サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS <サモンナイト3 全編ノベル化計画作品 1> 第一話 「楽園への漂流者」 序 リィンバウムという世界がある。 周囲を四つの異界に囲まれたこの世界のことを、人々は誇りを持って聖地と呼ぶ。 あらゆる世界の頂点に立つ世界。神々が最初に降り立った至福の大地、聖地リィンバウ ムと。 そこを囲むのは、次の四つの世界。 鬱蒼とした森に覆われ、獣相を持つ亜人たちが狩猟農耕で日々を営む幻獣界メイトルパ。 竜を筆頭に鬼や妖怪が住み、リィンバウム以外で唯一人間が存在する鬼妖界シルターン。 天使や悪魔などの霊的なものが住処とする、肉体の無い一風変わった霊界サプレス。 そして、独自の発展を遂げ全てが機械で埋め尽くされた、機界ロレイラル。 四つの世界は、それぞれ聖地を独占しようと太古の昔から争った。霊界と鬼妖界がぶつ かり、獣界と機界が火花を散らした。世界同士の戦いは、しかしお互いを疲弊させ、混乱 を生み、結局は痛みわけに終わった。 得をしたのは、最初からリィンバウムに住んでいた人間たちだった。彼らは、聖地を舞 台に戦う異界の者たちを調べ上げ、彼らの自由を奪い使役する術を編み出した。 召喚術。 対象の『真の名』を支配し、その存在の全てを掌握する究極の魔法。 聖地の人々は、その力を使って四つの異界に攻め込んだ。戦況は一方的だった。召喚師 を先頭にする彼らは、相手を自らの味方に変えることが出来たのだから。 聖地による四世界統一は目前と思われた。 だがある時、霊界の悪魔王が聖地への大反撃に出た。かの存在は、自ら召喚術を操る人 間に憑依することによって、その力を逆に利用した。部下の悪魔たちの支配を解き放ち、 聖地に侵攻を開始した。 聖地の人々は各世界に救援を要請したが、召喚術という力に驕り他者の命を軽んじてき た聖地の彼らに手を差し伸べたのは、元から悪魔と敵対していた天使たちだけであった。 結果、絶大な力を誇った召喚師の一族のほとんどはその戦いで息絶えた。悪魔王と大天 使が相打ちになって果てた後、天使たちもついに聖地を見限り、己の世界へと帰っていっ た。 そして各世界は、戦乱の痛みを癒すため、聖地を忘れることにした。 かの地は聖地ではない。争いだけがある、呪われた地だと。 それから千年以上の時が過ぎても、聖地は孤独だった。 天使の祝福も、竜神の加護もその世界には届かず、人々はかつて四つの異界が争った場 所で、人間の国同士の戦を繰り広げていた。帝国に聖王国。名前は違えど同じ人間だとい うのに、争い続けている。 わずかに生き残った召喚師たちが細々と継承してきた召喚術は、戦争を拡大するために 使用され、哀れな異界の人々――召喚獣たちに無益な戦いを強要している。 そこは聖地だろうか。 誰が最初に聖地と呼んだのだろうか。 使役することに慣れ、他者の痛みを忘れてしまった人々を、神がどうしてお許しになる だろう。 私は、思うのだ。 世界をもう一度やり直せたらと。 この世に、聖地の人々と異界の人々が共に暮らせる楽園が作れたらと。 私は、そう思うのだ――。 1 規則正しい馬蹄の音が、間延びした汽笛の音に混じって眠りを誘う昼下がり。入り江状 の港街アドニスの街並を、天蓋つきの馬車の上からぼんやりと眺めていたレックスは、何 度目かの老婆の呼びかけに二人乗りの座席の隣に視線を向けた。 「レックス様。再度の確認をよろしいですか?」 「はあ、どうぞ」 老域にも貫禄が見える老婆の、どこか硬い調子の声に気圧されたようにレックスが頷く。 すると、彼女は初対面から続けていた、怪しい者を見る目をさらに強めて青年を見た。 「まったく……旦那様もどうしてこのような者をお嬢様の家庭教師に」 あからさまに聞こえるように呟かれたそれに、レックスは人の好い顔に微苦笑を浮かべ、 まったくだと内心同意した。そもそも、レックスの身なりを見れば、現在乗っているよう な天蓋つきの馬車など不釣合いも良い所だろう。馬車に帝国有数の商家であるマルティー ニ家の家紋がついていれば、尚更だ。 深い緑を基調とした、落ち着いた色合いの長衣に身を包んだ老婆は、そのマルティーニ 家で女中頭を勤めるサローネという。すっかり色の抜けた髪と、顔に刻まれた深い皺が彼 女の生きてきた時間を物語る、厳格そうな人物だ。 一方、レックスは徒歩の旅人が好む厚手の服を着潰す寸前にまでしており、所々ほつれ たそれを騙し騙し縫い合わせて着込んでいる。足元には薄汚れた肩提げ袋が一つだけ転が っており、それが彼の全財産だと言った時にサローネが見せた表情は、ならず者を見るも のに近かった。 もし彼がマルティーニの馬車に乗ることに資格を求めるのならば、安物の服装の内側、 その人物としての価値に求めるしかないだろう。 「顔立ちは、まあ悪くはありませんが」 それはどうも、とレックスは大きな独り言に心の中で応える。 レックスは、まだ二十歳を越えたばかりの青年だ。冬の厳しい山岳地方に多い燃えるよ うな赤毛に、深い海の底の色の瞳。やや面長な顔は穏やかな眼差しと相まって、どこかの んびりとした、人好きのする面立ちをしている。 背は平均よりも多少高く、足が長いのが印象に残るかもしれない。身長のために細身に 見えるが、襟元から覗いた首の太さを伺えば、ずいぶんと鍛えられた身体をしているのが わかっただろう。 例えばサローネほどの熟練の女中が、それなりの見立てをして着せ替えをすれば、大商 家の晩餐に招かれた新鋭商家の若旦那に見えないこともない。 それが、見た目でわかる範囲のレックスという青年である。 やがて、サローネは気を取り直したようにレックスに尋ねる。 「レックス様は、軍学校をかなり優秀な成績で卒業されたとか……差し支えなければ、そ の辺りについてお聞かせ願えますでしょうか?」 「はあ、一応首席で卒業はしましたが」 特に誇ることもなくレックスが応えると、サローネがふむと目を細めた。その目はまる で値踏みするようで、最高級の馬車の椅子の意外な居心地の悪さに、レックスは思わず身 じろぎした。 「それは見事な経歴で。ではその後は軍に?」 「ええ、一年ほど帝国軍に仕官しましたが、最初の大きな任務で少し失敗をしてしまいま して。自分は兵隊には向いていないと思い知らされて、除隊しました」 包み隠さずレックスは言った。瞳の奥まで覗き込むような老婆の視線を静かに受け止め ていると、サローネの表情が少しだけやわらいだ。 「そうですか。では、旦那様とお知り合いになったのは?」 「まだ軍に在籍していた頃です。それからもマルティーニ氏には何かと良くしていただい ていました。……まさか、ご息女の家庭教師に指名されるとは思っていなかったですけど」 そう言って、レックスはもう一度アドニスの街並に視線を移した。入り江を囲むように して作られた古い時代からある港街で、帝都からは一番近い大型の港である。その分発展 も著しく、美しく揃えられた煉瓦敷きの道路や、街のどこからでも見える時計塔、貿易港 らしく異国の商品の並んだ露店と見るべきところは際限がない。 軍を除隊した後、レックスは立派な軍人になってくれと学費を渡して送り出してくれた 村に帰ることも出来ず、短期間の雇い仕事をすることでどうにか食い繋げてきた。街から 街を転々とし、いよいよ宿を取る路銀も尽きた時、マルティーニから連絡があったのだ。 『この度、娘がパスティスにある軍学校の入学試験を受けることになった。君さえ良けれ ば、その経験を生かして娘の家庭教師をしてはくれないだろうか』 用件ばかりの短い文面だったが、レックスに対するマルティーニの深い信頼の込められ た手紙であり、彼はその日のうちに指定されたアドニスの港へと足を向けた。教師の経験 は無かったが、軍学校の入試ならば体験済みだ。報酬も満足過ぎるほどの金額で、その依 頼を断る理由はどこにも無かった。 そして、待ち合わせの場所で合流したサローネと共に、マルティーニの馬車で出港予定 の客船に急いでいるのが今である。 問題のマルティーニの娘であるが、先に船に乗り込んでいるということで、まだ顔も見 ていない。 (マルティーニさんの娘さんか……確か十二歳って話だったかな) 軍との繋がりも深い大商家の一人娘ともなれば、ちょうど社交界に姿を見せる年頃だ。 礼儀作法やダンス、社交辞令などを詰め込まれ、さぞや深窓の令嬢風なのだろうとレック スは想像する。 そのようなお嬢様が軍学校などに入学するとは、他の国ならば意外なのだろうが、こと 帝国に関してはそうではない。 帝国では、軍の権力が何よりも強い。いわゆる貴族と言われる家柄も、多くは軍部の名 門が占めている。そうした事情と、すぐ隣に聖王国という睨み合いの続いている外敵があ ることも重なって、国の未来を守る若者を養成する軍学校には、最高の施設と教師陣が揃 えられているのだ。 試験の厳しさにおいても最高の狭き門であり、卒業生は軍に仕官しなくてもどの分野で も重宝される。まさにその格式においても帝国内で並ぶものが無い学校。それが軍学校で ある。 そのようなことを回想していると、サローネが念を押すような調子で言った。 「帝立軍学校に入学することこそ、お嬢様の輝かしき未来のために必要なことです。あな たはそのために雇われたということをお忘れのないように」 「ええ。結果を出せるように微力を尽くさせていただきます。……まあ、結果を出すのは ご息女なんですが」 「はあ……頼りない」 「……すみません……」 老女のため息に、レックスは肩をすくめた。だが、サローネの言葉の意図は別のところ にあった。 「いえ、レックス様。あなたの経歴については、失礼ですが旦那様より聞き及んでおりま した。あなたの人柄を知るために、わざと質問させていただきましたが……ええ、あなた が偽らない誠実な人物であることはわかりました」 「はあ」 「ただ……」 と、サローネは皺だらけの眉間にさらに皺を集めた。 「これからお会いしていただくお嬢様は、大変気難しいお方でして。大人――特に殿方に は何かにつけて反発する気性の持ち主なのです」 「それは……初耳です」 反抗期というものだろうか、とレックスは考える。先程まで想像していたお嬢様像に、 子供特有の不満そうなむくれ顔を加えてみる。 「実は、これまでも何人かの方に家庭教師をお願いしたのですが、ことごとくお嬢様に追 い出されてしまいまして。帝都でも有名な、最高の教師を揃えたのですが……」 「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃ、教師経験の無い俺なんかの手に負えるはず ないんじゃ?」 面食らって、思わずレックスは言っていた。子供の家庭教師ということで気軽な気持ち だったが、職業教師の者たちに教えられない子供をどうにか出来ると思うほど自惚れては いなかった。特に、教師の腕前によって教え子の理解度が大きく変わることは、軍学校で 実感してきている。 「それなのに、なんでまた俺なんかを……」 「さあ……旦那様のお考えはわかりかねます。私としては、あなたのやわらかすぎる態度 や気弱な様子が、押しの強いお嬢様相手には不安なのです」 貶しているのではありません。相性の良し悪しについて言っているのですよ、と補足す るサローネに、レックスは生返事で応えるしかなかった。 ※ 潮の匂いが鼻につくほど強くなると、馬車は人々で賑わう港へと到着した。二頭仕立て の優雅な馬車が止まると、レックスは男の礼儀としてサローネよりも早く下車し、彼女が 下りるのに手を貸した。 「すみません」 「いえ。それにしても、賑やかですね。あちらの船ですか?」 礼に笑顔で返し、レックスは視界の大半を占める客船を指差した。サローネが頷くのを 見て、なるほどと感心する。 その客船は、船底が鮮やかな緑に塗られた巨大なものだった。速度よりも利便性を追求 した大きさを誇っており、大抵の波ならば悪路にも感じず切り裂いていく圧倒的な安定感 が船体から感じられる。最初から金持ちだけを顧客と見込んでいるらしく、欄干は複雑な 紋様を描く優雅なもので、船首からは身を乗り出すようにして天使の像があった。 アドニスの港の規模は決して小さくは無いのだが、その客船の大きさはさすがに港でも 持て余しているようで、近年の造船技術の進歩にはレックスも感心のひとことしかない。 (ただ、小回りは効かなそうだな……海賊とかに襲われたら、逃げ切れるものじゃない。 鍵の無い金庫を見せびらかしながら航海するようなものだ) 元軍人らしく辛口の判断も下すが、すぐに気づく。 豪華客船に並ぶようにして、やや小ぶりな、しかし並の船よりは余程大きな軍艦が接岸 していたのだ。当然のように掲げてある帝国の旗とは別に用意された、馬の前半身と魚の 後ろ半身を持つ生き物を描いた船の個別識別旗に、レックスは目を見張る。 「<蒼の海馬>号? 帝国海軍の主力艦じゃないか」 目の肥えた者が見れば、その軍艦が異常なほどの重装備であることがわかっただろう。 敵艦をすれ違い様に沈めるための大砲が船腹に何門も用意され、船首には体当たり用の衝 角が取り付けられている。三本のマストが張る帆はあらゆる角度の風を捉え、素早い操船 を実現している。 強く、そして速い、軍艦のお手本のような船だ。 通常、私有の客船の護衛には私設の海防隊が当たるものなので、レックスは意外な思い でその軍艦を見た。 (でも、護衛としてこれ以上は無いな……安全な旅になりそうだ) ふと隣に目をやると、それまでそばにいたサローネが見あたらなかった。首を傾げて見 回すと、少し離れた場所で身なりの良い付き人風の男と話しているのが見えた。 「?」 何やら口調が激しく、サローネが男を叱っている様子で、レックスは気になってそちら に歩き出そうとした。 その時だ。 「そこのあなた!」 唐突に後ろから声をかけられて、レックスは驚いて振り返った。そして、自分に呼びか けた相手を見て二度驚いた。 「俺を呼んだのは……君?」 「ええ、そうよ。あなた、私の新しい使用人でしょう? 船に乗りますから、荷物を運ん でくださらない」 何かを急き立てるような強い口調。自分を真っ直ぐに睨みつけている小さな少女に、レ ックスは困惑に目をパチパチとさせた。 レックスの前に立つのは、黄金と薔薇を共に抱いて生まれてきたような少女だ。 同量の黄金よりも価値がありそうな蜜色の長い髪。深すぎて黒く見える緑色の瞳は、臆 することなく大人を見上げる意志の強さを感じさせるもの。肌の白さは最上級の白絹より も上で、日焼けとは縁の無い世界で過ごしていたことを思わせる。幼さを十二分に残す顔 立ちは、それでも将来の美貌を確約された者特有の端整さで、まだ伸びきっていない手足 を包むのが余所行き様の赤い礼服に帽子ということもあって、貴族の少女が好む着せ替え 人形をそのまま大きくしたような愛らしさがあった。 そのような少女が、まるで親の仇でも見るような険しい顔を自分に向けているのだ。あ まりのことに、レックスは二の句が告げなかった。 「ふん」 レックスが黙していると、少女は鼻を鳴らしてその横を通り過ぎた。 すれ違い様、 「言っておきますが、私はあなたを私の先生だなんて認めていませんからね」 一瞥と共に言われた言葉に、さらにレックスは絶句することになった。 「ベルフラウ様! 勝手に出歩かないようにとあれほど申しましたのに……っ」 「少し散歩していただけよ。ばあや、お父様は?」 「旦那様は、本日は大事な商談があるということでして……」 「そう」 動くことも出来ないレックスの背後で、少女が感情の色の見えない声音で頷いた。 そして、 「あなたのお名前は? 長い付き合いではないでしょうけど、一応聞いておいてあげます わ」 ようやく、レックスは振り返った。ぎこちなく微笑んでなんとか言う。 「レックス。君は、ベルフラウ?」 「ええ。ベルフラウ。ベルフラウ・マルティーニ。別に覚えなくても結構よ」 「いや……覚えたよ」 「そう」 視線が針ならば刺さりそうなそれに、レックスは頬を引きつらせた。サローネの言って いたことが、今ならば良くわかった。 (確かに……これは相当押しが強いな) 彼女の歴代の家庭教師を押し退けてきた視線だ。だが、だからこそレックスはそれに負 けてはいけないと思った。 二回呼吸をする。一回は浅く吸って深く吐く。苦しくなったら、二回目は深く吸って浅 く吐く。意図的にそれを行って、軍学校で習った通りに平常心を取り戻す。 「もう聞いているなら話が早い。マルティーニさんに頼まれて、俺が今日から君の先生だ。 よろしく、ベルフラウ」 「そうそう」 「え?」 笑顔で言ったレックスに、ベルフラウは氷よりも冷たい視線で付け足した。 「あなたは、先生である前に私の使用人ですから、それをお忘れなく。もちろん、さっき も言いましたけれど、私はあなたを先生と認めてはいません。私は一人で何でもやれます。 軍学校の試験に合格することも」 「お嬢様!」 「ふん……先に船に乗ってるわ。あなた、荷物忘れないでくださいね」 「あ、う、うん……」 結局、レックスは押し切られてしまったのである。 ※ 「驚かれましたか?」 「はあ……少し」 呆然と、薔薇のような赤い服を着た少女が去っていくのを眺めていたレックスは、苦笑 気味にサローネが言うのにどうにか頷くことが出来た。彼女は、ため息混じりに言う。 「お嬢様は早くに母親である奥方様を亡くし、広い屋敷でたったお一人でお育ちになられ ました。もちろん私共は精一杯のお世話をさせていただきいたのですが、お嬢様の寂しさ を埋めることはできなかったようで……」 「……マルティーニ氏は?」 返る答えは予想できていたが、レックスは尋ねずにはいられなかった。サローネも苦い 顔をする。 「旦那様は多忙なお方です。お屋敷に帰られることは月に何度あるか……」 「そう、ですか」 「旦那様は、お嬢様に不自由が無いようにと様々な物を贈られているのですが、そうした 大人の下心に敏感なお方で……一時期は旦那様ですらお憎みになられていたように見えま した。今は、お嬢様も旦那様のお仕事の大切さを理解なさり、以前のような我が侭を言う ことはなくなりましたが……」 「我が侭、とは?」 尋ねると、言いにくそうにサローネは応える。 「旦那様に会いたい、と。会いに来なければ、食事も摂らず、時には屋敷を飛び出すこと もありました」 「……我が侭ですか、それは?」 「いえ……」 それを聞き、レックスが顔をしかめて言うと、サローネも静かに首を横に振った。彼女 にもわかっているのだ、子供のそうした行動が、我が侭という大人の都合の良い言葉で置 き換えて良いものではないことに。 (一人で何でもやれます、か) 少女の言葉を思い出し、レックスは足元に落ちていた自分の荷物と、少女が残した大き な旅行鞄を手に取った。客船の前で係員が笛を鳴らし、順番に乗船するように促し始める。 手紙の依頼では、これからレックスは客船に乗って、軍学校のあるパスティスまでベル フラウと向かうことになっていた。一緒の船旅にした理由はもうわかっていたが、サロー ネが口にしてくれる。 「レックス様には、パスティスに着くまでにどうにかお嬢様との間に信頼関係を築いて欲 しいのです。それから、馬車の上での非礼をお詫びします」 「はい?」 「他の家庭教師の皆様は、最初に先程の話をした際、お嬢様が我が侭を言わなくなったこ とを良いことだと仰いました。ご息女に理解が出来て、旦那様も安心だろうと。ですが、 レックス様はそうではありませんでした」 にっこりと、初めて老婆は満面の笑みを浮かべた。困惑しながら、レックスは後押しさ れて歩き出す。 「お嬢様を、よろしくお願いします」 「ええ、きっと良い結果をお届け出来るようにします」 会釈をして、レックスは客船へと向かった。近づき、目に入った船の名前を書いた看板 にクスリと笑う。 船の名前は<成功への船出>号といった。