東方プロジェクト・ネタバトルSS 東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 1回戦 Aブロック第2試合 射命丸文 VS 紅美鈴               ※ ※ ※ 「じゃあ、少しの間お任せしますよ」 「机に乗るなっ」  そういう言葉を背に受けて、文は放送席の上からリングの赤コーナーポストに飛び乗っ た。後ろで慧音が咎める声を続けていたが、彼女は聞こえないフリをしてそれを流す。  背の高いポストの上から見回すと、神社境内にはいつになく多くの妖怪たちが集まって いるのがわかった。百名あまりの人妖たちは、ようやく届いた紅魔館メイド長お手製の料 理に舌鼓を打ちながらの茣蓙観戦だ。大晦日の空は分厚い暗雲に覆われており、陽の光に 弱い妖怪たちも、今日ばかりは昼間からのこの行事を楽しんでいる。  そんな空気の中、 「あ〜、続いて一回戦Aブロック第二試合。射命丸文と紅美鈴の試合を執り行う」 「武芸百般と言われる天狗と、紅魔館の門番を務める拳法の達人。一回戦ではもったいな いくらいの技能戦になりそうだね」 「注目しよう」  緊張でやや固くなった慧音の声がマイクに拾われて会場に響き渡った。それを受け取っ た霖之助のコメントも、文を相手にする時に比べてやりにくそうだ。会話が続かず、話題 がそこで途切れてしまっている。  司会兼任実況の文であったが、さすがに自分の試合の時に実況をすることは不可能で、 その役目は解説の霖之助と慧音に任せることとなった。もっとも、弁は立っても他人を盛 り上げるということには不慣れな二人だ。自分の試合を妙ちくりんな実況で台無しにされ るのではないかと、今から心配だったりする。 (さて、早く仕事に戻りたいので、さっさと終わりにしたいところですけど……)  危うげなく一本高下駄でコーナーポストの上に立つ彼女は、対角線上の青コーナーにい る対戦相手を見下ろした。  相手は解説にもあった通り紅魔館の門番を務める人妖――紅美鈴だ。  長命種族特有の幼い姿を保っている者が多い紅魔館の中では珍しいくらいの長身で、遠 目にもそのモデルのようなメリハリのある身体つきが見て取れる。服から露出した二の腕 や、大きくスリットの入ったスカートから覗く長い足についた筋肉は、素直に肉体美と賞 賛したくなるほどのものだ。 「タフそうですねぇ……良い被写体です」  思わず言葉が口をついて出る。そして、首にかけていたカメラを手に取り、青コーナー の対戦相手と、そのセコンドとしてついている『紅魔館の面々』をパシャリと一枚。 「綺麗な顔のうちに撮ってあげるのが、記者心ってものです」  傲慢な台詞がさらりと出てしまう辺りが、彼女もまた天狗という強妖の出身であること を証明していた。               ※ ※ ※ 「何ポーズとってるのよ」 「え? あはは〜、つい」 「しっかりしなさい」  文がカメラを構えた瞬間にファイティングポーズを決めてみせた美鈴に、セコンドにつ いた咲夜は呆れたようにそう言った。彼女の注意する口調に、しかし美鈴は楽観的に手を 振ってみせる。 「大丈夫ですよ。今日は格闘ごっこ。なら、私が負けるはずがないでしょう?」 「まあ、そうなんでしょうけどね」  自信満々な美鈴に、コーナー裏の咲夜は肩をすくめた。実際、こと『肉弾戦』というも のに絞るのであれば、常日頃から武術の鍛錬を欠かさない美鈴に適う者はそうはいない。 継続は力なりという言葉そのままに、妖怪の長い寿命が一つの技術に注ぎ込まれた時、そ れは人間の想像もつかないほどの高みへとその者を導いてくれるのだ。  具体的に言うのであれば、紅魔館に限定すれば人型の妖怪で魔法無しで美鈴とやり合え るのは、主であるレミリアくらいのものだ。吸血鬼が種族特性として有する圧倒的な筋力、 反射速度に匹敵するものを、美鈴は長い修行によって身につけているのである。そのくら いには、咲夜も美鈴の力を評価している。 (でも)  と思うのは、試合前だというのに周囲の撮影に余念の無い天狗のことだ。  咲夜は春に起きた花の異変の際に、文の異様なまでのスピードを骨身にしみて味わって いる。それが天狗の種族特性によるものなのか、文特有のものであるのかはわからないが、 彼女が目にも止まらぬ機動力を持っていることは確かだ。 「とにかく、油断だけはしないようにね。お嬢様も見ているんだから」 「ええ。承知しています」  むしろそれこそ励みです、とばかりに美鈴はうなずいた。咲夜の言葉の通り、リングの すぐ下にはレミリアとその妹のフランドール、そしてパチュリーまでもが並んで観戦準備 を整えていた。 「美鈴がんばれー!」  曇りで日傘がいらないことがよほど嬉しいのか、悪魔の妹は試合が始まる前から両腕を 振り上げて美鈴の応援に回っている。吸血鬼は不敵な笑みを浮かべて両腕を組み、七曜の 魔女は持参の本に目を落としている。  これだけ肩書きの豪華な顔ぶれが集まるのは、他の大会参加勢力と比べても紅魔館くら いのものだろう。  それだけに。 (負けられない……っ)  美鈴は、紅魔館の中で最初にリングに上がる自分の背負う責任を充分承知していた。余 裕の笑顔でフランドールに手を振り返しながら、心の中では「相手は天狗」という非情な 情報を噛み締めている。 (とんでもなく速いんでしょうね、きっと)  風と同じ速度で飛ぶとさえ言われる妖怪だ。同じように風に通じる力を操れるだけに、 風が暴風になった時の速度、破壊力は良く理解している。棟梁たる大天狗ともなれば幻想 郷において神と同列に敬われるような連中なのである。 「それでは、両者リング中央へ」  慧音の声が響き渡り、美鈴は咲夜に視線で合図を送ってから自らのコーナーに背を向け た。彼女の伝えた意志に、咲夜は苦笑して手にしていたタオルをリング外へと放り捨てる。 「さぁ〜て、何発『かする』かな。見ててくださいよ、お嬢様!」  これでタオル投入のギブアップだけはあり得ない。四角いリングの中央。紅美鈴は、本 気だった  そして。  レミリアは自らの足元に落ちてきたそのタオルに、咲夜の意図を理解した。 「私の役目、ということね」  まったく咲夜は甘いんだから、と吸血少女はそのタオルを拾い上げる。  決断は、いつだって主の役目なのだ。               ※ ※ ※  リング中央で文と向かい合うなり美鈴は尋ねた。 「あんた、下駄でいいの?」 「もちろん。これが天狗の生活靴なのです」  そして、 「手加減はしないでくださいね。あなたの太極拳だか八極拳だかわからない拳法ですけど、 じっくり見ないと取材になりませんから」  にっこりと笑顔でコーナーに置いてきたカメラを構えるフリをする文に、美鈴は先ほど 彼女が言ったように「もちろん」とうなずいた。  お嬢様相手でもなければ、取材の記者さんが相手でもない。 「全開でいくわ」  迷いの無いそれに、 「それは楽しみです」  文も余裕で握手を求めるのだった。  美鈴は彼女の拳がその髪の色のように黒い布で巻かれているのを確認しつつ、自らの手 も差し出す。映姫が注意しないということは、それの下に武器が隠されている心配は無い。  二人が固くお互いの手を握り合うと、映姫がおもむろに片手を上げる。リリーホワイト がひことを言えば、試合開始だ。 「始まりですよ〜」  始まった。  同時に、二人の顔が同じように真後ろに弾けた。               ※ ※ ※ 「つっ!?」  お互いの顔面を捉えたのは、真正直な左の拳一発であった。  右手で握手をし、その最中に試合開始された二人がとったのは『まず先手』の一つ。  文が斜め下から払うように打ち出した死角からの『パンチ』と、美鈴が真っ直ぐに順手 で繰り出した『突き』。軌道は美鈴の方が顔面へ近かったが、それを凌駕する文の拳の速 さが、結果的に相打ちという形でその初手の攻防を終わらせた。 「はや……っ」  さすがの天狗に、美鈴は舌打ちする。  だが、より驚いたのは文の方だ。 「見えなかった……っ」  あまりに真正面から過ぎて『美鈴の拳に、美鈴の腕が隠れた』。ぶれることなく、同じ 線上を真っ直ぐに伸びてくるため、腕という棒状のものが一個の球のようなものとして迫 ってきた。極めて距離感の捉えにくい、弾丸を真正面から見たような一撃だ。 「それが『技』ってわけですね。じゃあ、私の『技』も――」  トン、とキャンバスを蹴って距離を取ろうとした文は、次の瞬間ガクンと動きを止めた 自分の身体に絶句した。 「逃がさないわよ!」  握手した右手。それは、未だに美鈴の手の中だ。美鈴の握力の前では、身体ごと動かし て引き抜こうとしてもビクともしない。  文に油断があったとすれば、試合開始直前の握手。  そのたった一つの過ちが致命的なものであることを、文は戦慄と共に思い知った。 「ふっ!」 「!?」  美鈴が掴んだ文の右手を自分から見て時計回りに回転させた。それで手首と肘関節が伸 びきり、そこに美鈴が膝を屈して姿勢を落とす。ガクン、とそれに引きずられるように文 はつんのめった。腕が完全に極まった状態で抵抗すれば折れるだけだ。転ばないようにど うにか右足を前に出して踏ん張る。 (でもこんな体勢から何を……っ)  思った直後、激痛が文の右足の脛を襲った。中腰から右足でリングを思い切り踏み込ん だ美鈴の、地上すれすれを滑るような、足払いにも見える左の踵蹴り――斧刃脚が凶悪な 威力をもって天狗少女の体重の乗った足を一撃したのだ。 「くぅ……!」  並の妖怪であれば骨が砕けてそれで終わりだったが、しかし文は岩を破砕するその威力 を受けながらも攻撃を喰らった足を浮かす。スパーンと払われた文の身体が宙に浮き、蹴 られた勢いを利用して、腕を極められた方向とは逆回転させて着地する。  そして、お返しとばかりに文は即座に左の回し蹴りで美鈴の足を狙った。やられたらや り返す。それが妖怪だ。  が。 「甘い!」  美鈴は掴んだ文の手を自分に引き込むことで、彼女の体勢を崩した。強引な腕力に、文 の顔が柔らかい胸の双丘に突っ込む。 「わぷっ!?」  え? 何この大きさ? これ嫌味ですか?  そう思う暇も無い。背中に落ちた殺気に、文は慌てて身を引き剥がして打ち下ろしの肘 を回避した。 「さすがに、これは……っ」  体重を乗せた肘打ちをすかされた美鈴の身体が前のめりになったところに、文の左のパ ンチが横薙ぎに入る。だが、逃げようと後ろに下がりながらのパンチでは、美鈴の勢いは 止まらない。 「はっ!」 「ぐっ」  長い足での前蹴りが文の腹に突き刺さった。それにはさすがの文も息を吐き、空っぽに なった肺が悲鳴を上げる。後ろに吹き飛んだ拍子にようやく右手が解放されたが、背中に 触れた冷たいものに、文はむしろ絶望を覚えた。 「…………!?」  ニュートラルコーナー、と叫びたかったが、酸素の無い肺はその力を与えない。代わり に響き渡ったのは、美鈴が大きく踏み出した足が生んだズダンという震脚の音だ。  ほとんど文に触れるような位置、突きも蹴りも出せないような位置に踏み込まれた足が、 キャンバスからの反発をそのまま力に換えて、肩の背面から腰までを使った全身全霊の体 当たりとして――。 「鉄」  これは。 「山」  やば。 「靠ぉぉぉぉ!」  い!  反射的に文はコーナーの三角の長辺、ロープに思い切り自分を投げ出した。たわんだロ ープが三角を崩し、文は転がるようにしてコーナーを抜け出す。その背後で、肉体がコー ナーポストにぶつかったとは思えない音がした。  バキィン! というのは、コーナーを支える金具が吹き飛んだ音。目に見えてロープが 揺れ、リング自体が一瞬大きく跳ねた気すらした。 「と、とんでもないですね……」  思わず、文が座り込んだまま呆れてしまったくらいだ。 (でも、甘かったですね)  先ほど自分が言われた台詞を心の中で呟き、文はコーナーから振り返った美鈴を見返し た。素早く、自分の状態を確認する。  踵を受けた右足――痛むが、支障なし。しっかりと受け流せた。  前蹴りを受けた腹――コーナーに追い詰めるために美鈴が手を離したおかげで、後ろに 跳べた。少々重いが、戦うのには支障なし。 「あのまま放さなかったら、あなたの勝ちだったかもしれませんよ」  ダメージ無しと判断し、文は立ち上がった。映姫も、文の転倒に対してダウンはカウン トしていない。  そうして、今度こそ文は自らの戦いの構えを取る。 「あなたの『技』、充分に見せてもらいました。おかげで、良い記事が書けそうです」  でもここから先は、と呟く。  左腕を腹を横切るように九十度に曲げ、右手はパンチが打ちやすいように肩の高さに置 いて腋をしめる。 「――ここから先は、何もさせません」 「あれは……拳闘か」  文の構えを見て言ったのは、観客席にいる藍だった。他の者より多少は外の世界に詳し い彼女は、隣に座る橙の疑問の視線に説明をつけ加える。 「遡れば古代ギリシャ時代からある、拳だけで戦う競技のことさ。最近では拳だけで勝つ 技術をより洗練させて、ボクシングと呼ばれているわね。まあ、ここで重要なのはリング 専用の技術ということ。あの狭い空間で一対一なら、有利なはず」 「ふーん」 「天狗は新しいもの好きだし、戯れに身につけたんだろうさね」  趣味で生きているような連中だし、と藍は言う。  それが聞こえた美鈴は、外の闘技ということに興味を持って、文の動きを観察した。彼 女は拳を固定して構えながら全身で縦揺れのリズムを作っており、美鈴が半歩近づくとそ の半歩分を下がって一定の距離を保っている。お互いの攻撃の届かない距離だ。 (一気に飛び込んで来るかな……)  体重をどの方向にもかけず軽い足を作っている様子からは、左右前後どちらの方向へも 素早く動けることがうかがえた。 (その分、一発は軽そうね)  分析し、よし、と美鈴は腹をくくった。両手を頭上に突き上げ、そこから自分の前で内 側に交差させる大きな動きで円を描き、開いた左掌を文へと向ける。膝を柔らかくした低 い姿勢で左足も前に出し、半身になった後ろの右手は腰の位置で同じように掌を文に向け つつ、指先は地に向かっている。文から見れば美鈴の両手が作る円に近い『受け』の形が 壁のように浮かび上がる構えだ。 (拳を全部吸収して捌く)  相手の打ち終わりを狙うつもりで、美鈴は文の攻撃を待った。二人の視線が交錯し、美 鈴は文のリズムを一つずつ口ずさむ。攻撃に転じる際、そのリズムは必ず変化するはずだ からだ。 「タン、タン、タン、タ――」  その途中で美鈴の顔面が後ろに弾けた。  え? と思う間も無い。それでも身体は反応して自分の顔を捉えた相手の拳を絡め取ろ うとする。突き出した左と手前にある右手で挟めば、それだけで相手の肘関節を極めるこ とができる。  だが、そこに文の腕はすでになかった。引き抜かれた、と思った瞬間、二度目の衝撃が 右目の上に弾けて、彼女は目を白黒させる。 「横!?」  すでに正面に文の姿は無かった。翼を開くようにして美鈴が右掌を死角の右方向に伸ば すが、空を切る。遠くに逃げられた、というのが誤解だと悟ったのは、自分の右半身にくっ つくほどに迫った文が右のパンチを繰り出してきた時だった。 「が……っ」  矢のように真っ直ぐ射抜いてくるパンチでこめかみを打たれ、美鈴が顔をしかめて振り 返る。やはりそこに文の姿は無く、気配だけを感じて美鈴は両腕を頭上から左右に振り下 ろした。 「かぁああ!」  ダン、と震脚し、ハンマーのような拳底が死角を薙ぎ、それで手ごたえを感じなかった 彼女は一度前へと跳んだ。そうやって空中で反転して視野の中に文の姿を捉える。 「なるほど……死角死角って回るわけね」 「さっきも言いましたけど、ここからは先はもう何もさせません」  さっさと終わらせて実況に戻るんですよ、と文はうそぶいた。 「私の足は、幻想郷一ですよ!」 「!?」  とんでもないことだが、充分に距離を取ったつもりだった美鈴の顔が撥ねる。喰らいな がらも右の掌打を放つが、やはり文はそこにはおらず、横からのパンチが美鈴の顔をした たかに打つ。そちらを見れば、文は再び距離を安全圏に戻し、 「この……お!?」  美鈴が悪態をつきかけた瞬間に、踏み込んできた。右の強振が左のパンチばかり警戒し ていた美鈴に迫り、彼女はどうにかそれを頭を傾けて避けた。それを掴もうにも、すぐさ ま左のパンチが斜め下から払うように飛び込んできて、顎を撥ね上げられる。目の前にい ても、下からのパンチは常に死角だ。 (速過ぎ……っ)  後の先を狙う技が追いつかない。見てから受けていては、文はもう目の前にはいない。 これでは残像を相手にしているようなものだ。 「ならっ」  動く前に倒す!  美鈴は、文が距離を置いたところに前蹴りで踏み込んだ。長い足の生む、文のパンチが 弓ならばそちらは槍のような一撃に、しかし文は笑った。 「それを――」  自ら前に出る。  直線的な美鈴の蹴り足の外側斜め前に一歩。右脇腹のすぐそばを必殺の槍にかすめさせ ながら、文は渾身の力を右拳に込めて身体を捻った。 「待っていました!」  全身の捻りを加えた巻き込むようなパンチが、美鈴自身の前に出る力と一緒になってそ の鳩尾へと叩き込まれた。  その一撃の結果は決定的のひとことだ。  美鈴の身体が文の小さな拳を中心に宙に浮き、一瞬の浮遊の後に彼女の身体はキャンバ スへと叩きつけられる。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」  ピシリと腹部から全身、指先にまで電撃が走るような錯覚。全ての痛覚神経が爆発した ような衝撃に、美鈴は腹を押さえて胎児のように丸くなった。 「ダウン! 射命丸文、下がりなさい!」  映姫が片手を上げてカウントを始め、文は打撃に使った右拳の調子を確かめるようにブ ンブン振りながら美鈴に背を向けた。  立てるはずがない。いくらタフとはいえ、少女は少女なのである。その圧倒的な姿に、 血の気の多い妖怪たちからの大喝采が沸き起こる。 「あ、そうそう」  文は自分のコーナーからカメラを取り出し、倒れる美鈴を撮影すべく振り返った。  そして。 「……あら」  目を丸くした。  美鈴が、腹を押さえながらもどうにか立ち上がっていた。その顔は苦痛に歪み、連続で 打たれた右目は赤く充血していたが、彼女はまだ自分の足で立っていた。  文が映姫を見ると、最高審判は笏を掲げて宣言した。 「続行!」 「美鈴、構えなさい!」  咲夜が叫ぶのよりも、文のパンチが美鈴を打つ方が早かった。全身の神経の混乱で腕を 動かすこともできない美鈴が、その軽いパンチ一発で後ろにたたらを踏む。 「う……く……」 「それで良く立ちましたね……と言うか、なんで立ってるんです?」  トン、と美鈴の背中が青コーナーに詰まる。そこに寄りかかるようにして、美鈴は荒い 呼吸を整える。滝のような汗は運動量によるものではなく、やせ我慢によるものだ。 (痛い、痛い、痛い……っ)  目の前にいる文を睨みつけながら、美鈴の頭の中はその言葉で一杯だった。弾幕ごっこ で被弾したりだとか、ナイフで少し刺されるだとか、そういう局所的な痛みとは違う。急 所を叩かれ、神経そのものを過剰刺激されたことによる、彼女が知る中でも最上級の痛み だ。  だから、彼女は引きつった笑いを浮かべる。そう、笑ってしまうほどだ。 「ラッキーでしたよ……」 「はい?」 「もし、あれを頭に喰らっていたら、もう……立てませんでした」  ふー、と美鈴は深く息を吐く。  それから今度は肺が破裂するほどに大量の酸素を吸入し、 「『来な』」 「……タフさだけは、良くわかりました」  ここに来て左半身で自分を模したような構えを取った美鈴に、文は自らも構えた。二人 の違いは、文が正面を向いて全ての方向への移動を可能としていること、美鈴が半身で右 拳こそ必殺の一撃と定めていること、だ。 「? 見よう見まねってわけでもなさそうですね」  怪訝そうに、文は眉根を寄せた。彼女は知らないが、それはかつて子鬼の力が終わらな い宴を繰り返させていた時に行われた『弾幕格闘ごっこ』――その際に美鈴が見せていた 構えだ。 「天狗の動きは弾幕よりも速いってことね」  その構えをすぐ横、リングサイドで目にしたレミリアはそう呟いた。日焼けの一つもな い白い手は、膝の上のタオルを弄んでいる。 「仲良くなれそう。そう思わない、フラン?」 「ぜーんぜんっ」  フランドールは血色の瞳に凶悪な光を浮かべてリングに見入っていた。小さな口元で牙 がコリコリとすり合わされているのは、彼女が苛立っている時の癖だ。その真剣そのもの の横顔に、レミリアも視線を戦いの場へと戻した。  そこは、美鈴が文への間合いをつめている場面だった。  だが、文は四角いリングを巧みに円形に使いフットワークする。美鈴が直線的に進めば、 牛をいなす闘牛士のようにその頬を叩いて横に回りこむ。それを見た藍は、橙にだけ聞こ えるように言った。 「サークリング。移動する方向とは逆の足で地面を蹴って跳んでいるのが見える? あれ は後で参考にすると良い。ああやって、移動する方向の足から着地すれば、そのまま力を 乗せたパンチが出せる。着地と攻撃を同時にこなせる技術ね。さすがに良くできてる」  それを証明するように、文の拳は美鈴の前から消えると同時に放たれる。 「つっ」 「ほら、やっぱり限界じゃないですか」  たった一発のパンチで膝を落とした美鈴に、文は鋭い目つきで言葉を叩きつける。どう にか立ってはいるが、美鈴のダメージは深刻なものだ。それは対峙している文が一番良く 理解している。 「そんな速度じゃ、私を捕まえることはできませんよ!」  左回りに動く自分を狙ったやぶれかぶれの回し蹴りを逆方向にサークリングしてやり過 ごし、文は蹴りを出したことでグラつく美鈴の衰えぶりに確信する。 (倒せる!)  思った瞬間、文の身体は美鈴の懐にあった。まさに神風の勢いで入り込んだ左拳が美鈴 の顔を打ち、それを嫌がった美鈴が両腕で頭部を守ると同時に、鋭い右の捻り打ちを彼女 の左脇腹に突き刺した。 「か……っ!」 「どうです?」  充分な手ごたえに、文が一歩下がる。反撃は無い。その場で身を震わせた美鈴は、唇を 噛み締めてそこに立っている。  打たれ過ぎた右目の上は、切り裂かれて血を溢れ出させていた。  重ね重ね腹を叩かれた痛みは、足を痙攣させていた。  やせ我慢をし続けた代償は、額に玉のような汗を浮かばせていた。  倒れないはずがない。 「あなたは、倒れます」  その言霊を最後のきっかけとして、紅美鈴は崩れ落ちた。               ※ ※ ※ 「美鈴がんばれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」               ※ ※ ※  フランドールの声。  それだけが耳を貫いて、美鈴は大股でキャンバスを踏みしめた。 「はい?」 「だから――」  倒れるはずだった美鈴が大きく足を広げ、低い位置からたった一歩分の距離にいる文を 睨み上げた。  伸ばした足は、文の両足の間にある超至近距離。 「頭に喰らわせて意識を断たない限り、私は倒れないって言ったでしょうが!」 「!」  ズダァン、と震脚がリングを揺るがせた。ほとんど真下から突き上げられた拳――破山 砲が文の頬をかすめて通る。完全な不意打ちだったが、しかし文の反射速度はそれを上回 った。 「あれを避ける!?」  むしろ歓喜の表情でレミリアが席を立った。その横では、とうの昔に立ち上がっていた フランドールが声の限りに叫んでいる。 「美鈴負けるなー!」 「う、りゃああああ!」  破山砲で振り上げた腕を、美鈴は今後は振り子にして打ち下ろす。  が。 「わかりました」 「っ!」  またしても文の拳は美鈴の攻撃を寸断する。美鈴の打ち下ろしの腕自体を狙って叩いて 逸らし、続けて左右の一発ずつで勢いづきかけた美鈴に一歩を後退させる。 「なら、今度は完全に意識を断ちます。あなたの忠義は大会の記事の目玉にしますから、 安心してください!」 「つうぅ……っ」  もはや、文は満身創痍の美鈴を相手にフットワークを使うことはなかった。叩けば後ろ に下がる美鈴に対し、それまでのどのようなパンチよりも速く細かい連打をまとめて打ち 込んでいく。 (一ラウンドの時間も、もう残り少ない。休憩時間を与えるのは、危険です!)  美鈴は決して弱くはない。彼女の武術の引き出しの多さを考えれば、自分の速度につい てこれない今のうちに仕留めるのが最善だと文は判断していた。  対して、もう美鈴は戦う云々の状態ではなかった。最初のダウンの時の一撃があまりに 致命的で、足が動かない。破山砲を外したのは、最後の勝機を逃したのと同義だ。  それでも、拳を突き出す。 「つぁっ!?」  自分が打った突きよりも、文のパンチの方が先に着弾し、美鈴は砕けそうになる膝を誤 魔化すために一歩下がった。  文は目の前だ。薙ぐ横向きの攻撃ならばどうか。美鈴は蹴りを出そうとし、足が上がら ずに中途半端に前に傾いだ。そこに前へ出る勢いを乗せたパンチが振り抜かれる。 「ぐ……っ」  その一撃で無理矢理背筋を伸ばされた。二歩下がり、美鈴は背中に硬いものが触れたの を知る。青いコーナーポストだ。また戻ってきてしまった。 「――――!」  真後ろで咲夜が何か言っているのが聞こえたが、それが言葉として理解できない。何発 か受けたこめかみへの打撃で、耳鳴りが止まらない。  そこに、 「美鈴!」  フランドールの声だけは、良く理解できた。子供の甲高い声は、耳鳴りよりも脳に響く。 美鈴を奮い立たせる、意識を繋ぎ止める糸だ。その糸のおかげで、一度目のダウンでも立 つことができた。二度目のダウンでも、踏ん張ることができた。  だが、根性ではどうしようもないこともこの世にはある。腹を打たれた痛みであれば、 精神力で身体に言うことを聞かせることもできる。しかし、頭――意識を刈り取られれば、 その精神力すら無意味な話だ。 「ふっ!」  それがわかっている文は、右の脇腹打ちから、右の側頭部打ちと、防御も間に合わない 連撃を積み上げる。そこに油断は無く、美鈴の一挙手一投足を冷静に観察しつつの攻勢だ。 記者らしい客観性と言えるだろう。 (速さだけなら、お嬢様より上……かな……)  ほとんど同時に喰らう左右のパンチに、美鈴は目を凝らした。もう右目は出血で塞がれ ていたが、その速度の恐ろしさだけは確認できた。  技が劣っているとは思わない。  体力が劣っているとも思わない。  根性であれば、誰にも負けない自信はある。  それでもこの戦いにおける二人の優劣を分けたものがあるとするなら、それは種族の差。 天狗の中でも最速を誇る、文本人の『性能』による差だ。相手がいかに怪力であろうと美 鈴は問題にしないが、目にも留まらぬ速度が相手では分が悪い。 「……ぐ……っ!」  両腕で頭部を貝にしても、その隙間を縫って文の拳は美鈴を打つ。その度に美鈴の身体 は大きく振れて、左右のロープが満身創痍の彼女を押し戻す。  それを見て、映姫の眉がピクリと動く。 (止めるべき?)  閻魔である彼女の目から見ても、すでに勝敗の行く末は明らかであった。これ以上は危 険と判断すれば試合を止めることができる権限が、彼女にはあるのだ。 「!」  ロープから反動をつけて戻ってきた美鈴の横面に、捻りを加えた竜巻のような勢いのパ ンチがめり込んだ。それを受けた美鈴の膝が半回転し、ポストに抱きつくような形になる。 (ここね)  映姫はうなずいて決着を告げる笏を掲げようとした。  掲げようとしたのだが、それよりも早く美鈴が真後ろに裏拳を放った。文は悠々と身を 屈めてそれを避けたが、それは明確な美鈴の戦う意志の一撃だ。 (――止められないっ)  なんて判断の難しい子なの、と映姫は思う。美鈴は、すでに何回も気絶しているのだ。 だというのに、途切れない文の攻撃の痛みとフランドールの声が彼女の意識を何度も復活 させてしまっている。  周りがいたたまれない気持ちになってしまうのは、それが敗北の先延ばしにしかなって いないことだ。文が不意打ちを喰らわないように自分の距離を保って攻撃している以上、 美鈴に反撃の余地が無いことは、その場にいる全ての妖怪が理解していた。  特にそれが顕著なのは、赤コーナーの下で観戦していた幽香だ。 「頑丈さだけは立派だけど」  つまらなそうに彼女は言う。 「いい加減、飽きたわ」  さっさと天狗の勝ちにしてしまいなさいよ、と幽香は呟いた。彼女は美鈴など眼中に入 れていないのだ。 「天狗は、私が楽しく壊してあげるわ」  欠伸を噛み殺すほどに、彼女は退屈していた。  その言葉に押されるように、美鈴は裏拳の勢いで足を滑らせ、コーナーポストに背をつ ける。ゆっくりと顔を上げ、霞んだ視界で文を捉える。  文は『三人』いた。  美鈴は、思わず笑ってしまう。血みどろの右半面で、唇を引きつるだけの笑みを浮かべ る。 (さすがに……限界かな)  武術を嗜む身だ。自分の限界値は把握している。 (珍しく……)  打たれて血が汗のように飛び散った。 (限界の無理のし過ぎの出し惜しみをしない最大限まで……)  何度も揺さぶられ、頭を支える首の筋肉が悲鳴を上げていた。 (やる気満々の前のめりの転ぶ寸前の走り出す形で全部とことん満杯まで振り絞るつもり だったんだけど……)  真正面から鼻面を狙った、あまりに真っ直ぐなパンチをまともに喰らう。  それが痛みを訴えなかったことに、美鈴は一つの結論を得た。 (もう――)  限界だった。 「美鈴!」  フランドールの声も届きはしない。彼女の声が、美鈴をそこまで立たせてくれた。奇跡 のようなものだ。  彼女が堪えられるのは、あと一発。  あと一発がくれば、終わりだ。  それを見て、レミリアは肩をすくめて青コーナーへと歩みだす。振り返った咲夜が、何 とも言えない表情で口を開く。 「美鈴は――」 「これで終わりよ」  レミリアは冷酷に言う。 「戦いは、強い方が勝つわ」  タオルが振り上げられる。  ――だが、それよりも一瞬早く、文の最後の一発が美鈴の顔面を打ち抜いた。  咲夜が、レミリアが、その音にそれを見る。身体ごとぶつかるように打ち出された文の パンチを受けた美鈴の後頭部がコーナーポストの上に叩きつけられ、彼女のトレードマー クの緑の帽子が宙を舞う。 (おわ……った……)  そして。  美鈴の視界には。  金髪の天使の顔が広がった。  それはコーナーポストに身を乗り出したフランドールの顔。  負けるなという少女の顔。  でもそれはもう遅い。  ――もう、勝負はついたのだから。               ※ ※ ※ 「ふぅ……」  文はジンジンと痛む右拳に顔をしかめて、深い息をついた。突き出した腕の先には、の け反るようにしてコーナーポストに叩き上げられた美鈴と、その上から自分を睨みつけて くる悪魔の妹の姿。 (少し、後味が悪いですね……)  しかしこれが勝負の非情さですよ、と文は右腕を引き戻した。  映姫が笏を掲げて試合の終了を告げる。 「え?」  告げようとした。  それを待つ文の前に、美鈴が崩れ落ちた。  文の腕に引きずられて、ゆっくりと前のめりに倒れる美鈴。  その身体を、文は反射的に抱きとめようとした。  そして。  その時にレミリアが感じたのは、大地の揺れだった。  その時に咲夜が見たのは、傾いたリングだった。  全てを目撃したのは、フランドールだった。  文に倒れこんだ美鈴の右足。  キャンバスにめり込み、そこに穿たれた大渦。  ミシ、という小さな音が。  ――それが震脚であることを伝えた。  それは。  接触状況。そこからのもっとも広い打撃部分、背中を使っての体当たりとして。 「るぅぁぁぁぁああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!」  文字通り、文の身体を吹き飛ばした。               ※ ※ ※  それを見た者たちは、目の前のことが冗談だと思っただろう。  轟音と共に青コーナーから弾けた天狗の身体が水面に投げられた石のようにキャンバス の上を撥ね、赤コーナーポストに激突する。その激突の威力はそこで収まらず、コーナー ポストは傾いたと思った瞬間にはロープを巻き込んで、観客席へと向かって吹き飛んだ。 境内の地面の上に落ちた文は、そこからさらに二転三転してようやく止まる。  シン、と会場が凍りついた。  そこには音も無い。  動く者も無い。  鉄山靠を打ち放った体勢で固まった美鈴だけが、リングの上に立つ唯一のもの。  倒れ伏した文。その身体は、ピクリとも動くことはない。  唖然とした空気を溶かしたのは、背中を突き出した形の美鈴が吐き出した、深い息だ。 「は……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」  燃えるような、熱い息。  そうして時間が動き出す。  間髪入れずに映姫は叫んだのだ。 「そこまで!」  会場が嬌声に爆発した。               ※ ※ ※ 「やったぁ、美鈴!」 「うわわっ!?」  深く、深く息を吐く美鈴の上に、外れた賭札とおひねり、そしてフランドールの身体が 降ってきた。どすっと肩車の形で自分の上に着地した少女に、気絶寸前だった美鈴は一気 に思考がはっきりした。痙攣する足で転ばないように、試合中よりも注意して大股を開く。 「い、妹様、さすがにこれは……!」 「何? 私の応援で勝てたくせにっ」  うりゃ〜、と髪の毛をぐちゃぐちゃと掻き混ぜてくるフランドールに、美鈴は「はいは い」と苦笑した。それは事実だと認めて良いことだったからだ。  しかし、 「あら……」 「わっ」  さすがにダメージは深く、彼女は自らの震脚が生み出した渦に足を取られてつまずいた。  と。 「ご苦労様」  後ろから咲夜が声をかけ、その背中に手を当てて支えた。傾いてしまったリングのコー ナーの後ろには、レミリアの姿もある。 「良くやったわね、美鈴」 「あ、タオル投げようとしたお姉様だ」 「何のことかしら?」  途端、愛らしい顔を皮肉げなものにするフランドールに、レミリアは澄ました顔で言う。 年下の少女は、それに頬をぷくっと膨らませ、 「これで終わりとか言ってたじゃない」 「終わりだったのよ。二回のダウンの度に挑発して、自ら左右に動くことができないコー ナーに逃げて大振りを誘った。それに天狗が乗った時点で勝負は終わり。そういうこと」  美鈴の立てた作戦はその通りだった。  文の持つ能力の中でもっとも恐ろしいものは、その尋常ではない回避力の高さだ。それ を殺すにはリングの中では左右の動きを封じられるコーナーしかなく、さらに慎重な文に 必殺を狙った大振りを使わせる必要があった。  結果、美鈴は我慢に我慢を重ね、その『終わり』を手に入れることができた。文が最後 まで小技のみで攻めてくればジリ貧で負けるだけの、まさに賭けのような作戦だったのだ。  堪えられるのはあと一発。その最後の一発で、文は誘いに乗ってしまったのだから。  そうして、レミリアは不敵に笑う。 「それにね、フラン。私はこうも言ったわ。『強い方が勝つ』。もちろん、強いのは私の 紅魔館なのよ」 「……じゃあ、どうしてタオル捨てなかったの?」 「あら、そんなこともわからないの?」  それでも食い下がるフランドールに、レミリアは目配せをして美鈴を屈ませた。幼いと はいえ、疲れた身体に少女一人を乗せている美鈴は、本気で崩れ落ちそうになりながらも それに応える。  そして。 「タオルは、汗を拭くためにあるものよ。咲夜、傷の手当をしてあげなさい」 「はい、お嬢様」  美鈴の右目の血をひと舐めし、レミリアは勝者の首にタオルをかけて咲夜にそう指示を 出した。  対して、予想を外したのは四季のフラワーマスターだ。  彼女は自分のすぐ横に倒れている赤いコーナーポストを一瞥し、呟く。 「……やるじゃない」  明確な破壊力。そういうのは、嫌いではない。  ともあれ、紅美鈴二回戦進出である。               ※ ※ ※  で。 「ぶふっ!?」 「あ、起きた起きた。お疲れ〜」  溺れ死ぬ夢を見て目を醒ました文は、自分の髪が酒びたしであることと、目の前に子鬼 の顔があることで状況を理解した。 「あれ? 私、負けました?」  と、寝転がっていた上半身を起こそうとして、 「うわ、だる……なんだか凄いのを受けたようですね……」  予想はつきますが、とため息。美鈴の全力の一撃を受けた身体は彼女の命令を聞かず、 仕方なく文は寝転がったまま子鬼――萃香に言うのだった。 「私にも一杯ください」 「え〜、今さんざん飲んだくせに〜」 「あの程度、飲んだうちに入りませんよ」  さっそく文は考える。  動けるようになったら、放送席に戻ろう。 (これで実況に集中できますか)  少しの悔しさはあるけれど、それ以上に面白そうな記事が書けそうなことに、文は「う 〜ん」と寝転がったまま大きく伸びをするのであった。                         『Aブロック第2試合』――決着!