「サイレント・ノイズ」 1st Noise そこにあるのは砂で出来た楼閣だろうか? 1 内藤宗司(ないとう・そうし)は興味深そうにゲームセンターの壁に設置された大型ス クリーンを眺めていた。そこでは、ちょうど準決勝第二試合の決着がつこうとしていると ころだ。 戦っているのは、二機のロボット。 一機はスタンダードな人型の機体で、威力の高いバルカン砲を肩の上に装備したタイプ だ。決してバランスは悪くない。準決勝まで上がってきただけあって、パイロットの腕も 確かなものだった。 しかし、今回ばかりは相手が悪い。 相手をしているのは、人型よりも二回りは大きく見える、キャタピラ走行型の重量級ロ ボットであった。 基本的な形状は戦車型のキャタピラを持ち、戦車の上にボートが乗っているかのような 外見だ。その上体部には四指全てが砲門となった腕が二本あり、巨体であるが、それでも アンバランスなほどに巨大なクロー型の肩パーツが人の目を引く。 人型ロボットで言うところの頭部と呼ばれる部分が無く、巨大な肩パーツに挟まれた上 体部に単眼が光っている その重量級ロボットが、人型顔負けの機動性を見せるのだ。どのような悪路でも走行を 可能にするキャタピラは、高出力のエンジンによって驚くほどのスピードを弾き出し、機 体背部と張り出した肩パーツの下に備えられたバーニアが、とっさの回避行動を成功させ る。 装甲も見るからに厚く、このような相手に追われては、人型のロボットは逃げ回るしか ない。 実際、バトルを最初から見ていた宗司は人型ロボットのパイロットが可哀相になった。 「ああいうのには当たりたくないよなあ……」 そう宗司が呟くと、隣で腕を組んでバトルを観戦していた少年──新井尚耶(あらい・ なおや)が肩をすくめる。 「あいつが勝てば、嫌でも当たる」 「ほらほら、あんなでっかいの相手にがんばってる。──あ、喰らった」 言葉通り、人型のロボットは横に回り込んで攻撃しようとしたところに、上体だけを旋 回させた重量級ロボットの八指砲塔の一斉射撃を喰らい、一瞬にしてバラバラになり爆発 した。 思わず宗司は口笛を鳴らしてしまった。 「すげえ威力! 尚耶、見たか?」 「見た」 尚耶の方は面白くもなさそうに「T」と黄色で書かれた紙コップに注がれたコーヒーを 含む。それでも目だけはしっかりとスクリーンを見ているのだが、周りの観客たちはそれ に注意を払うことはなかった。 スクリーンに大きく「WINNER」の文字。 その下に「TINKER & JOTUNHEIM」の文字が並んだ。 「ほう……」 「読めないならそう言え。ティンカーにヨトゥンヘイムだ」 「さっすが尚ちゃん、あったまいい〜」 「次言ったら殺す」 静かに凄みを聞かせ、尚耶は目にかかりそうな紫色の髪を掻き上げた。指の間からこぼ れ落ちそうなやわらかい髪と中性的なほっそりとした顔立ちは、隣に立つ宗司とは対照的 なものだ。 宗司はまるで尚耶との好対照を狙うかのように短く髪を刈り、額にかかる程度の前髪だ けを整髪料で固めて逆立てている。少々垂れ目気味で、顔も面長なので、どこかぼうっと したような、気だるそうな雰囲気を人に感じさせる。馬面と言って良いかもしれない。 服装は宗司が袖無しのジャケット、尚耶が緑のポロシャツという姿だ。 身長は宗司が百七十二センチ。尚耶が百六十六センチ。 二人とも、高校二年の学生である。 二人がいるのは『ネバーランド』というゲームセンターだ。一昔前のゲームセンターの イメージとは違い、学校の体育館ほどの広さがある娯楽施設はアミューズメントワールド というのが一応の呼称だ。 だが、宗司たちを代表する利用者たちはそのような呼び方はしない。彼らはこの場所の ことをターミナルポイントと呼ぶのが普通となっていた。 二年前──西暦二〇〇五年の春に登場した、各地のターミナルを利用した通信対戦ゲー ム「ターミナル・ゲーム」がアミューズメントワールドで主流を占めるようになってから、 この場所はターミナルのある場所、つまりターミナルポイントと呼ばれるようになったの だ。 NAS社が提供したTAGの基本的なところは次のようなものだ。 各ターミナルポイントに設置されたコクピット型の大型筐体に、市販か自作のロボット データをエントリーする。するとそのデータは専用の高速回線を通じてNAS社にあるゲ ームを制御するマスターシステムに送られ、ほぼタイムラグ無しでターミナルがある場所 同士で通信対戦が行われる。 大型筐体は完全密閉式で、精巧なCG映像、音響効果、そして何よりもロボットのどの ような動きもリアルに反映する油圧駆動が、まるでプレイヤー=パイロットが現実にロボ ットに乗っているかのような体感を実現させた。 高性能のロボット戦闘シミュレーター、それがTAGだ。 ロボットは市販のものをそのまま使っても良いし、エディットツールを使用して自分の 好きなように改造しても良い。小さな子供から、かつて巨大ロボットに憧れた世代にまで 愛好される、二〇〇七年現在で日本最高のシェアを誇るゲームである。 TAGには一対一かタッグマッチで行う「対戦」、ステージを選んでそこで出会う敵全 てと戦う「バトルロイヤル」、マスターシステムが制御する敵ロボットと戦う「CPU対 戦」、毎週新たな課題が掲示されてそれをこなす「ミッション」などのモードがある。 その中で、TAGが稼働してから初めてのミッションモードで、マスターシステムが操 った最終ボスの名前が「コンバット・ステルス」であり、ゲーム世界内でのロボットたち は全てその機体の技術を元に作られている設定になっている。 そういった理由から、TAGで使用されるロボットたちは、コンバット・ステルス── CSと呼ばれていた。 宗司たちが観戦していたのは、そのTAGの夏の全国大会の地方予選である。 TAG登場の年から行われ、今年で第三回の全国大会だが、宗司は今のバトルの前にす でに予選決勝への権利を得ていた。準決勝第二試合も終了し、あとは明日の決勝戦に備え るだけとなったわけだ。 「尚耶は今のCSどう思った?」 「悪くない。完璧じゃないが、出来過ぎだな。高速移動用のキャタピラ、人型に負けない 機動性を生む高出力のバーニア、厚い装甲、武装もフィンガーガンが八門、今の試合じゃ 使われなかったが手の甲にマシンガンが左右に一門ずつ、キャタピラ横にミサイルもあっ たな」 淡々と言って尚耶はコーヒーを啜り、眉根を寄せた。すっかり冷めていたらしい。 ふうむ、と顎に手を当てた宗司は、目を笑みの形にして白い歯を見せた。 「それじゃあ、火力でやりあっても勝てないよな」 「同じだけの武装は出来るが?」 「いや、今日と同じ装備でいいよ。ライフルの威力もうちょっと上がらない?」 「上げてもいいが、反動は大きくなると思え」 「了解。頼りにしてるよ、尚ちゃん」 甘えたように言う宗司にきつい一瞥を送り、尚耶は飲み干したコーヒーのカップを握り 潰した。視線がスクリーンに向かうと、そこでは今日行われたバトルのリプレイが映って いた。 と、その時だ。 『当店からサマーフェスタ第一圏Bエリア決勝にお進みになったSO−SHIさま。おい ででしたら、サービスカウンター前までおこしください』 ハスキーな女声でのアナウンスが入り、宗司と尚耶は顔を見合わせた。ジャンルごとに 配置されたゲーム台の間を抜けて、並のファーストフード店ほどの飲食スペースがあるサ ービスカウンターに向かう。 「あ、来たわね」 サービスカウンターの中から笑顔で手を振ってくる女性に、宗司も手を振り替えして歩 み寄った。ショートの髪をバンダナで覆った妙齢の美女だ。だが、その顔に浮かぶのは、 辺りで遊ぶ小学生にも負けないあどけない笑みである。 「お姉さんに挨拶無しでさっさと帰っちゃったかと思ったわよ」 「そんな不義理はしないって。なあ、尚耶」 「そうですね。まだ明日のこともお聞きしてませんから」 女に負けない笑顔になって言う宗司に肩をすくめ、尚耶は持っていたパンフレットをカ ウンターの上に広げた。自然、三人は頭を寄せてそのパンフレットを覗き込むことになる。 尚耶は、トーナメント表の赤マジックでなぞってあるSO−SHIという文字に指を置 く。 「こいつは順当に勝ち上がりましたが、明日の決勝は何時からなんですか?」 「午後三時からよ。その前に三位決定戦があるから」 「三時ねえ……じゃあ、俺は昼まで寝てるな」 時刻を聞くやいなや、宗司は手をヒラヒラさせてカウンターから離れた。軽飲食が出来 るブースに行ってしまう宗司に、女は呆れた顔になって尚耶に言う。 「尚くんも大変ねえ。宗司くんのCSのカスタム、君がみんなやっているんでしょう?」 「ええ、まあ……パイロットとしての腕はあいつの方が上ですから」 「駄目よ、今からそんなふうに枯れてちゃ。上を目指そう、とか熱血しましょうよ」 煽るように女は手をパチパチと叩く。尚耶はうるさそうに閉口したが、もう一度パンフ レットに視線を落とし、カウンターに置いてあった赤マジックで先程の試合の結果を書き 入れる。 「ヨトゥンヘイムね……強いわよ。いつもはここからバトルに参加してたけど、今日は他 からエントリーしたらしいわね」 「地元の人ですか?」 「そう。君たちとは遊びに来る日が違うから、会ったことはないみたいね」 「あの機体は大会が始まってから見ました。どうですか、どちらに賭けます?」 「サービスカウンターは中立、ね」 にっこりと微笑んで、女は続ける。 「綾辻夏美(あやつじ・なつみ)個人としたら、君たちに一票、かしら」 「私情が入っていますね。俺は宗司の勝つ可能性は二割あればいいと思っていますが」 「相棒がそんなこと言ってちゃ駄目よ」 苦笑して、夏美はちょいちょいと尚耶の後ろを指さす。尚耶が振り返ると、宗司がポテ トとハンバーガーの包みを持って戻ってくるところだった。 「尚耶、ポテト喰う?」 「ああ。じゃあ、また明日来ます」 「はいはい。じゃあね、宗司くん、尚耶くん」 夏美に愛想良く手を振り替えし、宗司はポテトのカップを尚耶に渡す。自動ドアをくぐ っクーラーの効いているターミナルポイントの外に出ると、真夏のむっとするような空気 が身体にまとわりついてくる。 「四時かあ……暑い盛りは涼しく過ごしたし、これからどっか行くか?」 「今さらカスタムに時間をかける必要もない。ヨトゥンヘイムのパイロットでも見に行く か?」 「パス。あれ一昨日は『ネバーランド』から参戦してたぜ。今日は都合つかなかったみた いだけど、明日はこっちから参戦だろ。その時に見ればいい」 ターミナルポイントから一歩踏み出せば、そこはすぐに都会の雑踏だ。日本の首都であ る第一圏は夏の全国大会への出場希望者が多いので、AとBの二ブロックに分けて予選が 行われていた。 涼しいところにいたので、すぐに汗がにじみだし、宗司は巨大な歩道橋を見上げて目を 細めた。 「上位二人が全国大会出場だろ? もう決まってるんだから、明日会えなくても全国大会 の会場で会えるんだし、のんびり行こうぜ」 のんびり、というのが良く似合っている少年だった。歩きながらハンバーガーを食べる その姿にも、馬が草をはんでいるような、妙な愛嬌がある。 ただ歩いているだけでも、当てもなくフラフラとした、頼りない姿に人には見える。 と、思い出したかのように宗司はジャケットのポケットからMOディスクを取り出して 尚耶に渡した。ポテトを一掴みして口に放った尚耶は、MOディスクとポテトのカップを 交換する。 「さっきも言ったが、ライフルの強化だけ。それだけで勝てるな?」 「勝てるんじゃない? コンセプトが違うんだから、重い装備してもあのでかいのには勝 てないよ。さっきの見ただけでも、それなりに戦い方はあると思うぜ」 ポテトを受け取りながら宗司がニッと笑うと、尚耶は目を細めて宗司を見た。 「好きにしろ。負けてもデータが取れればいい」 「そういう言い方が俺を傷つけるんだよなあ……」 歩道橋を上がると、二人は様々に分岐する道の中から駅への道を選んだ。途中すれ違っ た少年一団の「今日こそあいつを落とす!」だの「まだ軽量化出来るよなあ……」などの 会話を聞くと、TAGをやりに『ネバーランド』に行くのだとわかって、宗司はニヤリと 笑みを浮かべた。 『ネバーランド』に足を運んでいるパイロットたちの中で、いったい何人が宗司が明日 の決勝で戦うSO−SHIだと知っているのだろう。 「他の店の奴との対戦だと、相手の店に行かないと顔も見れないしな……」 完全密閉型のコクピット、そして通信対戦だからの現象だった。名前ばかり有名で、顔 は全く知られていないパイロットは意外に多い。宗司がよく対戦するパイロットたちも、 『ネバーランド』に来る者たちだけでも把握しているのはサービスカウンターの夏美くら いのものだろう。 そもそもが、宗司とTAGとの出会いこそが、宗司と尚耶の出会いでもあった。 TAGがNAS社よりアミューズメントワールドに設置されてから一年。地方に住んで いた宗司は、父親の建設会社の関係で第一圏に引っ越し、高校に通うことになった。 そこで尚耶と同じクラスとなったのだが、その時点では互いに干渉し合うような仲では なかった。 二人が友人と言える関係になったのは、入学式の翌日のことだ。その頃すでにTAGの Aランクパイロットだった尚耶は、サービスカウンターでTAGのプレイ方法を質問して いた宗司を見つけたのだ。 だが、話し掛けたのは宗司の方が先だった。 『おう? 君、同じクラスだよな』 『……ああ。君、TAG初めてなのか?』 『ゲーセンとかあんまし来ないから。なんか親父が回数券もらったから、ノルマ達成する まで帰ってくるなって』 『ノルマ?』 『Bランクになるまで家に入るなって言われた』 今考えると、無茶とも言えるノルマだった。下からD、C、B、A、SAとあるランク は人間相手の勝利でしか上がらず、ワンランク上げるのにかなりのポイントが必要になる。 普通にやっては到底無理なノルマを、この日さすがに可哀相に思った尚耶が協力して、 二十四時の閉店ぎりぎりに宗司は達成したのだった。 おかげで自分のランクがCまで落ちた尚耶は、翌日から宗司を対戦の相手にしてポイン トを回復させた。高校が始まったばかりということもあり、二人は何かと一緒にいるよう になり、他のTAGプレイヤーたちも連れて連日ターミナルポイントに通った。 その月の小遣いが無くなる頃には、二人は長年の友人のように気兼ねない間柄になって いたのだ。 やがて、宗司はSAランクを取得し、尚耶はパイロットよりもCSの設計やカスタムに 熱中するようになり、現在の尚耶が作り宗司が扱うという構図が出来上がった。 そうした組み合わせが失敗ではないことは、宗司が激戦区である第一圏Bエリアの決勝 戦まで進んだことが証明している。 ビラ配りが多い駅の前まで来た宗司は、尚耶を振り返って尋ねた。 「今日母さんがお前の分の飯も作るって言ってたから、来いよ」 「エディットツールは俺と同じだったな?」 「そ。『パラノイアV』。自分ではあんまりカスタムしなくても買うんだよなあ……」 苦笑して、宗司は言う。需要が無くても買ってしまうところが、ゲームにはまってしま っている証拠だろう。 地下鉄で一駅の住宅地に宗司の家はある。充分に自転車で『ネバーランド』まで通える のだが、真夏の暑さに負けて電車を選んだのである。何よりも、宗司の家は駅から近かっ た。徒歩で五分もかからない。 地元の駐輪場で自転車を回収した二人は、宗司の家に直行した。 宗司の家はそれなりに大きな一軒家で、八十坪庭付きの二階建て建築だった。白塗りの 柵を開けて玄関に向かった宗司は、インターホンを一回鳴らしてから扉を開けて家に入っ た。 「ただいま! 尚耶も一緒っ」 家の中に入ると、気温が下がる。それでも満足しない宗司は尚耶を連れて二階の自分の 部屋に駆け上がった。室内に入るとすぐにクーラーのスイッチを入れる。 「あっつ〜っ」 送風口の前で宗司はジャケットを脱ぎ捨ててタオルで顔を拭いた。パソコンの置いてあ るデスクの椅子には、あらかじめ替えのTシャツがかけてあった。 尚耶は宗司に構わずパソコンの電源を付け、二つのリングが交差するOSの起動画面を 前に、MOディスクを取り出した。 宗司の方も尚耶がパソコンをいじるに任せ、自分は一階からグラスに氷のたっぷりと入 った烏龍茶を持ってくる。 そのタイミングで、尚耶が『パラノイアV』を起動させた。表示ウィンドウが幾つも開 き、データの表示を待つ。MOディスクを挿入してデータを読み込むと、メインウィンド ウに宗司が操るCSのグラフィックが表示された。 『N−013.PHANTOM』 尚耶自作のフルハンドメイドCSの十三機目、ファントムだ。 装甲の薄い機体だった。どちらかというと曲線の多い外観で、細身だ。一見してシンプ ルな人型だが、背部には不相応なほどに大きな可動ウィング型が存在し、他のCSとの区 別がはっきりとしている。フット部分が前一、後ろ二のバードフット式なことや、上背部 から鞭のように細い『尻尾』が生えているのが特徴的だ。 可動バーニアをウィング型にするCSは、ほとんど無いと言ってよい。可動ならばもっ とも効率的とされるエックス型にする者ばかりだからだ。ごくまれに趣味だけで『翼』な どをCSに付ける者もいるが、そのような外見重視のCSはすぐにバトルの中で淘汰され る。 戦闘機のようなウィングを持ち、なおかつ圏決勝まで進んだのは、ファントムくらいの ものだろう。 「ヴァリアブル・ウィングも被弾したんだったな……」 今日のバトルを思い出し、尚耶はファントムが受けたダメージを表示する。そしてすぐ にパソコンの中から替えのパーツを読み出し、破損パーツと交換する。 手際よくファントムの修理を終えた尚耶に、宗司は退屈そうに言う。 「ライフルのパワーアップしてくんない?」 「待ってろ」 ファントムの主武装であるロングレンジ・ライフルが内部展開モードで表示される。武 器としてはごくごくありきたりなそれを、尚耶が次々と分解していく。 「言われた通り、威力を上げておくが……あと、試してみたかったことがあるから、やら せてもらうぞ」 「決勝戦で実験作?」 「設計図は前に作った。明日の試合は、それなりに火力が無いと勝負にならないからな」 「よろしく、尚ちゃん」 「その言い方は──」 険悪な顔で尚耶が振り返った時だ。 扉が開いて、四十代半ばの中年男が顔を覗かせた。短い髪にハチマキを巻き、首からタ オルを垂らして作業着を着ている。 「よ、尚ちゃん。新しいCS見せてくれ」 「おじさん……」 「親父、今日いたのか?」 「社長は楽できるようになってるんだよ、うちの会社は」 宗司によく似た、面長で無精髭を生やした男は、社長というよりは大工の親方という雰 囲気を持っていた。実際その通りで、宗司の父親である内藤和司(かずし)は、宗司が小 さな頃は大工の親方をやっていたのだ。建設会社の社長になった今でも、そこで養われた 性格は変わっていない。 ずかずかと部屋に入り込んだ和司は、尚耶の後ろからディスプレイを覗き込んでニッと 唇の端を持ち上げた。 「また面白そうなのじゃねえか。例の、あれか? コンセプトCSってやつ」 「そうです。俺の開発した技術を組み込んで試すための機体です」 「尚ちゃんのCS、結構NASから出回ってるだろ。俺全部持ってるぜ」 「道楽親父……」 ボソリと呟いた宗司の頬を、和司は唐突に振り返って摘み上げた。 「ああん? 誰のおかげでゲームやってられると思ってんだ? 人が回数券もらってきて やってるってのに、それでも足らずに小遣いまでねだってくるくせに」 「回数券じゃなくて、プリペイドカードって言えよ」 「意味は一緒だろ」 親子で頬を引っ張り合うのを無視し、尚耶はライフルの部品を新しいMOディスクから 読み出していた。 和司の言う通り、尚耶の開発したCSはNAS社の開発部に勤めている兄を通じて市場 に出回っていた。もちろん、ファントムのような夏の全国大会予選の決勝戦に楽に出られ るようなものではなく、改造の余地を充分に残した、一般レベルまでマイナーダウンして 商品化したものだ。カスタム技術がある者なら、そのCSをベースにしてオリジナルのC Sを作り出すだろう。 「カスタムしてるってことは、今日も勝ったか。全国大会は俺も見に行くからな」 「勝手にしろよ。──尚耶、どう?」 「とりあえず静かにしてろ」 「ええ〜」 「尚ちゃん、せっかくおじさんが遊びに来たのに〜」 「この親子は……」 そっくりな不満の声を上げる内藤親子に、尚耶は頭痛を覚えてディスプレイに集中した。 お気に入りの玩具が無視を決め込んでしまったので、和司は頭を掻いて肩をすくめた。 そして床にあぐらをかいて座り込み、パソコンを覗き込んでいた宗司を前に座らせる。 「しかし、お前がTAGにはまってくれて嬉しいねえ。俺の会社がターミナルの設置とか を請け負ったからやらせたんだが、全国大会とはなあ」 「プリペイドカードがあればやるよ」 応えて、宗司は烏龍茶を飲む。ぷしゅっ、と音がしたかと思うと、和司が持参した缶ビ ールの口を開けたところだった。 「お前、引っ越す前は何があってもTAGだけはやらなかったからなあ……」 「そうなんですか?」 珍しいことを聞いた気がして、尚耶が複雑な計算をしながら尋ねた。すると、和司はビ ールを喉に流し込んでから頷いた。 「けっこうゲーセンとかも行ってたくせに、TAGが出てから全く行かなくなったからな。 TAGは俺のダチの会社が作ったってのに」 「それは聞いたことあります。NAS社の社長の井上氏ですね。高校が一緒だったとか」 「おう。で、TAGのマスターシステムのプログラムを組んだのが、もう一人のダチの藤 島のコウちゃんだよ」 「NAS社の開発技術部長でしたね。昨年の冬に亡くなったそうですが……」 「ん。まあ、結構前から癌の告知はされてたからな。辛いのは告知の時で、死んだ時は長 生きしたなこいつ、だったぜ、皆」 「はあ……」 笑いながら言う和司に、尚耶も曖昧な反応を示すことしか出来なかった。自分が同年代 の少年たちに比べて、少々世間慣れしている自認している尚耶だが、さすがに人の生死に ついては経験不足だ。 友人の死を笑って語れる和司の心情を推し量ることは、まだ出来ない。 二人が話している間、宗司は一人烏龍茶の氷を噛み砕いていた。和司が視線を向けると、 きょとんとした顔を見せ、次に笑みを浮かべた。 「ん?」 「……いや。お前、コウちゃんに可愛がってもらってたのに、葬式くらい出りゃよかった んだ」 「テスト期間だったんだってば」 「ミズちゃんは来てたぜ」 「……ふうん?」 笑顔を濃くして、宗司は頭の後ろで手を組んだ。 「懐かしい名前だなあ……そういや、あいつも第一圏だよな、今の家。俺より一つ上だか ら、高校三年か。受験勉強がんばってるかね?」 「俺も葬式で会って以来だから、わからねえよ。少なくとも、お前よりは成績いいだろう なあ」 「放っておけっ」 宗司は舌を出して、さらに一つ氷を噛み砕く。 と、 「痛あっ!」 「口に氷さしてやんの」 「馬鹿が」 作業しつつもしっかりと言う尚耶である。 2nd Noise 仮面をつけることの出来るゲーム 仮面をつけなければいけない自分にはお似合いだった 2 「よし、出陣!」 元気良く言って、宗司は家の玄関を出た。それについて出るのは尚耶である。結局ライ フルのカスタムにとどまらず、二人してあんなCSがあったら面白い、こんなアイデアは どうだ、と夜中まで話し込んでしまったのだ。 「ん〜、楽しかった。俺、ああいうの好きなんだよ」 「新しいCSについて話すのがか?」 「そ。時間を忘れてはまっていられる時間がね」 手をヒラヒラとさせ、宗司は昨日と同じ服のままの尚耶に視線を向ける。ふむ、と考え て言う。 「途中で尚耶んちに寄っていくか。服替えるだろ?」 「そうだな」 夕食どころか朝食まで内藤家で御馳走になった尚耶は、素直に頷いた。駅からは反対の 方向になるが、宗司は自分の家で待つことはせずに、尚耶の帰宅に付き添った。 尚耶の家は、小さなマンションの一室だ。両親が海外で仕事をしていて、兄は一人暮ら しなので、尚耶は現在その家で一人で生活をしていた。 尚耶が着替えて出てくると、宗司は尚耶がノートパソコンを抱えているのに首を傾げた。 「どした?」 「どうなるにしろ、今日の対戦のデータは取っておきたい。ファントムとヨトゥンヘイム の対戦はそうそう無いだろうからな」 「マメねえ……」 「一回くらいはファントムだけの機構を使え。今回の大会でまだ一回も使っていないだろ う」 「当然」 意味ありげに唇の端を吊り上げ、宗司は尚耶に片目を瞑った。尚耶が怪訝そうな顔をす ると、宗司は悪戯っぽく言う。 「決勝で見せた方が、人の印象に残るだろ? 宣伝効果を考えてたんだな、俺は」 「本当かどうかは知らないが、しっかりと頼むぞ」 「了解」 まだ午後一時だが、二人は『ネバーランド』に向かうことにしていた。カスタムしたラ イフルの試射も必要であり、三位決定戦も観戦したいからだった。 「俺が準決勝で当たった奴が勝ってくれたら、気が楽になるんだけどなあ……」 「期待するな」 「あ、やっぱり?」 CS戦闘には、相性というものがある。あるCSに強い相手が、他のCSには意外と脆 かったりするのだ。 その点、昨日のヨトゥンヘイムはあらゆる相手と戦える万能型と思える仕様だった。小 回りのきく機動型のCSにも負けないほどの反応速度に、大火力型のCSの攻撃力。強い て弱点を上げるとするならば的が大きいことだが、それは移動速度が補って余りある。 昨日のうちに尚耶に言われていたことだが、宗司は自分が勝つ可能性は二割ほどだと確 信していた。 (まあ、そんなもんだろう) 全国を見ても、ヨトゥンヘイムは上位に入るCSだとわかる。負けても全然悔しくなさ そうなのだ。 (ファントムのデビューが出来ればいいんだし) 宗司は勝負事にこだわる方ではない。バトルには勝ちたいが、負けてもそれほど悔しい と思ったことがないのだ。 あ〜あ、と。 いつも、その程度の感想しかない。 勝てば『おっしゃあ!』。 負ければ『だあ〜、負けたあ!』。 それだからこそ、ゲームなのだろう。 「こんなもんだよ」 誰にともなく、宗司は呟いた。思い出したのは、昨日の話題に出た藤島耕造(こうぞう) だ。近所に住んでいた耕造は、マスターシステムを組み上げるために第一圏に引っ越す前 に、宗司に尋ねたのだ。 『ネット対戦ゲームの中でのライバル関係や友情は、現実でも通用すると思うかね?』 『さあ。やってみないとわからないけど……』 『けど?』 『結局はゲームでしょ? おじさんの作ってるのは、バーチャルだしね。仮想現実の中な ら、どんなことだって言えるよ。命かかってるわけじゃないんだから、自爆だって出来る し』 しょせんはゲーム。されどゲーム。 「ま、めいっぱい楽しませてもらうよ」 今日は天気が曇りなので、自転車で『ネバーランド』に向かう。暑いことは暑いが、歩 くよりはずっと涼しい。 車道をバイクが通り過ぎ、宗司は羨ましそうに言う。 「ああ、バイクの免許欲しい……」 「バイクを買う金が無いだろう」 「『ネバーランド』でバイトする。ターミナルポイントでバイトなら最高だなあ。涼しい し」 「TAGが目の前にあるのに眺めてるだけで、よけい辛いぞ」 「……それはあるかも」 じゃあ、と幾つかバイト口を列挙するが、一つ一つに対して尚耶が欠点を言っていく。 宗司は恨めしそうに尚耶を睨んだ。 「嫌がらせか……」 「俺はお前のために言ってるんだ。バイトの辛いところを理解して、それでも妥協出来る バイトを選べ」 「そんなもんかね〜」 バイト経験の無い宗司は、尚耶の言葉をちゃんと耳に入れているのかいないのか、相変 わらずののんびりとした、締まりの無い顔を正面に向けて自転車をこいでいた。 『ネバーランド』の駐輪場に自転車を置くと、宗司はチェーンロックをかけている尚耶 より先に店内に足を踏み入れた。先に行動する理由は簡単で、早く涼しい場所に行きたか ったのである。 「あ〜、やっぱ夏はターミナルポイントだよなあ」 「あら、いらっしゃい宗司くん。尚耶くんは?」 さっそくサービスカウンターの夏美に発見された宗司は、指で入り口を指さす。ちょう ど尚耶がやって来たところだ。 と、 「もういっぺん言ってみろ、このガキ!」 低く、その割に音量を意図的に大きくした声が宗司の耳に届いた。 そして、次に届いたのは、それに対抗するには不相応な高い少女の声だった。 「何度でも言ってあげるわよ。あ、でも一億回言ってみろとかな無しよ。──小学生にお 金たかってゲームやるなんて、下手の横好きなんでしょう」 堂々とした、凛とした声。怯むところなど無い声に、宗司は感心して振り返った。 宗司と年齢の変わらない三人の少年たちが、男女二人の小学生に絡んでいた。小学生二 人は高学年に見える。 「喧嘩か?」 尚耶が宗司に訊くと、宗司は首を傾げて応えた。 「喧嘩なのか? 喧嘩になるのか、あれで」 「喧嘩でも何でも、もめ事は解決。行ってきなさい、ピーターパン!」 「俺?」 どんと背中を押され、宗司は面食らって頭を掻いた。仕方なく、問題の集団に歩み寄る。 「そこの赤毛、青毛、黄毛。信号トリオ、サービスカウンターからイエローカードだから 速やかに去れ」 そう宗司が声をかけると、計五人分の視線が宗司に向けられた。宗司の言葉通りの色を した少年たちは、顔を見合わせて小声で話し合った。「どうする」だの「いいじゃん、あ いつからもらえば」だのの会話に、宗司がため息をつく。 「あのなあ……」 「馬鹿につける薬は無いのね……」 「っ!」 呆れたように少女が言うと、赤毛が少女の腕を掴んで、顔を近づけた。顔をしかめる少 女に、言う。 「いちいちうるせえガキだな……人のCSボロクソにしといて、それか?」 「自分が弱いだけじゃない。小学生に負けたのがそんなに悔しいなら、もうやらなきゃい いじゃない」 「そこまでそこまで。レッドカード入るぞ」 はいはい、と宗司がゆっくりと二人の間に入ろうとした。すると、青毛たちが笑って煽 る。 「情けねえなあ。結局舐められて終わりか?」 「んなわけねえだろ」 カッとしたのか、赤毛がいきなり宗司の頬を殴りつけた。まさかそれは無いと思ってい た宗司は、バランスを崩してフロアの床に転がされた。さすがに少女が悲鳴を上げる。 「あ〜あ、やっちまった……どうすんだよ、他のターミナルポイント行くかあ?」 「うるせえなあ。お前らが言うからやっちまったんじゃねえか!」 「ったあ……かつあげで殴る奴、初めて見た……」 いつつ、と口に出して言いながら、宗司は頬を手の甲で拭って立ち上がった。 「大丈夫?」 少女が心配そうに訊いたが、宗司は小さく手を振って唇を舌で舐めた。背中を向けてい る赤毛の肩に手を乗せ、言う。 「おい」 「あ?」 赤毛が振り返ると同時に、その顔面に宗司の拳が炸裂した。派手に転がった赤毛が顔を 押さえると、鼻血がその指の間から滴り落ちた。 店内のざわめきが大きくなり、そこに宗司が頬をさすりながら言った。 「レッドカードが出た」 サービスカウンターで、夏美が赤い札を掲げていた。尚耶も、ノートパソコンをカウン ターに置いて歩き出していた。 そこからは喧嘩だ。宗司も尚耶も自慢できるほど喧嘩は強くない。数発殴り、数発殴ら れたところで『ネバーランド』のスタッフがやって来て、少年たちは逃げていった。 「何やってるんだかなあ……」 思わず宗司はそう呟いていた。最初に殴られた頬をさすっていると、夏美がやって来て 笑顔で缶ジュースを宗司と尚耶の顔に当てた。 「ご苦労さま。悪いわね〜」 「次からはスタッフを先に呼んでください」 「常日頃から、言うことを聞かないと情報をネットに流すって脅されてるから……」 むっつりとした顔で尚耶が言い、肩をすくめて宗司が言った。笑顔で応えた夏美は、小 学生二人に気づいてピースした。 「どう、私のピーターパン二人は?」 「ありがとうございました!」 元気良く頭を下げたのは、ボブカットで目が大きな少女だ。タンクトップに大きめの半 袖ブラックシャツを重ね着して、スパッツという格好だ。 「手加減しないでバトルしたら、あんなことになっちゃって……たまにああいう人がいて、 困ってたんです」 「明日香(あすか)ちゃんのせいじゃないわよ。いるのよねえ、ああいう年下に負けたく ないっていうのが」 夏美が感慨深げに頷くと、宗司と尚耶は缶ジュースの口を開けて喉を潤した。息を吐い て改めて少女──明日香ともう一人の小学生の少年を見る。 「俺たちはお姉さまの奴隷だから。それにしても、ああいう奴らとは対戦しない方がいい よ。ランダム対戦にしておけば、同じ店の奴と当たるなんてそうそうないだろうに」 「指名対戦されたんです」 「いるいる、小学生とか探してポイント稼ごうとする奴」 「ポイントは高いよな。近江(おうみ)はランクがSAだし」 少年が言うと、宗司はちょっと驚いた。宗司が驚いたのが楽しいのか、明日香はポケッ トからTAGのユーザーズカードを取り出して示した。 確かに、近江明日香と名前があり、SAランクパイロットと記してあった。 「君は?」 「あ、俺はC……」 ガキ大将という感じのはつらつとした印象の少年は、ばつが悪そうに自分のユーザーズ カードを見せる。そちらは、沢村洋一(さわむら・よういち)、Cランクパイロットと記 してある。 何となく礼儀のような気がして、宗司も自分のユーザーズカードを見せた。すると、明 日香がパッと表情を輝かせた。 「あ、SAだ! 対戦しません!?」 あまりにその表情が嬉しそうで、宗司は尚耶と顔を見合わせてから頷いた。 「オーケー。じゃあ、どこかの筐体が空いたら、やろうか」 「はい!」 「あ、二人とも待って。それはまずいわ」 「はい?」 宗司と明日香は制止をかけた夏美を同時に見た。夏美は、笑いを噛み殺した目で二人に 伝えたのだ。 「二人とも決勝戦で当たるんだから、その前にバトルされたら盛り上がりに欠けちゃうじ ゃない」 宗司と明日香は、きょとんとして顔を向き合わせ、なるほどと頷くのだった。 3rd Noise こうした偶然があるなら、他の偶然もあるかもしれない 例えば、予期せぬ再会 ※ 「SAランクは少ないから、まあ順当なところかねえ」 『ネバーランド』内の飲食コーナーのテーブルに着いてアップルパイを食べながら、宗 司が呟いた。尚耶は我関せずで、現在行われているバトルをスクリーンで眺めている。 明日香と洋一の小学生二人は、二人の向かい側に座って宗司と会話していた。 「宗司お兄ちゃん、ポテトいる?」 「ああ、いるいる」 「近江、シェイクやっぱ俺駄目……飲むか?」 「あ、飲む飲む」 「尚耶、コーヒーいるか?」 「頼む」 スクリーンから視線を動かさないで尚耶が言うと、宗司がコーヒーを買うために席を立 つ。それに、明日香が付き添った。 「何あれ、偉そう。お兄ちゃん、ああいうのの言うこと聞いてちゃ駄目になっちゃうよ」 指を立てて言い含めるように言う。宗司は垂れ気味の目で笑って、応える。 「いや、昨日もカスタムしてもらったから、ちょっとはサービスしないとね。俺のCS、 作ってるのは尚耶だから」 「あたしは自分のCSは自分で乗りたいけどなあ。お兄ちゃんはオリジナルCSとか持っ てないの?」 ワクワクとした顔で訊いてくる明日香に、宗司はコーヒーを注文してから言う。 「ちょっと前までは作ってたけど、やっぱり尚耶のCSの方が強いし。共同戦線ってのも いいもんだよ」 「ふうん。──あ、終わる」 明日香がスクリーンを指さした。宗司と明日香に敗れたCS同士が戦い、明日香が戦っ たCSの方が勝ったところだ。 二人がテーブルに戻ると、洋一が頬杖をついて言った。 「明日香の相手の方が勝ったぜ。明日香の方が強い敵に勝ったんだな」 「つまり、宗司の方がくじ運があったということだ」 静かに尚耶が言い、宗司もニッと笑った。 『TAG第三回サマーフェスティバル第一圏Bエリア決勝戦を行います。パイロットは指 定のターミナルで出撃準備してください。繰り返します──』 サービスカウンターの夏美の声でアナウンスが入り、宗司は尚耶にコーヒーのカップを 渡すと同時に明日香に視線を送った。 明日香もニッコリと微笑み、二人は並んで筐体へと向かう。尚耶もノートパソコンとコ ーヒーを持ってそれに続く。 「あれ、尚耶兄ちゃんも行くのか?」 「アドバイザー」 短く応え、尚耶が行ってしまうと、つまらないと思ったのか洋一も小走りに筐体に向か っていった。 決勝戦のために空けてある筐体の前にやってきた宗司は、コクピット型の筐体に乗り込 んで操縦桿(コントロールレバー)のトリガーを引いた。 すると、プシューという小気味良い音を立てて、筐体のシート部分が筐体本体の中にス ライドして収納される。 筐体内部は、前述の通りにコクピット型だ。戦闘機を思わせる操縦桿が中央にあり、サ イドには加速減速用のスライドレバーが一つに、あらかじめ登録しておいた行動をCSに とらせるためのキーの並んだパネルがある。正面左右に配置された計十二枚のスクリーン には、現在『CSのデータが入ったMOディスクを挿入してください』の文字が表示され ていた。 尚耶に渡されたMOディスクをスロットに入れると、今度は画面がマニュアル設定に移 る。ファントム専用のボタン設定を変えない宗司は、操縦桿を数回下に動かして設定を終 了させる。 『シートベルトとヘルメットを着用してください』 「はいはいっと」 のんびりと呟き、宗司はエックス字になるシートベルトを取り付け、光学バイザーのヘ ルメットを被って、ヘルメット横のスイッチを押した。 「尚耶、聞こえるか?」 『相手のヨトゥンヘイムのスペックは昨日話した通りだ。機動性がいくら高いとはいえ、 こちらのヴァリアブル・ウィングほどじゃない。後は好きにしろ』 「好きに、ね。オーライ」 『出撃準備完了 Are you ready?』 操縦桿を左に倒し、YESに合わせてトリガーを引く。 ゲームスタートだ。 ※ 明日香はヨトゥンヘイムでフィールドに出現すると同時にレーダーを確認した。遠くに 小さな反応がある。バトルロイヤルではなく一対一の対戦なので、その正体はわかりきっ ている。 「宗司お兄ちゃん、手加減しないからね!」 『もちろん』 返ってきた声に、明日香は目を細めた。TAGでのCSバトルが、明日香は好きだった。 十二歳の小学生だということなど関係なく、全国の強いパイロットと戦える。 TAGの世界では、誰もが平等なのだ。純粋に力を比べ、勝敗を決することが出来る。 フィールドは砂漠エリア。所々に岩山があり、機動性重視のファントムがそれを盾にし ながら戦う戦法が予想できる。 (ヨトゥンヘイムの武装なら、どれを使っても瞬殺出来る!) 瞬間、レーダー上のファントムが一気に加速した。 「え!?」 あっと言う暇もない。レーダー表示で二機のCSが重なる。ただし、高度表示が、高い。 「上!?」 『正解。いやあ、尚耶もいいもん作るな』 幅の広い矢尻形の戦闘機から真っ直ぐ後ろに鞭のような細い『尻尾』が伸びている。 胸パーツほどまで折り畳まれていたレッグパーツが展開され、ウィングが移動する。機 首が後ろに倒れ、頭部パーツが露出されると、人型に変形を終えたファントムは上背部の 『尻尾』を揺らしてバーニアを噴かした。 胸部のジョイントを使用して装備していたロングレンジ・ライフルを手に取り、真下に 向かってトリガーを引く。 「やだっ!」 慌てて明日香はヨトゥンヘイムを移動させた。 車両タイプにありがちなことだが、ヨトゥンヘイムも真上からの攻撃には反撃手段が無 い。ある程度の角度が無ければ、上空への攻撃は行えないのだ。 ライフル弾がヨトゥンヘイムのキャタピラ跡に着弾した。二発目の弾丸がヨトゥンヘイ ムの背部に命中し、筐体が激しく震動した。 ガクン、と背中からの衝撃を受けた明日香は、意表を突かれたことに舌打ちした。 「可変型だなんて……あの尚耶って人、凄いっ」 ※ 「うわあ……変形なんて、CSで出来たのかよ」 心底驚いて、しかし目を輝かせて言う洋一に、尚耶はノートパソコンを筐体の通信ケー ブルに繋いで戦闘データを取りながら頷いた。 「簡単な変形ならあるかもしれないが、完全に人型と高速飛行型に変形出来る可変機構を 組み込んだCSは、まだファントムくらいだろう。バーニア移動では上昇中にヨトゥンヘ イムに狙い撃ちされるが、高速飛行形態ならその心配もない」 「ヨトゥンヘイム、真上向けないからなあ……」 「代わりに、ファントムは変形機構にデータを使いすぎて、他の武装に大きなデータを割 けないのが問題だ」 「で、結局、どっちが有利なわけ?」 「ヨトゥンヘイムだ」 『マイクに向かって言うのが嫌味だな……』 筐体についている会話スピーカーから、宗司の声がした。尚耶は真剣な顔で質問する。 「気分はどうだ」 『最悪……』 ※ 危険を知らせるアラームが鳴り、コクピットの天井部から酸素マスクが落ちてくる。右 手でファントムを移動させながら、宗司は酸素マスクを装着した。 「シャレにならないな……高速飛行とバーニア移動を交互にやると、Gがたまらない」 高速飛行してヨトゥンヘイムとの角度を無くし、そうしてから人型に変形して射撃する。 その繰り返しは、単純のようだがパイロットには思いのほか負担のある戦法だった。 トリガーを引くと、カスタムされて銃口が上下二箇所にあるダブルライフルから二発の 弾丸が発射される。相手の移動を考えた射撃は、再びヨトゥンヘイムを捉える。 だが、問題があった。 (弾がもう残り少ないっ) シンプルに通常のライフルを二つ組み合わせた構造のダブルライフルは、同時に二発ず つ発射されるだけに弾の消費が早いのだ。予備の弾倉もすでにファントムには無い。 「あと数発で倒せるか?」 地上を高速で移動するヨトゥンヘイムとの間に、角度が生まれる。高度も下がってきた ので、宗司はファントムを飛行形態に変形させようとした。 その時だ。 ヨトゥンヘイムが両肩のバーニアを噴射させて上昇した。片方の出力が高いので、振り 返る形になる。 「速い!」 ファントムの二倍以上あるヨトゥンヘイムが意外な速度で上昇したのに、宗司の反応が 一瞬遅れた。ヨトゥンヘイムのキャタピラ側面のミサイルが二発同時に発射された。 かろうじて一発は避けるが、もう一発は左のヴァリアブル・ウィングに着弾する。爆発 音と同時に激しく揺さぶられ、宗司は顔をしかめた。 落下する。 「激突したら全壊だろうが!」 パネルのキーの一つを押すと、左肩部で小さな爆発が起こる。破壊されたヴァリアブル ・ウィングが切り離されたのだ。そのまま右のヴァリアブル・ウィングを噴かしたファン トムは、片方のバーニアという非常にバランスの取りづらい状態であるというのに持ち直 す。 『凄いけど、そこまで!』 大出力でバーニア上昇したヨトゥンヘイムはゆっくりと地上に降下しながら両手のフィ ンガーガンで射撃する。今度はファントムの右足に被弾し、空中で機体が揺れる。 だが、この距離はファントムにとってもライフル弾を命中させやすい距離だった。 「さっきまでの攻撃で、少しはガタが来てるだろっ」 二発同時発射のライフル弾が的の大きい左の肩部を直撃する。破壊力を高められている ライフル弾はバーニア構造のデリケートな肩部に致命的なダメージを与える。 ヨトゥンヘイムの左バーニアが停止した。 『嘘っ』 悲鳴が聞こえ、ヨトゥンヘイムが着陸寸前に傾く。地響きと砂煙を立てて落下した機体 に、ファントムが片側バーニアだけのアクロバティックな飛行で接近する。否、斜めに落 下しているだけに見えた。 「もらった!」 直撃すればヨトゥンヘイムでも耐えられない距離にファントムは着地した。右足が故障 していて動かなかったが、直立に問題は無い。 トリガーが引かれるより先に、砂煙の中から連続した銃声が響いた。ヨトゥンヘイムの 手甲からの無茶苦茶なマシンガン射撃は、盛大に辺りの地面に炸裂した。横に払われるよ うなそれが、ファントムに数発命中する。 マシンガンはすぐに弾が切れ、ファントムがライフルを構える。そこに、砂煙が晴れた ヨトゥンヘイムがキャタピラを動かして接近した。 「なにっ」 横を通り過ぎ様に、ヨトゥンヘイムの太い腕がファントムを殴り倒した。今までに経験 したことがないほどに筐体が激しく揺れ、宗司はシートに後頭部をぶつけた。 「ヘルメットに感謝!」 ファントムの左腕が弾け飛んでいたが、まだライフルを持つ右腕は無事だった。 通り過ぎたヨトゥンヘイムが上身部を旋回させてフィンガーガンを向けた。ファントム がバーニアでジャンプし、瞬間的な動きにフィンガーガンの射撃は地面を撃った。 「酸素マスクにも感謝!」 くぐもった叫び。スクリーンいっぱいにヨトゥンヘイムが広がり、宗司はトリガーを引 いた。キャタピラが破壊され、ヨトゥンヘイムは移動手段を失う。だが、間髪を置かずに 動いたフィンガーガンがファントムの左足を吹き飛ばした。 そのまま二機のCSは激突する。互いの装甲がへしゃげ、内部構造が露出する中、宗司 はニヤリと口元に笑みを浮かべた。 「ほら、尚耶が言った通り、俺の方が運がある」 接触した拍子に銃口がヨトゥンヘイムの上身部、モノアイのある部分に向けられていた。 トリガーが引かれる。 ※ 至近弾にヨトゥンヘイムの上身部が爆発し、同時にスクリーンに勝者宣言が表示された。 『WINNER SO−SHI & PHANTOM』 アナウンスで夏美が結果を報告し、筐体からパイロットシートがスライドして宗司が顔 を見せると拍手が一角を包み込んだ。 宗司は尚耶に目配せして、手を挙げさせると、そこに自分の手をパチンと叩き合わせた。 「二割!」 「装甲が薄い割にファントムが丈夫なのは、基本設計の正しさだな」 「あ〜、負けた!」 もう一つの筐体からも明日香が出てくる。数分間のバトルだったが、相当に集中してい たらしく、額から汗が頬に伝っていた。洋一がタオルを渡すと、明日香はそれで汗を拭い ながら宗司に駆け寄った。 「宗司お兄ちゃん、凄いっ。よくバーニア片方でバランスとれるね」 「ヴァリアブル・ウィングだから、そっちの固定バーニアよりは楽だよ。ラストで殴られ た時、もうちょっと狙いがしっかりしてたらファントムはバラバラだったな」 「でも負けたのはあたしだもの。それに、あたしじゃあんな飛行出来ないし」 「ま、体力ばっかりは、これからつくものだろ。まだ小学生なんだし」 えい、と明日香がタオルを宗司の首に掛けてにっこりと笑った。宗司は遠慮なくそのタ オルで汗を拭う。 「それから」 と明日香が尚耶を見る。ちょっと拗ねたように、唇を尖らせる。 「それなりの技術だって認めてあげる」 「ヨトゥンヘイムもなかなかのCSだ。あと少しの欠点を直せればな」 「むっ。どこ?」 「まず、真上に対する武装が無いこと──」 尚耶がノートパソコンのディスプレイを明日香に示し、明日香がそれに見入る。二人し て、ここのカスタムが、これならこうの方が良い、でもそれだとこうだ、などとハイレベ ルなカスタムや開発の技術の話に入ってしまい、あぶれた宗司は洋一にタオルを返してジ ュースを買いに飲食コーナーへ向かった。 バトルの後の炭酸飲料が好きな宗司が、コーラのカップを受け取りながら戻ろうとする と、そのタイミングでアナウンスが入った。 『TAG第三回サマーフェスティバル決勝戦に参戦されたSO−SHIさま、TINKE Rさま。賞品の贈呈がありますので、入り口正面、サービスカウンターまでお越し下さい』 「は〜い」 夏美の声に返事をした宗司は、クルリと方向を変えてサービスカウンターに向かおうと した。 向かおうとして、固まった。 「……瑞希(みずき)?」 腰までの髪を、首の後ろと髪先の二箇所で束ねている少女が、そこにいた。意志の強そ うな瞳は、薄い茶色。形の良い唇もドキリとするほどに、しかしまだ少女の域にいる女。 印象が変わらない。 素直に綺麗だと思って、宗司はくわえていたストローから口を放した。 4th Noise 彼女だ ※ 二人はほぼ同時に口を開いていた。 「なんだあ、久しぶりっ!」 「何よ、おじさんに言われたから見に来たら、格好良く優勝しちゃうんだから!」 自然と手が挙がり、パシンと打ち合わされる。拳で宗司の胸を軽く叩き、瑞希は目を懐 かしげに細めた。 「何よ……大きくなっちゃって。昔はわたしくらいだったのにね」 「男の成長期を甘く見たらいけないってことかね」 「そうかも。最後に会ったの私が高校でこっちに来る時だから、一昨年の三月以来? 凄 い、本当に久しぶりなのね」 感慨深げな声。宗司もニッと笑ってそれを受け、瑞希を見る。身長は昔とあまり変わっ ていない。百六十センチよりわずかに低い。 「とりあえず、おめでとう。まさかあのCSに勝てるとは思わなかったわ」 「俺って、そんなに信用無い?」 笑って宗司は言ったが、その言葉で二人の間に沈黙が生まれた。 少しの間。 「うん、無いかな」 「うわ……それで、親父に言われたって?」 「宗司がBエリアの決勝に出るって言われたのよ。私はAエリアで午前中に優勝したんだ けど、やっぱり気になって来ちゃった」 「優勝?」 「うん」 あっけらかんと、瑞希は頷いた。宗司はふうん、と顎に手を当てて頷いた。 「おじさんがTAGの関係者だから、やっぱりプリペイドカードもらいまくりか?」 「そっちだっておじさんが関係者だからタダでやってるんでしょう?」 「…………」 「…………」 「……まあ、互いに親のすねかじりだからこの話題は避けようか」 「……そうね」 ふう、と二人は同時にため息をついた。 すると、アナウンスで呼ばれた明日香と一緒に、尚耶たちもやって来る。 尚耶が怪訝そうな顔をし、明日香が目を丸くして肩を落とした。 「なんだあ……宗司お兄ちゃん彼女いたんだあ。ねえねえ、紹介してっ」 残念がったのも一瞬のことで、今度は興味津々の少女の顔になって明日香が瑞希の周り を回る。活発な少女の出現に、瑞希は目をパチパチさせて宗司を見た。 「宗司、さすがにこんなに小さい子はまずいわよ……」 「はいはい、紹介しましょう。こっちは明日香ちゃん。さっき俺がバトルしたヨトゥンヘ イムのパイロット。で、こっちは俺の相棒でCSを作ってくれる新井尚耶。さらにこっち が、洋一」 「よろしく」 代表して尚耶が挨拶する。 そして、宗司は紹介を続けた。 「こっちは、俺の幼なじみで一つ年上の藤島瑞希。どうもAエリアの方で優勝したらしい」 「初めまして。知り合い同士で決勝だったのね、そういうのいいわね」 「まあ、一応知り合い……今日からだけど」 うむ、と宗司は頷く。 瑞希は尚耶を見て目を細めて言った。 「飛行機への可変型なんて、初めて見たわ。データを見せて欲しいんだけど……駄目?」 「君が自分のCSのデータを見せてくれるなら」 「いいわよ」 「…………っ」 あっさりと瑞希が了承してMOディスクを取り出すと、尚耶はうっと息を飲んだ。まさ か了承するとは思っていなかったのだろう。 ニヤニヤと宗司が笑い、尚耶に耳打ちする。 「瑞希を甘く見ない方がいい。なんでもオープンな奴なんだって」 「……お前と似てるな……」 舌打ちして、尚耶は瑞希に言った。 「すみません。全国大会で当たる相手にスペックは見せられません」 「そう? じゃあ仕方無いわね」 簡単に瑞希は尚耶の言葉を受けた。珍しい尚耶の敗退に、宗司はうんうんと頷いていた。 と、明日香が宗司の腕を引いた。 「宗司お兄ちゃん、カウンター行かないと」 「そうか……じゃ瑞希、また後で」 「あ、わたしもう帰るから」 時計を見て、瑞希はそう言った。そして、二人は正面から目を合わせた。 「……じゃあ、また」 「ええ。全国大会の会場で会ったらライバルね」 「ああ」 そう言って、宗司は瑞希の横を通り過ぎる。 どくん、と。 宗司は自分の鼓動の音が聞こえた気がして、みぞおちの辺りから熱が身体中に広がって いった。 瑞希の姿が、完全に背後に回る。 数歩行ったところで、明日香が宗司に追いついて首を傾げて言った。 「宗司お兄ちゃんもあの人も、ずっと笑顔だったね」 5th Noise 張りついた緊張の笑顔……だ