サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS 「青い空のベルフラウ」 [三日目 一〇:四二 <始まりの浜辺>]  エンジンに火が入った。  それを響き始めた唸りのような音と、シート越しに伝わる震動で感じながら、ベルフラ ウは額の上に押し上げていたゴーグルを下ろす。その表情は、緊張のために硬い。  まだ十代も半ばに達していない少女が着ているのは、帝都の競馬用に作られた騎手服だ。 紳士の競技用のそれは、丈夫な厚手の布で落馬の際に荒れた路面から肌を守る。首にはス カーフを巻き、砂塵の中でも口と鼻を覆えるようになっている。  だが、ベルフラウが乗っているのは馬などではなかった。動力の生み出す力を溜め込ん で飛び出すのを我慢している、木と鉄で作られた鳥――機界ロレイラル風に言うならば飛 行機という機械だ。 「エンジン出力良し。次に計器を確認して……異常なし。体調良し。睡眠時間は充分とれ たわ。不本意なくらい」  一つ一つ不安を塗りつぶし、ベルフラウは力を抜いて身体をシートに預けた。教わった 通りに深呼吸し、下腹に力を込める。  それは巨大で、しかしどこか危うさを感じさせる機械だった。馬八頭分ほどの全長で、 横に向かって平べったい翼が広がっている。翼の長さは左右合わせれば全長よりも長いほ どで、上下平行に二枚ずつ計四枚。それらを備えた胴体は、例えて言うならば木で作った 瓶を横にした感じに近いだろうか。樽と言う人もいるだろうし、船と言う人もいるかもし れない。リィンバウムでは的確な言葉はないが、ロレイラルならばそのまま飛行機の形、 と言っただろう。  飛行機の鼻先では、大きなプロペラが回っている。視点が高いのは、瓶の腹から鳥のよ うに足が三本生えているからで、その足の先には馬車のように車輪がついていた。尻には 尻尾のように長い尾翼があるのも、鳥に似ている。  鉄と木で作られた鳥。結局、そう言ってしまえば早いのかもしれない。  意を決して、ベルフラウは目を開いた。 「先生、準備はいい?」  言って、気がつく。  エンジンの騒音をまともに受ける操縦席で前を向いたまま声を出しても、後ろに届くは ずが無い。改めて、ベルフラウは覚えたばかりの通信機のスイッチを入れて言い直した。 「先生、準備はいい?」 「こっちはいつでもいいよ。――大丈夫。自分を信じて」  すぐ耳元で、レックスの声が聞こえた。防寒具を兼ねた通信用の耳当てからのそれに、 ベルフラウは硬かった表情をほころばせた。 「はい!」  元気良く返事を返す。飛行機は二人乗りになっていて、前が操縦席でベルフラウ。後ろ が副操縦席で、レックスがそれぞれ乗っている。レックスからは、ベルフラウの後頭部が 見えているはずだ。 (私の後ろには、先生がいる!)  励ましに勇気づけられると共に、ベルフラウは絶対に操縦ミスは出来ないと再認識する。  そう、命に関わる。この飛行機という機械は、空を飛ぶのだ。  車輪で走り、勢いを得て、その翼で空を飛ぶ機械。島で一番大きな丘よりも高く、見上 げる雲にも達する高さまで。全てを見下ろす高みまで。そこで制御を失えば、当然のよう にとんでもない高さから地面もしくは海面に叩きつけられることになり、二人の命は無い だろう。  それを承知で、レックスは副操縦席についているのだ。そのことは、何よりも強い信頼 の証としてベルフラウの恐怖を払ってくれる。 「先生が信じてくれるなら、私も私を信じられるわ」  誰よりも、自分よりも信じている人がついている。ならば、怖いものなど何も無い。  通信機を介さずに言い、少女は座っている自分の足の間から生えている操縦桿を左手で 掴んだ。右手はスロットルという出力を調整するための桿に添える。足の裏には方向舵と 呼ばれる尾翼を調節するペダルがあり、調子を確かめるように二三度動かす。  真っ直ぐに前を見れば、滑走路には充分なほど長く続く砂浜があった。砂のままでは離 陸のための速度が得られないが、そこは周りに控えた仲間たちがどうにかしてくれる。  問題無し。  迷いも無し。  後は彼女が出発の合図を送るだけだ。 「行くわよ、オニビ!」 「ビビィ〜!」  声に応え、オニビが機上で真っ赤に燃え上がる。同時に、幾つもの召喚の光が輝いて、 長い砂浜に次々と石のタイルが敷き詰められていく。  大きな旗を持ったクノンが、それをブンと振り回す。それが彼女のスタート。 「い――」  スロットルを押し込む。 「けえぇぇぇぇぇ!」  飛行機――ロレイラル式TM9ツイスターは、少女の声を受けて豪快に走り出した。 [一日目 〇九:一〇 <海上の海賊船>] 「島が見えたよ〜!」  マストの上からソノラの明るい声が聞こえて、甲板で風を浴びていたベルフラウは、海 賊船の縁まで進んで目を凝らした。  強い風に帽子を押さえながら見ていると、懐かしい<忘れられた島>が海上に姿を現す。 それは半年ぶりほどの島で、ベルフラウはこみあげてきたものに胸を詰まらせた。故郷で はない。しかし、郷愁にも似た思いでそこを焦がれていたベルフラウの顔に、自然と笑み がこぼれた。 「帰って……きた。先生のいる島に」 「そうね。センセもきっと、喜ぶわよ」  誰にともなく呟いたベルフラウの肩を、後ろからスカーレルがポンと叩いた。ベルフラ ウは呟きを聞かれた気恥ずかしさに頬を染めながらも、その言葉にそっと頷いた。 「ええ」  先生。  レックス。  ベルフラウの大好きな人。  会いたくて、それでも我慢して、軍学校での日々の忙しさの中で彼のことを思い出して は胸が苦しくて。 「最初は……なんて言おうかしら」  まだ、船が島に到着するまでは少しの時間がある。せっかく長期休暇を利用してやって きたのだから、再会の場面には気の利いた台詞を用意したい。 「……どうせ先生の方から気の利いた台詞なんて出てこないでしょうし」  などと少女が思いを巡らせていた時だ。 「あれ? 何あれ?」  ソノラが、マストの上の見張り台で首を傾げた。何かの見間違いだろうか、と彼女は思 ったのだが、 「わ!?」 「え!?」  突然島の上に雷雲が集い、連続して数度の稲光が光るのを見て驚いた。同じようにそれ を見たベルフラウも、目を丸くする。  稲妻はそれで終わらず、さらに幾条かが島に落ちる。その回数は不自然なほどで、スカ ーレルが険しい顔で不気味な暗雲を睨んだ。  そして。 「……蛇?」 「蛇? あ……!」  ベルフラウにも見えた。雷雲の中、巨大な細長い何かが一瞬だけ姿を見せた。それは蛇 に酷似しているが手足を持ち、長い髭を持つ存在。  それは、黒い鱗をした竜だった。 [二日目 ニ一:四五 <海賊船甲板>] 「いい? ベッドに入ってしまえばこちらのものよ。そこまで行ったらあなたはもう何も しなくてもいいわ。後は先生がしてくれるから、黙って寝ていればいいの」  月の綺麗な夜、甲板のマストに寄りかかり、スカーレルは人差し指を立ててベルフラウ に講釈していた。 「先生もオトコよ。ちょっと怖く見えるかもしれないけど、そこは我慢。そういう時のオ トコなんて盛りのついた犬よりも飢えた顔してるのが普通なの。幻滅しちゃ駄目よ」 「想像できないわね……」  飢えたレックス、と考えて、お腹を空かせて泣きそうな顔になってる姿しか思いつかな くてベルフラウは首を傾げた。頬を染めて周囲に気を配っているのは、さすがに話の内容 が内容だからだ。  スカーレルは、一つ頷いて懐から小さなボトルを取り出してベルフラウに渡す。 「必要なのは、一握りの勇気と、一滴のお酒。部屋に入る口実に使いなさい。明日のこと が不安って言えば、先生なら絶対にあなたに優しくしようとするわ。そこに勝負をかける の」 「……はいっ」  幸運を祈るわ、とスカーレルは少女の頭を撫でる。  少女は、いよいよ女になろうとしていた。 [三日間の始まる前 一五:三〇 <集いの泉>] 「まず最初に言っておくけれど、状況は最悪よ。正直打つ手が無いわ」  きっぱりとアルディラが言うと、円卓に集まった一同に重い沈黙の幕が下りた。空には 晴れ晴れとした青空が広がっていたが、何人かはその青さを恨むようにそこを睨みつける。  アルディラは続けた。 「魔竜ガイオウはレックスの<果てしない蒼>で受けた傷が癒えるまで、私たちの手が届 く高度には降りてこないと思うわ。正直、相手がこちらの戦力を知らない段階で倒せなか ったのは失敗だったわね。彼は<果てしない蒼>が脅威であることを知った。次は充分な 態勢を整えて攻めてくるはずよ」  それは、皆の絶望を煽るような淡々とした口調だった。誰も口を挟まない。集まった護 人たちと各集落を代表する人々は、沈痛な面持ちでしばしの静寂を保った。  そして。  レックスはゆっくりと席を立って、全員を順に見回して言った。 「それでも、このままただ待っているわけにもいかないと思う。相手の傷が癒えるまで、 どれくらいあるかはわからない。今のうちにそれぞれの集落の人々の避難場所の確保をし よう」 「うむ、そうじゃな」  ミスミも、席を立った。キュウマに目配せをして、小さく頷く。 「ガイオウは鬼妖界の魔竜。彼奴の気配に関しては妾たちが感じ取ることが出来よう。風 雷の郷から各集落に鬼忍を送ろうと思うが?」 「ありがとうございます、ミスミ様」  ふんわりと微笑んだのは、鎧を脱いだ姿で参加していたファリエルだ。彼女は、付き添 いとして控えたフレイズに合図を送り、彼は手にしていた幾つかの紫色の石を円卓の上に 置いた。  訝しがる皆に、ファリエルは言う。 「契約済みのサモナイト石です。治癒の魔法が使える子を揃えていますので、皆さんでお 役立てください」 「こちらこそ、ありがたくお借りしよう」  ミスミとファリエルは互いに頷き合う。  次に席を立ったのはヤッファだった。 「あ〜……じゃあ、オレはちょっくら廃坑まで行ってくるわ」 「廃坑?」  レックスが一瞬考え、すぐにあっと声を上げた。 「そうか。廃坑なら上空から狙い撃ちされることもないし、あそこは通路が枝分かれして 複数の出入り口がある。閉じ込められる心配も無いんだ」 「そういうこった。ま、一応ジルコーダの例もある。もし残っているようだったら、片付 けてくるぜ」 「お願いするわ」  最後に、アルディラが席を立った。 「私は、どうにか飛行機を召喚出来ないか試してみるわ。駄目でもともとだけど……確か にレックスの言う通り、何もしないわけにはいかないものね」 「飛行機?」 「ああ……そうね、空を飛ぶための機械よ」  その言葉には、レックスも驚いた。 「へぇ。空を飛ぶための機械……想像もつかないな」 「昔ロレイラルの戦争で使われたもので、出来るなら召喚したくはないんだけど、背に腹 は変えられないわ。戦闘用じゃないものだったらラトリクスにもあるんだけど、武装無し じゃガイオウには無力だしね」  それに、と付け足す。 「その飛行機は旧式すぎて、私やクノンじゃ操縦出来ないのよ。知識として操縦方法は知 っているんだけど、それだけ」 「なるほど……じゃあ、俺はガイオウの攻撃に備えるよ。しばらく、青空学校も休校かな」  苦笑気味に、レックスは言うのだった。  そうしてその日の会議は終了した。 [二日目 〇三:一五 <ラトリクス飛行訓練室>] 「はい、準備が出来ましたら、エンジンをフルスロットル。全開まで押し込んでください。 ――はい、遠くを見据え……そうです、弓を射る時と同じように。――左右にぶれすぎで す。細かく足元の方向舵で調節してください。離陸します――離陸します、ベルフラウ様、 機首を上げてください。ベルフラウ様」 「あ……きゃあっ」  ガクン、とシートを揺らして乗っていた飛行機が止まった。とは言ってもそこは広い部 屋の中で、ベルフラウとクノンは固定された飛行機の操縦席に座っていた。仮想訓練用の 装置は、まるで実際に飛んでいるかのような錯覚を彼女たちに与えてくれる。  副操縦席のクノンが安全ベルトを外して立ち上がりながら、 「ベルフラウ様、そろそろお休みになってください。先程の課程は二時間前にクリアした 部分です。集中力の低下した状態では、訓練も無意味です」  冷静に、しかしクノンは操縦席のベルフラウの真っ青な顔を見て、強めの口調で言った。 ベルフラウの額にはびっしりと汗の玉が浮き、顔には疲労の色が濃い。瞼は半分落ち、医 者で無くとも彼女に休息が必要なことは明白であった。  だが、ベルフラウは唇を噛んで、悔しそうに言う。 「まだ……まだよ、クノン。お願い。もうちょっとだけ時間をちょうだい」 「ですが……」 「お願い。もう今日しかないんだから、少しくらい無理は仕方ないわ。島のみんなの命が かかっているんですものっ」 「……わかりました」  開ききらない瞳で自分をジッと見ているベルフラウに、クノンは小さく頷いた。そして、 「失礼します」  とベルフラウの目を自分の掌で押さえた。  訝しがる少女にクノンは常通りの淡々とした物言いで言う。 「それでもしばらくの休憩は必要です。私が二十数える間、目を瞑っていてください。そ の間は、訓練のことも考えず、心を落ち着けることをおすすめします」 「ええ……わかったわ」  ベルフラウは、言われた通りに身体の力を抜いた。操縦席に身を乗り出して伸ばされた クノンの掌は、冷たくて火照った顔に気持ちよかった。  少女は、短い時間だけ己の置かれた状況を忘れ――。 「ごゆっくりお休みください」  クノンが二十数え終わる時には、静かな寝息を立てていた。それを確認すると、医療看 護用機械人形は少女の身体を固定するベルトを外し、起こさないようにそっと抱き上げた。  と、開け放してあった部屋の扉をコンコンと叩き、赤毛の青年――レックスが姿を見せ る。 「呼ばれてきたけど……眠った?」 「はい。予定よりも二時間遅れましたが、お休みいただけました」  そう言って、クノンはベルフラウを屈みこんだレックスの背中に乗せる。青年は少女の 重みとも言えない重みを感じて立ち上がり、困った時によく見せる微苦笑をクノンに向け た。 「ありがとう。俺がいくら言っても聞かなくてさ」 「ベルフラウ様の仰っていることは正論ですので、説得は難しいかと思われます。アルデ ィラ様も、もし対象がベルフラウ様ではなくレックス様であれば、徹夜で訓練を続けても らえたのにと仰られていました」 「はは……女の子ってだけで無理をさせたくないだなんて言ったら、ベルフラウは怒るだ ろうね」  歩き出したレックスに随従し、クノンは斜め上の彼の横顔を見上げて頷く。 「それも正論なのだと思われます。時間が無いのも正しいですが、ベルフラウ様の体力で は、無理をすれば本番に差し支えます」 「うん……どっちを取るか、なんだよなあ。両立させるのは難しいね。島のことを考えた ら、ベルフラウに無理をしてもらった方がいいわけだし」  う〜ん、と眉間に皺を寄せて考える彼に、クノンは機械らしくない、機械よりも冷たい 視線を向ける。 「レックス様は、嘘がお下手です」 「え?」 「出ている答えで悩むふりをするのは、時間の無駄だと思われます。アルディラ様風に言 うのであれば」  と、クノンは足を止めた。つられて廊下の途中で止まったレックスは、クノンが長い髪 のアルディラのようにその髪をかき上げて流し目をするのを、呆気にとられて見るしかな かった。  果たして、クノンは言った。 「滑稽よ」 「は、ははは……」 「以上です」  無表情に締めくくるクノンに、レックスは乾いた笑いで応えるのであった。 「一日目 一〇:一五 <浜辺>」 「やります。やらせてください」  ベルフラウが承諾すると、顔色を変えたのはレックスだった。彼は、提案を投げかけた アルディラに向き直り、強い調子で言う。 「危険すぎるっ」 「それは否定しないわ。ぎりぎりまで訓練を積んで、それでも無謀だと思ったら中止しま しょう。ただ、出来るだけのことをしたいだけなの。――ベルフラウ、あなたがこの時期 に来てくれてよかったわ。……素直に喜べないのが、少し悲しいけど」  割り切ったようなことを言いながら、アルディラの顔には申し訳なさが浮かんでいた。 それを見たベルフラウは、首を横に振って微笑む。 「いいえ、お姉さま。喜んでください。先生も。この場合は、私が間に合ってよかった、 でしょう?」 「ありがとう、ベルフラウ」  それで少しだけ救われたのか、アルディラが口元に小さな笑みを浮かべる。  レックスの表情だけは、晴れることはなかった。 「一日目 一五:五〇 <ラトリクス中央制御室>」 「逸材よ」  アルディラの評価はそういうものだった。 「視野の広さ、距離感、動体視力、予測能力、全てにおいて合格点。子供だから機械に対 する抵抗も少ないし、物覚えが早いわ」  ただ、と言う。 「やっぱり、体力にだけは不安があるわ。飛行機というのは乗るのにとても体力を必要と するの。どう引き伸ばしても、ベルフラウが飛べる時間は一時間無いわ」  何せ、と。 「通常飛行じゃなく、いきなりの実戦飛行なわけだし」  アルディラは、制御室のモニターに映るベルフラウの様子をじっと見つめているレック スを振り返った。 「だから、短期決戦よ。勝負の鍵を握るのはベルフラウだけど、勝負を決めるのはあなた。 無理を言うようだけど、出来れば一撃で決めてちょうだい」  それに対し、レックスは静かに頷いた。 「一撃で決めるよ。長い時間はかけない……絶対に」  そのことこそが彼に出来る、少女を少しでも危険から遠ざけるたった一つの方法だった。 [一日目 十九:〇〇 <海賊船会議室>] 「で、そのガイオウとやらは今までどこに隠れてやがったんだ?」 「それはわからない」  カイルの質問に、レックスは首を横に振った。 「昔、まだこの島に<無色の派閥>がいて、喚起の門が正常に作動していた頃に呼び出さ れた魔竜なんだ。喚起の門の機能で観測だけ出来るようにして、どこかに封印されていた らしいんだけど、この前の戦いでね……」 「あ〜」  言葉を濁したレックスに、カイルも苦笑する。彼が言いかけたのは、島の命運をかけた ディエルゴとの戦いのことだ。その中で喚起の門の機能は失われ、それが原因になってガ イオウが復活したというのだろう。 「つまり、間接的とはいえ、俺らにも責任はあるわけだ」 「それは放っておけないわね」  カイルの言葉にスカーレルも頷き、ソノラとヤードも同意した。  それで、とカイル。 「こっちから攻め込むには、ベルフラウの訓練次第ってことか」 「あたしじゃ駄目なの、先生?」 「うん。飛行機には武器はついていないからね。戦闘は召喚術で行なうことになる。ベル フラウならオニビがいるし、臨機応変に必要な召喚獣を呼び出せる」 「そっかぁ……じゃあ仕方ないね。飛行機乗ってみたかったなぁ」 「それは、後で頼んでみるよ」  前向きなソノラに、レックスは苦笑して頷いた。 [二日目 十八:四五 <ラトリクス集中治療室>] 「ご安心ください。命に別状はありません」 「い、命って……ベルは、ベルフラウは大丈夫なのか、クノン!?」 「ですから、ご安心ください。ベルフラウ様はお休みになっていますので、お静かに」  詰め寄るレックスを押し留め、クノンは淡々と言った。 「極度の緊張状態から急激に解放され、気が弛んだのでしょう。栄養剤も打ちましたし、 すぐに目を覚まします。お夕飯はご一緒出来ると思います」 「え……ということは」  驚くレックスに、クノンは頷く。 「はい。訓練課程は全て終了しました。今のベルフラウ様でしたら、ある程度の戦闘行動 にもたえられると判断します。計算上ではガイオウの空中での運動性能を上回る飛行を行 なえます」  常に公平なクノンからの、贔屓目無しの高評価。  だが、それを聞いてレックスは暗い気持ちになった。 「そうか……」 「レックス様」 「え?」  クノンの咎めるような声に、レックスは顔を上げて、再度驚く。医療看護用機械人形は、 なんと拗ねた顔でレックスを見上げていた。 「クノン?」 「レックス様は、ベルフラウ様を信じておられないのですか?」 「い、いや……」  どう答えて良いのか、レックスは迷った。  ベルフラウのことは、信じている。飛行も、クノンがお墨付きを出すのならば大丈夫な のだろう。  だが、それとは別のところで、レックスはベルフラウを危ない目にあわせたくはないの だ。  それを、どう機械人形のクノンに伝えれば良いのか。  思った時だ。 「心配なのは、わかります」  意外な言葉が彼女の口から発せられた。  そして。 「心配な分は、レックス様がお守りになればよろしいかと思います」 「あ……」  呆気に取られた。  ポカンとしたレックスに、クノンは最後に髪を掻き上げ、彼の顔を流し見た。 「滑稽よ」 「は……ははは! そうか、ありがとう、クノン」 「以上です」  今回は、レックスは乾いた笑いではなく、心の底からの笑顔を浮かべることが出来た。 [一日目 十三:〇〇 <ラトリクス飛行訓練室>] 「綺麗……」  ベルフラウが呟いた。参考にと見せられたモニター映像の中で、一機の飛行機が見事な 宙返りを見せていた。  いや、それはただの宙返りではない。機首を上げて一気に上空へ飛び、そのまま上下逆 様になるまでそって弧を描いくのは宙返りと同じだ。だが、そこからが違う。宙返りであ れば、グルリと一周回るところであるが、その飛行は逆様になった後にクルンと機体の上 下を入れ替える。  つまり、上方を弧を描きながら通過して、最初進んでいた方向から百八十度逆方向を向 いたことになる。縦回転の最中に機体をきりもみさせる高度な技で、映像では背面を向く だけではなく、きりもみ後の機首の方向によってあらゆる方向への転換を可能にさせてい た。 「興味がおありですか?」 「ええ。とても綺麗。不思議な動きね。これは?」 「インメルマンターンという動きです。速度エネルギーを位置エネルギーに変えて、針路 を自在に変化させます。名称は、発案者の名前からとられています」  クノンが答え、モニターを食い入るように眺めているベルフラウを見る。  少女の心は、すでに大空へ飛び立っているかのようだった。 [三日目 〇八:〇五 <レックスの部屋>] 「ん……」  ベルフラウは、驚くほど晴れやかな気分で目を覚ました。  起きた、と自分で思った時にはすでに意識ははっきりしており、頭の中には眠気の欠片 も無かった。 「ん〜、良く寝た」  ベッドの上に身を起こして、上半身だけで大きく伸びをする。  そこで気がついた。 「あ……」  服を、着ていなかった。いや、見慣れぬ、と言うか、自分の身に着けるものではないは ずの大きな前開きのシャツを羽織ってはいるのだが、他には何も着ていない。驚いて見回 すと、そこは自分の部屋ではなかった。 「先生の……部屋?」  理解した時、少女はカァッと顔を赤くした。顔だけではなく、耳まで、身体全身まで桃 色に染めて口を押さえた。 (そういえば、昨日先生の部屋でお酒をいただいて……)  覚えていない。  いや、覚えていなくても想像はつくのだが、だからといって覚えていないことが許され るわけがないというか、覚えていないと自分的に大問題で口惜しくてそこでどういう会話 があってどのようにその何と言うかそういう流れになったのかが知りたいという乙女心と いうか矜持というかでも――。  コンコン、と扉が叩かれた。弾かれたように顔を上げたベルフラウは、真っ赤な顔のま ま、 「はいっ!」  はしたないくらいの大声で返事をしていた。  すると、 「あ、起きたんだね。入っていいかな?」 「は、はい、どうぞ!」  部屋の主の声に、思わず背筋を伸ばしてしまった。  すぐに扉が開いてレックスが姿を見せ、ベルフラウを見て穏やかな笑みを見せる。その 視線が恥ずかしくて、少女はもじもじと斜め下を向いてしまう。 「おはよう、ベル」 「お、おはようございます、先生! あ、い、いえ、もしかしたらレックスって呼んだ方 がいいのかしら? それとも、あ、あなたとか。ち、違うわね。あなたって私は先生にず っと言ってるわけだし、で、でも、違う意味だし先生がそういうの好きだったら――」  怒ったような顔で、しかし照れ照れと言うベルフラウに、レックスは小首を傾げる。そ れは、ベルフラウの視界に入らない。 「先生でかまわないけど」 「そ、そうなの。そうよね。先生は先生よね。うん!」  無理をして笑いながら、ベルフラウは焦った。  おかしい、こんなに自分は動揺するのだろうか、予定では朝の目覚めは彼よりも早くて その寝顔を眺めて時間を過ごし、小鳥の声に目を覚ました彼にひとことおはようございま す先生と言うはずだったのだし、確かに予定は狂ったのだけれどもっと堂々としていなく ては彼に主導権を握られてしまうというかアルディラお姉さまが言っていた余裕を持って 接しなければ男はすぐに図に乗るだとかそういうことが頭を駆け巡って上手く言えないの だけど顔が熱くて気恥ずかしくてそれでも幸せっていうのはこういうことなんだろうかと ――。 「先生!」  ベルフラウが顔を上げる。  うん? と少女を見たレックスは、ああと思い出したかのように言った。それに、ベル フラウは用意していた言葉を飲み込むはめになった。 「服、椅子の上に畳んで置いてあるから」 「は、はいっ」 「昨日は驚いたよ」 「は、はい!」 「ベルは裸でベッドに入るんだね。やっぱりお嬢様なのかな」 「は、はい……はい?」 「あ、気にしなくていいよ。床で寝るのには意外と慣れてるからさ」 「は……い……?」  にっこりと、レックスは朝にふさわしい笑みで言った。 「よく眠れたみたいだね。これで今日は安心だ」 「…………」  朝から。  上り詰めた空から。  墜ちた気分になった。  とりあえず、着替える前に目の前の男の足くらいは蹴り飛ばしてやろう、と決意するベ ルフラウであった。 [三日目 一〇:四五(現在) <始まりの浜辺>]  ツイスターがその車輪で浜辺に敷かれたタイルの上を加速していく。人よりも速く、馬 よりも速く、風を切って真っ直ぐに走る。  ベルフラウは足元の方向舵だけで進むべき直線を維持し、細い路面の先を睨みつける。 ゴーグルのおかげで目は開くことが出来るが、風圧は彼女の蜜色の髪を大きくたなびかせ、 その威力を示している。  その彼女とレックスを乗せ、ツイスターは加速。さらに加速。計器の針が跳ね上がり、 その速さを初めて体感するレックスは、歯を食いしばって自分の席で身を硬くした。  長いと思っていた浜辺の終端が近づく。タイルが終わり、そのまま砂の中に飛び込むの ではないかとレックスが不安に思った時、通信が入った。 「飛ぶわよ、先生!」 「!」  機首が上を向いた。  そう思った時には、レックスの視界は斜めになっていた。背中が座席に押し付けられ、 それが落下方向なのだと理解するのに数瞬。さらに、視界の中が青空と、少女の蜜色の髪 のみで埋め尽くされ、それが上へ向かっているのだと理解するのに、数瞬。  世界を駆け上る。  次の瞬間、レックスは叫んでいた。 「飛んだ! はは、ベル、飛んでるよ!」 「当たり前よ。そのために苦労したんだから」  一方、何でも無いことのようにベルフラウは応える。しかし、その声に若干の興奮が混 じってしまうのは仕方が無かった。 「それに……まだこんなものじゃないわよ」  浮かれるレックスを背後に、ベルフラウはスロットルを最大位置で固定。さらに高度を 上げていく。ともすれば左右どちらかに曲がってしまいそうになるのを制御して、真っ直 ぐに空へ。  そして、充分な高さを得てから、ベルフラウはスロットルを戻す。素早く機体を左旋回 させ、言う。 「先生、島が見える?」 「ああ……凄いな」  それは絶景だった。速度を落とし、ゆっくりと飛行するツイスターから見下ろした二人 の視界の中、広大な蒼い海の絨毯の上に小さな島が一つ浮いている。掌に収まってしまう その島を、視線を巡らせて霞む水平線の彼方を、うす雲のかかる空を、順番に見る。  思ったのは、広いということ。  世界は、広いのだということ。  自分たちが立っていた場所が小さく感じてしまうほど、世界は広い。広くて、美しい。  陽を受けてキラキラと宝石のように輝く海。波の動きが不規則に光を反射させ、まるで 海全てがこちらに何かを伝えようと輝いているかのよう。  <忘れられた島>は、そこに浮かんだ一つの完結した世界。森があり、泉があり、集落 がある。小さく見えるが、その中に人の営みがあることを二人は知っていた。小さいが、 ちっぽけではない。とても尊い、大切な島だ。 (守りたい……守らないと)  自然と、ベルフラウは思っていた。レックスも思っていた。  無意識に、二人は通信機のボタンも押さずに言っていた。 「先生とここに来れて良かった」 「君とこれを見られて良かった」  失敗に気づき、ベルフラウはクスリと笑う。だけれど、何故か伝わったという気がした。  一呼吸。 「さあ、先生。さっさと片付けましょう。空の旅は、後でまたゆっくりと出来るわ」 「そうだね」  頷き、レックスは自分の身体を固定していたベルトを外した。強く念じると、その手の 中に空間を飛び越えて蒼い宝石のような刃を持つ一振りの剣が現れる。同時にレックスの 髪が白く染まり、伸びる。淡い蒼の光が彼の身体を包み込み、ベルフラウは後部座席に人 間の範疇を越えた力が生まれたことを感じた。 「……よし」  <果てしない蒼>の力で身を変じさせたレックスは、あらかじめ用意してあった鉄製の フックを座席に引っ掛け、そこから伸びた鎖を自分の腰に巻く。そして、あろうことか飛 行するツイスターの上で、立ち上がる。 「く……っ」  途端に身体を押し流そうとする風圧。それに耐え、レックスは視界の先に見える巨大な 存在へと集中力を高めていった。  それは、雷雲をまとって現れた黒い鱗の魔竜。ガイオウの姿だった。 [三日目 同時刻(現在) <始まりの浜辺>] 「来たわね」  にわかに曇り始めた空を見上げ、アルディラが呟く。彼女は複数のサモナイト石を自分 の周りに円を描くようにして配置し、鋭く言葉を走らせる。 「スクリプト・オン! 召喚!」  ロレイラルを表す青い光の門が幾つも開き、そこから丘のような大きさの機械兵たちが 次々と現れる。皆が手や肩に巨大な砲を装備しており、その砲門を空へと向ける。  続いて、ヤッファが大地に手を当てて吼える。 「行くぜぇ! 召喚!」  メイトルパを象徴する緑色の光の柱が何本も立ち上り、そこから機械たちに負けない大 きさの獣たちが現れる。全員が強力な破壊力を持つものばかりを揃えていた。  さらに、キュウマが指で複雑な印を組む。 「いざ……招鬼!」  シルターンの力の顕現である赤い光が無数に炸裂し、小兵ながら翼を持つ天狗や数多く の妖怪たちが現れる。飛行能力を持つ者が多く、中には憑依能力を備えた者もいた。  最後に、鎧を脱いだファリエルが両手を天へとかざして唱える。 「開け霊界の門──召喚!」  サプレスの威光たる紫の光が世界を覆い尽くし、その中に浮かび上がるようにして聖な る存在が現れる。女神や上位天使が勢揃いし、まるで神々の宴のような勇壮さで白い羽根 が舞い踊った。 「これは……凄い」  ヤードが感嘆の声を上げ、楽園に集う召喚獣たちを見る。  だが、その奇跡のような光景すら霞むような力が、島の上に雷雲を生んでいた。集った 四界の力を圧し、空気自体が重くなり、人々を押し潰そうかという錯覚。  瞬間、空の闇が雷光を放った。轟音と共に雷が近くの森に落ち、ピシャアアと背の高い 木が縦に裂けて炎に包まれる。 「マジかよ……」  カイルが、開いた口がふさがらないという顔になる。  彼らを見下ろしているのは、ディエルゴにも匹敵するという化け物だったのである。 [三日目 同時刻(現在) <空>] 「大きい……」  ベルフラウがまず思ったのはそういうことだった。ガイオウから少し離れた場所をツイ スターで飛行しながら眺めると、その全長は滑走路にした砂浜にも及ぶだろうか。大蛇の ようなうねる身体を持つ魔竜は、雷雲を服のようにまとって島を見下ろしていた。  しかし、躊躇っている暇は無い。相手よりも高い高度から後ろに回りこみ、ツイスター はガイオウの頭を目標として飛ぶ。  後部座席に立ったレックスは、両手で<果てしない蒼>を振りかぶり、一撃を放つその 時のために力を溜めていた。澄んだ蒼い光輝が刃に収束し、白い魔人のような姿で黒い竜 を見据える。  と、唐突にツイスターが左に旋回した。ガクンと横に振られ、レックスがよろめく。 「ベル!?」 「先生! 動きが激しくなるから、気をつけて!」  通信機のボタンを押せないレックスの言葉は届かなかったが、ベルフラウの叫びは耳当 てから聞こえた。見ると、ガイオウがツイスターの爆音に気がついたのか振り返ったとこ ろだった。蛇体をひねったそれは、巨体だけに身体の動きも大きい。その際に動いた尻尾 に横殴りにされかけたツイスターが、回避行動をとったのだ。  左旋回しながら上昇したツイスターを、ガイオウがその顎を大きく開けて追う。真っ赤 な口に雷光がきらめくのを見たレックスは、召喚術を使おうとしたが、ベルフラウの叫び が止める。 「大丈夫!」  ベルフラウがスロットルを全開に押し込んで、操縦桿を思い切り引く。ツイスターのエ ンジンが活性化し、持ち上がった機首が鋭い弧を描いて、プロペラ機は大空で宙返りをう った。レックスの上下が逆さになり、一瞬前まで彼がいた場所を雷撃が通り過ぎていく。  さらにガイオウはツイスターを追おうとしたが、宙返りで一周する動きがわからないの か、軌道をむなしく牙で裂く。  クルリと同じ場所に戻ってきたベルフラウは、スロットルをそのままにして一回距離を 取ろうとする。見事に攻撃をかわされたガイオウは誇りを傷つけられたのか、唸り声を上 げてそれを追った。  ベルフラウは会心の笑みを浮かべる。 「先生!」 「なるほど……」  ツイスターに迫る巨大な召喚獣。それを見つめ、レックスはベルフラウの意図を悟った。 「十数えたら、もう一回宙返りするわ。そこで、頭を真上から狙って」 「わかった」  やはりレックスの言葉は届かないが、構わなかった。 「十!」  レックスが、完全に後ろに向き直る。 「九!」  剣を天高く振り上げ。 「八!」  魔竜が迫る。 「七!」  深呼吸を一つし。 「六!」  召喚の言葉を紡ぎ出す。 「五!」 「開け」 「四!」 「幻獣界の門よ!」 「三!」  魔竜の目がレックスに気がつき。 「ニ!」  恐怖に見開かれた。 「一!」  そして、魔竜が動きを止めた。  ベルフラウは止まれない。彼女はそのまま操縦桿を引き、ツイスターは鋭い上昇を開始 する。レックスは、ガイオウの顔に笑みが浮かぶのを見た。 「待ち伏せされた!? ベル、止まれ!」  叫びは届かない。  凄まじい風圧を受けながらレックスの上下が入れ替わり、離れた場所でガイオウが口を 開く。狙い撃ちされる。ガイオウは一回の観察で、ツイスターの動きを学習していたのだ。  弧を描く。  レックスは覚悟を決めて召喚術を放とうとした。  その時。 「先生、私を信じて!」 「!」  ベルフラウの声が、全てを決定した。 [三日目 同時刻(現在) <始まりの浜辺>]  アルディラは、上空でのその戦いを眺めて呆然と呟いた。 「インメルマンターン……」  弧を描き、ツイスターが宙返りでもとの位置に戻ると思っていたガイオウの目と鼻の先 で、ツイスターは上下をきりもみさせて入れ替えた。自然、待ち構えていたガイオウの頭 の上を真っ直ぐに通過することになり──。 [三日目 同時刻(現在) <空>] 「今よ、先生!」 「召喚! 来たれ、牙王アイギス!」  極大の緑の召喚門が、青空に広がった。直後に召喚門を割って縞模様の白虎が現れる。 その巨体は魔竜にも劣らず、振り上げた前足の鋭い爪が──。  ガイオウの頭を一撃で叩き潰した。 [三日目 同時刻(現在) <始まりの浜辺>]  影が落ちる。 「やばっ。下がるぞ!」  ガイオウの蛇体が真っ直ぐに落ちてくるのを見て、カイルが一同に号令をかけた。地響 きを立てて海岸に魔竜が叩きつけられ、海水が盛大に跳ね上がる。  そこへ、待ち構えていた召喚獣たちが一斉に襲い掛かった。轟音に次ぐ轟音。閃光に次 ぐ閃光。苦痛の悲鳴が断末魔の悲鳴に変わり、魔竜の身体が跡形もなく消し去られていく。  その、悲しげにも聞こえる長い悲鳴を耳にし、ソノラはポツリと呟いた。 「なんだか、可哀想だね」 「まあな……あいつも、無理矢理呼ばれて来たクチだろうからな」  妹の頭にポンと手を乗せ、カイルも頷いた。  しかし、彼は言う。 「だがよ、仕方ねぇ。世の中そういうもんだ。あの先生なら別のことも言うかもしれない けどな。喧嘩を売られた。話し合えねぇ。だったら、やるしかねぇんだよ」 「うん……そうだね」  視界の先では、四界の召喚獣たちが勝ち名乗りをあげていた。 [三日目 同時刻(現在──エピローグ) <空>] 「…………」 「先生のことだからどうせ落ち込んでいると思うから言いますけど、これは仕方なかった んでしょう? あなたは島を守ったわ。だから、喜んでいいの」 「……驚いたな」  平行飛行を続けるツイスターの上に立って、レックスが物思いにふけっていると、ベル フラウの声が耳に聞こえてきた。青年はそうだね、と呟いて、瞼を下ろす。  上げた時には、その髪はもとの赤毛に戻っていた。 「っと、うわ、うわぁ!?」  途端に風圧に吹き飛ばされそうになり、レックスは慌てて鎖を掴んで耐えた。そして、 どうにか座席についてベルトで身体を固定する。 「ふう……ベル、お疲れ様」 「どういたしまして。先生こそ、お疲れ様」 「うん」  ツイスターが旋回し、島の上を一周するように風景が流れていく。高度もずいぶんと下 がり、着陸が近いことを教えていた。  レックスは、感心して言う。 「それにしても、ベルがこんなに操縦が上手くなっているなんて驚いたよ。島を守ったっ て言うけど、ほとんど君の手柄だ。言葉を返すけど、喜んでいいよ」 「もちろん、喜んでますとも」  ふふ、と微笑んで、ベルフラウは続けた。 「ところで、先生。先生にはわからないかもしれないんだけど、私からの仕返しがあるん ですけど」 「は? ──うわ!?」  いきなりツイスターがきりもみ回転し、レックスは悲鳴を上げた。ベルフラウの手がス ロットルを最大にし、そのまま機首を上げていく。 「ちょ……な、なにを!?」 「先生、何か言う時は手元のボタンを押してから言わないと聞こえないんですけど」 「押してる! 押してるよ!?」  速度は上がる。天を目指して昇っていく。ベルフラウの蜜色の髪が、レックスの視界い っぱいに広がった。  少女は、青年から見えない位置でいたずらっぽく笑い、 「インメルマンターン!」 「うわああああああ!?」  レックスの視界が縦に横に回転する。さらに機首が下がり、まっさかさまにツイスター はきりもみ落下した。 「ベル! ベルフラウ! 落ちてる、落ちてるよ!」 「ええと、聞こえないんだけど、ちょっと先生にお願いがあるんだけど」 「はい、なんですか!」  必死の表情でレックスが叫ぶ。<忘れられた島>が近づく。落ちる。目の前に迫る。 「明日一日、先生は私の奴隷になってくれる?」 「はい! ……え?」 「決まりね」  満足そうに、ベルフラウはツイスターの落下を中止させた。海岸が近づき、そこに待つ 人々の姿が見えるほどの距離で機体を立て直し、地面を掠めるようにしてそこを通過する。  レックスがなにやらとんでもない約束をしてしまったのだと自覚する前に、 「インメルマンターン!」 「うわああああああ!?」  とりあえず、乙女のプライドを傷つけた仕返しはさせてもらうのだった。                                了