は胸の 風呂敷包みを抱えなおすと、申し訳無さそうにリング中央に進み出て、審判の映姫に小声 で耳打ちした。 すると、 「構いません。能力無しで全力を尽くすのが本分。間違ってはいませんよ」 「はぁ……いいんですか。そうですか」 「何? もう一羽の兎はどうしたの?」 チラリと気の毒そうに窺ってくる鈴仙に、いい加減アリスも不満の声を向けた。すると、 鈴仙は抱えていた風呂敷包みをキャンバスに下ろし、 「てゐです」 一羽の白兎をお見合いよろしくアリスに紹介した。 本当に辛そうに。 お通夜の夜にお悔やみを言う口調で。 「因幡てゐです」 もう一度そう言った。 それは本当に愛らしい白兎だった。白雪のように真っ白で、思わず触りたくなるくらい にやわらかそうな毛並み。美兎コンテストがあれば審査員を悩殺するくりくりとした丸い 目。その中にある赤い瞳は、キョロキョロと物珍しそうにリングから観客席を見回してい る。 ザ・ウサギだ。 「てゐは『人の姿に化け』てるわけだから……その……」 しどろもどろな鈴仙の説明を、アリスはもう聞いてはいなかった。代わりに聞こえてい るのは、打撃音、苦痛の声すら再現された脳内でのシミュレーションバトル。 因幡てゐ VS アリス・マーガトロイド。 アリス選手、俊足のてゐ選手の変則攻撃を見事にいなし、二回戦進出です! ありがとう。みんなありがとー! 「……あれ?」 勝利を讃える歓声に包まれていたアリスは、足元のくすぐったさに視線を下ろした。そ こには、因幡てゐという名前の小動物が、アリスの足首に顔をくっつけて鼻をスンスン鳴 らしていた。 足を振ってそれを引き剥がすと、白兎はコロンと一回転。 悲しげに、アリスを見た。 途端。 「ぶー! 動物虐待反対!」 「魔法使いの生贄反対!」 「兎を食うな!」 「鳥も食うな!」 「アリス・マーガトロイドは小動物の扱いを知るべきである!」 「な、何よっ!?」 会場の動物起源の妖怪たちから一斉にブーイングが沸き起こり、アリスはその勢いに思 わず後ずさってしまった。 物理的なプレッシャーすらあるアリスバッシングの中、映姫はコホンと空咳を一つ。 閻魔が笏を空へと掲げ、リリーホワイトが情け容赦なく笑顔で宣告した。 「始まりですよ〜」 ※ ※ ※ 「始めって言われても……」 アリスは両手で耳を押さえ、自分への不平不満の声をカットする。その程度で意気消沈 するほど軟な性格ではないが、それでもバッシングというのは快いものではない。 (そもそも何よ、兎って) アリスが考えてきたシミュレーション。 アリスが計算してきた因幡てゐの動き。 徹夜である。 隈まで作ってきたのである。 それを――。 「……兎って」 はぁ、とアリスは大きくため息をつく。その彼女の周りを、白兎は楽しそうに跳ね回っ ている。 動物系の妖怪は原型を現すと思考パターンなども本性に引きずられて凶暴化したりする ので、てゐも現在すっかり兎思考に立ち返っているらしい。いつもは小憎らしい悪戯っ子 が、実に可愛らしい小動物だ。 しかしいくら可愛かろうと、それでアリスの傷心が癒えるはずもない。 「楽に勝てるのはいいんだけど……」 あ〜あ、ともう一度ため息。 赤コーナーのセコンドでは鈴仙が額を押さえ、青コーナーでは魔理沙がつまらなそうに 肩をすくめている。彼女にとっても、アリスの戦いを観察できないのは想定外だったのだ ろう。 (なんだかな〜) これじゃあ道化じゃない。 くるくる回るてゐに、苦い顔でそれを見るアリス。なんだか段々腹が立ってきて、アリ ス「踏み潰してやろうかしら」と剣呑な考えも浮かべたが、さすがにそのようなことは実 行しないでおくことにした。 代わりに。 「……仕方ないわね。せっかく色々な戦法を考えてきたっていうのに」 ため息混じりに、少女は踊るように左ターン。 後ろから襲いかかった『人型の因幡てゐ』の脇腹に、強烈な回し蹴りを一撃極めた。 「えぅ!?」 息を詰めて、てゐはその場から一歩後退した。白いワンピースに包まれた幼い肢体。剥 き出しの手足は細いが、今まさに後ろからアリスに襲いかかろうとした凶悪な動物的破壊 力を秘めている。 『人型』だ。 てゐは脇腹を押さえて、額に脂汗を浮かべながら呻くように尋ねる。 「ど……して……っ」 「だから、あらゆるパターンを検証したって言ったでしょう?」 応えるアリスは、酷く冷めた目をしていた。別段何も驚いていない。呆れてしまった出 来事からの心の切り替えも済ませている。 「呆れたし、残念だわ。一番楽だけど、一番張り合いのない戦法だったから」 人型での戦闘が不可能と思わせての不意打ち。だが、人型での戦闘が不可能であればお 話にならない大会で『それ』は無い。そうなってしまうと、他にいる猫や狐、そしてそも そも存在自体が特殊能力に近い騒霊などが不戦敗になってしまうからだ。 「閻魔は霊夢の試合前に言っているのよ。『武器の使用、術の使用、相手に影響を及ぼす 特殊能力の使用以外』って。変身はそれに含まれないのよね」 当然だけど、とアリスは呟く。 そして。 「じゃあ、これでおしまい――」 無造作に、大きく弧を描くローキックを放った。苦痛に顔を歪めたまま、てゐはその大 振りなキックを受けようと左足を浮かせて折り畳んだ。 「よ!」 まさか、その蹴り足が途中で跳ね上がって自分の顔面を痛打するなど、てゐは考えもし なかったのである。 ※ ※ ※ 「そこまで! 勝者、アリス・マーガトロイド!」 スパーン、と小気味良い音がしてアリスの変則ハイキックが命中すると、即座に映姫が 笏を掲げてそう宣言した。喰らったてゐは一発で目を回し、力無くへにょっとキャンバス へと倒れこむ。 それを見届け、アリスは置き土産で言ってやるのだ。 「覚えておきなさい。格闘はブレインよ」 最初の立ち位置から一歩と動かない、完全な勝利であった。 悲鳴を上げたのは、てゐに賭けていた兎軍団である。彼女たちはお小遣いのほぼ全てを 賭けており、それはてゐに対する信頼の証とも言える。 なのだが。 「え〜と、なになに……そうね、てゐが凄い金額賭けてるわね。『アリス・マーガトロイ ドの勝利』に」 泣き叫ぶ兎に配当票を見せられ、鈴仙はもはや苦笑するしかない。そんなものなのであ る。 他方、試合の顛末はともかくとして、アリスの放った蹴り一閃に興味を示している者も いた。あっぱれ、というふうに素直に拍手しているのは、てゐが兎の姿で登場しても注意 を怠らなかった魂魄妖夢だ。 他の面々は相手が兎の時点で食事なり酒盛りに入ってしまっていたので、肝心の場面を 見逃していたのである。 「下段回し蹴りが上段回し蹴りに変化したんですけど……ここ、上半身と膝を残していま した」 自然、見ていなかった幽々子のために彼女は実演することとなる。 アリスの蹴りは、正確にはローキックからハイキックへと変化するのではなく、『ロー キックに見えるハイキック』である。その秘密は蹴りの出だしにあり、妖夢はアリスがや ったように『大振りのローキック』に見える動きをしてみせる。 「普通、鋭く小さく振るものなんですが、わざと大振りにしていますね。この時の膝の向 きで、兎には蹴りが下段蹴りに見えていたはずです」 相手に見えるように。錯覚を起こすのは、喰らう相手なのだから。 下半身を狙った蹴りに見せかけた時点で、アリスはまだ蹴りは出していなかった。ただ 足を振るっただけだ。そうして充分に相手を幻惑したのを確認した後に、初めて蹴りの威 力を生み出す上半身の回転を加えた。 「その際に、こうグッと力を入れて、膝の向きを上へ向けてました」 てゐにすれば、自分の足に向かうはずの蹴りが、いきなり顔面に向かって飛んできたの だ。野球のフォークボールを逆さにしたような、斜め上へと向かう蹴り。たまったもので はないだろう。 「ふぅん、いい技を見せてもらったじゃない」 「いえ、私にはできませんよ。付け焼刃だと腰と膝を壊します」 『回し蹴り』とは『足』だけではなく『全身の捻転』で放つということを、アリスが良 く理解しているということです、と妖夢は最後にまとめた。 それを聞いて苦笑したのは、少し離れた場所にいた藍だ。 「なるほど、妖夢にはそう見えたわけね」 「違うんですか、藍様?」 不思議そうに訊いてくる自らの式に曖昧にうなずき、藍は人形たちを使っておひねりを 集めているアリスに目を遣った。 (いったい何人がタネに気がついたのやら) 藍は見たのだ。蹴りの瞬間、アリスが自発的な体重移動をほとんどしていなかったのを。 『まるで人形が操られるように』その蹴り足の軌道を変化させたことを。 そして、アリスにやすやすと使えるほど、先ほどの蹴りに必要な『格闘技術』は低くな いことを。 (さすが人形遣い。自らも操ってみせたか) 気づきそうな面々は軒並み試合を見逃していたようで、藍は密かにほくそ笑んだ。 指先の小さな動きで自分を操るとは、面白いことをする。 「心配しなくても、人形遣いの次の試合は吸血鬼。今の技を見る機会はいくらでもある。 橙は自分の試合にだけ集中すれば良い」 「は〜い」 言い含められた橙が素直に返事をする。 アリス・マーガトロイドの二回戦進出は、そのように決定したのである。 『Bブロック第2試合』――決着!