東方プロジェクト・ネタバトルSS 東方殴り巫女伝説 〜Bare Knuckle Players〜 1回戦 Aブロック第1試合 博麗霊夢 VS ミスティア・ローレライ               ※ ※ ※ 「そういえば、霊夢って意外と体術とかっていうのもこなせるんだよな」  リングに上がった霊夢が初めて目にするリングロープを引っ張って強度を確認している と、コーナーポストに外側から寄りかかった魔理沙が興味深げに尋ねてきた。 「やっぱりアレか? 博麗秘伝の技とかなのか?」 「ん〜、そんなものかしらね。その辺りは私よりも魅魔の方が詳しいと思うけど? どこ いったのよあいつは」  あんたの師匠でしょうに、と霊夢が自分のセコンドについてくれるはずの魅魔の不在を 訝しがると、 「魅魔様なら、祭殿で寝てるぜ。『足が無い私にゃ関係ない』って」 「あ〜、無いわね、確かに。それで拗ねたのね」  悠久の時を生きる元悪霊は、宴会好きの構ってちゃんなのだ。催し物があるとすぐに「 保護者として! 師匠として!」と顔を出してくる彼女だけに、『足が無い』『幽霊だか ら攻撃が透ける』などの理由でエントリーから省かれたのがショックだったらしい。  ともあれ、そういうことで、一回戦は魔理沙が霊夢のセコンドにつくことになったので ある。交換条件は、後の魔理沙の試合で霊夢が同じようにセコンドにつくことだ。ちなみ に、そちらも魅魔がつくはずだったポジションである。 「仕方ない奴ねぇ」  言いつつ、霊夢はロープを両手で掴んで思い切り引っ張る。ぐっと力を込めるが、水色 のゴムで覆われたワイヤーロープは少女の力程度ではほとんど形を変えることはない。 「は〜。リングって初めて上がるけど、ロープって硬いものだったのね」  意外、と感心しつつ、今度は「よっ」と勢い良くロープに背中を預けてみる。もともと が巨漢の男性用に作られたロープは、霊夢の体重でわずかに押された後、それに倍する勢 いで彼女の身体を押し返した。  まるで背中を誰かに押されたようなそれに、霊夢が数歩たたらを踏んでつんのめる。 「っとと! それで、セコンドからアドバイスは?」 「知らんよ」 「こらっ!」  あっさりと言う魔理沙に、霊夢は拳を振り上げる。それにひょいっと肩をすくめ、魔理 沙は「しかしなあ」と難しい顔をする。 「実際、専門家じゃない私に言えることは少ないぜ?」 「少なくてもあるなら言いなさいよ」 「いいのか?」 「ええ」  アドバイスを促す霊夢に、 「とりあえず夜雀よりもお前の方が体重が重そうだ。有利だな!」 「……嬉しくない」  彼女が顔に陰を落とすような言葉をかけてやる魔理沙であった。 「とりあえず1ラウンドが五分もあるし、体格でも――プッ――お前が勝ってるし、ちょ こちょこ飛び回るのをどうにかして掴まえて攻める。そのくらいでいいんじゃないか?」 「ねえ、魔理沙。今笑ったでしょ? 笑ったでしょ!?」  ひくりと唇の端を震わせてこめかみに血管を浮かべる霊夢に、魔理沙はフルフルと首を 横に振った。人形のような無表情で、 「言ッテナイゼ」 「そろそろ試合を開始します!」 「もうっ。魔理沙、後で酷いわよっ!?」  マイクで大きく拡張された文の声に、霊夢は魔理沙にきつい一瞥を加えてからリング中 央に向かうのであった。               ※ ※ ※ 「ラララ〜、人は四角いジャングルに戦いを求め〜♪」  対する青コーナーのミスティアは、文による呼びかけがあっても気持ちよくテンション を歌い上げていた。 「巫女の体重は私よりも重い〜♪ おもおも重い〜とっても重い〜♪」 「うわ、そうなんだ……って、そうじゃなくて。ミスちー、月の異変の時の借りを返すい い機会だからね。人間なんかに負けないでよ?」  ミスティアのセコンドについているのは、彼女と共に『東方三愚者』に数えられるリグ ルだ。ちなみに栄えある三人目は氷精のチルノで、対極に当たるのが永琳、パチュリー、 慧音の『東方三賢者』だったりする。  この基準、三バカは特別知識や知恵で周りに大きく劣っているわけではないが、どうに も「迂闊」で「思慮」が足りない。そういう三人であるから、周りは愛を込めて三バカ扱 いするのであるが、本人たちは実に不本意にそれを受け止めているのである。 「いつも馬鹿馬鹿言うあの紅白に目にもの見せるんだからね!」 「大丈夫大丈夫〜♪」  ぐっと拳を握るリグルに比べ、ミスティアの方は気楽なものだ。目を細めて自らの鋭い 爪を眺め、その血に染まったような紅をペロリと舐める。 「だって相手は人間だもの。妖術が使えないなら、楽勝よ」  その表情は、幼い外見に似合わないほどに傲慢で、自らの絶対的有利を疑わない強者の ものだ。テラテラと濡れた爪を五本並べてうっとりとする様は、淫靡なものさえ感じさせ る。  それを見て、リグルは今度は先ほどとは別の意味で拳を握り締めた。 「そう、これよ! 最近忘れられがちだけど、私たちって人間襲う妖怪なのよ。ミスちー、 今こそ名誉挽回の時よ!」 「ふふ、任せて」  ふいっと流し目する仕草も、『私妖怪です』と主張するような破壊力だ。これは期待で きる、とリグルはなんだかドキドキしてきた胸を押さえてしまう。 (もしかして、いけるんじゃない?)  口ではミスティアを応援しつつも、実はリグルはミスティアでは霊夢には勝てないだろ うと思っていた。実際、トーナメント表を見た瞬間には「あちゃ〜」と思ったものだ。  それが、このミスティアの自信のほどはどうだろう。自分の力に何の疑いを持っていな いその姿こそ、まさにリグルの理想とする妖怪の姿だ。 「ミスティアさん、中央へ」 「は〜い。霊夢のお肉はお巫女味♪ 巫女巫女霊夢はお肉味〜♪」 「――あ、ミスちー。これだけ! あのさ、注意してね。鬼に聞いたんだけど、あの巫女 はさ!」  すでにリング中央に待つ霊夢の元に向かっているミスティアの背中に向かって、リグル は怒鳴った。伝えなければならないことがあった。  鬼が言ったのだ。 『空を飛ぶ不思議な巫女って知ってる?』  と。  彼女は――。 「飛ぶんだってさ!」 「? 巫女巫女霊夢は空を飛ぶ〜♪」  そんなの当然じゃない、とミスティアはその言葉を聞き流した。  今日は、飛べない巫女が相手なのだから。               ※ ※ ※ 「双方、武器の使用、術の使用、相手に影響を及ぼす特殊能力の使用以外、全てを認めま す。ただし、私が制止した場合はそれ以上の攻防を許しません。良いですね?」  リング中央。四季映姫にルールの確認をされて、二人の少女がうなずいた。  片方は、博麗の巫女――博麗霊夢。  片方は、闇夜の歌姫――ミスティア・ローレライ。  本来なら、争うことはあっても肉弾戦で戦うことなどあるはずがない二人だ。神仙術に 優れた霊夢と、闇と風の妖術に長けたミスティアが、不得手なはずの体術でどのような戦 いを見せるのか、集まった多くの見物人の関心はそこにあると言って良かった。  そして、 (そもそも、格闘ごっこってどこまでやるものなの?)  そういう思いが、最初の一戦には向けられていた。  弾幕ごっこなら、どのようなものか大半の者が理解している。だが、格闘ごっこという ものがどのくらいの『レベル』で行われるものなのか、まだ把握していない者が多かった のだ。  だから。 「さて……まずは見せてもらおうかしら、霊夢」  レミリア・スカーレットが、怪しく微笑んだ。 「妖夢、良く見ておくのよ。巫女と鳥、どちらがより美味しそうか」  西行寺幽々子が、折り畳んだ扇子の先で従者をつついた。 「藍、賭けましょうか?」 「まさか」  八雲紫が、自らの式に一蹴された。 「地上の妖怪の野蛮な力……昔と変わりないのかしらね」  蓬莱山輝夜が、懐かしみながらも嘲った。  そうした視線の先で、映姫は天に向かって手を差し伸べる。冬の雲の切れ間から、季節 はずれの春の妖精――リリーホワイトが舞い降りて大きく両腕を広げた。 「始まりですよ〜」  気の抜けたそれが、戦いの始まりの合図となった。               ※ ※ ※ 「先手――」  先に動いたのは、ミスティアの方だ。 「必勝!」  開始の合図と同時に、その鋭い爪で霊夢の喉を狙って攻撃を繰り出す。妖怪ならではの 瞬発力での踏み込みは、並の人間に反応できるものではない。  さらに。 (鳥目になれ!)  ミスティアの妖力が至近距離から霊夢の瞳に叩き込まれた。霊夢の瞳から光が失われ、 ほぼゼロ距離からの一撃がその喉に迫る。  最初から、ミスティアはルールなど守る気は無かった。『鳥目』の能力は直接相手の瞳 に作用するため、外からでは使用しているかどうかなど判断できるはずがない。ならば、 使わない方が損だ。  が。 「!?」  必殺の爪は、横薙ぎに空を切った。霊夢がその場にしゃがみこんだのだ。 「嘘!?」  大きく踏み込んだミスティアは、その『普通にあぐらをかいて座った霊夢』につまづい て、自らの勢いで真正面に転倒した。  あっと言う間にリングのキャンバスが近づいて、「むぎゃっ」と鼻面が叩きつけられる。 それを見たリグルが「痛ぁ」と呟いたが、ミスティアはそれどころではない。 「このっ!」  慌てて立ち上がって振り返ると、霊夢もすでに身を起こしており、試合開始の時点から 一歩も動いていない場所からミスティアを見下ろしていた。すでに一瞬の『鳥目』は解除 されている。  まさか自分の奇襲がかわされるとは思ってもみなかったミスティアは、霊夢が映姫に反 則について言及するだろうと冷や汗をかいたのだが、 「来なさい。全力でいいわよ?」 「ば、馬鹿にしてる!?」  手招きをした霊夢に激昂して突っ込んだ。  今度は『鳥目』を使う精神的余裕すらない。がむしゃらに左右の爪を振るうが、しかし それは信じられないことに霊夢にかすることすらしない。  霊夢の動きは独特だ。前後左右に小さく揺れるそれは、どこか酔いどれの子鬼を思い出 させる。支点からコンパスで円を滑らかに描くのとは違い、コンパスで円の軌道上にたく さんの点を配置し、その点から点をランダムに『円の中』を通って行き来させるような、 中心点からの等距離を保った運動を繰り返している。乱数的で、次の動きが予想しづらい 動きだ。 「なんで当たらないの!?」  誰かが言った。 「あたいあれ見た! 花がたくさんの時のプルプル避け!」  だが、その声はミスティアの耳には届かない。小さく鋭い突きは紙一重で避けられ、大 きく薙げば霊夢は軽くステップしてミスティアの爪の届く範囲を逃れてしまうのだ。 「こ……のっ!」  ならばと、ミスティアは大振りを連続する。霊夢がそれに合わせて数度バックステップ すると、そこは魔理沙のいる赤コーナーだ。 「そこなら、逃げられないでしょ!」  四角いリングの四隅は、三角形の行き止まりだ。背中がコーナーポストに詰まった霊夢 が、「よっ」とキャンバスを蹴って飛び上がる。飛び込んでくるミスティアの頭上を交差 法で乗り越えようというのだが、そこにミスティアは叫ぶ。 「狙い通り!」 「あら?」  霊夢と同時に、ミスティアもまた飛んでいた。鳥頭とは言われるが、こと『狩り』に関 しての本能が導く『読み』は、訓練された戦士に劣るものではない。  霊夢の目の前に興奮にギラギラとしたミスティアの瞳が現れ、その背の翼が宙を叩いた。 加速したミスティアが今度こそと五本の爪を手刀にして突き出した。  そこに。 「ほいっと」  霊夢が自分の巫女服の袖、白い布の余りを広げた。鳥の翼のように、蝶々の羽根のよう に布は空気を受け止め、ほんの一瞬だけ霊夢の動きを停止させた。そうして身体ごと大き く足を振ると、空中で側転するように少女は回転した。 「うそぉ!?」  そして、霊夢はトップロープの上に着地する。彼女の体重を受け止めたロープは、試合 前の確認よりも遥かに大きくたわみ――。  その反動で、霊夢は宙に飛び上がった。 「私より高い!?」  ミスティアが驚愕に目を見開く暇すら無い。気がついた時には、霊夢の靴の裏が視界の 全てを埋め尽くしていた。  つまり。 「むぎゃっ!」  顔面を蹴り抜かれ、ミスティアは問答無用の勢いで落下した。  それでも鳥類の本能は地面との激突を嫌って翼を動かし、夜雀の少女はどうにか着地す る。それが悲劇だと悟るのは、すぐだ。 「ミスちー、上!」 「へ?」  リグルの声に涙目の顔を上げると、そこに紅白がいた。  蹴りが。 「ぷぎゃっ」  蹴りが。 「あぎゃっ!」  蹴りが。 「ごぎゃっ!?」  空中からミスティアの顔を踏んづけた。乙女の顔面を狙う、容赦無い攻撃だ。  その空中連続蹴り――きつつき蹴りで脳震盪を起こして倒れかけたミスティアは、肩の 上に何かが乗った感触に、半分気絶した顔を真上に向ける。 「うぁ〜……?」  そこに、霊夢がいた。ミスティアの両肩に手を置き、彼女の上に逆立ちする形で見下ろ しながら、巫女は尋ねる。 「全力、出したわね?」 「ふあ? ――ぎゃんっ!」  逆立ちしていた霊夢が、時計の針が十二時から六時まで一気に回転する動きで巻き込ん だ膝蹴りで、ミスティアの顎を跳ね上げた。半月を描くような、己の肩を支点にした遠心 力を全力で乗せた一撃を喰らって、ミスティアの目の前が真っ暗になる。 (あれ? 私、負けた?)  途絶えた意識では、答えを知ることはできなかった。               ※ ※ ※ 「そこまで!」  ミスティアが倒れると、間髪いれずに映姫が笏を上げた。即座に試合終了のゴングが鳴 らされ、ダメージダウンどころか、ミスティアが完全にノックアウトされたことを皆に報 せる。  ――と言うか。 「えげつな〜!」  きつつき蹴りですでに戦意喪失していたミスティアをさらにノックアウトした、博麗の 巫女の恐ろしさを報せた。  同時に宙を舞ったのは、てゐが元締めしている賭札だ。今回は術無しということで、二 人の倍率はほぼ同じだったので、会場の半分の妖怪が損をした形になっている。ブーイン グも出ようというものだ。もちろん、それと同じ数のおひねりも飛んだのだが。 「全然ダメじゃん。ミスちーかっこわる〜」 「チルノちゃん。ミスちーもがんばったんだから、そういう言い方良くないよ」 「あたい、ミスちーにお金三つも賭けたのに〜」 「あ、一応賭けたんだ。やっぱりお友達だもんね。……って、三つ?」 「これ」 「ぶっ!?」  大妖精が思わず噴き出すそれは、古ぼけた一円金貨だった。道端で拾ったお金を溜め込 んでいるチルノは、それで大吟醸が二十本以上購入できることなど、知るよしもない。真 面目に商売しているつもりの霖之助辺りが知れば、理不尽さに眉根を寄せてしまいそうな 大金だ。  湖の氷精チルノ――金の価値を知らない隠れた資産家なのであった。  ともあれ、霊夢の勝利で幕を閉じた第一試合であったが、それを見て鳥肌を立てながら も笑顔になっている者たちもいた。  一人は、レミリア。 「霊夢、そこまでやっていいのね?」  吸血鬼はゾクゾクしていた。ただの遊びと高を括っていたのだが、霊夢の勝利がその『 レベル』を思い切り引き上げた。 「……潰すわよ?」  込み上げてくる笑いが止まらないというふうに、レミリアは自分で自分の肩を抱き締め た。押さえつけておかないと、今にもリングの上の霊夢に襲い掛かってしまいそな自分が そこにいた。  もう一人は、幽香。 「やる気なわけね」  四季のフラワーマスターは、にっこりとした微笑みで、リング上のおひねりを回収して いる霊夢を眺めていた。花のような笑み。お日様のような笑み。だけれど、震える唇は知 らぬうちに弧を描き、猛毒を持つ爬虫類のような危険なものをそこに含ませる。 「壊すわよ?」  あれを見せられて猛らない者は妖怪ではない。  人間がその身一つで妖怪を退治する姿を見せられて冷静でいられる牙の抜かれた妖怪た ちとは、自分は違う。  そして、二人は同時に会場に立てかけてある巨大ボードのトーナメント表を見た。自然 と顔を見合わせ、二人はお互いに冷笑を浮かべる。 「『お先』に」  と、幽香は言った。 「では『その後』に楽しませてもらおうか」  と、レミリアは言った。  その時点で、二人は決めた。 『お前も潰してやる』  と。  だが、誰よりも衝撃を受けていたのは、セコンドについていた魔理沙であっただろう。  彼女は苦虫を噛み潰した顔で、リングの上の霊夢を見ている。ほくほく顔でおひねりを 拾い集める姿からは、先ほど見せた圧倒的なまでの強さの片鱗を見て取ることはできなか った。 「格闘、か……」  くそ、と魔理沙は腹を決める。  それはもう、お祭からプライドを賭けた戦いにまで発展してしまっているのだ。 「やってやろうじゃないか」  ――本気になった魔理沙さんを舐めるなよ?  非力な少女は、自らの優れた頭脳をフル回転させ始めたのである。  そして試合は大妖怪たちの思惑を孕みつつ、第二戦へと続くのであった。                         『Aブロック第1試合』――決着!