アラベスク 〜無限模様〜 永遠とは如何なるものであろう。 果てがないとは、如何なるものであろう。 私は知らない。 永遠に等しい時間を生きながら、しかし終わりが無いために今も生き続け、終わりが無 いために永遠という言葉を使うことも出来ない。 永遠など、無いのだ。 否、あったとしても、誰にもそれを確かめることは出来ない。 永遠を生きたと思っても、それは永遠へと続く時間の流れの中の一時の思いでしかない のだから……。 そう、命の短い虫けらどもにとって長い私の命も、永遠を実感できるものではないのだ。 命を持つ限り、永遠はあり得ない。 どれほど長く生きても、それ以上の時を生きることを義務づけられる私。 何を成すために生き続けるのか。 創世した、私を生みだした何かが私に与えたものは何なのか。 その答えを知りたいと、いつしか思うようになっていた。 「わかるか、牙羅鬼(がらき)」 「わかりませんね」 問いかけに応えるのは一人。私の宮殿の中でただ一人己の意思を持つ男。振り返った黄 金色の瞳には何も映ってはいないはずだが、牙羅鬼は確かに私を捉え、見る。 黄金色の瞳──世を統べる魔性(ましょう)が証。神が与えた、絶対の力の約束。この ヴァンステリア世界で最強を誇る生き物。 それが、牙羅鬼だ。そして、私でもある。 「永遠など、あり得ない。そうだろう」 「また何を言い出すのかと思えば、あなたも変わりませんね」 「呆れるな」 「呆れもしますよ。これで何回目ですか」 理想的というのだろうか、そう評するに相応しい曲線を描く牙羅鬼の顔の輪郭が横に振 るわれる。心底呆れたか、それとも見せかけの失望の顔か、その答えはわかる。 わからないことなど、無いのだ。 ただ、永遠と己に関すること以外は。 私が何も言わないでいると、牙羅鬼は微かに微笑んで言う。 「あなたには永遠がある。そうでしょう、偉大なる陽貴王(ようきおう)さま」 ヴァンステリア世界を統べる魔性が種。その中の頂点に立つ者。 それが、陽貴王。 だが、私は笑うのだ。 己の宮殿で、己の玉座に着き、己の言葉で世界を操りながら、なぜ己がその場所にいる のかさえわからない。 私は始まりから私であり、私であり続けた結果私として存在している。全ては与えられ たものであり、私が何かをしたわけではない。 「くだらん世界だ」 誰が創ったのかは知らないが、くだらないものを創ったものだ。 世界の果てまで溢れかえる虫けらども。そして、それを虫けらと呼ぶ私たち魔性。それ らの関係は始めからのものであり、今の時間をもってしても何一つ変わってなどいない。 「そうですか? 僕は素晴らしい世界だと思いますよ」 「ほう?」 玉座の上で頬杖をつきながら、牙羅鬼に視線を向ける。何を言うのかはわかる。何万回 と牙羅鬼が口に出してきた言葉だ。 変わらない。変わるはずがない。 「陽貴王さまが君臨する、存在する。それだけで世界は輝いていると思います」 「ならば、私がいなくなればどうする」 「壊します」 私が光を奪った黄金色の瞳を私に向け、牙羅鬼は言う。 細身の身体に、魔性としての強大な力を抱え込みながら。 「誓えるか、私がいなくなれば壊すと」 「誓いますよ、我が君」 変わらない言葉。変わらない瞳。 そして、変わらない笑顔。 くだらない。どこまでもくだらない。 なぜ幸せそうな顔をするのか、私には理解出来ない。全てを知っているはずの私は、時 折あまりにものを知らない己を知る時がある。 牙羅鬼を見ていると、いつもだ。 牙羅鬼を拾ったのは数百年も前のことになる。たまたま出逢い、傷つけた。すると、牙 羅鬼は私に忠誠を誓うと言った。 それだけだ。 それ以来、牙羅鬼は私の宮殿の中でただ一人の話し相手になった。 「……牙羅鬼、今日は何も無いのか」 「退屈ですか? なら、良い遊びがありますよ」 牙羅鬼が手を打ち鳴らすと、壁に控えていた女が私の水晶球を運んでくる。女──私が 造った人形は、私の前に跪いて水晶球を掲げた。すると、その表面に遠い場所の映像が浮 かぶ。説明を求めて牙羅鬼を見ると、牙羅鬼はいつにも増してやわらかい微笑みを私に向 けて言う。 「本日はステリア女神への感謝祭。各国の王都では華やかなパレードが行われています。 そこで、今日一日かけて僕と勝負しましょう」 「言うがいい」 興味をそそられて、先を促す。牙羅鬼がしてやったりの笑みを浮かべるのが気に食わな いが、仕方ないだろう。 牙羅鬼は、めったに見せることのない牙を覗かせる。 「互いに五十の兵士を使っての狩り。大人を一点とし、子供なら二点、王を手に入れたな らばそれだけで勝ちとしましょう」 「ふん、私と競うつもりか」 「いけませんか?」 「いや、面白い。その勝負受けよう」 場所はどこがいいか。牙羅鬼を見ると、牙羅鬼は水晶球を指差した。 「よかろう」 頷きが、開始の合図。 玉座から立ち上がり、私はマントをひるがえして叫んだ。 「狩りに行くぞ、我に続け!」 そのまま、宮殿に反響する言葉が消えないうちに視界の内の風景が変わり、水晶球に映 されていた街の外に転移する。 一瞬遅れて、世界中に散っていた魔性たちが集ってくる。 ひとこと。 「狩りを始める。王を獲った者には、望みの褒美をくれてやる」 気配さえ人間には掴ませない魔性たちは来訪と同様に散る。それを見届けて、私はゆっ くりと街に近づいていった。 牙羅鬼の言った通り、今日は祭りなのだろう。華やかな装飾が至る所に施され、陽光に 光るステリア女神の像がアーチの上から私を見下ろしてくる。 人間の生みだした神だ。 「哀れなものだ。自ら生みだしてまで何かにすがりつきたいか」 「めったなこと言うもんじゃないよ」 と、私に触れた者がいる。見ると、私よりも頭二つは小さな、人間としては並の身長の 女だ。まだ二十年も生きてはいないだろう。化粧慣れしているとは思えない稚拙な化粧を 施した顔に、驚きを込めて私を凝視してくる。 「綺麗な人だね。あんた、名前は?」 熱っぽい声。しかし、この女は大人か子供か、どっちだ? 判断基準を牙羅鬼に訊き忘 れていた私は、舌打ちした。 「お前は、大人か」 「も、もちろんさ。お酒の相手だって出来るよ!」 「そうか」 得点が低い。が、無いよりは良いだろう。頬を赤らめる女の額に軽く指を当ててやる。 良い音を期待して女の頭を爆ぜさせると、思ったほどの音は出ない。 「ここの虫けらは少し水っぽいか……」 いつの間にか、街を覆っていた楽しげな音楽が途絶えていた。 幾つもの視線が集まり、固まっている。 理解を促すために、私は言ってやった。 「子供を差し出せ。多ければ褒美をくれてやる」 「魔性だ!」 「ひいいっ」 「子供を狩れ! 親は子供を捜しに行くのを追いかけ、子供を見つけてから狩れ!」 指示を出すと、街中に潜んでいた魔性たちが姿を現す。 そのほとんどが建ち並ぶ建造物よりも大きな魔性たちだ。その中に欠けている姿がある のに気づき、私は叫んだ。 「都津(つづ)!」 応えて私の立っている場所が盛り上がる。舗装された道路を砕き、虹色の蛇が頭に私を 乗せて立ち上がった。 「お呼びですか、我が君」 「指揮台になれ。遊びである以上、あまり力を使っても仕方ない」 「台、ですか」 不満そうに都津が長い舌を口から伸ばす。私は足元の鱗に手を当てて言った。 「虫けらどもを見下ろすのに、お前以上に台に適した者もいない」 「褒められているんでしょうかね!」 声を荒げ、都津が動き出す。くねる度に建物が倒壊するが、私の立つ頭には震動もない。 虫けらどもの足ならかなりの距離の城まで数秒で辿り着くと、都津が身を伸ばし、城の 四階部分に頭を寄せる。 空から舞い降りた豹頭の巨鳥が城の壁を破壊し、都津はそこから侵入を開始する。 「ほう、これはこれは」 思わず、私は唇を弛めた。そこは、まさに虫けらが宴を開いている場所だった。 「な、何者!」 「ぎゅああああっ!」 「ひいいいいいいいいいあああ!」 破壊された壁から次々と魔性が入り込み、宴の間は死の色に包まれた。 「やめろ、やめてああああああああっ」 蛆虫を身体に宿した魔性に組みつかれた虫けらがすぐに食い荒らされて骨になる。転が った眼球の内から蛆虫が這い出たところを見ると、生きたまま喰われたか。 元来、魔性は長い命を有する存在なだけに、生命には敬意を表して、食事は必ず相手を 殺してから行った。生きたまま喰うという行為は最近になって人間に教えられた、躍り食 いという味わい方だ。 確かに、生きたまま喰う方が面白いらしい。 「どけ」 頭から酸を浴びて、脳が露出した虫けらを蹴り飛ばして私は進んだ。誰かが放ったらし いイナゴがその脳に密集する。 どれもこれも一点だ。牙羅鬼の配下が見えないところを見ると、まだ街の中で狩りを続 けているのか。 「王はどこだ」 「ひい……」 侍女らしき女に視線を向けると、失禁してその場に崩れ落ちる。それでも私から視線を 離さないのは、魔性の瞳が秘める魅了の力の仕業だ。 「言え、王はどこだ」 「ひぐ……あ、あああああああ!」 「言葉にして言え。それくらいは出来るだろう。虫けらにも言語はあるのだろう?」 「こ、ここにはいません! 王族の方々はすでに宴の途中で次の儀式に向かわれました!」 言葉は、しかし私の後ろからだった。振り返ると、顔面を蒼白にした給仕の女が身体を 震わせながら立っていた。 「ほう?」 青い瞳には、強い意志の光。屈服をはねのける、珍しい瞳。手に持った小さなナイフも 手慣れた様子はない。虫けらの悲鳴に満たされた宴の間の中、女の姿は美しくさえ見えた。 外見が美しいのではない。にじみ出る、生物としての格の美しさだ。 「ならば、ここに用はない」 私は泣き叫ぶ侍女に向き直り、その肩をそっと押した。次の瞬間、侍女は魔性たちの間 に放り出され、後は悲鳴が届くだけだ。 「!」 「何のまねだ」 唐突に平手を頬に受け、私は多少は視線の据わった虫けらを見た。女は感情に任せて、 手にしたナイフを使うことも失念していたようだ。慌てた様子で握り直し、突き出してく る。 「愚かな」 刃物など、無意味に崩れ落ちるのみだ。 「何よ、何しに来たのよ!」 「意味など無い。不運だったと諦めるのだな」 「なん……っ!」 ぱん、と鳴った。楽しくない音は、私の頬が打たれた音だ。瞬間、全ての魔性がこちら を向いた。 「小娘!」 長い金色の髪の魔性が瞳を燃え上がらせるが、それを片手で制して私は女の腕を掴んだ。 痛みはないが、それ相応の報復は必要だ。 「不運だったって……そんなの納得出来るはずないじゃない! あなた、何様のつもりよ! どうせ位の低い、力を振るうしか能の無い魔性のくせにっ」 憤りに顔を赤くしながら、良く口を動かす。私は目を細め、言った。 「虫けらが、まるで自分の命に価値があるかのように言う」 「誰が虫けらよ!」 そこまでで、言葉が止まる。 うるさいので、喉を噛み切ってやったのだ。肉を咀嚼して飲み込むと、まだ臭みのない 若い肉であることがわかる。 二点だ。 頭を鷲掴みにし、再び首に歯を立てる。食いちぎり、今度は肩の肉を。腕を少し強く引 いて抜き取り、腹を空かしている魔性の中に放り込んでやる。蛆虫やイナゴがたかり、す ぐに腕は骨だけになった。 「お前は鶏に同情するか? そこの丸焼きに謝罪するか? 謝罪するというのなら、私も 謝ろう。そして、礼を持ってお前を扱おう」 私は黒髪の一房を伸ばすと、散乱した料理の中から鶏の丸焼きを引き寄せて己の血に沈 む女の顔の前に置いた。 単なる酔狂のつもりだったが、女は身体を痙攣させながら涙を流した。その唇が、微か に動き、音にならない呟きを洩らす。 ごめんなさい、と。 「見事」 私が手を挙げると、女の四肢が弾けとび、残った身体が縦に割れる。内臓の甘美な香り が私の鼻をくすぐり、取り出された心の臓がゆっくりと手に収まる。 「骨も残すな。己の口で味わえ」 許しを与えると、魔性たちが一斉に女の死骸に群がってその肉をむさぼり始める。それ に背を向け、心の臓をかじりながら、私は待っていた都津の頭に乗り、命じた。 「王を捜せ! 都津、お前もだ」 「はっ」 その時だった。 「お捜しものはこちらですか、陽貴王さま」 「牙羅鬼か、その頭蓋は……」 「この国の王です」 舌打ちし、私はその頭蓋骨を睨んだ。骨が記憶している映像を見れば、確かにそれは王 のものであった。 「早いな」 「陽貴王さまがお楽しみでしたので、その間に」 どうやら、少し遊び過ぎたようだ。虫けらの女を相手に手間取りすぎたのが敗因か。 すでに城は半分が崩れ落ち、おそらく牙羅鬼の配下だろう樹木が城の内側から広がって いた。枝は見る間に育ち、次は街を覆い尽くしていく。 「……ふん」 ほんの刹那、街ごと全てを消してやろうかと思ったが、止める。そんなことをしては、 後の楽しみが無くなってしまう。 「今日のところは私の負けだ。牙羅鬼、この街の様子を記録して水晶球の記憶に封じてお け」 「御意」 深々と頭を下げる牙羅鬼にもはや用も無く、私はマントをひるがえして己の宮殿に戻っ た。虹色の髪の女がそれに従い、玉座の前で膝を折る。都津の普段の姿だ。 「我が君、お疲れさまでした」 疲れる? 私がか? それはあり得ない。あらゆるものを超越する力を有する陽貴王に疲労は無い。 私が応えないでいると、都津は頭を下げて消える。 後には、静寂のみだ。 否、衣擦れの音。 「何用だ」 「お衣替えを」 無感動に言うのは、人形ども。うるさくて目を細めると、着飾った人形は砂に還る。 「何をしているんですか」 眉をひそめて、戻ってきた牙羅鬼が床に落ちた私の服を拾い上げる。漆黒の服は、牙羅 鬼が私に用意した物だ。 「人形にも限りがあるんですから、戯れに壊すのはおやめください。核となる人間を連れ てくるのにも、気を遣っているんですよ」 なにせ、と言葉を続ける。 「陽貴王さまは目が肥えていらっしゃる」 「用が無いなら去れ」 「競争に勝ったんですから、何か褒美を頂けませんか」 「褒美だと?」 害になる力ではなかった。だから、無視した。 私に口接けした牙羅鬼は、何も映さない黄金色の瞳の軌跡を残して姿を消した。 時々、行動の意味がわからない。 口接けて何になる。 指で唇に触れると、視線に気がついて新たにやってきた人形を見る。 「何があった」 「忌妃(きひ)さまがいらっしゃいました」 言うが早いか、見事な銀色の髪の女が目の前の空間に現れる。自ら発する光の波動で長 い髪を揺らしながら、艶やかに微笑む。 「ごきげんよう、陽貴王」 「久しいな」 返事を返すと、忌妃は嬉しそうに目を三日月にする。私と同じように魔性の頂点に立つ 女は、名を忌妃という。 「今日はステリア女神の祭り。幻の女神に敬意を表して、杯を重ねようと思いまして」 「よかろう、お前が酒に強いとは聞いた覚えがないが」 「酔いつぶれたら、介抱してくださいませ」 いたずらっぽく笑い、手を叩く。すると、忌妃の両脇に年端もいかぬ男女が現れ、杯を 差し出す。 幼男を稚忌(ちき)、幼女を稚妃(ちひ)といい、忌妃の側近を務めている。その正体 は忌妃自身の力が形を成したものだ。 「ようきおうさまぁ」 「おひさしぶりですぅ」 「忌妃の面倒を見るのも大儀だろう。今宵はゆっくりと休むがいい」 「はい」 「ごしゅじんさまをおねがいしますぅ」 「まあ、稚忌、稚妃!」 「あははははぁ」 「おこった、おこったぁ」 甲高い笑い声を残して二人は消える。宮殿内の別の場所に転移したか。 忌妃は苦笑して、持参してきた瓶の栓を抜く。 「人間の作りだした物の中で、私がもっとも愛しているものです。お口に合うかどうかは わかりかねますが」 「忌妃が不味い物を用意するとは思えないがな」 「おだてても何もでませんよ」 優雅な仕草で忌妃が私の杯に紅の液を注ぐ。ちょっとした動作の度に、忌妃の身にまと った幾重もの着物が擦れ、音を立てる。全て絹で作られたその着物は、人間の世界で作ら れたものであろう。 「虫の匂いがするな」 「絹は蚕の糸。それは当然のこと」 「命で編んだ布を、人間は意識もしないで着る。愚かしい、私たちは確かに命を感じると いうのに」 「命短い生き物は、命を感じることもなく死んでいくのでしょう。命を感じた者は、彼ら の寿命ではすでに死を眼前に控えていることでしょう」 唄うように、忌妃が言う。細めた目は黄金色。流れる白銀の髪は床に着いてなお丈を余 している。 「では、人間の幻の女神に」 「ああ」 軽い音を立てて杯が触れる。一気に煽ると、葡萄酒の香りが喉から抜ける。だが、人間 の酒で酔える身体ではない。 時々、酔える忌妃が羨ましくなるのだ。 私と同じ程の力を持ちながら、酔うという、ある意味生物らしい行為を行うことの出来 る忌妃。魔性の中でも、特異な存在であると言って良いだろう。 私が玉座に座り、忌妃がその足に頬を乗せて瞼を下ろす。 何度も繰り返されてきたことだった。 何度も見てきた光景だった。 変わりばえのしない、退屈な日常。 「退屈しておりますの?」 「忌妃は退屈しないのか。否、お前なら知っているのかもしれないな。己が何のためにい るのか」 「己の存在理由をお求め?」 おかしそうに笑い出す。ひとしきり笑った後、忌妃は私を下から覗き込んで、言う。 「何を怯えることがありましょう? 私たちは魔性。私たちは魔性の王。考えるより先に 答えを知っている者ではありませんか」 それが答え。 それが忌妃の結論。 考えることを放棄した、愚かな答えだ。 私の望んでいる答えは違う。 「忌妃」 「何か? あ──」 片手で忌妃のおとがいを掴み、引き寄せて口接ける。少し驚いたように忌妃が目を丸く して、次に頬を染めて微笑む。 「何をなさいますか、いきなり」 「どう思う」 「珍しいことを、と」 そう言う忌妃の姿は、この上なく美しい。人間ならば、心を砕かれる美。それが魔性の 頂点に立つ忌妃の姿。 人間は、魔性の姿に似せて創られたという。 魔性は、神の姿に似せて創られたという。 「ならば神も私たちと同じ姿をしているのか」 「神の姿は、きっと陽貴王のごときでしょう」 そんな言葉が欲しいわけではない。 こんな瞳で見て欲しいわけでもない。 「忌妃、私は知りたい。私を生みだしたのが誰なのか。私が生き続けることに何の意味が あるのか。くだらないこの世界に何の意味があるのか」 「まあ、その知りたがりは、まるで人間のようではございませんか」 人間か。 あの女はどうだ。強い瞳で私を射抜いてきた女。あの女の生に、何の意味があった。 ただ生まれ、過ごし、そして喰われるだけの生だ。 何を残した。 私は、何を残すのか。残す必要も無いのか。 永遠と言われる命と、永遠を生きていない己。 知りたいと思って、何が悪い。 「もし」 不意に、忌妃が立ち上がった。 「もし陽貴王が己の答えを見つけたならば、その時は私にも教えてくださいませ。陽貴王 の進む道に、私もご一緒いたします」 「答えなど出ないと言いたげだな」 「出させはしません。答えを得れば、陽貴王は一人で行ってしまわれるでしょうから」 「私がどこへ行くと言うのだ」 「私の手の届かない所へ」 あり得ないことだ。忌妃が、魔性の中でも最高の力を持つ存在である限りは。 だというのに、忌妃の瞳は私を見つめてくるのだ。 「本当に、答えなど見つけないで……」 知っているのだな、忌妃は。 牙羅鬼と同じように。 それから、どれだけの時間をそのままで過ごしたのか。 静寂は、唐突に破られる。 「じかん〜」 「ごしゅじんさま、おわりぃ」 「もうそんな時間か」 それほどの時間は経っていないように感じたが、すでに外では陽が昇ったようだ。時間 通りに現れた二人の魔性に、忌妃は私に一礼して後ろに下がった。 「また、近いうちに」 「待っている」 待つ時間は幾らでもある。だからこその、意味もない言葉だったというのに、忌妃は顔 をほころばせて姿を消した。 そうして、再び宮殿に静寂が戻る。常に宮殿にいるのは、人形たちと牙羅鬼だけだ。 「牙羅鬼」 暇を持て余して呼べば、牙羅鬼はすぐにやって来る。 「お呼びですか?」 「何をしていた」 「夜の間は、小さな客人のお相手をしていましたよ」 あの二人か。並の魔性など簡単に消し去る力を持った二人だが、牙羅鬼にだけは何があ っても危害を加えない。それは、牙羅鬼が私の側近と見なされているからだ。 偶然手に入れた、力のある側近。 牙羅鬼は、何が楽しくて私に尽くす? 何が目的で? 「お前は、どうしてここにいる」 「陽貴王さまの存在が、僕の喜びだからですよ」 「……わからん」 私に何の価値を見いだした。 牙羅鬼も、忌妃も。 「この世界は、私を苛立たせる」 「ならば、壊してしまいますか」 「それも一興」 そうしても、私は死ぬことは無いのだ。 世界に依存せず、しかし世界の中で生まれた。 いつ? どこで? 何のために? このくだらない世界の中で苛立つためだけに生まれて来たのだというのなら、私の価値 などこの世には無いのだ。 ならば、己の身体を壊したらどうだ。 「陽貴王さま!」 「……ふん」 身体を己の手で突き刺して、それでも死ぬことは出来ない。抜き取った手についた血を 舐め取ると、この上なく甘美な味が舌から全身に広がっていく。 「出る。ついてくるな」 「お待ち下さい、傷の手当を……っ!」 叫ぶ牙羅鬼を宮殿に封じ、私は昨日の街に転移した。 魔性の手により半壊した街は、寝ずの仕事をこなした虫けらどもで溢れかえっていた。 どの顔も、どこかに暗さをはらみながらも復旧のための作業にいそしんでいる。子供も 働き、それすらできない幼い者は集まって遊びに興じている。 「魔性に襲われたのはあれだけどさ、生き残れたんだ。それを女神さまに感謝しないと」 「そうだね。何を考えているんだか知らないけど、いい迷惑だよ。人間にはどうしようも ない災害だったと思うしかないよ」 「お母さん、これ食べていいの?」 「待ちなさいって、まだ朝御飯の前なんだから」 元気なものだ。虫けらの街は、いつもそうだ。 私たちが壊し、自失する。だが、たいして時間も経たないうちに生活を思い出し、動く。 中には全てを無くし崩れ落ちたままの者もいるだろうが、それよりは動く者の方が多い。 虫けらには虫けらの生活があり、生きるためには動かなければならないからだろう。 泣いている者は、何をするまでも無く、ただ泣く。弱い虫けらたるに相応しい虫けらだ。 だが、見つけたのは少し他の虫けらとは違った。 「何をしている」 「?」 年若い男だ。木の板を地面に突き立て、穴を掘っていた。粗末だが、墓のつもりか。 見ると、離れた場所にボロ布にくるまれた死骸が落ちていた。この男の身内か何かとい うところだろう。その死骸にすがるように、男と変わらない年の女が泣いている。 「だ、誰だよ」 「答えろ、何をしている」 「……墓を掘ってるんだよ、姉さんの」 「虫けらに墓など、もったいないとは思わないのか」 「ぐっ?」 片手で首を締め上げ、吊り上げると、男が苦しげに顔を歪める。そのまま死骸に歩み寄 ると、男をその隣に放ってやった。 「お前の姉か」 死骸の布を引き剥がすと、腹から下の無い身体が視界に入った。噛み砕かれたか、成長 した枝に捕まったか。背骨が伸びているので、掴んで引きずり上げる。 「……ほう」 なかなかに美しい。顔だけは無事にすんだようだな。血を期待したが、臓腑もそのほと んどがすでに無く、血も流れ尽くしている。一晩経てば、こんなものだろう。 「何して……!」 立ち上がってきた男を掴んだ虫けらの死骸で殴り倒し、私は女の方に視線を向けた。先 程まで涙を流していたが、今は目を見開いてこちらを見ている。 「震えるか、恐怖というものを感じる虫けらが」 「なん……あなたいったい!?」 「うわああああ!」 男が吠え、落ちていた石を持ち打ちかかってくる。死骸の頭で打たれた鼻から血を流し ながらの行動は、無様だ。石を持つ腕を数回畳み込むように折ると、男はその場に崩れ落 ちた。 「あくうぅぅっ!」 「お、お兄ちゃ……っ」 叫びかけた女を平手で黙らせ、爪先で男の顔を上げさせる。怯えがあるが、それよりも 憤りの方が強い。 「どうした、他にすることは無いのか」 促してやると、顔の色を変えて起きあがろうとする。起きあがってどうする。命乞いで もすれば良い。喰うまでもなく、ただ虫けらを殺すのに執着はない。 「ま……しょう?」 「死を前にして、どうだ」 命の価値を悟るか。その大切さとやらを語り、命乞いをするか。 それとも、命など問題にせずに心のままに動くか。 「お前らが、姉さんを……!」 「私ではないだろうがな」 手にしたままの死骸を見直すが、見覚えは無い。興味も無く、女の方に放ってやると、 女は放心したままそれを視線で追う。 「後は好きにしろ」 「待てよ!」 去ろうとした私の腕を、男が掴む。 「姉さんは何で死ななくちゃならなかったんだよ! 王様とかを殺すんだったら、姉さん を殺さなくたっていいだろ! 何しに来たんだよ、言えよ!」 「……不運だったと諦めるのだな。王を獲るまでの勝負だったが、城に足を運ぶ前に余興 として幾らか狩らせた。あの死骸は子供ではないだろう、ならば価値も無い。殺した者も、 わざわざ選んで狩ったわけではあるまい」 そう、どうせならこの男と女を狩れば良かったのだ。まだ若い男女は、二点になる。王 を獲られては意味がないが。 「そういうことか」 私は舌打ちした。王を獲れば勝ちだというのに、わざわざ牙羅鬼が狩りに点を付けたの は私に狩らせるためか。己は王だけを狩るつもりだったのだ。次は王のいないこの街で、 どれだけの数を狩れるかの勝負をするとしよう。 私は男の腕をふりほどき、言った。 「その命、次までに生きながらえさせておけ。まだ一、二年で大人になるほどの年でもあ るまい」 「何が命を生きながらえさせておけだ! 何も知らないくせに!」 「ほう?」 私は、男を見た。似ている、昨日の女に。 「何を知らないと言う」 「人間の価値も、何も知らないくせに!」 指を滑らせ、男の眼穴に突き刺す。脳を指で一掻きすると、男は一度大きく痙攣して直 立したまま動きを止めた。 「……虫けらの価値など知ったことか」 指で男を吊したまま、私は女に歩み寄り、その腕を掴んだ。小さな震えが、触れた手か ら伝わってくる。 「あ……う……!」 「お前も言うか、私が何も知らないと」 震えるのみの女。何も応えられないその表情は、一瞬とはいえ魔性に刃向かった男とは 光が違う。 要は、虫けらだということだ。 「お前の妹は虫けらの価値など考えたことも無いようだが?」 言って、男の喉に舌を這わせるが、すでに事切れている。心の臓はまだ動いているが、 じきに止まる。 女は震えるままに、掴まれていない腕で転がった死骸に手を伸ばす。死骸に助けを求め るというのか。どこまでも愚かな。 男の顔を見てやると、血の涙を流して顎を垂らしている。醜く、不快な死に顔だ。 この生に、何の価値がある。 死に直面した時にこの男が叫んだ人間の価値とは何だというのだ。 「そんなものはありはしない」 私の価値すらも、ありはしない。 全ては牙羅鬼が、忌妃が見る幻に過ぎない。 「そう考え、考えないことに従事するのが正しいことだと思うか?」 「…………?」 「応えろ」 腕を握る手に力を込める。たいした力では無いが、女は悲鳴を上げて首を横に振る。 「うるさい」 眉根を寄せて投げ捨て、壁に叩きつけると、女は血を流して動かなくなった。 脆い。 「まるで蟻か」 踏みつければ死ぬ蟻の価値について考えたことが、虫けらどもはあるのか? 「またお戯れを」 牙羅鬼が笑いながら言う。 玉座の前に柱を立て、そこに張り付けにした女が首を垂れている。まだ息があったので 余興に連れ帰ったのだが、牙羅鬼は気に入らないらしいな。 「何が不満だ」 「不満? 僕がですか?」 笑顔のまま、しかし誤魔化せはしない。表情を作るのも面倒臭く、私は頬杖をついて目 を細めた。 「あの虫けらを持ち込んでから、お前は気が立っている。違うか?」 「そう見えますか? ええ、不満ですよ。陽貴王さまが虫けらとお呼びになる生き物をよ りによってこの場所に持ち帰って来たのですから」 「お前の許可がいるか?」 「……全ては、御意のままに」 睨み付ければ、牙羅鬼は下がる。 女を見れば、空腹のようだ。街で狩りを行ってから、人間は食事をする時間もなかった のだろう。それからさらに二日。人間は一日に二回ほど必要とする生き物なので、そろそ ろ食べさせねばならないだろう。 女は、あの男よりさらに若い。忌妃ほどではないが長い黒髪を二つの三つ編みに束ね、 顔の造作は虫けらとしては整っている。なるほど、墓に埋めようとしていた死骸の女に似 ている。 「どうした、何も言わないか」 「…………」 連れ帰って、それ以来何も言葉を発さない。傷は塞いでやったのだから、やはり空腹が 原因か。 片手を挙げると、人形が女の兄であった死骸を引きずってくる。私は立ち上がると、そ の死骸を受け取って女の口元まで持ち上げてやった。 「喰らえ」 「…………」 焦点の合わない瞳で私を見た女は、首を横に振った。愚かしい。食べなければ生き物は 死ぬ。特に、弱い虫けらは頻繁に食事を必要とするのに、この女はそれを拒否する。 「なぜ喰わん。自ら死を選ぶか」 「……違う……」 「ふん。ようやく口を開いたか」 口を押さえ、むしり取った男の肉を口に入れてやる。 「!」 吐き出そうとするが、させない。噛み砕かないまでも、付着した血を舐めれば少しは腹 の足しにはなる。 「……喰わんか」 「はっ……っ」 手を放すと、女が肉片を吐き出す。 「生きたくは無いか」 「生きたいに、決まってるでしょ……」 まだ涙を流すか。だが、目の焦点は合った。先程よりはましか。 男の死骸を落とし、腕を掴んだまま足で踏み、腕を引き抜く。女が息を飲む前で、私は 男の腕に歯を立て、噛み切って咀嚼した。 確かに保存していたとはいえ日が経っているので臭みがある。女が喰わないのも頷ける。 「礼を欠いたか。魔性のように生き餌が好みか?」 「何よ、何なのよ……」 涙。 涙。 ただ涙か。 城の女や、この死骸の男はまだ美しいと感じたが、この女にはそれも無い。何も出来ず、 何もしない。男は出来ないなりにしようとはしたのだが。 顎を掴んで、語りかけてやる。 「どうだ、何も知らずに生き続け、全てを奪われた感想は。虫けらが近寄ることも不可能 な私の宮殿に招待してやったのだ、嬉しかろう」 「…………」 応えない。ならば、飼う必要もないか。 と、頭を砕いてやろうとすると、女が口を開く。 「虫けらって、あなた何様のつもりなのよ」 「しゃべることが出来るなら、しゃべれ。その限りは生かしてやる」 「あなたに生かされたくなんかないわよ……っ」 「ならば、死ぬか」 「誰が死にたいって言ったのよ!」 涙を流しながら叫ぶ。美しくはない。虫けらの癇癪というものらしいな。 だが、牙羅鬼は気に入らなかったらしく、女の髪を掴んで顔を向けさせた。 「陽貴王さまに、どういう口の聞き方をしている」 「ようき……おう?」 「魔性を統べるお方。お目にかかれただけ幸福と思え」 「関係なかろう。女、生かされたくもない、死にたくもないとはどういうことだ。お前の 命は私の手にある。私の意無くして生きられると思うな」 「……あなた、何でも持ってるんでしょ、何でも出来るんでしょ? なんでこんな酷いこ とするのよ……!」 「酷いこと?」 首を傾げ、牙羅鬼を見るが、牙羅鬼も首を横に振る。良くわからないことを言う。 「酷いとは、何だ」 その瞬間の女の顔をどう表現すれば良いのかはわからないが、私を見て顔を歪めたのは 確かだ。 「なんでこんな……本当にあなた知らないんじゃない……」 声は、絶望。 私に何を求めることもやめた瞳。 「私が知らないことなど、この世には無い。そのように生まれついている」 否、永遠と。 己自身のこと以外は、だ。 そして、自分を誰が生んだかなども、知りはしない。 「知らないのよ、あなたは」 女は、笑ったのかもしれない。唇だけが歪み、言葉を紡ぎ出す。 「誰でも知ってる生きる価値も」 虫けらは時に美しくなる。 この女がそうであろう。 一度は拒んだ兄の死骸を喰らい、餓えを凌いだ後はひたすらに睡眠を求めた。 「死にたくないから」 囚われの屈辱を受け入れ、命を長らえさせるために肉を喰らう。何が女の内で変わった のか。瞳に映るのは、意固地なまでの私への反発か。 「許せないの、あなたが。この世界が」 呪いの言葉を吐き、私を、私を生みだした世界を呪う。 「魔性なんて、いなければいいのに」 「私もそう思うがな」 食を途絶えさせると、女はすぐに死んだ。痩せ細る間もない、あっと言う間の死だ。 「ふん……」 十日ばかりだったが、話相手にはなった。牙羅鬼が人形どもに死骸を運び出させ、私に 頭を下げる。 「虫けらの言葉に、お心を煩わせないでくださいね」 「私が何に心を煩わす」 「…………」 牙羅鬼は応えない。伏せたままの顔にどのような表情が浮かんでいるのか、私にはわか らなかった。 「あの死骸をどうする」 「お気に入りでしたら、凍結しておそばにでも置きますか?」 「気に入る?」 私が、あの虫けらをか? 牙羅鬼を見ると、牙羅鬼はようやく顔を上げて微笑みを浮か べていた。 「陽貴王さまが人間に興味を示すなど、珍しかったので」 「気まぐれだ。……いや、死骸は捨てるな」 「は?」 「そうだな、お前の言う通りに氷漬けにして腐らせるな」 「……わかりました」 不満そうに牙羅鬼が消える。 程なくして、人形が氷漬けにされた女の死骸を運んできた。視界を妨げない氷に包まれ た女は、身体に生を宿していた頃よりも美しく見えた。歩み寄って触れると、微かな冷気 が感じられる。 と、気配にそちらを見ると、見慣れた姿があった。二人の幼児を従えた、忌妃だ。 忌妃は、珍しい物を見る目で氷を見つめた。 「こちらが、陽貴王が御執心だという人間?」 「何の話だ」 「牙羅鬼が申していました」 「なぜ牙羅鬼が忌妃にそのようなことを言うのだ。お前たちが懇意にしているという話は 聞かないが」 「懇意? 私と牙羅鬼が?」 整った眉を吊り上げて、忌妃が私に歩み寄る。それより早く稚忌と稚妃が駆け寄り、私 に言う。 「にぶいぃ」 「ごしゅじんさまかわいそぉ」 「稚忌、稚妃、戻りなさい」 「はぁい」 「でもいいのぉ?」 「……これは陽貴王と私の問題。干渉はよしなさい」 もともとは己の力の分身であろうに。忌妃は優雅にかがみ込むと、私の手を取って言う。 「牙羅鬼は心配していたのです。陽貴王をこの人間に奪われるのではないかと」 「女を連れ帰ったのは余興だ。それ以上の意味は無い」 「では、なぜこのように死体までもおそばに?」 牙羅鬼が口にした提案を面白いと思ったからだが、それ以上の解答を求めるか。 氷漬けの女を見ると、なるほど、女の言葉が甦ってくる。 「生きる価値を知らないそうだ、私は」 「陽貴王?」 「生きる価値を。人間の価値を。そして私が力を振りかざす下等な魔性だと」 この女が、その兄が、城の女が言った言葉。 そして、私は知っているのだ。 「私にも価値が無いというのに、自分たちの生に価値を、虫けらに価値を求めようとする。 面白いではないか」 そう、面白い。知ったかぶりで私に言ったのだ、この女たちは。虫けらにわかることが 私にわからないはずはないではないか。愚かで惨めな虫けらが、最後に世迷い言をほざく。 それが虫けらの価値であり、生きる意味とやらだ。 「教えて欲しいものだな、女」 「陽貴王、何をなさいます!」 私がしようとしていることに気づいた忌妃が止めに入るが、遅い。 反魂。 すでに肉を離れた女の魂を呼び戻す。 難しいことではない、魔性が王であれば。 力の圧力に、女の魂が私の前に引きずり出される。生き物としての思考を失った魂だけ の存在だが、あの女には違いない。 私は手に女の魂を握り込んで言った。 「死もお前らに自由を与えはしない。虫けらは私の手の内で生かされ、死に続けるのみだ」 もし再び生命を得れば、お前はまた私を罵るか? 生をくれてやる、それもまた一興。 「忌妃」 強ばった顔つきの忌妃に声をかけると、私は言葉を続けた。 「力を借りるぞ」 「何をなさるおつもり?」 「この女に私の身体をくれてやる」 「何を……!」 「私になり、それでも戯れ言をほざき続けられるか、楽しみではないか」 生き続けることに何の意味がある。 何の価値がある。 この退屈など、無くなってしまえばいいのだ。 そうして、私は目覚めた。新しい身体に馴染むまでにはまだ随分とかかるだろうけど、 さしあたって困るほど不自由じゃない。 瞼を開けば、そこには氷漬けの女の肉がある。 でも、先程までとの違いは、その女の顔が楽しげに口元を歪めているということ。 「いるの、そこに」 「どうだ、新しい生の感想は」 女が、私の元の身体に入り込んだ魔性が嘲るように言う。 どこまで人間を弄べば気がすむんだろう。どこまで私に関われば気がすむんだろう。 陽貴王も、そしてその横にいる女の人も。 「消えてよ、私の前から……」 言葉を発する。そうすると、氷漬けの私の身体が消えた。 なんだろう、心が寒い。心が、前の身体の時のように上手く働かない。これが、魔性に なるということなのかな。 ただ、とても綺麗な人がため息を吐いて顔を押さえたのには、なぜか胸が痛くなった。 三つ編みの少女──陽貴王を迎えたのは、黄金色の瞳に光を宿さない魔性であった。 少女の姿でありながら、絶対の格を持って見つめてくる陽貴王に、牙羅鬼は苦笑を浮か べて膝を折った。 「どこまでもお供しますよ、我が君」 「私は数十年もすれば死ぬぞ」 「陽貴王が死んだら、約束通り世界を壊してみせますよ」 「ふん、好きにするがいい」 その一言だけで、人間となった魔性が王は牙羅鬼の腕を取った。牙羅鬼が陽貴王の身体 を抱きかかえると、二人の姿は闇の中へと消えていった。 と、 「牙羅鬼、虫けらに価値はあると思うか」 「ありますよ」 続く応えが予想できた陽貴王は、冷めた瞳で先を促した。 牙羅鬼が、言う。 「陽貴王さまの器として存在できるのですから、人間にもそれなりの価値があります」 変わらない応え。 変わらない牙羅鬼。 変わったのは、陽貴王の肉体だけなのだ。 「そうか」 唇を歪めて、陽貴王は言うのだ。 「しょせん、何も変わらぬか」 終