「絆と」  夢を見ていた。自分でこれは夢だ、とわかる夢だ。  夢の中、俺は闇の中に立っていた。  闇? 違う。俺を照らし出すものがあった。上だ。  月。月が俺を見ていた。馬鹿にするように三日月の笑い目が俺を見下ろし、嘲っている。  俺は吠えた。全力で吠えた。身体を駆け巡る狂気という名の力が一気に膨れ上がり、俺 に残った最後の理性までを押しつぶそうとしてくる。  嫌だ、手放したくない。この心だけは渡さない。 ──? 違うだろう? 返してもらうだけだ。  返す? 何故返すんだ? 誰に、返すんだ!? ──俺だよ。俺に返すんだ。  俺? 俺とは誰だ。俺に話しかけてくるのは誰だ!? ──だから、俺だよ。お前の中にずっといた、お前に全てを貸していたものさ。  貸す? 俺が何を借りたって言うんだ。 ──全部だよ。  全部だと? どういうことだ。 ──全部。お前の全部が、本当は俺のものだ。そのくらい、知っているんだろう?  違う、俺のものは全部俺のものだ。誰かに借りたものなんかじゃない! ──そうか? お前は知っているはずだ。誰かを羨む時、誰かを憎む時、誰かを犯したい と思った時、お前の中の俺への扉が開きかけていたのを。  !? ──もういいんだよ。俺は全て知っているんだ。お前のねたみ、お前の憎しみ、お前の欲 望、みんな。  お、俺は……。 ──自分を解放しろよ。わかっているんだろう? 俺は、『俺』なんだ。好きなだけやれ ばいいんだ。好きなだけ奪え。好きなだけ喰らえ。好きなだけ殺せ。好きなだけ犯せ! 俺は、お前は特別なんだ。地べたを這い回るだけのクズども、考える力も持たない家畜ど もとは違う。増やした家畜を狩るものだ。そうだ、義務だこれは。今までの怠惰の時間を 取り戻すんだ。奪え喰らえ殺せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ  犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ 犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せせ!!! ──どうだ、犯せ。殺せ!  ああ、そうするさ。そうだったんだ。何を忘れていたんだ。俺は──。                  1 「ケイタさん、朝ですよ?」 「!?」  がばっと布団を跳ね上げて上半身を起こすと、そこは見慣れぬ和室だった。一瞬自分が どこにいるのか理解できず、夢の感覚を残したままケイタは酸素をむさぼった。驚くほど 息が切れていた。ただ寝ていただけだというのに、全身に汗をかき、布団までが水を掛け たようになっている。 「何だ今の……夢……?」  不思議な夢を見た。それが夢だとわかっている自分がいて、しかし同時に夢の中の役割 を忠実に果たしている自分もいる──そんな夢だ。上から見ている自分は冷静で、もう一 人の何も知らない自分が焦っているのをもどかしく思っていた。……そんなもどかしさも、 最後の感情の爆発のようなものには押し流されてしまっていたが。 「……ふう」  何とか息を整えると、ケイタはようやくそこがどこだか思い出した。長岡の自分の家で は無いそこは、ケイタと同じ姓を持つ親戚の家であったのだ。気付けば部屋には畳の良い 匂いが満ちていて、悪夢にうなされたケイタの心を落ち着けてくれる。 (ということは、さっきの声は)  ケイタが声を出そうとするよりも早く、障子戸が横に引かれた。そうして現れた顔に、 ケイタは慌ててタオルケットをかき寄せた。 「ケイタさん、お目覚めですか?」 「は、はい」  思わず声が上擦ってしまったのは仕方ないことだろう。ケイタの部屋にやって来ていた のはケイタの年上の従姉であり、現在この高津家をとりまとめている家長、高津美冬だっ たのだ。まともな男なら、二十三歳の妙齢の美女にトランクス一枚の姿を見られたくない と思うものである。 「おはようございます」 「お、おはようございます」  にっこりと、障子戸から入る陽光を背に微笑んだ美冬は、本当に美人だ。解けば腰辺り まである艶やかな黒髪を首の後ろで一度束ね、尻尾のように垂らしていて、黒曜石を思わ せる瞳はおっとりとした雰囲気の目に収まっている。形の良い鼻梁は言うに及ばず、今も 微笑みを形作る唇も、非の打ち所のない完璧さだ。  一歩間違えば冷たくも見えるだろうその容姿が、微笑みで親しみやすいものに変わって いる事実に気が付いたのは、数年ぶりに再会してしばらくしてからだった。どうしてこん なに魅力的なんだろう、と小さな頃は思っていたが、その答えはそこにあったのだ。 (俺って、この微笑みに弱いんだよなあ……)  朝からそれが見れる幸せ者なのだが、ケイタはとりあえずタオルケットで身体を隠すの で精一杯である。  困ったことに、美冬は挨拶を交わした後、じっとケイタを見て動かない。 (な、何で俺を見ているんだー!?)  混乱しかけたケイタに、美冬は微笑みから眉根を寄せて言った。 「恐い顔をしていますけど?」 「え? あ、はは。そんなこと無いですよ」  早くこの場を去ってくれとも言えず、ケイタは曖昧な笑みを浮かべた。すると、美冬の 顔はさらに訝しげな顔になる。いつもの「のほほん」とした顔とは随分と違うそれに、ケ イタの方が戸惑う。 「何か、あったんですか?」 「美冬さん?」  ケイタの意識がタオルケットから逸れた。結果手の位置が少し落ちた。ケイタの裸の上 半身が、かなり下半身とのきわどい位置まで美冬の前にさらけだされた。  直後、美冬の顔に納得と羞恥が浮かんだ。 「……あっ、す、すみません。やだ私……そうですよね、私がいたら動けないですよね。 朝ですしね、あはははは」  下手な誤魔化し笑いを浮かべ、美冬がムーンウォークで下がっていく。変なところで器 用だ。  しかし、最大のピンチを乗り越えながらも、ケイタは呟かずにはいられなかった。 「朝ですしねって……な、何を想像されたんだ」  ともあれ、気を取り直してケイタはまずシャワーを浴びて身体の汗を流すことにした。 居候の身で朝から風呂とは豪勢なことだが、汗くさいまま出席するには華やか過ぎる朝食 の場であることを、ケイタは知っていた。  その理由は追々語るとして、まずケイタが高津家の風呂場に向かったことを明記しよう。  ケイタが確認するまでもなく、高津家は大きい。一階建ての平屋なのだがとにかく敷地 が広く、家というよりは屋敷と表現した方が適切なほどだ。今もケイタが歩く廊下の横に は広い中庭があり、和風建築という感じをかもし出している。お茶の家元などの屋敷のよ うだとケイタは思い、自分の父が住んでいた場所の凄さを改めて感じた。  ケイタの父は、ケイタとではなくここで、生活していたのだ。  だが、それを羨ましいとケイタは思わなかった。父に対して、そのような感情は芽生え ない。とっくの昔に芽生え、花を咲かすほどに固定された父への感情は、もっと負の要素 が強いものだ。  客室のケイタの部屋から風呂場までは距離があり、その間ケイタは美冬を初め彼女の姉 妹に遭遇してしまわないかとタオルケットを引き寄せて警戒していたが、その心配も無く 風呂場に到着することが出来た。 「おはよう。今日も暑いよなあ。どう思う、高校生」 「おは──ぶっ。何だよその格好!」  先客に挨拶したケイタは歯磨き粉を吹き出され顔をしかめた。 「何だよって言われても、女じゃあるまいし恥ずかしがるなよ」 「……あたしは女だぁ……」  ゴウ、とやや弱火の炎をメラメラ出しながら引きつったのは、自己主張の通り女である。  否、言い換えよう。  少女であった。 「本当にケイタ、あたしのこと女扱いしてないよな」  青筋立てながら言う少女の名前は碧(みどり)。今年十八歳になったばかりの、ケイタ にとっては年下の従妹ということになる。  ちなみに、歯ブラシをくわえたままの碧は地元の高校のセーラー服を着ており、女以外 の何者でもない。  姉の美冬が日本人らしい綺麗な黒髪だというのに、碧の髪は薄い茶だ。光の当たり具合 によっては金にも見える微妙な色で、珍しい。長さはやはり腰辺りまであり、美冬と違う 点として首の後ろで束ねずに、それよりもやや下方から毛先までを長いリボンでグルグル 巻きにしている。  よく陽に焼けた肌も健康的で、身長はやや高めの百六十七センチ。陸上競技をやってい るためかプロポーションも見事なもので、長い足、くびれた腰、年相応のしかし大きめと 思われる胸と、表記すべきことはたくさんある。  もちろん、顔立ちも美冬の妹なのだから充分に美形の範疇に入るものだった。しかも、 美冬とは違う意味で、整った顔立ちが親しみやすいものになっている。それは、野性味溢 れる表情、という意味でだ。  瞼を下ろせば、もしくは眠っていれば、碧は美冬に似ているわけではないがただの綺麗 系の少女だろう。だが、その表情。強い意志が示す、やや吊り上がり気味の眉と目。笑っ たり怒ったり戸惑ったり、すぐに変化するその豊富な表情。それらが、碧をただの美少女 には収めない。  そう、魅力的な少女、だ。  ついでに言うと、ケイタにとっては幼なじみとして一緒に走り回った仲間でもある。  ので、女範疇から除外。むしろ弟。オーライ。 「オーライ」 「一人で納得しているんじゃない〜!」  叫び、水を含んでぶくぶくぺっと歯磨きを終了させた碧は、腰に手を当てて背を向け、 しかしそちら側にあった鏡にケイタの裸体が映っていて、顔を赤くして頭をガリガリ掻い た。 「ああ、もう。さっさと風呂にでも入りなよ。汗くさいよ」 「昔みたいに一緒に入る──」  後ろ蹴りがケイタの顎をかちあげた。 「過去の汚点を言うな!」  KO入ったケイタはスローで落下中。碧が風呂場の手前の洗面所から去っていく。ケイ タ落下。  碧WIN。 「って、朝からKOされてどうする……ぐうう、何故に後ろ蹴りが俺の顎に入る。あの伸 びは何だ?」  碧の方がケイタより多少身長が高いとはいえ、後ろ蹴りで顎に入るのは尋常ではない。 「とりあえずシャワーもらうか」  と、ケイタがトランクスを膝まで脱いだところだった。  ギシッと床が鳴った。 「…………」  沈黙の声が聞こえた気がしたケイタは、汗を流しながらそっと首だけを回して背後を見 た。  そこには。 「…………」  女の子がいた。  致命的である。  まずいのである。  絶体絶命である。  ケイタの内部で二百五十六の仮説が生まれ、そのうち半数が一瞬後に、そのうちもう半 分が二瞬後に論破された。二百五十六人のケイタ会議失敗。内部ケイタが役に立たないの で、外部ケイタが何かリアクションしなくては。  ギャグか。ここはギャグなのか。いや、お兄さんか。貫禄あるお兄さんっぽく誤魔化す か。 「か──」 「…………っ」 「違う、誤解だ!」  背を向けて駆けていってしまった少女に、ケイタは叫んだ。もはや何が誤解なのかわか らないがドラマっぽかった。 「うああ、これは嫌われた、確実に嫌われた、もとから避けられてたっぽかったのに決定 打ぁっ」  朝から人生終わった顔をするケイタである。  もとから避けられていた、という言葉が示すように、少女もまたケイタの従妹の一人で ある。風弥(かざみ)という名の少女は、現在高校二年生の十七歳だ。  目の前にはいないが、お約束なのでどのような少女なのか解説しよう。  風弥は美冬を小さくし、より身体のパーツを小さくしたような少女と言えばだいたい間 違いはない外見をしていた。全体的に『ちまく』、頼りない体つきをしている。やや発育 不良なのではと心配してしまいそうだ。  だが、美冬にばかり似ていると言うと、そうでもない。おっとりとした美冬の目とは違 い、切れ長の目をしていてどこか近寄りがたい雰囲気がある。つまりは、目をおっとりと させていない美冬……に似ているのかもしれない。  そして、何より髪だ。黒髪を姉たちのように伸ばさず、ショートにしている。その理由 は明確で、先程もそうだが、髪のところどころがピンッとはねているのである。重度の癖 っ毛なのだ。ケイタにしてみればそれがまた可愛いのであるが、本人はあまりそれが気に 入ってはいないらしく、毎朝ブラシをかけに洗面所まで来ている。あまり効果は無いのだ が。  今日は、その日課にケイタがいたのである。  トランクス脱いで。  少女の純真やいかに!?  責任問題か!? 「ふう、さっぱりした」  長い解説の間にケイタはシャワーで汗を流し、バスタオルで身体を拭いていた。無論、 男のシャワーシーンだからこそカットさせていただいた。当然である。  と。 「ケイタ〜、ちゃんと朝飯食べろよ!」 「おう!」  碧の声が居間の方から聞こえ、ケイタは一度客室に戻ってタンクトップと膝丈のズボン を履いてからそちらに向かった。 「お」  と思わず声が洩れてしまったのは、美味しそうな味噌汁の香りが鼻をくすぐったからだ。 見ると碧と美冬が席につき、もう一人──だが風弥でない少女がケイタの席に味噌汁の椀 を添えているところだった。 「おはよう、夕花(ゆうか)ちゃん」 「おはよう、ケイタお兄ちゃん!」  元気の良い返事が返る。不思議とそれが何よりも心に染み渡る、そんな響きがある声だ。  太陽のような笑顔を見せる少女は、夕花。ケイタの四人の従姉妹の最後の一人である。  夕花は現在高校一年生の十五歳。風弥が美冬に似ているように、夕花もまた姉たちに似 ていた。それも、パーツパーツがまた微妙な構成で、だ。  まず目立つところで髪。夕花の髪は金に近い茶で、これは碧似だと言えるだろう。そし て目。美冬の目をさらに大きくしておっとりとさせたような目は、やはり美冬似……と言 える。髪はウェーブがかかっていて、種類は違うが癖っ毛という点では風弥似だ。  その髪は、上の二人の姉同様に長く、しかしやや短めで背中の半ばほどまでの長さ。さ らにそれを肩ほどから三つ編みにし、垂らしていた。  他の三人の姉に比べ丸顔気味で、顔も綺麗系というよりは可愛い系をしているが、身長 は三女の風弥よりも高かったりしている。それでも百五十五センチと平均値なのだが。 「今日は大根と油揚げの味噌汁かあ……俺一人だったからこういうのに憧れてさ」 「そっか。お兄ちゃん、一人だったんだよね……」 「ああ、暗い顔しない。だから今こんなにこれが美味しいって思えるんだからさ」  ニッと笑ってウィンクし、ケイタは本当に美味しい味噌汁を啜り、具を箸で掻き込んだ。 「うん、美味しい。御飯の炊き加減も絶妙だし、特にこの目玉焼き。三段階に盛り上がっ たこの目玉、まさに今朝取れた新鮮な卵と見た。夕花ちゃんいいお嫁さんになれるね」 「ありがとう。でも、朝御飯作ったのは碧お姉ちゃんだよ」 「う、うん、ありがと」  ぼりぼりとちょっと照れた様子で頭を掻く碧に、しまった、とケイタは箸をくわえて変 な顔をした。  そして。 「料理の出来るパパって、今喜ばれるらしいぞ」 「じゃあかあしい!」  賑やかな食卓である。  居間にはテレビもあったが、高津家では食事中はテレビをつけない。碧たち高校生の年 齢を思えば朝はともかく夜などは不満だろうにと思うのだが、ここにやってきてケイタは そういった考えを覆された。  間をつなぐテレビなどいらない食卓。食べ物の感想、今日あった出来事、ちょっとした 話題。そんなものだけで、食卓は楽しく明るいものになるのだ。  ケイタは友達の家に何度か泊まったことがあったが、そのような、良い意味での昔の風 景を残した場所は、どこにもなかった。最初は取っつきにくかったケイタだったが、誰で も迎え入れるその雰囲気に口を開くようになり、滞在一週間となる今日に至ってはすでに 最初から飛ばしまくりである。 「そういや月曜は朝練無いんだったっけ?」 「そ。土、日と練習した後だからだろうけど、どうせなら日曜日の練習を減らしてもらい たいよ」 「女子もハードだなあ。夕花ちゃんの学校でも、そう?」 「うちは私立だから、運動部は大変なんだって。スポーツ特待生の子が友達にいるけど、 授業中もずっと寝てるもん」 「碧、寝るなよ」 「あたしじゃないっ」  ケイタ以外は先に食事を終えていたらしく、碧は時計をチラチラと気にしていた。確か に時間はすでに八時十五分。高校生組はそろそろ登校の時間だ。  この時間まで自分を待っていてくれていたという事実に、ケイタは少し驚くと共に、嬉 しくなった。久しく感じていなかった思いがある。  家族、という思いだ。 「ん? そう言えばさっきからどうして美冬さんはだんまりと?」 「は? え? あはははは。何でも無いですよ」  正座して、何故かケイタの方をじっと──否、ぼうっと見ていた美冬は話を振られて慌 てて両手を振った。 「何でもないでゴワス」 「あ、怪しすぎる……美冬さんって嘘下手だからなあ。ゴワスって何だゴワスって」 「き、気にしないで」 「ぷっ……くくくく」 「碧? 何笑ってるんだ?」 「だってさ、さっきからの美冬姉の視線、ケイタ気付かなかったのかよ」 「いや、俺を見ていたかなって」 「違う違う。美冬姉、お前の朝飯見てたんだよ」 「碧っ」  恥ずかしそうに瞼を下ろして美冬が碧に怒鳴った。意味がわからず、ケイタが目をパチ パチさせていると、そっと夕花が耳打ちしてくれた。 「美冬お姉ちゃん、今ダイエットしてるんだって」 「なるほど……それで」  餓えていたのか、とはさすがにケイタも言わなかった。黙って食事を再開すると、しか し今度は美冬の視線が痛かった。 「むしゃむしゃ」 「う……ごくっ」 「ぱくぱく」 「美味しそう……卵」 「もぐもぐ」 「うきゅるるるるるるるる」 「いや、もう、泣かないで下さい。目がマジックで横線引いたようになってますよ……」 「だっでみどりのごばんおいじぞう……」 「ダイエット、止める?」  碧が横から尋ねると、美冬は指をくわえたまま首を横に振った。 (こ、これは……)  情けないが可愛いかもしれない、とケイタは思った。 (いや、むしろ)  指をくわえ、物欲しそうな顔で、切なげに吐息を洩らす美冬。  わずかに開く、その塗れた唇。  吐息。 (い、色っぽい……喰いづれえ……)  だがしかし、ケイタ完食。  ついでに美冬もダイエットの朝戦闘WIN。 「ふう、ごちそうさま」 「うきゅう、ごちそうさまでした」  泣くなら止めよう、美冬。  さて、と立ち上がったのは碧と夕花である。もちろん学校に行くのだとわかったケイタ は、気をきかせて先手を打った。 「食器は俺が片づけておくから、遅刻すんなよ」 「ありがと。頼むな」 「美冬お姉ちゃん、お兄ちゃん、行ってきます」 「いってらっしゃい、二人とも、気をつけてね」 「今日もがんばってな」  と、二人を見送ったケイタは、続いて複雑な顔で立ち上がった。それに美冬が気付く。 「どうしました、ケイタさん? 食器なら私が片づけますから、くつろいでいてください」 「いえ、あの、風弥ちゃんがいないな……っと」 「風弥ですか? あの子なら、叔父様のところではないでしょうか。あの子、私たちの中 では一番叔父様に懐いていましたから」 「あ、そうですか……」  少し目を伏せて言う美冬に、ケイタも目を伏せた。  ケイタの父の場所に、風弥がいる。その場所はケイタがこの家に滞在するようになって まだ一度しか足を運んでいない場所であり、美冬もそのことを知っているのだ。  食卓の場でも、誰も、そのことを口にしない。  故意に皆が避けているかのように。  だから、ケイタが次のように言った時、美冬は驚いた顔をしたのだろう。 「じゃあ、ちょっと見てきます」 「ケイタさん……」 「何か俺、風弥ちゃんに避けられているじゃないですか。朝の挨拶くらいしておかないと まずいですからね。せめて嫌われないようにしないと」 「あら、ケイタさんは風弥に嫌われてなんかいませんよ?」 「え? だって今だって俺がいるから食卓に参加しなかったんじゃ……」 「……本人に聞くのがいいと思います。でも、そうですね」  静かに、美冬は苦笑と共に言った。 「あなたは、少し叔父様に似ていて、私もドキリとする時があります」 「似てなんかいませんよ」  それだけははっきりと言い、ケイタは居間を後にした。そうして、父の部屋へと向かう。  そこに向かっていると、ケイタは心が抵抗を出すのを感じる。向かっても父はもういな い。だから、余計にそうなのかもしれない。  そう、父──高津浩次(こうじ)はすでにいない。  死んだのだ。 (馬鹿な死に方だった)  飲酒運転で、ハンドル操作を誤って海に落ちて死んだ。遺体は酷い有様だったらしい。  自分の家族を捨ててまで兄の残した会社と家族を守ることに力を注ぎ、地元の名士高津 家の名前を守ろうとした末路が、これだ。  それでも、ケイタも少し前までは年齢の近い従姉妹たちを支える父を、遠くから誇りに 思っていたのだ。母がそう、思っていたからだ。だが、その信頼も、母の死をきっかけに 消え去った。  危篤状態の母に、父浩次は仕事が忙しいという理由で駆けつけなかったのだ。  葬式の時、喪主としてのやってきた父を殴りつけ、ケイタは言った。 「今さら何をしに気やがった!」  母の前に父の顔を突き出し、叫んだ。 「謝れよ。母さんに謝れよ!」  すまなかった、と。  小さな、弱々しい父の言葉が、ケイタに最後の涙を流させた。  そして、ケイタは家族というものを永遠に失った。  一緒に来ないか、という父の誘いを断り、母と住んでいたマンションを引き払ってアパ ートでの一人暮らしを始め、数年が経った。  浩次が事故で死んだという知らせが届いたのは、一ヶ月ほど前の話だ。 「俺はいいけどな……勝手に死ぬのも構わない。だけど、女の子泣かしてるなよクソ親父」  電話で連絡してくれた美冬の声が、あまりにも弱々しく、悲しみを宿していたので、ケ イタは大学の夏休みの最後の数週間を高津家で過ごすことに決めたのだ。  精神的には何の役にも立たないかもしれないが、このような状況を狙う馬鹿どもの手か らこの従姉妹たちを守れればそれでいい。そう、思った。  そう思ってやって来たケイタを、従姉妹たちは陰の残る微笑みで迎えてくれた。日に日 にその顔に本当の明るさが戻っていく、父の死を乗り越えていってくれているのがわかる のが、ケイタには唯一の救いだ。  同時に、ケイタは不思議な感覚をも味わっている。  久しく忘れていた家族というもの。  それを、今、強く感じているのだ。 「だから、嫌われたままじゃ駄目……だよな」  家族になりたい、とケイタは思い始めていた。綺麗で可愛い従姉妹たちを守れるような、 真の意味での家族に。  と。 「あ……」  廊下で、正面から歩いてくる風弥を見つけた。風弥も同時に気が付いたようで、その顔 に驚きが生まれている。  すくめた肩は、セーラー服に身を包んでなお細い。 「もしかして、怖がられているかな?」  苦笑して、ケイタは風弥に言った。すると、風弥は目をパチパチさせて「あ」と口を開 いて言った。 「いえ、そんなこと無いです。ただ、驚いたから……」 「親父のところに行ってた?」  コクン、と頷く。  そうか、とケイタも頷いた。 「今から学校で、間に合う?」 「うちの担任、ホームルームが遅いんです。でも、そろそろで……」 「うん。それで呼びに来たんだ」 「わたしを?」 「ああ……うん、いってらっしゃいって言おうかなって」 「…………」  じ、と切れ長の目がケイタを見つめていた。本心を、その裏まで、全て見透かすような、 しかしどこか悲しみを宿した目で。  ケイタは言うべきか迷ったが、結局言うことにした。 「俺、何だか風弥ちゃんに嫌われているかなって思ってさ。まあ、従兄としてそれは悲し くて……出来れば言って欲しい。俺、もしかして知らないうちに風弥ちゃんに何か失礼な ことをしたんじゃないのか?」 「…………っ」  風弥の目が大きく見開かれた。 「そんなことありません! わたしがケイタさんのこと嫌いだなんて……」 「だって、避けられてるし」 「それは……」  一瞬陰が風弥の顔にさした。ケイタはそれを見逃さなかった。 「俺が、親父に似ているから?」  風弥はハッとしたようだった。  しかし、すぐに首を振る。 「……それはあるかもしれません。でも、嫌いだなんて、そんなことはありません。わた しはケイタさんのこと──」  途切れる。  一拍の、言葉を飲み込む時間。 「──良いお兄さんだと、思っています」 「……ふう」  ケイタは安堵の息を吐いた。そのあまりの大きさにまた風弥が驚くが、ケイタは今度は ウィンクして言った。 「いや、良かった。内心びくびくしていたんだけどさ、本当に嫌われていたらどうしよう かって。今朝のこともあったから」 「今朝……」  首を傾げ、そして風弥の頬が朱に染まった。 「あ、やべ……あのさ、朝のは──」 「い、行ってきます」  トッと小走りに風弥が玄関に向かう。ケイタは頭を抱えて座り込んだ。 「うわああ、いいところで何ぶり返してるか俺ぇ!」  復活まで五分ほどかかった。  とりあえず風弥も学校に行ってしまったので、もう家には自分と美冬だけという事実に 気がつき、ケイタは最後の挨拶に向かうことにした。別に美冬にお米をよそった椀を突き 出し「どうぞ」と彼女が死にそうなことを言いに行くわけではない。美冬も会社に向かう 時間なので、その挨拶に向かうのである。  だが、美冬に挨拶をしに居間に戻ったケイタは、そこで足を止めた。 「美冬さん?」  おそらく、美冬には聞こえなかっただろう。  美冬は、居間で一人思い詰めた顔をしていた。考え事をしているのだろう。その手に一 枚の写真があることも、ケイタは確認した。 「叔父様……私にみんなを守っていける?」  小さな呟きは、無意識だったのだろうか。  少しだけ、ケイタは胸が痛くなった。 「……美冬さん」 「え? あ? ひゃう!?」  もう一度言うと、今度は気付いた美冬が慌てて写真を隠して笑う。こっちが笑ってしま いそうな下手な誤魔化し方だった。 「け、ケイタさん! そうです、風弥はどうでしたか!?」 「学校行きましたよ。美冬さんもそろそろですよね」 「そうですね。時間です」 「送りますよ」 「今日は車が迎えに来るので、そこまででいいですよ」 「じゃあ、そこまでで」  立ち上がった美冬は、立派なスーツ姿だ。社会人なんだな、と変なところでケイタは感 心してしまう。 (こんな人でも会長がはれる会社……俺でも出来るかな?)  だが、学歴だけを言うなら美冬は有名経済学科を優秀な成績で卒業しているのである。 その実務処理能力はケイタの比ではないだろう。もっとも、ケイタが「こんな人」と言う のは美冬の人となりのことなのであるが。 「私が出たら、家のことをお願いします。鍵をどうぞ」 「確かに」  幾つかの鍵が束になったキーホルダーを受け取り、ケイタは朝らしい微笑みで美冬を送 り出した。玄関を出るとまず庭の植え込みが目に入り、門の前に黒いロールスロイスが止 まっているのがわかった。  思わずヒュウとケイタが口笛を吹くが、それに余り深い意味はない。ただ単に高級車を 間近で見る機会があまり無かったからだ。ここ数日は、毎日のように見ているが。 「じゃあケイタさん、行ってきます」 「いってらっしゃい、お仕事頑張って下さい。……って何か新婚さんみたいですね」  嫌がられたら嫌なのでちょっとためらったが、言ってみたい誘惑に負けてケイタは言っ てみた。変な顔されないかな、と心配したが、美冬は首まで朱に染めて、それを隠すよう に縮こまってケイタを上目遣いに見た。 「そう……ですか?」 「う……いや、あの……別に深い意味は無いですので気にしないで」 「深い意味はない……あ、そうですか……。──そうよね」  てへっという感じで美冬が自分の額をピシリと叩き、もう一度深々とお辞儀する。 「じゃあ、今日は早めに戻りますので」 「はい」 「随分と楽しそうですな。以前うかがった時とは別人のようだ」 「?」  聞き慣れない声にケイタは門の辺りを見た。すると、そこに商社マン……というよりは ドラマの刑事のような格好をした男が二人立っていた。二人とも若いが、声を掛けてきた のは年輩の方らしい。  それまで照れ照れとしていた美冬がその二人を見てハッと顔色を変えたことに、ケイタ はそれが歓迎出来ない客であることを知った。 「誰だアンタ。勝手に人んちに入り込んでいるんじゃねえよ」  従姉妹たちを守る──それを心に決めたばかりのケイタは反射的に美冬を庇う位置に立 ってそう言っていた。若輩の男がそれに眉をピクリと動かし、しかし年輩の男は鷹揚に笑 って、わざわざ半歩だけ門の内に入り込んでいた足を道路に戻してから、懐から黒い手帳 を取り出した。 「これは失礼。こちらは警察ってものでね。じゃあ、改めて失礼するよ」  と、一歩門の内に入る。その嫌味ったらしさに、ケイタは頭に来ると同時に訝しげに思 った。 「警察って何の──」 「ケイタさん、私が出ます」 「いいですよ、美冬さん。よくドラマとかでもあるじゃないですか、警察手帳って外から じゃわからないですし」 「その方は前に警察でお会いした方です。──確か、お座敷さんでしたか?」 「……これは、所内でのあだ名の方で憶えていただいたとは光栄です。君にも一応自己紹 介しておこう。捜査一課のお座敷猫だよ」 「警部、こういった場合は本名で──」 「いいだろ、別に。逮捕状が出ているわけでなし、挨拶みたいなもんだよ。気にしません な、高津さんに、それとそちらの君」  美冬が頷いたので、ケイタも一応頷いた。お座敷猫の目が二人を順番に見て、その目が 自分を見た時に鋭くなったことに、ケイタは気が付いた。  すぐに何か言われるかと思ったが、その予想に反してお座敷猫は美冬の方を見て言う。 「その後、何もお変わりありませんか」 「おかげさまで」 「今日も美人で、あなたが会長とあれば角屋もイメージアップになるでしょうな。人はド ラマを求めます。先代が飲酒運転で死亡し、その後を居並ぶ重鎮を押し退け若く美しい女 性が継ぐ。見事なドラマです」 「……車を待たせていますので、通らせていただいてよろしいですか?」 「ええ、どうぞ」  言い、歩き出した美冬の前でお座敷猫は身をどかしながら、しかし足はそこに残して小 さく笑った。通らせないつもりだ。  ケイタはカチンと来た。 「おい、アンタ──」 「以前の取り調べの際に、お話しできることは全てお話ししたつもりです」  はっきりとした、冷静な様子で美冬が言う。その静かさにケイタは出かけた文句を飲み 込むことになった。 「ほう、そうですか。では、確認にだけ付き合ってもらいましょうかな」 「手短にお願いします」 「だいたい一ヶ月前……まあ、今さらですから正確な時間は省きますが、未明にあなたの 叔父、つまり角屋前会長の高津浩次氏は大量のアルコールを摂取したまま乗用車を運転し、 ハンドル操作を誤って海に落下、死亡した」 「……あなた方の調べで、そうなったそうですね」 「はい。車にも変な細工はしてありませんでしたし、妥当な推理でしょうな。以前もお聞 きしましたが、浩次氏には何か会社運営上のトラブルなど何も無かったのですか?」 「以前も言いましたが、トラブルが無かった……とは私には言えません。なにぶん大きな 会社ですし、苦労は多かったと思います。ですが、少なくとも家の中でそのようなそぶり は見られませんでした」 「では会社を離れ、個人的な問題では」 「そちらも思い当たる節はありません」 「人から恨まれる心当たりは?」 「私には見当がつきません」 「ではもう一つ。浩次氏の前の会長……つまりあなたの父である高津憲斗(のりと)氏も 同じ事故──アルコール摂取の上での運転で亡くなられたことに関しては、どう思われま す」 「ただショックとだけしか言えません」 「確かにショッキングなことではありますね。ほんの十年にも満たない間で地元最大の会 社の会長が二度も交代することになる大事件です。真相がわかれば、さぞマスコミもはや し立ててくれるでしょう」 「真相、ですか」 「ええ」  ニヤリと笑うお座敷猫を、美冬は落ち着いた目で見返していた。口を挟むことさえ出来 なかったケイタは、しかし警察が美冬に対してかなり失礼なことを言っていることだけは 理解して憮然とした顔をした。 「おい、それじゃあまるで二つの事件に裏がある見たいじゃないか」 「おや君は? 関係の無い話題ではないのかな。それとも、朝に一緒に家を出る君には関 係のある話題だったかな?」  まるで今気付いたかのようにお座敷猫がケイタを見る。馬鹿にされたと思ったケイタは 美冬が止める間もなく言っていた。 「ああ、関係ある。高津ケイタ。その死んだ高津浩次の息子だよ」 「それはそれは。可愛らしい女の子四人に囲まれて生活とは羨ましい限りですな。ふむ高 津ケイタくん……と」  手帳を開いてメモを取るお座敷猫の、そのメモがチラリと見えてケイタは頭に血が上っ て怒鳴りそうになった。すでに、そこにはケイタの顔写真が添えられていたのだ。 「君にもそのうちお話をうかがうことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ」 「……ええ」  怒鳴り散らしたいのを必死に我慢して唸るような声でケイタが言うと、お座敷猫は背を 向けて去ろうとした。だが、思い出したように振り返り、言う。 「そうそう、私も忙しいんで、代わりにこいつがお話をうかがいに行くかもしれません。 期待の新人の鷲沢弦です」 「鷲沢です」  これまでほとんど口を開かなかった若輩の男──鷲沢が軽く頭を下げる。それに、ケイ タは不快感を覚えた。礼儀を払って頭を下げながら、自分や美冬を見る目に鋭いものがあ ったのを見逃さなかったからだ。 「疑われているんですね、俺たち」  刑事たちが去った後、ケイタは美冬に言った。美冬は未だに固い表情のまま、しかし首 を横に振った。 「疑われているのは、私です」 「大丈夫ですよ、叩いて出る埃も無いんですから」  ケイタは、美冬がいかに叔父を──ケイタとしては不本意だが──敬愛していたか知っ ている。ケイタの父を、従姉妹たちは本当に自分の親のように思っていたのだ。 「ああいうのが今度からも来るなら、俺も立ち合いますから。頭じゃ美冬さんたちの駆け 引きですか? そういうのにはついていけませんけど、一応男だからそれなりに盾くらい にはなれると思います」  稚拙な励ましだった。  だが、美冬はその言葉を聞いて、ようやく表情を緩めるのだった。 「はい……ありがとうございます、ケイタさん。では、今度こそ行ってきます」 「行ってらっしゃい」  美冬を送り出し、後ろから見えるその細い肩に一家を、会社を背負っているのだと改め て確認したケイタは、少しでもその力になれたらいいと思った。  そして。 「さて、家に一人だ。何をしようかな」  長い朝が、ようやく一段落ついたようであった。                  間1  まったく馬鹿馬鹿しいことだ。朝っぱらからいかにも人間くさい茶番を見せられ、俺は 辟易していた。馬鹿な男ども。馬鹿な女ども。馬鹿な人間ども。屑が。クズが。くずが。 クズどもがっ。  何よりも下らないのは、俺さえもその茶番に巻き込まれたということだ。血が繋がって いるという程度でうざいことだ。お座敷猫という輩は死んだ親父のことまで持ち出しやが って。俺は何だ? そんな人間の──羊どものことわりなど超越した存在だ。  ──狩猟者。  そう、俺は狩るものだ。  だが、俺は馬鹿ではない。この広い世界、俺の同種はほとんどいないに等しいだろう。 いかに強大な力を持つ狩猟者と言えども、多勢に無勢では万が一のことがあるかもしれな い。  だから、俺は潜むのだ。羊の皮を被り、羊どもの中で暮らして少しずつ、夜の間に羊ど もを狩るのだ。誰にも見つかることなく、誰にも知られることなく、これからそれを行っ ていくのだ。  雄の羊は殺す。必要無いからだ。  雌の羊は犯す。新たなる狩猟者を生ませるためだ。  計画は、発動した。後は、実行するだけだ。  そう、表面に出ている、人間としての俺すら気付かない巧妙さで──。