サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS 「かわいいひと」  目を醒ますと、その日はベッドの中に自分以外の人がいた。 「?」  そういえば久しぶりに会ったから一緒に眠ったんだっけ、と思い出して、私は寝ぼけた 頭で私に腕枕をしてくれているその男の人を見る。  燃えるような赤毛。好みで分かれるかもしれないけれど、私は大好きな優しい顔立ち。 着飾らない人で、眠る時も粗末なシャツ一枚だけれど、その厚い胸板に頬を摺り寄せるの が、私は何よりも好き。難を言えば鍛えられた腕は枕には向いていなくて、一緒に寝てい ると首が痛くなるのだけれど、そのくらい我慢するのが淑女のたしなみだと思う。だって、 この腕は今この世で私だけのために枕になっているのだし、それを考えたらどんなふかふ かな高級枕よりも素敵に違いないのだから。 「ふふ」  頭がはっきりしてきた。  私は一つ笑うと、世界一の枕から頭を上げて、ベッドの上に座った。この世で一番好き な男の人のお腹に狙いを定め、 「えい」  軽く、お尻から飛び乗った。 「ぐっ!?」  と、一瞬彼はうめき声を上げたけれど、眉根を寄せてからもにゅもにゅと口を動かし、 それからまた静かな寝息に戻ってしまった。手ごわい。私が起こしてあげようというのに。 「どうしてくれようかしら」  のんきな寝顔を、私は少しのイタズラ心を持って覗き込んだ。人が遠路はるばる、たま の休みを利用して<忘れられた島>まで来ているというのに、私よりも長く寝ているとは 何事だろう。時間は少ないんだから、有効活用しないといけない。敬愛するアルディラお 姉さまの言葉を思い出して、私は身を乗り出して彼の顔に自分の顔を近づけた。私の蜜色 の髪が彼の顔にかかり、寝息に乱れが生まれる。くすぐったいらしい。 「ふふ。さあ〜て」  ほくそ笑み、私は彼の額に口接けた。ちゅっ、と触れるだけですぐに離れる朝の挨拶。 「起きないわね」  いたずら決定。女の子のお目覚めのキスで起きない男なんて、何をされても文句は言え ないのだ。  右手でむに。  左手でむに。  彼の頬を両手でつまんで、私は最終勧告を行なった。 「覚悟なさい」  死刑宣告とも言う。  そして。 「いたたたたたっ」  悲鳴を上げて目を開いた彼の上で、私はにっこりと微笑んだ。 「おはよう、お父様」 「お、おはよう」  私の最愛のお父様は、苦笑気味にそう言うのだった。  私のお父様の名前はレックス。  私のお母様の名前はベルフラウ。  二人はとっても仲良しだけれど、不思議と一緒には暮らしていない。  私はお母様と一緒に帝都のおうちで暮らしていて、たまにお母様に連れられてお父様の いる<忘れられた島>に遊びに来る。  遠くに離れて暮らしてはいるけれど、私はお父様のことが大好き。  優しいし、物知りだし、そして何よりもお父様といるとお母様が可愛くなる。可愛いお 母様を見るのが、私はとても大好き。  お母様は国で一番の学校を首席で卒業した人で、その後何年か<忘れられた島>で過ご した後、お祖父様のお仕事を継いだ人。とてもお仕事が上手らしく、おうちに来るお客様 は皆お母様のことを褒めていた。  でも、お仕事をしている時のお母様は、あまり楽しそうじゃない。お仕事が上手くいく と嬉しそうだし、満足そうなんだけれど、楽しそうじゃない。よくわからないけれど、そ んな感じがする。  そのことをお母様に言ったら、肩をすくめて「やりがいはあるし、達成感もあるわ。け ど、充実感には乏しいってところかしら。わかる?」と言われた。わからなかった。  ただ思うのは。 「あら、起きた? 朝ご飯できてるわよ」  隣の部屋からお母様の声。  普段は絶対にやらない料理というものを、お父様に会いに来た時だけ三食絶対に作るお 母様。  とても上手とはいえない料理を「生意気な魚ね」だとか「この芋、私にたてつく気?」 だとか言いながら作っているお母様は、とても楽しそう。  だから、私はお父様が好き。  お父様は、お母様を楽しくしてくれる人だから。  朝食は、奇跡的にも食べることが出来た。 「美味しい! 驚いた」  と、お父様が失言をしてお母様に睨まれて首をすくめていたけれど、私はどちらかとい うとお父様にお母様の指に注目して欲しかった。  今日のお母様は、長くて綺麗な指にバンソコいっぱい。 「可愛らしい人だわ」  呟いたら、お母様が口をへの字にして手を後ろに隠してしまった。もったいない。  朝食が終わると、私はお父様の家のお掃除をする。それは毎回やってくる度の儀式のよ うなもので、今回も絵や工作の品で埋まった部屋を人の住処へと立ち直らせる。 「ごめんね、せっかくの休みに」  お父様は申し訳なさそうだけれど、私は結構楽しい。  お父様がユクレスの村に建てた家は、私たちが三人で暮らすのに充分な広さがあるのだ けれど、寝室を除く場所はほとんど青空教室の生徒からの贈り物で埋まっている。その贈 り物の一つ一つに「せんせいありがとう」などの言葉が書いてあり、私はその度に誇らし く、そして少しだけ悔しくなる。  お父様が島の皆に愛されていることが誇らしい。  島の皆がお父様と毎日一緒にいられることが悔しい。  そういう時は決まって、贈り物を幾つも重ねて持ち上げるお父様の背中にぴとっと身を 寄せて瞼を下ろす。  すると、お父様は私が離れるまでいつまでも待っていてくれる。重い荷物を抱えた時に それをするのは、偶然であってイジメじゃない……よ?  お母様がお皿を割ってお父様が助け舟を出しに行くと、私はこっそりとおうちを出る。  私はお母様の味方なのだ。  ユクレスの村を歩いて、私は私のいないしばらくの間の島の様子を聞いて回る。この島 の人たちは、皆私には口が軽い。本当なら言っちゃいけないような秘密まで、こっそりと 教えてくれる。 「風雷の郷のスバル様が、ついにキュウマ様から立会いで一本取ったらしい」  ふんふん。後でスバルお兄さんにおめでとうを言わなくてはいけない。 「パナシェも自警団を率いるようになって、おじさんは嬉しいよ。あの弱虫が」  なるほどなるほど。お母様の思い出話に出てくる姿からは想像出来ない。 「フレイズさんが、ファリエル様にプロポーズして断られたとか。まあ、本人駄目もとだ ったみたいだが」  あの人、私以外にも声をかけてたんだ。それにしてもファリエルさん。あの人には好き な人がいるんだろうけれど、私が予想するその相手を思うと、少し複雑。お父様は、モテ る。 「おや、大きくなったねえ。見違えたよ。もう七歳だって?」  そうでしょう。背は毎年伸びている。お母様くらいにはなりたいと思う。 「ヤッファ様が、ついに身を固める決意をしたらしいよ」  嘘!?  たっぷりと時間をかけて島を一周しておうちに帰ると、お父様とお母様は書置きだけを 残して出かけていた。  テーブルの上にあった書置きには、 『浜辺に行ってきます』  と書いてあった。  つまり、浜辺には来るなということだ。だって、お母様の字だし。 「可愛らしい人だわ」  仕方ないので、お昼はオウキーニおじ様のおうちでいただくことにする。そこが、この 島で一番ご飯が美味しいおうちなのだ。  午後は、フレイズを慰めに狭間の領域へ。意外に元気で拍子抜け。とりあえず、用意し ていた言葉をかけてあげる。 「私が大人になった時に好きな人がいなかったら、フレイズのことを婿養子にもらってあ げるから」  すると、彼は顔を引きつらせてお礼を言ってきた。お父様に言われた通り、私は皆に優 しくするのだ。  でも、私がフレイズをお婿さんにもらうことはないだろう。何故なら、私は素敵な恋を する予定だからだ。  もちろん、お婿さんの第一候補はお父様なのだけれど、それを言ったらお母様に反省文 を百枚書かされた。そのおかげで、私が一番最初に覚えた文字は「レックスはベルフラウ の夫です」だ。  綺麗だし、賢いし、学校のお友達が騒ぐくらいに素敵なお母様だけど、お父様が関わる と少し変。その変さが可愛いと私は思うのだけど、お母様は認めたくないらしい。  そのことをファリエルさんに言うと、彼女は少しだけ拗ねたようにして言った。 「どうしてそんなこと私に言うの?」 「可愛い人だと思いません?」  私は、お母様の味方なのだ。  それから、噂のヤッファおじ様のお嫁さん候補を見に行ったのだけれど、いたのはマル ルゥだけだったので、首を傾げて戻る。  マルルゥが上機嫌で、 「結婚は次の満月なんですよぉ〜」  と言っていたのが印象に残った。満月である必然性があるらしいのだけれど、教えては くれなかった。  ちなみに、ヤッファおじ様は人生の終わりのような顔をして不貞寝していた。  結婚式、と聞いて思うのは、お父様とお母様の結婚式はどうだったのだろうということ。  やはりこの島で挙げたのだろうか?  ユクレスの村で適当な人をつかまえて尋ねると、どうやらその通りらしい。  見れなかったのを惜しいと思う。さぞや可愛らしいお母様がそこにいただろうに。  夕方になっておうちに帰ると、お父様とお母様がそろって「お帰りなさい」と迎えてく れた。私は嬉しくなって、今日一日のことを話した。  二人とも、時には笑って、時には真剣な顔で私の話を聞いてくれる。料理と違って美味 しいお母様のお茶や、ミスミ様にもらったお菓子も会話を弾ませてくれた。  全部話し終えると、お父様が、 「楽しかったね」  と、頭をなでてくれた。  お母様は、 「そんなに走り回って、疲れたんじゃない?」  と、微笑んで私を膝の上に乗せてくれた。  そうされると、疲れのせいか眠気が襲ってきて、私はゆっくりと瞼を下ろす。 「夕飯には起こして……」  それだけを言って、お母様の膝の上で、私は身体の力を抜いた。朝はお父様の腕枕。今 はお母様の膝の上。一日に二つを味わえるのは、めったに無い。 「お休み」  お父様の声。お母様のぬくもり。  気持ちよくて、幸せだった。  だから、ちょっぴり薄目を開けて覗いてしまった秘密には、口を挟まないでおいてあげ よう。  私の頭の上で、お父様がお母様の頬に手を当てる。  二人の唇が重なるのを、私は気配で知った。  そして、お母様の囁きを、私は聞く。 「幸せよ……大好き」 「可愛らしい人だわ」 「!」  思い切り頭をはたかれた。  ほんのちょっぴり、お母様はライバルなのだ。                                了