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サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS

本編第十六話アナザーストーリー
「彼女の夢みたこと」






                序


 夢の中の自分というのは、ずいぶんと卑怯だとベルフラウは思った。
 同量の金にも勝る、癖の無い艶やかな蜜色の髪。成長期を終え、健やかに伸びた手足。
乙女の悩みの種の胸だって、慎ましいながらしっかり女らしい膨らみを見せている。
 それは、鏡を覗き込みながら少女が夢想する、自分の未来の姿。こうあって欲しいと思
い描く、理想の姿。
 まだ幼さを残す顔も、夢の中では一人前の大人の女だ。こっそりと気にしていた子供ら
しい丸みの抜けた頬。眼差しは毅然として、意志の強さを思わせ、薄く紅をひいた唇には、
嫌味にならない程度の色気を漂わせている。
 美しい女。
 誰だってそう言うに決まっている。
(あの人だって……そう思うに決まってる)
 現実はそうではないが、夢の中は彼女の自由だ。
 成長した彼女の隣に立つ、赤毛の青年。端整な顔立ちのくせに、どこか気の抜けたよう
な、人好きのする笑みを絶やさない人。
 その人が、不意に彼女の肩を抱いてくる。ベルフラウは少しだけ驚き、だが抗うそぶり
もなく、引き寄せられるままにその身体に自らを預けた。
「綺麗だよ、ベルフラウ」
 とろけるような囁き。
 背景は、人っ子一人いない砂浜。夕焼けの朱に染まる空は、海とベルフラウの肌も同じ
色に染めていく。火照った自分の頬や、触れる彼の手の大きさが妙に意識され、彼女は覚
悟を決めて瞼を下ろした。
 何の覚悟か――決まっている。この最高の状況で逃げたりすれば、それは失礼の極みだ。
「レックス……」
 いつもは呼べない名前だって、呼んでみたりする。
 そうして、二人の顔が静かに近づいていく。まだ慣れない恋人の初々しさで、互いの想
いを重ねる方法を模索するようにゆっくりと唇が触れ――。
 ――ようとしたところで、ベルフラウは首を傾げた。
 視界の先には、夕日の逆行で影にしか見えなくなった、スラリと背の高い二人の男女。
交じり合って一つになった影は、まるで完璧な恋人の象徴。
「……あれ?」
 彼女は、そこにいた。
 まだ成長途中の棒のような手足も、秘密だが引っ張ると良く伸びる頬も、悲しいくらい
になだらかな胸も、全てそのままの彼女がそこにいた。
「じゃあ、あれは……ってああ!?」
 ついに恋人たちはその唇を合わせていた。それを横から見るはめになったベルフラウは、
反射的に駆け出し、二人の間に割って入った。
「離れなさいよっ」
 言うまでもなかった。彼女が怒鳴り込んだ瞬間に大人のベルフラウの姿は掻き消え、そ
の場には優しい笑みを浮かべたレックスと、今度こそ本当の姿のベルフラウだけが残され
た。
「そ、それじゃ……やり直しよ」
 夢ならではの都合の良さで、彼女はレックスを振り返る。申し合わせたかのように彼は
彼女の肩に手を置き、甘い声で囁いた。
 彼女の望んだ言葉。
「可愛いよ、ベルフラウ」
「え?」
 変わらない笑顔。
 変わらない甘い声。
 だというのに。
「せん……せい?」
 かがみ込む、その身長差。
 そして、額に触れた彼の唇のやわらかさ。
「可愛いよ」
 それは夢の中ではあってはならない、彼女の現実。
 理想の彼女だけが得られて、現実の彼女が得られないものをはっきりさせる――。
 ――悪夢だった。





                1


「おはよう」
 その朝、レックスが会議室を兼ねる食堂に顔を見せると、そこには朝の茶を楽しむヤー
ドの姿しか見つけることができなかった。
 海賊カイル一家の朝は早い。全員が二十四時間体制の船上生活に慣れているし、船長の
カイルをはじめ、最低限の休みの時間以外は鍛錬に充てようという勤勉な者が多いのもそ
の理由だ。
 普段の生活ぶりを見ていると自由奔放に見える彼らだが、それも文字通りの『朝飯前』
の鍛錬あってこそ成り立つゆとりなのだと、最近になってレックスは知った。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「うん、おかげさまでね。カイルたちは、外かな?」
「ええ。昨日の今日だというのに、あの元気の良さには感服しますよ」
 朝の挨拶を交わし、レックスが自分の席につきながら言うと、ヤードは苦笑を浮かべた。
苦笑を浮かべる様にもどこか賢者じみた静謐さを漂わせるのは、彼が召喚師という真性の
インテリであるということよりも、彼の持って生まれた性格によるものだろう。本を好み、
茶を好む、一流の風流人の姿だ。
 そんな彼が、過激な理想を掲げ、他者を排することを躊躇わない<無色の派閥>に属し
ていたというのは、もしかしたら何かの冗談ではないかと、レックスは時折思う。
 ヤードの言う昨日の今日、とはその<無色の派閥>との最後の戦いを指していた。それ
は、<忘れられた島>で戦い続けてきた彼らにとっても最大の激戦であり、カイル一家も
あわや全滅という危機にまで追い詰められたのだ。もちろん、怪我の多くは召喚術で癒さ
れたとはいえ、完治にはほど遠いはずである。
 海賊たちの逞しさに二人のインテリが笑い合っていると、足音も高らかに船長であるカ
イルが食堂にやってきた。まさに今まで運動をしてきたという様子の、筋肉質な裸体を晒
した上半身裸での参上だ。首に手ぬぐいを引っ掛けているが、汗の玉はまだ消えていない。
「お。目ぇ醒ましたか、先生。身体の調子どうだ? また気合が抜けてたりとかは勘弁だ
ぜ」
「おはよう、カイル。昨日はありがとう。僕がこうしていられるのも、君たちのおかげだ」
「はは。結局俺たちが先生に助けられちまったけどな。その辺りは持ちつ持たれつってこ
とだ」
 豪快に笑うこの好漢のことが、レックスは大好きだった。荒くれの海賊たちをまとめる、
この太陽のような金髪を持つ男は、こうした大雑把な態度を取る一方で、細心の注意を払
って仲間一人一人のことを考えてくれている。時には直接的に、特には遠回しに助言して
くれるカイルを、兄や親のように慕う者も海賊の中には多い。
 男というものを突き詰めたような、肉食獣を思わせる無駄の無い筋肉のつき方。よく日
焼けした男臭い顔立ちは、険しい長の表情も、やんちゃな子供の表情も浮かべる。甲板に
立つ姿には若くして風格すら感じさせる彼なのだが、不思議なことに恋人の一人も聞かな
いのは、レックスも首を傾げるところだ。
「あ、先生おはよ〜」
「あら、もう少し寝ていても良かったのに。起こしちゃった?」
「二人も、おはよう。自然に目が醒めたんだ。久しぶりにぐっすり眠れたからね」
 続けて、カイルの妹で砲手を務めるソノラと、ご意見番のスカーレルが姿を見せた。
 ソノラは元気を余らせている様子の、きびきびしとした動きが目に快い少女で、カイル
と同じで甲板に降り注ぐ太陽を思い切り吸収した金色の髪と、しなやかな肉体の持つ健康
美が魅力的だ。
 スカーレルは一見妙齢の美女にしか見えないが、れっきとした男性で、かつては<無色
の派閥>の凄腕の暗殺者であった。だが、今ではヤードと共にカイル一家のもとに居着き、
派閥とは敵対する身だ。並の女よりも艶めいた面立ちの美男で、身体つきも長身の女を思
わせる。自分の椅子に座る仕草一つをとっても、世間の女を悔しがらせることは間違いな
い。
 この四人が、現在の海賊カイル一家の重鎮と言われる面々だ。レックスは偶然から彼ら
と仲間になり、これまで島の平和を守って戦い続けてきたのである。
 思い返せば、それは険しい道程だ。
 人の善を信じる。死んで良い人間などいない。
 そのような信念を持っていたがために、レックスは故国である帝国の軍属をやめた。命
令のためには、時には人道に反することすらしなければならない軍は、彼にとってエリー
トという立場があったとしても堪えられる場所ではなかった。
 そうしてレックスは、彼の信念に理解を示したとある富豪の娘の家庭教師になった。
 それが、ベルフラウという少女だ。
 だが、ベルフラウが軍学校に入るための試験に向かう船旅の最中、その船に大きな秘密
を持つ魔剣<碧の賢帝>が隠されていたことから、船はカイル一家の襲撃を受け、剣の暴
走によって生まれた嵐で、レックスたちは<忘れられた島>に流れ着いた。
 そこはかつて<無色の派閥>によって作られた召喚術の実験場で、現在は召喚獣たちが
それぞれの故郷に似せた集落を作って暮らしている島だった。
 カイル一家と和解し、島の者たちと心を通わせたレックスを待っていたのは、帝国軍が
レックスの所持する<碧の賢帝>を奪おうとしている事実だった。そこから始まった、昔
日の友人アズリア率いる帝国軍との戦いは熾烈を極めた。
 しかし、その戦いは<碧の賢帝>と対を成す魔剣<紅の暴君>を掲げたアズリアの弟イ
スラの裏切りと、<無色の派閥>の乱入によって終わりを告げた。
 明かされる真実。
 <忘れられた島>は、あらゆる世界律を支配する<エルゴの王>の力を人為的に生み出
す大きな装置であること。無制限の召喚を可能にする力を封印開放する鍵が、二本の魔剣
なのだということ。
 戦いの中、レックスの魔剣はイスラの魔剣によって砕かれ、彼自身心に大きな傷を負っ
た。それは、人の善を信じ、仲間を守り抜くことだけに力を振るう信念を捨て、その上で
イスラと戦い破れたということが生んだ、自責の傷だ。
 そんな彼を再び奮い立たせたのは、仲間たちの必死の思いだった。自分が守ろうと思っ
てばかりいた皆もまた、彼を守ろうとしていたのだということを知った時、彼は人一人に
できることの限界と、人が集った時に生まれる力の大きさを悟った。それは強大な力を誇
った魔剣よりも確かな力で、彼を支えてくれた。
 そして、彼のいない間<無色の派閥>の攻撃から必死に島を守っていた仲間のため、彼
は新たな魔剣<果てしない蒼>を手にした。迷い無く守るためだけの力は、ついに<無色
の派閥>を島から追い払うことに成功したのだ。
 それが、つい先日のことである。
 度重なる激戦の果ての勝利に、皆疲れきって倒れこむようにして眠りについたはずだっ
たのだが、こうして海賊たちは今日も元気に日常を暮らしている。
 いや、ようやく取り戻した日常を堪能しているのだろうか。
(とにかく、後は<紅の暴君>を持つイスラだけだ。彼の魔剣を破壊すれば、島の力を目
覚めさせることはできなくなる。それで全て終わるんだ)
 そのようにレックスが決意を改めていると、
「な、なんだい?」
 四人分、計八つの瞳が彼のことを見ていて、レックスは少し怯んだ。
 まず最初にため息をついたのは、スカーレルだ。肩をすくめ、やれやれと苦笑する。
「センセ、朝っぱらから疲れること考えちゃダメよ。よ〜やく、あのメンド臭い連中がい
なくなったんだから」
「そーそー。敵があとイスラ一人だけ、とかってなると、先生ってば『じゃあ後は俺一人
で』とか考えそうだし」
「う……そ、そんなことはないよ」
 いかにも自分が考えそうなことをソノラに言われ、レックスは誤魔化すように笑みを浮
かべた。
「一人で悩むのはやめたよ。俺一人が無茶したって、誰も喜ばないって身に染みてわかっ
たし、俺一人で立ち向かう必要なんか無いんだってわかったんだ」
「だな」
 カイルがニッと白い歯を見せる。そのままレックスに歩み寄ると、力強い手が彼の背を
叩いた。
「先生には俺たちがいる。そういうこった。イスラが何かするにしてもよ、あいつもたっ
た一人なんだ。でかいことをやるにはそれなりの準備がいる。それまでの間、俺たちもじ
っくり休んどく義務があるのさ」
「同感です」
「うん」
 カイル、ヤードの順番で言われ、ようやくレックスも破顔した。ちょうどその時、レッ
クスの腹が意外なほど大きく鳴り、全員が顔を見合わせて笑う。
「ははは。腹が減るなら確かに心配ねぇな。おっし、朝飯だ朝飯。ソノラ、用意しろ」
「ぶーぶー。すぐにあたしにばかり運ばせるんだから。アニキも少しは働きなよね」
「家事もできない男って無様よねぇ」
「同感です」
「ヤード、お前もかよっ!?」
 一家の仲の良さをなのか流れるようにして言われ、カイルが大仰に怒鳴る。自分の腹の
虫に赤面していたレックスは、そこに足りない姿があることに気がついた。
「そういえば、ベルフラウは? 部屋にいなかったんだけど」
「お嬢ちゃんなら、アルディラに用があるって出て行ったぜ」
「ラトリクスに? なんでまた」
 レックスが目をパチパチとさせて尋ねると、カイルは肩をすくめて応える。
「さあな。結構メンド臭い顔してたんで、わざわざ聞かなかったからな」
「メンド……って、カイルっ」
「野暮だぜ、先生」
「え?」
 憤慨しかけたレックスは、ニヤリと唇の端を歪めてみせたカイルに、今度はきょとんと
する。そうしたレックスの良く動く表情を見ていると、スカーレルなどは、
(可愛い人ねぇ)
 などと思ってしまうのだが、本人には秘密だ。
 結局、レックスは教え子のことが心配なのか、食事の間も身じろぎを続けていた。ラト
リクスは機界の住人が集まった集落で、島を守る四人の護人の一人、融機人のアルディラ
が治めている。
 アルディラは機界の召喚術に長け、ラトリクスの防衛機構は四つの集落で一番強固であ
る。なので、ベルフラウがそこにいるのであれば、危険の心配はする必要は無い――はず
だ。
 それでもレックスが気もそぞろにしている様は、周りから言わせれば過保護ということ
になるだろう。事実、出かけたのが同じ少女であるソノラであったとしても、レックスが
これほどの狼狽を見せることは無い。
 だが、それだけでもないだろうとカイルは思っている。
 実は周りが思っているほど、レックスは教え子を子供扱いはしていない。本当に子供だ
と思っているのなら、彼はベルフラウを戦闘に駆り出したりはしないだろう。彼女がどう
懇願しても、レックスはそれを良しとしなかったはずだ。
 レックスは、ベルフラウに、少なくとも対等の意志と責任力を認めている。格好良いか
らだとか、雰囲気に酔って英雄志願する者とは違う、確固たる戦う理由を彼女の中に見出
し、最悪の事態があろうとそれは彼女の選択なのだという、そういう認め方を。
 もちろん、レックスの性格を考えれば、本当に彼女に何かがあれば自分のせいだと自責
するのは明白なのだが、それは誰に対してもそうなのでこの際無視して良いだろう。
 そんな彼が、こうまであの教え子の少女のことを心配するのは、どうしてだろう。
 信用していないわけではない。
 子供扱いしているわけではない。
 だけれど、目に届く場所に置いておきたくて、その姿をそばに置いておきたくて、その
行動に一喜一憂するのは。
「……剣を直した時に、何かあったのかなぁ? って痛ぁ!?」
「野暮なこと言うな」
 妹の額を人差し指で弾き、カイルは意味も無く甲板を行ったり来たりする青年を眺める
のだった。実に楽しそうに、であるが。





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