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               「ポイズン」




 俺様の名は佐川亮太郎(さがわ・りょうたろう)、男、十七歳、西本松唐沢村弥生神宮
大学付属秋麗門前高校、通称秋麗高校に通っている。覚えたな?
 突然だが、俺様は新世紀覇皇である。
 覇皇であるからには覇皇らしく振る舞う必要があり、これがまた難しい。
 ここから始まるのは俺様の新世紀覇皇としての戦いの記録である。
 では、行ってみようか。





                 1


 俺様の一日は快い温かさから始まる。
「亮太郎、起きて」
 幼なじみから没収したベッドのスプリングも丁度よく、身体に優しい毛布の温もりが優
れた家臣に恵まれぬ俺様の心を癒してくれる。
「朝だよー!」
 この惰眠をむさぼる時間というのは、許された時間が短ければ短いほどに貴重に感じら
れるものだ。朝、ベッド、登校までの時間……全てが絡みあって俺様を微笑ませる。この
感覚が一日に一度のみというのは、俺様に対する挑戦だろうか?
「朝だってば!」
「うるさい、黙れ」
 ことに冬の朝というものは外界とベッドの温度差が激しく、母親の胎内にも似た安息の
場所から旅立とうという気持ちを萎えさせる。
 だが、俺様は新世紀覇皇である。
 旅立たなくてはならない。
「起きてるじゃない! ほらあ!」
「ぬう」
 がばっという音と共に俺様の傷つきやすい肢体を守る毛布が引き剥がされた。
「……って、どうして毛布がもう一枚あるの!」
 愚民にはわからんよ。
「……ぬ」
 再びがばっと──今度こそ最後の──毛布が引き剥がされた。
 寒い。
 同時に、悲鳴が上がった。うるさいのでおっくうながらも目を開くと、そこには通常あ
りえない日本人のくせに銀色の髪をした女が立っていた。長い髪を二本のお下げにして垂
らしていたが、もう少し見栄えのある髪型にしないのだろうか。せっかく小学生の頃に俺
様直々に寝込みを襲って脱色してやったというのに。
「な、な、なんで裸なのよー!」
「騒ぐな愚民が。俺様の裸体を目に出来る者など限られているが、そこまで喜ぶな」
「喜んでいるじゃなくて……も、毛布、はい!」
 自分で引き剥がしておいて返すか……まあいい。
「って、だから何で寝るの!」
「うるさい女だな……今何時だ」
「八時五分」
「夜じゃないか」
「朝! ご・ぜ・ん!」
「冗談の通じない女だな……仕方ない、起きてやる」
「もう……」
 ため息が気になったが、女はようやく俺様のためにクローゼットを開けた。最初から用
意しておく気概も無いのが情けない。
 この女、月科舞佳(つきしな・まいか)は俺様の家臣第一号である。幼稚園の頃に俺様
が家臣にしてやり、それ以来現在の高校生活に至るまでクラスが同じこともあり俺様の一
番近くで世話をさせてやっている。
「はい、下着と制服……早く着替えてね」
「着替えさせろ」
「子供じゃないでしょっ」
 このように口答えもするが、長年の付き合いでもあるし俺様も多少は折れてやることを
覚えた。やはり主従関係とはある程度の妥協の上に築かれるのであろう。何しろ俺様は新
世紀覇皇である。寛大な気持ちで制服までを着込んでやる。
 ……と、寒い。
「何をしている」
「ほら見て。今日って雲一つ無い……こんな日って──」
「空だって飛べそう、か?」
「うん」
 幼稚な夢だ。すでに何度聞いたかもわからない。
 だが、その夢を叶えてやるのも主人の仕事である。確か、そんな約束を昔したような憶
えもある。
「舞佳」
「何?」
「飛べ」
 優しい俺様は舞佳の背中を思い切り押してやった。声も無く舞佳は落下したが、それほ
どに嬉しかったのだろうか。
「朝からいいことをした」
 時間も迫っていたので、俺様は台所を漁り数個の菓子パンを鞄に押し込み家を出た。行
ってきます、と言うのは無駄だ。両親はとうの昔に死に、共に暮らす叔父も一ヶ月に数日
家にいるかどうかなのだから。
 時計を見ると、八時十五分。高校までそれほどの距離はないので、充分に一時限目には
間に合うだろう。
「……そこで何をしている」
「あ、相手が亮太郎じゃなかったら死んでたよ……」
 家の前では舞佳がたんこぶの出来ていそうな頭を撫でて半べそをかいていた。通行人の
視線が恥ずかしいじゃないか。
「行くぞ」
「もう……」
 促すと、舞佳はスカートをはたいて俺様の隣に並んだ。普通なら不敬罪で極刑ものだが、
舞佳だけには俺様もその位置を許している。まあ、寛大だということだ。
 俺様たちが通う西本松唐沢村弥生神宮大学付属秋麗門前高校は歩いて行ける距離にある
もっともレベルの高い高校で、すでに学問など修める必要の無い俺様が交通の問題だけで
選んだ高校である。
「ねえ、亮太郎は冬休み明けのテストの勉強した?」
「勉強? お前、誰に向かって言っている。お前とは頭の出来が違うんだ」
「うぐ……あ、あの、ここの数式なんだけど──」
 歩きながらせわしないことだ。鞄から取り出された舞佳のノートに適当に視線を向けな
がら、俺様は質問に答えてやった。どうでもいいが、俺様が答える度に感心したり「あ、
そうか」などと低脳を露呈するのはやめて欲しいものだ。俺様はもはや諦めているが、周
りの人間が見てこの程度の家臣を持っていることで俺様を舐めてきたら困る。
 そもそも、秋麗高校は舞佳の学力では合格圏の遙かに外だった。俺様の世話をするため
に中学の後半は勉強に次ぐ勉強をしていたが、俺様が教師役をしてやらなければ補欠合格
すら怪しかっただろう。ちなみに、俺様は当然の如く首席入学をした。新世紀覇皇である
のだからな。
「……十二月はそうでもなかったけど、やっぱり一月になると登校も寒いよね」
 勉強しろ。
 俺様を見て笑ってもテストの問題は変わらないぞ。
 軽く小突いてやると、照れたように笑って舞佳は再びノートに視線を落とした。世話の
焼ける女だ。料理は美味いし、細かなところにも気づくのだが、勉強だけは出来ない。い
や、平均的なのだろうが、俺様についてこれるレベルではない。
 ふむ、そうだな。
「テストに徹夜するのなら、別に近くの別の高校に転校させてやってもいい。学校にいる
間は俺様も他の家臣に世話をさせればいいからな」
「え? ええ?」
 そうびっくりするな。目の下の隈はテスト毎にあるからすでに気づいている。俺様はめ
ざといのだ。
「俺様に合わせては、お前も辛いだろう。やはり学力相応の所がいいんじゃないか? 来
年には大学受験だ」
「べ、別に私は亮太郎に合わせたわけじゃないもん。自分で考えて今の高校がいいなって
……大学受験?」
「どうした」
「りょ、亮太郎、大学受験するの?」
 ……当たり前だろう。
「付属なんだから、そのまま神宮大学に行くんだと思ってた……」
「馬鹿か。俺様が通うに相応しい学部がこんな辺鄙な場所にあるか」
「故郷でしょう──じゃあ、何学部に行きたいの?」
「医学部だ」
「医学部!?」
 すっとんきょうな声を上げて舞佳はのけ反った。俺様を引きつった顔で見て、口を開く。
 ……?
「今、何か言いかけなかったか?」
「な、何でもない、何でもない。ふ、ふうん……医学部なんだ……どこの?」
「東京大学だ」
「東京ぉ!?」
 だからどうしていちいち叫ぶ。
「だ、駄目よ。東京は恐いところで、亮太郎なんか三日で東京湾に沈められちゃうんだか
ら!」
「お前、田舎ものだな。大学の話はもういい。お前は目の前のテストの方が問題だ」
 呆れて言ってやると、舞佳はぐっと押し黙った。赤点など取られては、主人たる俺様の
立場もない。
 高校までの道のりは短いもので、特に早足ということもないのにすぐに辿り着いた。今
も校門を走り抜ける慌ただしい愚民たちの中を、俺様たちはゆっくりと歩いた。
「ほら、早く!」
「引っ張るな、袖が伸びる」
 眉根を寄せて言っても、舞佳は俺様の袖を放さない。
「まだホームルームの鐘が鳴っただけだろう」
「それがいけないの!」
「俺様は担任の顔を見に来ているわけじゃない。他の者だって、授業を受けに来ているん
だろう」
「遅刻になっちゃうでしょっ」
「……一時限目に遅れたなら遅刻もわかるが、何故ホームルームに遅れて遅刻になるんだ。
変だろう。学校とは授業の場ではないのか?」
「そういう決まりなんだから」
「くだらんな……」
 普通に歩く分なら別に問題は無い。他の者のように無様に教室に駆け込むようなマネは
したくないからな。
 と、昇降口で上履きに履き替え教室に向かうと、丁度担任の芹沢女教師が廊下の反対側
からやって来るところだった。担任のくせに鐘に遅れるとは良い度胸だ。職務怠慢だな。
もっとも、生徒がそれを望んでいるとわかっているからわざと遅れている節もあるので、
良い教師なのかもしれない。
「月科さん、亮太郎くん、おはよう」
「今日も早くからお勤めご苦労」
「おはようございます」
 あからさまにホッとした顔で舞佳が頭を下げ、俺様は教室の扉を開けて中に入った。担
任の人柄か、生徒たちはこの時間帯でも雑談を交わしている。
「はーい、出席をとります。一番、赤松ゴン三郎くん」
「そんな人いませーん」
 どっと教室が笑いに包まれる。ふむ、良い教師か。
 教室の一番窓側、その一番後ろというまさに俺様のための席につくと、前の席に座って
いた女がクルリと振り返った。
「おはようございます、佐川くん。いえ、神名アララニアサケプッチくん」
「ふん、休み明けでも元気そうだな、花実美喜(はなみ・みき)」
「違います。神名でヤラノニニアケラニアと呼んで下さい」
 相変わらず電波を受信しているようで大変結構だ。
 花実は背の半ばまでの髪でシャギーが入っているなかなかの美女だが、どこを見ている
のかわからない瞳と、常に持った十字架を掲げながらの言動で俺様はかなり気に入ってい
る。何より胸が大きいのが良い。ふん、英雄色を好むということだ。
 しかし、休み前は花実の神名はクララケヤットバレンティーヌだったはずだが、もしか
して飽きたのか?
「クララケヤットバレンティーヌは天界での聖なる戦いに呼ばれ去りました。そして魔に
奪われようとした私たちの身体を守るために新たなる神ヤラノニニアケラニアが降臨した
のです」
 なるほど。
 しかし、自分のことを「私たち」と言うな。
「うふふふふふふふ」
「花実美喜さん」
「はい」
 む? 俺様は呼ばれなかったぞ?
 隣の席の貧乳女の頭を叩くと、武藤は引きつった顔で俺様を見た。
「何すんのよ。朝からやる気?」
「武藤、俺様は呼ばれなかったようだが?」
「誰が武藤よ、誰が! だからあたしは田中! 田中冴(たなか・さえ)!」
 この女は武藤冴。新聞部に所属している何かとうるさい女だ。髪がショートなのは許す
として、その膨らみの無い胸はもはや救いようがない。前髪の両側から癖毛がピンと撥ね
ている辺り、女としての自覚があるのかどうか怪しいものだ。同時に家臣としての自覚も
怪しい。
「い、今すっごく失礼なことを考えたでしょっ」
「失礼なこと?」
 それこそ失礼な。俺様がそのような思考に走るとでも思っているのか。
「とにかく、答えろ。俺様は何故呼ばれなかった」
「別にいるとわかっている人間を呼ぶ必要はないでしょ」
「……なら出席などとるな」
「うるさいわねえ……ちょっと、舞佳、あんたの御主人様うるさい」
「お前、自分も俺様の家臣だとわかっているのか?」
「いつ、どこで、どうやってあたしがあんたの家臣になったのよ! 言ってみなさい!」
「入学直後、学校の近くの公園の茂みで、俺様のをくわえさせてやったのを忘れたか」
「うおおおおおおお!」
「まじかあ!」
「佐川、詳しく教えてくれ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと亮太郎! そ、それ本当なの!?」
「放せ舞佳、苦しい。……武藤、シャープペンを構えるのをやめろ」
「こ、このド畜生……あっさりと言ったわね」
 なんて我が儘な女だ。
「言ってみろというから言っただけだ。四つん這いになって俺に懇願しただろう。くださ
いと」
「あ、あの屈辱……」
「犬のマネまでするその従順さに免じてホットドッグを与えてやったというのに……腹が
満たされれば約束すら忘れるのか」
 直後、舞佳の頭突きが俺様の顎を打った。
「な、何をするっ」
「ふえ!?」
 ……ただ脱力してカクンと前に傾いただけか。反逆かと思ったぞ。
 とにかく、俺様は立ち上がり武藤に指を突きつけた。
「何にしろ、お前はすでに俺様の家臣! それだけはすでに覆せぬ事実だ!」
「おお、佐川やれやれ!」
「そこの男、柳川! お前も家臣だ!」
「何!?」
「お前も、お前も、お前もだ!」
 何故なら。
「俺様は新世紀覇皇だからだ!」
 ふはははははははははははははははははは!





                 2


 昼休み、俺様は屋上にいた。寒い。人一倍寒がりの俺様がわざわざ遮蔽物も無い冬の屋
上にやって来たのにはもちろん理由がある。

  「佐川へ
     昼休み屋上に来い。今日こそぶっ殺す」

 ナンセンスである。しかし、差出人の名前がない。見覚えのある字ではあるのだが、個
人名までは浮かんでこなかった。
 心当たりで言うと、何かと俺様を目の敵にする体育教師の中村か、この前二学期の期末
テストの結果で勝負などとぬかしてきたので全教科満点をとって完膚無きまで叩きつぶし
てやったB組の早田か、その辺りだろう。
「ぬう、ならわざわざ来ることもなかったな……」
 馬鹿正直に寒い場所にやって来てしまうとは……我ながら意味のない。朝確保した菓子
パンはもう食べてしまったので、舞佳に今日の弁当を捧げさせねばならない。今朝は舞佳
の料理を食いっぱぐれたので、まだ力が足りなかった。舞佳の料理は、確かに美味い。そ
れだけであいつを家臣筆頭に据える価値があるくらいだ。
「……戻るか」
「あ、来てたわね、佐川!」
 と、丁度武藤が屋上へと上がってきた。どうでもいいが、頬に米粒がついているぞ。
「な、何よっ」
「で、どうした。お前も俺様の家臣として呼び出されたか」
 武藤の頬から摘み取った米粒を口に放りながら尋ねると、武藤は無い胸を張って言う。
「あんたを呼びだしたのはあたしよ」
「おお、どうりで見覚えがあると思った。……お前、今の今まで昼飯を食べていたな?」
「当然。力が足りないと勝負も出来ないわよ」
「武藤」
「だからあたしは田中──」
 その言葉は最後まで紡がれなかった。簡単に言うと、俺様が腹を蹴った。
「うぐっ……ちょ……」
「勝負の前に飯を喰うなど、愚かの極みだな。吐くか?」
「んー! んー!」
 壁に押しつけて腹に当てた手に力を込めてやると、武藤は口を押さえて首を横に振った。
涙目になっても俺様を睨み付けてくるとは、なかなかしぶとい。
「おい、武藤」
「あたしは田──!」
 吐いた。
「……戦いとは虚しいものだ」
 小さな嗚咽と独特の酸の臭い、そして予想もしたくない昼の弁当の臭いが屋上の一角か
ら立ち上った。
 ふむ。
「うう……ひっく……また負けたぁ……うぐうぅ……ひっく……」
「武藤」
「ぶえ?」
 フラッシュを数回。武藤が持っていたカメラを拾った俺様は武藤の記念すべき敗北のた
めにあまり使ったことも無いカメラというものの使用に踏み切った。使ってみるとなかな
かカメラ越しの世界というのも興味深い。スイッチが色々あり、押すとズームされた。
 シャッターを落とす。
「ちょ、何撮ってるのよ!」
「笑え」
「笑えるかっ!」
「現像したら寄こせ」
 武藤にカメラを押しつけると、屋上を出る俺様の背中に武藤の叫び声が聞こえた。
「誰が渡すかぁぁ!」
 騒がしいことだ。

                 ※

 校舎の三階に降りると、廊下をふらふらと蛇行している後ろ姿を見つけた。あのような
歩き方をするのは一人しかいないだろう。
「花実、ここは三年の教室だが、どうした」
「あ、アララニアサケプッチくん」
「ちなみに、俺様はこっちだ。それは癌予防のポスターだ」
 器用な女である。
「天界のウマランディケが三階の教室のどこかにポポルウェンケイナスが捕らわれている
って言うの」
「何?」
 ちなみにポポルウェンケイナスとは舞佳のことだ。これは聞き捨てならない。
「それは舞佳が何者かにさらわれたということか?」
 花実が頷き、俺様は唸った。卓越し過ぎる俺様に逆恨みする輩がいるのはわかっていた
が、そのことで舞佳が狙われることになるとは。
 俺様の中で、舞佳との思い出が錯綜した。
 幼稚園の遊戯台の上で空を飛びたいと言ったので空を飛ばしてやった時の舞佳。
 小学生の時、水着を忘れたと言っていたので俺様の海パンを貸してやりプールで泳がせ
てやった時の舞佳。
 中学生の時、修学旅行先の京都で熱を出したので五キログラム分のかき氷を俺様自ら食
わせてやった時の舞佳。
 その舞佳がさらわれただと?
「許さん!」
「でも、ポポルウェンケイナスは教室でお弁当を抱えていたような気もするの」
「…………」
 そちらか?

                 ※

 D組の教室に入ると、俺様の前の席──つまり、花実の席に見慣れた顔が座っていた。
「あ、亮太郎! どこ行ってたのよ、待ってたんだから」
 花実の机を前後逆にし、俺様の机と向かい合わせ弁当箱が二つ置かれていた。俺様を待
っていたとは感心だ。しかし、昼休みも残り少ない。俺様はさっさと席に着くと兎模様の
ナプキンを解いて弁当に手を伸ばした。
「一緒に食え」
「うん」
 言うと、舞佳も弁当箱を開いた。本来ならば家臣と共に食事することなど無いのだが、
やはり舞佳には特別に許している。
「お前と食べると飯が美味い」
「そう?」
「肉団子が足りない」
「はい」
 不思議なものだ。中学生の頃、舞佳の母親が交通事故で入院した時、俺様は舞佳に暇を
与えた。その頃、料理は舞佳の母親に作らせていたのだが、夕飯用にと用意されていた料
理は酷く不味かった。食べる気もせず放っておいたそれを、母親が軽い怪我だけだとわか
り帰ってきた舞佳は見るなり俺様に文句を言い放った。しかし、不味いものは不味いと俺
様は言ったのだが、残りものを出さないためと無理矢理食べさせられた時、不味かったは
ずの料理は美味しかった。
 不思議なものだ。
「ねえ、亮太郎」
「何だ」
「私、看護婦になろうかなあ」
 ほう?
「我が儘な患者さんの相手とか、ちょっと得意かもって思ったの」
 なるほど、高校二年の三学期に入って、ようやく進学に目を向け始めたのか。しっかり
とした目標も持たず暮らすよりは幾分か有意義だろう。
「我が儘な人の相手は、慣れてるから」
「それは俺様のことか?」
「さあ」
 クスクスと笑う舞佳に、俺様は訝しげな視線を向けた。随分と機嫌が良いものだ。
「テストの出来が良かったのか?」
「そ、それは言わないで……」
「言わないで、だと? そうやって反省の材料になるものから目を逸らしてばかりいるか
ら知識が身に付かないんだ。数学の最後の問題は朝教えてやったところだったが、解けた
のか?」
「う、うぐう」
「それでよく看護婦などと言えたものだな」
「が、がんばるから、一緒に東京に──」
「さがわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 バタンと勢い良く扉を開けて教室に武藤が入ってきた。
 なんだその目は。
「吐瀉物の清掃はしたのか」
「言うなあ!」
「舞佳」
「え?」
「飛べ」
 俺様が駆け込んでくる武藤に向かって抱きかかえた舞佳を投げつけた。
 当たった。
「きゃああ!」
「ま、舞佳を投げたぁ!?」
 と、倒れ込んだ二人が教室の唯一の暖房器具であるストーブにぶつかった。
 悲鳴が上がった。
 むう、午後の授業が寒くなる。





                 結


 そのようなわけで今日も高校での授業及び家臣たちの確認を終えたわけだが、何よりも
思い知らされたのがやはり暖房器具無しでは教室は寒いということだった。ノートを書く
ために持参の分厚い毛糸の手袋をするわけにもいかず、午後の授業はかなり苦労させられ
た。新世紀覇皇にも弱点はあるということだ。
 家に帰ったら帰ったですることは幾らでもある。とりあえず、早く舞佳の作った夕食が
食べたいところだ。
 その舞佳だが、保健室で武藤と並んで寝込んでいたのを足を掴んで引きずって来たのだ
が、未だに自分の足で歩こうとしない。ちなみに、武藤は反対側の手で引きずっている。
「舞佳、起きろ。いい加減自分で歩け」
「引きずらないでえ……」
「うう……佐川殺す……」
 情けない。ストーブと相殺した程度で寝込むとは……俺様の家臣にあるまじきことだ。
しかも、甘ったれたことを言う。武藤は後で折檻だ。
 ……ふむ。
「ならば、背負ってやろう。ありがたく思え」
 俺様は舞佳を背負い、武藤だけを引きずることにした。なるほど、この方が格段に歩み
は速くなる。しかも、舞佳を背負うことで毛布代わりになるので一石二鳥だ。さすがは新
世紀覇皇。
「寒がりの俺様の役に立てるんだ。嬉しくて声もあるまい」
「亮太郎」
「何だ」
「寒がりの背中は温かいね……」
 ふん。
「そう思うなら、今日は俺様の好物を作るんだな」
「うん……カレー、たくさん作るね」
「今日は武藤も食っていけ。特別に許す」
「あ、あたしは帰るぅ!」
「はっはっはっはっはっはっはっはっ!」
 逃げようとする武藤の足首をしっかりと掴み、俺様は帰路についた。
 空は、舞佳ならば飛べそうと表するだろう雲一つ無い空だった。


                                終
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