サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS <サモンナイト3 全編ノベル化計画作品 2> 第ニ話 「はぐれものの島」 序 子供であることの不自由さは、籠の中の鳥に似ていた。 外の世界は危ないからと、狭い家の中に閉じ込められて私は育った。外に出る時はいつ も誰かの監視つきで、一人で自由に歩いたことなんて生まれてこの方一度も無かった。 いつだって私は籠の中で、誰かが餌を与えてくれなければ飢え死ぬだけの、か弱い存在 として扱われてきた。それが愛情なのだと大人たちは言う。 でもね、お父様。私は籠の中にはいたくない。 どんなに豪華でも、どんなに素敵な餌が用意してあっても、そこにはいつも私一人しか いないのだから。他のみんなは、全員籠の外にいるのだから。 どうすれば、この籠から外に出してくれますか。 籠の中にいなくても良いくらいに強いことを見せれば良いのですか。 私は、がんばっています。 勉強だって家庭教師がいらないと証明するために、毎日遅くまで机に向かっています。 自分の身は自分で守れるように、子供でも扱える弩(いしゆみ)を訓練し、大会での成 績はお父様もご存知の通りです。 身の回りのことだって、もちろん全部自分で出来るようになりました。 それでも、まだ駄目なのでしょうか。 それでも、まだ私は子供なのでしょうか。 私はいつ大人になれるのでしょうか。 私はいつこの籠を飛びたてるのでしょうか。 私はいつ『鳥』から『私』になれるのでしょうか。 お父様――。 1 「――とうさま……」 「ビィ?」 「あ……」 頬に触れたやわらかいものに、ベルフラウは瞼を上げてぼんやりとそれを見た。身を守 るように手足を縮こまらせて丸くなって横になっていた少女の頬を、人の頭大の球形の生 き物が小さな手でつついていた。 鬼妖界シルターン風の、不可思議な紋様の浮かび上がった赤い身体。大きな目が心配そ うにベルフラウを覗き込んでおり、少女はその生き物の名前を思い出した。 「オニビ……」 「ビィ〜」 それはベルフラウがつけた名前だ。もとの名前がどういうものなのかはわからないが、 オニビはその名前に機嫌良く反応してくれた。そのことが嬉しくて、ベルフラウも寝転が ったまま口元に微笑みを浮かべる。 ぼんやりとした思考が晴れてくると、彼女は身を起こして周囲を確認した。 海が目の前にあるのは、昨夜のままだ。半魚人に襲われた岩場の中でも大きな岩を選ん で風除けとし、焚き火を焚いて眠りについた。ベッドも無しに寝るなどベルフラウには初 めての経験だったが、疲れが濃かったのか、昨夜はすぐに眠ってしまった。 「痛……っ」 身体を動かすと、所々が痛んだ。慣れない野宿の痛みに顔をしかめ、さらにベルフラウ は全身を包む不快感に閉口した。海水に浸かった服を野ざらしにし、身体を洗うことも出 来ずに眠りをついたのだ。これまでの人生の中で、そのような不衛生な目にあったことは ない。 「最低ね……」 思わず口をついて出る。 そこで、少女はハッと気がついた。 「あの人は……オニビ、あの人はどこに行ったの?」 それにオニビが応えるよりも前に、声が遠くから届いた。 「ベルフラウ! 起きたみたいだね。ちょっと手伝ってくれるかいっ」 「え?」 大きな呼び声に、ベルフラウはわけがわからずに目をパチパチとさせた。見ると、岩場 の端の方を赤毛の青年がよろめきながら歩いていた。 「何を……鍋?」 視界に入ったものに、ベルフラウはきょとんとした。しかし、レックスが鍋や剣といっ た雑多なものを腕いっぱいに抱えているのを見て、とりあえず言われた通りに手助けに駆 け寄る。 「そんなもの、どこで拾ってきましたの?」 「浜辺に打ち上げられてたんだよ。――ありがとう」 細長く持て余していた剣をベルフラウに受け取ってもらい、レックスは大きな鍋を抱え なおす。ベルフラウが覗き込むと、鍋の中にはお玉やスプーンなどの食器が詰められてい た。 「浜辺にって……この島にはそんなに物が流れ着くのかしら?」 「いや、滅多に無いと思うよ。これらは新しいものだから、たぶん……ね」 「あ……」 歯切れ悪くレックスが言い、ベルフラウも彼が言いたいことがわかった。自然と、二人 は沈黙してオニビの待つ場所へと戻る。 「水を汲んでくる。オニビ、ベルフラウを頼んだよ」 「ビビィ〜」 任せておけ、とオニビが身体全体で頷くと、レックスは空元気の笑みを浮かべて今来た 方向とは逆に歩いていった。昨夜彼が東と言った方向だ。 それを見送り、ベルフラウはため息をついて手ごろな岩に腰を下ろした。日はまだ真上 には遠かったが、雲一つ無い空は昨日の嵐からは信じられないほどだ。またいきなり天候 が悪化するのでは、という不安を覚えながら視線を海に向けると、そこには穏やかな青い 海と、その先の水平線があるのみだった。 海は、太陽の光を波で乱反射させてキラキラと宝石のように輝いている。状況さえ忘れ れば見惚れるほどに美しい光景であったが、静かな波の音だけが聞こえる中で、再びベル フラウはため息をつく。 (助からなかった……のかしら。ジェットも、おば様たちも) 同乗していた知人の顔を思い出し、ベルフラウは唇を噛む。首を横に振って、 (いいえ。護衛艦がいたんだもの。そっちに救出されたに決まってるわ) 無理矢理そう思い込むことに決めた。確認のしようも無いし、嫌な想像は出来るだけし たくはなかった。 そのようにベルフラウが考えていると、レックスが鍋一杯に水を湛えて戻ってきた。ベ ルフラウは海水は飲めないだろうと主張したが、 「この水は、蒸留して真水に変える。でも、時間がかかるから、とりあえずの水分はこれ で補って」 渡されたのは、見たことが無い小さな実だった。米のような細長い形をしていて、色は 緑。大きさも米程度で、それがひとすくい分少女の手に乗せられていた。 「これは?」 「コチの実だよ。暑い地方でたくさん採れる実でね、産地だと畑仕事の合間にそれを食べ る。そこの林で見つけたんだ」 「……食べても大丈夫なんでしょうね?」 不審げにレックスを見るが、 「俺はもう食べてみたよ。なかなか美味しいから、安心して」 微笑んでいた。その微笑に促される形で、ベルフラウは実の一個をつまんで、思い切っ て口に入れた。奥歯で潰すと、シャリッという食感と共に、大きさの割に多めの水分がカ ラカラの喉に流れ込んだ。それを確認したベルフラウは、すぐにでも残り全部を食べてし まいたくなったが、その思いをぐっと堪えて、微笑むレックスを上目遣いに睨みつけた。 「確かに……食べられなくはないわ」 「だろ?」 少し得意げになるレックスに、ベルフラウは頷いて言う。 「使用人としては、確かに合格点ですわね。お父様も良い人を紹介してくれたわ。教師と しては、知りませんけど。そもそも、この状況じゃ勉強どころではありませんしね」 「う……まあ、さすがにね。君の教師面するのは、この島を出てからかな」 一気に苦笑まで落とされたレックスは、ところで、と告げる。 「お腹空いてない? 実は、俺はかなり」 同時にレックスの腹がぐぅと音を立て、彼は頬を赤らめて頭を掻いた。その様子に、ベ ルフラウは自分の空腹には知らない顔をして、肩をすくめる。 「……恥ずかしい人ね」 今朝も、ベルフラウは釣りのために髪の毛を数本提供することになった。 ※ 焼き魚で腹を満たしたレックスたちは、それからの行動について決定することにした。 とは言っても、レックスが案を出し、ベルフラウに承認を求めるという形の、一方的な相 談だ。 「まず、誰か人がいないかどうか探してみよう。これだけ大きな島だから、人が住んでい る可能性はかなり高いと思う。距離的にもアドニスの港とパスティスの間くらいだし、港 があってもおかしくはないよ」 「ええ。あなたに任せるわ」 さすがのベルフラウも、小言程度ならともかく真面目な方針でまで、レックスに刺々し い言葉を向けることはしなかった。レックスの慣れた様子は頼もしかったし、自分に何も 良い案が無いことは、それこそ自分が一番理解している。 だから、少女はポツリと言う。 「感謝はしているわ。あなたがいてくれて良かった……私一人じゃ、ご飯の作り方も知ら ずに、今もお腹を空かせていたでしょうね。焚き火の起こし方だって、私は知らないわ。 ……あなたといると、自分が子供だって思い知らされるわ」 それは、感謝にしては悔しそうな言葉だった。自分の無力を噛み締めているようで、少 女の瞳はレックスではなく自分の足元に落ちている。 だが、レックスはそれに首を横に振った。 「そうじゃないさ」 「え?」 驚いて、ベルフラウは青年を見上げた。海の底の色をした瞳が、少女を見つめ、元気づ けるようにして言った。 「ベルフラウ。ここまでのことは、俺も学んだから出来ることなんだよ。火の起こし方も、 魚の獲り方も、軍学校で学んだことなんだ。だから特別に凄いことじゃないし、学べば君 にだって出来るようになる」 「学べば?」 「そう。例えば、君は昨日から俺のすることを見ていたから、魚の獲り方も火の起こし方 もわかってる。次に同じことをする時は、君に任せられるんじゃないかな?」 「それは……ええ、もちろん、覚えたけど」 穏やかに言うレックスに、ベルフラウは戸惑う。彼の言おうとしていることが、読めな かった。 レックスは続ける。 「だったら、俺は君に役割を割り振って、その間に別のことが出来る。いいかい、俺は君 が子供だから昨夜から一人で作業をしているんじゃない。君が知らないから俺がやっただ けなんだ。大人でも出来ない人は出来ないし、問題は知っているか知らないかだよ」 「知っているか、知らないか……」 「うん。知識なんてそんなものだよ。知識を詰め込んでも、大人になれるわけじゃないし」 「っ!」 そのひとことに、ベルフラウは目を丸くした。 知識を詰め込んでも、大人にはなれない。 出来ること、出来ないこと、は子供大人には関係ない。 「じ、じゃあ、何が大人なの? 何をすれば大人になれるの!?」 気がついた時には、ベルフラウはレックスの服を掴んで叫んでいた。レックスは驚いた が、少女の真剣な顔を見て、慎重に言葉を選ぶ。 「そうだな……大人と子供なんて、簡単に線を引けるものじゃないと思う。でも、俺は人 が大人になるのは自分の生き方を決めた時だって思ってるよ」 「自分の……生き方?」 「うん。自分が何をするために生きるか、決めた時。子供の時期っていうのは、それを模 索する時期なんじゃないかな? まあ、俺の場合は、生まれた村が貧しかったし、戦争に 巻き込まれた人をたくさん見たことがきっかけで、軍人になろうとしたんだよ。弱い人た ちを守れるようにってさ」 そう告白するレックスの瞳には、嘘の色は無い。迷いの色も無い。しかし、だからこそ ベルフラウは負い目のようなものを感じて視線を逸らした。 「そう……よくわかったわ。ありがとう、参考になりましたわ」 胸が、ざわめいていた。 ※ 結局、レックスが持っていくと決めたのは、彼らの危機を救った碧色の剣と鍋だけだっ た。現状では食器を使うような料理は出来ないだろうし、剣はかさばるので一本あれば充 分だったからだ。 レックスが提案したのは、海岸線を東回りに進むことだ。出来るだけ森には入らずに集 落を探したいのがレックスの本音である。 (この子の体力じゃ、森を掻き分けて進むのは無理だ) ベルフラウに言えば不機嫌にしてしまうので口にはしないが、少女の存在はレックスの 行動範囲を驚くほど狭くしている。半魚人の例もあるので、常に駆けつけられる位置を保 たなければならないのだ。 少しの時間ならばオニビの存在があるので大丈夫だろうが、と考え、レックスは自分た ちの間を浮遊する赤い球体を撫でた。 「君がいてくれて良かったよ」 「ニビビィ〜!」 褒められたことがわかり、オニビが空中で宙返りをうつ。思った以上に自在に空を飛ぶ はぐれ召喚獣に、レックスはふと思いついて尋ねた。 「ベルフラウ。昨日オニビと出会った時の話だけど、近くに人影とかはなかったかな?」 「人影? いいえ、見ませんでしたわ」 「そうか……オニビを召喚した召喚師がいたんじゃないかって思ったんだけど」 返ってきた否定に、レックスはいよいよ不思議そうにオニビを見た。ベルフラウもそう なのか、オニビの身体を両手で挟んで訊く。 「ねえ、オニビ。あなた、誰に召喚されてこの世界に来たの?」 「ビ?」 しかし、オニビは質問の意味がわからないという顔だ。ベルフラウは肩をすくめ、レッ クスもそれ以上の追求は諦めた。召喚獣の知力は様々だが、オニビのそれは犬かそれより 少し高い程度に見えた。感情を伝え合うことは出来ても、細かな質問などは無理に思えた。 そのまま二人と一匹で岩場を東に進んでいると、内陸側に見えていた森が途切れ、背の 高い岩盤がそそり立つようになった。小一時間も歩くとベルフラウが退屈して、レックス の横顔に言う。 「何か話してくれないかしら? 勉強の話でもいいんだけど」 「え? じゃあ、歩きながら出来るところで、歴史でもしようか!」 「……嬉しそうね」 パァッと顔を輝かせたレックスに、ベルフラウが呆れた。実のところ、レックスは家庭 教師らしいことをしたくてたまらなかったのだ。だが、船上で反省して押し付けるのをや めたことや、現在の状況が彼のそれに歯止めをかけていた。 そんな時に、ベルフラウ本人から待ちに待った要請があったとなれば、レックスは足取 りも軽く人差し指を立てる。 「そうだな……エルゴの王の話は知ってるかな?」 「ええ、当然ですわ。この世界、リィンバウムに異界からの侵略を防ぐ結界を張った人物 でしょう?」 いきなり生き生きとしだしたレックスに、ベルフラウは釘を刺すようにそう言った。し かし、レックスはめげずに次の段階へと進む。 「じゃあ、エルゴの王のエルゴとは?」 「確か……<界の意志>のことですわよね? 各世界には世界そのものに意志があり、世 界の秩序のために働くと聞いています」 「そう。エルゴの意志を受けた特別な人間のことを、エルゴと呼ぶこともある。エルゴの 王は、全ての世界のエルゴから尊敬と協力を得た歴史上ただ一人の人物で、その強大な力 で他界からのリィンバウムへの侵略を防ぐ結界を張った。その後、リィンバウムの統一王 として人々を導いたのは、君も知っている通りだ」 「ええ」 リィンバウムに生きる者であれば、誰もが知っている物語。<界の意志>の力を受けて あらゆる奇跡を行い、リィンバウムに平和をもたらした英雄王。 「エルゴの王に関することは、軍学校の入学試験には必ず出題されるから、詳しく知って おいて欲しい。それで、ここからは派生問題だけど、エルゴがリィンバウムの人間に与え た歴史的なものと言えば?」 「召喚術でしょう?」 何を当たり前のことを、とベルフラウが得意げに応えると、レックスはしてやったりの 笑みを浮かべた。 「残念。四界からの侵略を受けていたリィンバウムの人々にエルゴが与えたのは、送還術 っていう、相手をそれぞれの世界に追い返す術なんだ」 「え?」 「だけど、人々は戦いの中で送還術を逆用することを思いつき、召喚術を生み出した。現 在送還術があまり知られていないのは、もう用の済んだ召喚獣をもとの世界に還すのにし か使われないからだよ。召喚術の一部という扱いにしかなっていない。だから、君が知ら ないのも無理はないかな」 「それは……知りませんでしたわ」 悔しそうに、ベルフラウが言う。レックスは頷いて、さらに説明を続けた。 「召喚術は、ただ送り還すだけの送還術と違って、人足や動力として召喚獣を使うことも 出来る。人々の飲み水を海水を召喚獣で真水に変えて得ている街もある。現在のリィンバ ウムの発展は召喚術のおかげと言っても差し支えない。エルゴも人間の工夫にびっくりし ているかもね。召喚術とエルゴの関わりは、そんなところだよ」 「なるほど……そういえば、あなたも召喚術は使っていましたけど?」 「うん。興味あるかい?」 「ええ」 珍しく子供らしい瞳の輝きを見せ、ベルフラウが肯定した。異界の住人を自由に使役す る召喚術は、リィンバウムの子供たち全ての憧れだ。ベルフラウもその例に違わないらし い。 そのことを微笑ましく思い、レックスは懐に手を入れ、そして眉根を寄せて取り出した。 取り出そうとした召喚石は、船上でのカイルとの戦いで甲板に落としたままだったのを思 い出したのだ。 「どうしましたの?」 「いや……召喚石を見せてあげようと思ったんだけど、落としたみたいで……」 「そう」 少し残念そうに、ベルフラウは苦笑する。彼女も、レックスが召喚石を甲板に転がした のは目にしていた。その後はすぐに別の騒動が始まっていたし、紛失は仕方ないことと言 えた。 「あ、で、でも、少し話そうか。何か召喚で聞きたいことはあるかい?」 失望させてはいけないと思って、レックスが慌ててそう言うと、ベルフラウは歩きなが ら自分を見る青年に尋ねる。 「なら、あなたはどんな召喚術が得意なのかしら?」 「俺は幻獣界メイトルパの術が比較的得意かな」 隠さずにレックスは教えた。 「召喚術は各世界の住人を呼び出す術だから、効果に関してはどの世界だからこうという のは決まっていない。でも、大体の傾向としては、機界ロレイラルが大規模な破壊力に優 れた機械兵器。幻獣界メイトルパが、小規模だけど幅広い能力と高い生命力を併せ持つ持 つ幻獣。鬼妖界シルターンが、幻や結界などの奥深い力を得意とする妖怪。霊界サプレス が、治癒の力や精神を操る力に優れた天使や悪魔。──そんな感じかな」 「ふうん。オニビは、鬼妖界から召喚されたのよね?」 「そうだね」 「ビィ?」 自分のことが話題になり、オニビがベルフラウの腕の中で目をパチパチとさせる。愛ら しいその姿に、レックスもベルフラウも口元をほころばせた。 と、その時のことだ。 「お〜い!」 遠くから人の声が聞こえ、二人は弾かれたように顔を前に向けた。すると、遠すぎてわ からなかったが、かすかに人影のようなものが手を振っている。 「人?」 「どうやら人は住んでいたみたいだね。――お〜い!!」 レックスも声を張り上げて手を振り返した。ベルフラウはようやく人里に辿り着けたの だと、ホッと胸を撫で下ろしたが、段々と近づく声の主の姿に、レックスの服を掴む。首 を傾げてレックスが見ると、ベルフラウの表情は強張っており、そのただならぬ様子にレ ックスも改めて歩み寄って来る二つの影を見た。 「あれは……あ!」 「お?」 気づいたのは相手も同時だった。お互いの距離が近づき、それぞれの特徴がはっきりと わかるようになると、レックスは二人のうちの片方の名前を呟いた。 「カイル……さん?」 「なんだよ。先生じゃねぇか」 「海賊……っ」 ベルフラウが怯えた顔になって、掴んだレックスの服を引いた。引っ張られてベルフラ ウを庇う形で前に立たされたレックスは、苦笑を浮かべて金髪を掻く青年と、彼と行動を 共にする灰色の髪の青年を順に見た。前者はレックスも知る通り海賊の一家の頭領だった が、後者はとてもではないが海賊には見えない、哲学者風の雰囲気を持った男だった。 口火を切ったのは、カイルの方だ。 「あ〜、まあ、だいたいの事情はわかってるぜ。あんたらも流された口だろ」 肩をすくめ、次に非戦を表すかのように両手を開いて示してみせた。 「人を探してみれば、見つかるのはご同輩とはな。先生、色々あったかもしれねぇけどよ、 ここは船でのことは忘れて休戦ってことにしねぇか?」 その余裕のある物言いに、ベルフラウは癇に障るものを感じた。思わず、刺々しい声で 言う。 「ずいぶん勝手なことを言うのね。もとはと言えば、あなたたちが船を襲わなければ、嵐 の中だって船は大丈夫だったかもしれないのにっ」 「ベルフラウ……」 「いいぜ、先生。お嬢ちゃんの言うことはもっともだ。わびはいれねぇといけねぇな」 次に起こったことに、レックスとベルフラウ、そしてカイルの隣にいた男までも驚いた。 誇り高い海の男であるカイルが、その場で膝を折ったと思ったら地面に手をついて、深々 と頭を下げたのだ。 真っ直ぐに地面を見つめ、カイルは言う。 「言い訳はしねぇ。あの船が沈んだ原因の半分以上は俺たちにある。だからよ、落とし前 はキッチリさせてもらう。あんたら二人を近くの港まで俺たちの船で運んでやる。そうい うことで、ここは収めてくれねぇか」 こちらの顔色をうかがうようなことはカイルはしない。許しを請うわけでもなく、開き 直るわけでもなく、落とし前をつけるという海賊に、ベルフラウはしばし沈黙してチラリ とレックスを見た。赤毛の青年が頷くと、ベルフラウは大きなため息をついて、彼の言い 分を受け入れた。 「わかったわ。でも聞かせてちょうだい。あなたたちがもう一度襲ってこないって保証は あるの?」 「お? さすがに保証はねぇな。はは、こりゃ困った」 「ちょっと……っ」 笑いながら立ち上がったカイルに、ベルフラウは不信感を込めた瞳をぶつけた。それを 軽く流したカイルは、だがよ、とレックスに視線を向けて言う。 「そっちの先生の腕は見せてもらったからな。あんたさえ良ければ、落とし前ってこと以 前に、客分としてうちの船に迎えるぜ。ま、臨時の用心棒って感じだな」 「俺が用心棒?」 いきなりの申し出に、レックスが目を丸くする。カイルはニッと白い歯を見せて笑って 続けた。 「ああ。そうすりゃ、あんたがいる限りそっちのお嬢ちゃんの身の安全はカイル一家が全 力を持って守る。お嬢ちゃんの言う保証ってのを、俺がいくら口にしても信用しねぇだろ うからな。先生、あんたが保証になるわけだ」 「取引、ということですね」 それまでずっと黙って成り行きを見守っていた青年が口を挟んだ。灰色の髪の青年は、 ベルフラウのまだ納得していない顔を見てやんわりと言う。 「お嬢さん。彼はあなたにも納得してもらえるよう、お互いに利益を与え合う取引の形に しようとしていますが、カイル一家の誠実さは私が保証しますよ。私も彼らと付き合うよ うになってから知ったのですが、海賊にとって、約束やメンツというものは何よりも大切 なものなんです。海という場所で、海賊という商売を続けていく上でね」 「そういうこった。海の上ってのはな、何が起こるかわからねぇ。昨日みたいな嵐だって ある。その中で必要なのは、お互いに信用し合うことだ」 「海賊が……信用?」 「おおよ」 それこそ信じられないという顔をした少女に、カイルは心底楽しそうに笑った。 「俺たちは船を襲う。奪いもする。だがな、約束だけは破らねぇ。一度口にしたことは、 復讐だろうが守ることだろうが、絶対にやり通す。それが出来ねぇ奴は、信用出来ねぇ。 信用出来ねぇ奴に、嵐の中で舵を任せられるか? 狭い船の中、一緒に暮らせるか? そ ういうこった」 まるで誉れある騎士のように胸を張り、カイルは言い切った。堂々とした様には一点の 負い目も無く、信念のみが見て取れる。 その姿に、ベルフラウはレックスに感じたような鈍い痛みを胸に覚えた。唇を噛む。 頷いたのは、レックスだ。 「そうだね、ここは彼らを信用してもいいと思う」 「あなた……勝手にっ」 睨むベルフラウに、レックスは苦笑で応えた。 「どちらにしろ、船は必要なんだ。俺が客分になって君が安全になるなら、安いものだよ」 「あ……」 言われて、少女は恥じ入った。確かにレックスの言う通りだと、頭では理解出来ている のだ。何より、自分の安全のためという言葉が胸を揺さぶった。 だが、少女は心の中で慌ててそれを掻き消した。 (この程度の言葉で嬉しいだなんて……弱気になってるんだわ) 不満顔で、レックスを見上げる。強く抱き締められたオニビが苦しそうな顔をした。 「そういうことでいいかな、ベルフラウ?」 確認してくる、赤毛の青年。 しぶしぶと、そう見えるようにして、ベルフラウはほんの少しだけ頷くのだった。 それで、決定した。