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サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS
「桜の森 〜 a long time after 〜」





 その人は桜の花びらの中に埋まるようにして眠っていた。
 視界を埋め尽くすのは、薄紅色の大地。無数の桜の木が林立するその森の一角で、ベル
フラウは目当ての人物を見つけて足を止めた。
「やっぱりここにいたのね、先生」
 呼びかけると、閉ざされていた瞼がゆっくりと持ち上がり、深い海の底のような色の瞳
が、美しく成長したベルフラウを捉える。口元に浮かぶのは弱々しい笑みで、青年はやっ
てきた元教え子に向かって「やあ」と声をかけた。
「またお昼寝? いくら春だからって、油断したら風邪をひくわよ」
「大丈夫だよ。ここだと、ほら、花びらが毛布みたいで暖かいんだ」
 言いながら青年――レックスが身じろぎすると、その身体の上に積もっていた羽根のよ
うに軽い掛け布団たちが、音もなくハラハラと地面へと落ちる。落ちた先の地面も同様の
色で埋まっており、そこはさながら花で出来た絨毯。無数の木々は空を支える柱のように
健やかに伸び、広がった枝は雨風をしのぐ天幕のようでもあった。
 その桜で作られた薄紅色の空間に、一人彼は寝転んでいたのだ。今、ここには島の誰も
近づかない。近づくことが許されるのは、この場所の主である青年と、蜂蜜色の色彩をま
とった元教え子のベルフラウのみだ。
 ベルフラウは、太い幹に背を預けて座るレックスに歩み寄り、ため息混じりに言った。
「誰かのお葬式の度に行方不明になるのはやめてくれる? 護人たちはともかく、島のみ
んなはそれだけで大慌てなんだから」
 それで見つけてくれと懇願されるのは私なんだわ、とベルフラウは唇を尖らせる。
 それを聞いて、赤毛の青年は力なく笑った。
「迷惑かけてるよ、本当。ごめんね」
「何を今さら。そう思うんだったら、早くみんなに元気な顔を見せてあげなさいな」
 言いながら、ベルフラウはレックスの隣に腰を下ろした。少し身を寄せれば肩が触れ合
う、温もりが感じられる距離だ。
 望まなければ、触れ合わない距離。だけど望めば、すぐに触れ合える、そんな距離。
 ふう、と息をついて上を見上げると、そよ風に揺れた桜の花が、その花びらを手放して
いた。花びらは、時が止まったかのようにじれったい速度で舞い降りる。
「あなたがここに来るのは、から元気も出せない時だけなんだから。何のために出入り禁
止にしたと思ってるの」
「ああ……そうだったんだ?」
「呆れた。どうでもいいことには鋭いくせに、本当に大切なことには鈍いんだから」
 失礼だわ、と呟くその女性に、はて本当に大切なこととはなんだろう、とぼんやりレッ
クスは考える。
 新しい花びらが枝を巣立ち、地面に落ちるまでのたっぷりとした時間。
 何も語らず、ただ雪のように降り積もる花びらたちを、だけれど融けることなくその身
を重ねていく花びらたちを、じっくりと眺めるたっぷりとした時間。
 二人の髪に数枚の花びらが落ち、それでも考え続けて、レックスはチラリと隣に座るベ
ルフラウを見た。
「……うん、鈍いかもしれない」
「でしょう?」
 何気なく頷く彼女に、レックスは例えようも無い感謝を覚えた。空虚になりかけていた
心に、喝を入れられた気分だ。
 手を動かした。
 肩口から指先まで乗っかっていた花びらが散り、彼は自分の赤い髪を掻き上げる。そう
すると、燃えるような赤の中に混じっていた白に近い紅の雪たちが払われる。
「確かに、君が俺のためにしてくれたことに気づかないのは、駄目だよな」
「そうですとも」
 ツンとそっぽを向くふりをしながら、ベルフラウは自分の手を包んだガサリとしたもの
に、そちらを一瞥する。地面に着いた白い手に、レックスの豆を何度も潰した硬い手が乗
せられていた。
 もう一度沈黙が続き、花びらが積もる。二人の重なった掌の上を桜の色が飾り、今度は
ベルフラウの方が呟いた。
「私はずっと生きていてあげるから、元気出しなさいな」
「……うん」
 うん、とレックスは繰り返した。声を出すと、肩が震えて花びらが落ちる。髪からも落
ちる。止まっていた時間が動き出すように、レックスの身体から春の雪がこぼれ落ちてい
く。
「それに、みんなのことはあなたが覚えてるじゃない。それでいいのよ」
 コツン、とベルフラウは後頭部を木の幹に当てて、瞼を下ろす。木の鼓動を感じようと
耳を澄ませば、幹の中を流れる水の音さえも聞こえるようだった。
 桜の木に遮られて届かない風の音だとか。
 普段なら聞こえるはずがない、花びらが地に落ちる音だとか。
 隣に座るレックスの、心臓が奏でる静かな音だとか。
 実際に聞こえる音と、聞こえるはずが無い音。実在の音と、想像上の音。
 その中に、確かに思い出として植えた木から聞こえてくるものがあり、ベルフラウは唇
をほころばせた。
「そう言えば、この木からでしたっけ?」
 尋ねると、レックスは無言で頷いた。瞼を下ろした顔は、祈りを捧げる敬虔な信徒にも
見える。
「先生が名前をつけた子が死んで……その時からよね、こうやって桜の木を植え始めたの
は」
 目を瞑っていても感じる、数多の木々たち。
 一つ一つのどれが誰の眠りのための植えられたものか、二人は全て把握していた。
「……大きく育ったわ、本当に」
 どれもが、真上を見るような巨大な木ばかり。決して枯れることなく、健やかに育った
桜の森。
「この木の大きさが、別れてからの時間よね」
 だから、とベルフラウは思う。
 だからこの人は、ここに来るんだわ、と。
「みんな、おじいちゃんおばあちゃんになった手で、可愛い孫を抱いた手で先生の手を握
ってたじゃない。私の手も、ね」
 そう言って、ベルフラウはレックスと触れていない方の手を自分の顔の前にかざした。
長く繊細な指は、途方も無い歳月を越えてなお若々しい。
 その手は、剣を握る手だ。
 『不滅の炎』と呼ばれる、島を守る二本の魔剣の片割れ。世界の意志たるエルゴと万物
の魔力的なつながりである共界線から力を引き出すその魔剣が与えた、永遠に等しい命。
 それが与える運命を知っていながら、ベルフラウはその手で剣を取った。
 それしか、もう片方の魔剣を持つ者と永遠を歩む未来は得られなかったのだから。
「みんな、幸せよ」
 レックスは、ベルフラウの横顔を見る。
「みんな、先生が守った島の平和のおかげで幸せな顔で逝けたんだもの。先生は立派なこ
とをしてるわ」
 はるかな昔に少女だった女は、かざしていた手をレックスの額に寄せ、そこに張り付い
た花びらをつまんだ。
「一人のことばかり考えて剣を手に取った私とは、大違い」
「ベルは……後悔はしないのかい? 俺なんかにつきあっちゃってさ」
 苦笑しながらレックスが問うと、ベルフラウは肩をすくめる。
「それこそ、今さらよ。また言っていい?」
「なに?」
「先生は、どうでもいいことには鋭いくせに、本当に大切なことには鈍いと思うわ」
 それだけを言い、ベルフラウは腰を上げた。
 レックスが手を離さなかったので、自然と彼も立ち上がることになり、身体からハラハ
ラと桜が散る。
 まるで、彼自身が桜の木であるかのように。
 ベルフラウはレックスと向かい合い、目を細めて笑って言った。
「あなたと同じなのよ」
 永い時間に後悔することもあるかもしれない。
 寂しさを感じることもあるかもしれない。
 それでもあなたは。
「やっぱり、島のみんなを守るんだわ。剣を手放さず、その力を誰かのために使おうと思
うんだわ」
 何度後悔しようと。
 何度涙を流そうと。
 過ぎ去って行く過去は悲しいけれど、同時に今とても大切な人たちもいるのだから。
 だから捨てられない。投げ出さないで、うつむいた顔を再び上げて、島の子供たちをそ
の腕に抱くのだ。
「私も同じなのよ。わかる、先生?」
 ふわり、と少し背伸びをして、ベルフラウはレックスに顔を重ねた。唇が重なると、そ
れを合図にしたように、レックスが握り締めていた手を放す。
 寂しくてすがっていた手を、放す。
 青年の顔には、先ほどまでにはなかった力強さが、確かに戻っていた。
「うん……わかる」
 手を伸ばす。今度は寂しさではなく、ただ相手を求める想いで蜂蜜色の頭に手を回し、
自分の胸に抱え込む。
「──ありがとう、ベル」
「どういたしまして」
 トン、とベルフラウはレックスの胸を手で押した。身を離すのは、動いていたいから。
桜の花びらには、埋まりたくは無かった。
 ふふ、と笑うのは、レックス以外の誰かに向けてのものだ。
「あなたたちには、あげないわよ」
 呟きは他の誰にも聞こえない密かなもの。だけれど、自分がおしめを替えて、天寿をま
っとうするのを見届けてきた大きな子供たちへは、確かに届いたことだろう。
 降り注ぐ花びらを掻き回すように大きく手を開いて回り、ベルフラウは笑顔で言う。
「そうだ、先生。私今度、子供産みましょうか?」
「は?」
 ぽかんとした彼の顔に、いたずらっぽい調子で続ける。
 そうだ、それは名案だ。
「久しぶりに、子供を産んでみたいわ。先生と私の子、ずいぶんぶりよね。その子を育て
て、手がかからなくなったら、また次の子を産むの。そうしたら、寂しがり屋の先生でも
寂しがってる暇は無いでしょ?」
 どうかしら、と顔を覗き込んでくるベルフラウに、レックスはまだ呆けたまま思わず呟
いた。
「そんな無茶苦茶な」
「あら、そうかしら?」
 レックスの手を取り、ベルフラウは歩き出した。薄紅色の絨毯を踏みしめ、彼と共に桜
の森の中を進む。
 一つ一つの木とすれ違う度に、思い出す笑顔。
 大人しかった子もいる。
 やんちゃだった子もいる。
「先生はね、みんなが先生を残して逝くことを申し訳なく思ったりしないように、むしろ
楽しい未来を見れないことをみんなが悔しく思うくらい能天気に幸せでいればいいのよ」
 前を真っ直ぐ見ながら告げられた言葉に何を感じたのか、レックスは頷く。
「それは……本当に大切なこと、だね」
「そう。どうでもいいことじゃなく、本当に大切なことよ」
 レックスが視線を前に向けた時、そこに桜の大地は無かった。境界で区切ったように、
桜と他の森の木々が入れ替わる。
 緑に埋まった世界の中に立ち、レックスは背後に広がる淡雪のような花びらの森を振り
返るべきかどうか悩んだ。
 そして、結局振り返らずに、彼はベルフラウに言う。
「楽しみだね」
「ええ」

 三度目の抱擁は、強く、長い時間続いた。

 背中に感じるのは、失ってきた多くのもの。
 腕の中に抱きしめるものは、失っていないただ一つのもの。
 大切なのはどちらも同じだが、今手を取っていかないといけないものがどちらであるか
など、わかりきっているのだ。
 永遠を生きるのが必然であれば、せめて桜に埋もれず、常に動いていよう。瞼を下ろさ
ず、共に歩く皆を見つめていこう。
 レックスは、最後にそう考えて、前髪についた花びらを落とした。
 音も立てず落ちるそれは、こぼれ落ちた涙にも似ていた。


                                   了





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