サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS 「○ルマED?」 序 それはアルディラがラトリクスの中央制御室で、優雅なお茶の時間を楽しんでいた時の ことだ。 普通人には意味不明の、高速で流れる一と零の数字の羅列を何とは無しに眺めていたア ルディラは、身の回りの世話をしてくれている看護医療用機械人形であるクノンの来室に もそれほど注意を払ってはいなかった。 クノンの行動パターンならば、長年の付き合いでわかりきっている。何か問題があるな らばすぐに電波通信で連絡を寄越していただろうし、そうでないということは他愛もない 日常の用件なのだろう。 可能性で一番高いのはお茶のおかわりか、それとも誰か客でも来たか――そんなことを 考えながら、アルディラは風雷の郷の主であるミスミからの貰いものの煎餅をパキンとか じる。しょうゆ味だが、意外と紅茶にも合うものだ。 そのようなのんびりした女主人に、クノンはいつもの表情に乏しい顔で言うのだった。 「アルディラ様、質問があるのですが」 「あら、何かしら?」 ちょっと驚いて、アルディラは回転椅子をクノンに向けた。自らの機能に満足し、それ で出来る範囲のみに全力を尽くすことに価値を見出すクノンが、積極的に何か質問してく ることは珍しい。 それもレックスをはじめとする新しい住人たちの影響だろうか、とアルディラは少し嬉 しくなった。 彼らのもたらした多くの新しい『可能性』――青空教室で学ぶ子供たちや、好奇心を持 ち始めたクノンを見ていると、島の外の者たちと本格的に交流する日も遠くはないのでは と思えてくる。 閉じた世界に吹いた、新しい風。 それは春の訪れにも似て、この島に眠っていた『可能性』のつぼみをどんどん開花させ ていっているのだ。 だから、アルディラは微笑んで促した。クノンの成長を見守るのは、彼女にとってもと ても嬉しいことだ。 クノンも、その笑顔に後押しされたかのように頷いて尋ねた。 「室内でベルフラウ様にブルマを履かせることに、何の意味があるのでしょう?」 「あの男をここに呼びなさいっ!」 ガシャーン、と機材を蹴り飛ばしてアルディラは言うのだった。 1 「来たわね、ブルマ男爵」 「ブ……ブルマ男爵ですか」 クノンの強襲によって有無を言わさず連れ出されたレックスは、ミシミシと音を立てる 関節に泣きそうになりながら呻いた。 アルディラの前に立たされた彼の身体にはクノンが密着しており、右足の内側からクノ ンの右足が絡まり、上半身に手が絡んで身体がへし折れそうになっている。いわゆるコブ ラツイストの形である。 「く、クノンさん、痛いんですが……こんな機能あったんですか?」 「仕様です」 丁寧語で尋ねるレックスに、看護医療用機械人形は涼しい顔で応えた。彼女がユサユサ と身体を揺すると、レックスが「いたたたた」と悲鳴を上げる。 「さて……そのまま楽な姿勢で聞いてちょうだい」 「楽じゃないっ。全然楽じゃないっ。……って、いたたたた!」 「お静かに」 クノンの囁きに、もうレックスはぶんぶん頷くしなかった。アルディラなどはその様子 を見つつ、 (その気になれば外せるのに、まず状況を把握するまで受け手に回ってしまうのが彼の性 格的欠点ね) などと冷静に判断していたりする。 ともあれ、アルディラは回転椅子の上で足を組み替えてから言った。 「昨夜、海賊船で貸し与えられている自室で、あなたはベルフラウにブルマを履かせてい たそうね。しかも赤いものを」 「え? あ、ああ……ベルフラウがいいものを見せてくれるっていうから部屋に入れたら、 確かに誓約の儀式失敗で出てきたブルマを履いていたけど……まさかそのことで?」 「その際に、あなたはブルマ好きであることを認めたそうね。嘆かわしいわ」 「だ、だって嫌いなわけじゃないし――」 「どちらかというと?」 「好きかな」 「クノン」 「いた、いたたたたた!」 少し照れたように笑って言ったレックスに、アルディラの非情な号令がかかって悲鳴が 響き渡った。 たっぷり五分ほどしてから解放されたレックスは、痛む関節をさすりながら、アルディ ラに視線を向ける。なんだかもう苦笑するしかないという気分で、 「ところで、どうして二人はブルマなんだい?」 「合理的に嫌がらせよ」 「仕様です」 二人はサラリと言ってのけた。 はは、と乾いた笑いを浮かべながらも、レックスの視線は座るアルディラに釘付けだっ た。どこから仕入れてきたのか、赤いブルマだけではなく綿で出来た半袖の上着も着たそ の姿は、レックスの学生時代の女子の体操着姿そのままだ。 当時はあまり気にしていなかったが、今こうして見事なプロポーションを誇るアルディ ラが着ているのを前にすると、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうほどそれは魅力的で、 一種官能的ですらあった。 「どうしたの、レックス?」 「い、いや……」 「表皮の発熱と心拍数の上昇が診られます。また、少量の発汗も診られ、これは――」 「風邪ね」 「なんでやねん」 ボケたアルディラに、クノンの裏手ツッコミが入った。もはや割り込みようもない会話 にレックスが沈黙していると、アルディラは艶然とした微笑を浮かべてもう一度足を組み 替えた。その瞬間に垣間見える足の付け根から、レックスはサッと視線をそらす。気まず そうに閉口する彼に、アルディラはクノンと目配せし合って頷いた。 「重傷ね。あなたは治療の必要があるわ」 「ええ!?」 「私がブルマになっただけでその様子じゃ、世間のブルマを愛好する婦女子の身の危険を 守るためにも、あなたの治療を行わざるを得ないわ」 「そ、そんな……って楽しんでないかい、アルディラ?」 「気のせいよ」 はたと気がついて尋ねるレックスに、アルディラはニッコリと満面の笑みで「楽しんで いますとも」と表現しつつ、否定した。 不幸なことは、レックスという男が、そうした笑みを見せられるとその遊びに付き合っ てあげたくなってしまう性分の持ち主であったことである。 (ま、アルディラさんがこんなに楽しそうに笑うことってあまりないし……) お人好し、と彼の教え子ならば言ったであろう。 ※ 「それで、治療ってどうすればいいのかな? 注射は勘弁だよ?」 「そうね……ブルマに関して嫌な思い出でも作ればいいかしら。それが無意識にあなたの 犯罪を抑止してくれるわ」 「犯罪を抑止って……」 何やら酷いことを言われるレックスだ。 アルディラはしばし考えると、 「そうね、このプランで行きましょう。少し待っていてくれるかしら」 「はは……お手柔らかに頼むよ」 席を立つアルディラを苦笑して見送ると、クノンに袖を引かれてレックスは振り返った。 すると、体操着姿のクノンが上目遣いに彼を覗き込んでいる。 「う……く、クノン?」 「レックス様……アルディラ様の方ばかりを見て、私には目を向けてくださりませんでし た。それは、私に外見的魅力が足りなかったということでしょうか?」 言葉は事務的だったが、その表情には驚くほど感情がこもっていた。潤んだ瞳、桃色に 染まった頬、機械とは思えない濡れた唇――。 「ち、違うよ、クノン。別にクノンに魅力がないとかじゃなくて、その……」 焦ってしどろもどろになりながら、レックスがクノンの両肩に手を乗せる。 その瞬間だった。 「……貴様、何をしている」 「え?」 怒気のこもった低い声に、レックスは油の切れた機械のように、ぎこちなく首だけを巡 らせてそちらを見た。声だけで相手が誰だかわかったレックスだったが、しかし彼女を視 界に入れた途端目を丸くした。 「アズリア?」 それは彼の古い記憶にある、体操着姿のアズリア。 が。 「襲われました。あーれー」 「この痴れ者がぁ!」 「ぐうぅ!?」 背後からの回し蹴りを脇腹に受けて、レックスは膝をついた。急所に入ったのか、息も 出来ない様子で吐くように言う。 「く……のん……」 「仕様です」 そりゃないよ、と青年は意識を手放した。 ※ 目が醒めると、花の香りに包まれていた。 「……アズリア?」 「起きたか。まったく……世話になっている身だが、あの女も何を考えているんだか」 そう言って見せる仏頂面が逆さまであることに、レックスは小首を傾げようとした。だ が、窪みにはまるようにして何かに乗せられている頭は動かず、彼は自分が寝かされてい ることを知った。 アズリアが、レックスに膝枕をしてくれていたのだ。 「……なんだか懐かしいな」 「うん?」 「俺がさ、教官に気絶させられたことあっただろ? その時もアズリアがこうして膝枕し てくれてたんだよな」 「あれは教官が大人気なかった。まだ十五だったお前に一本取られて、それで本気を出し たんだからな」 「はは……そうだったっけ。ところでさ」 「うん?」 「もしかして、今ブル――」 「黙れ」 レックスは、顔面に落ちた肘で黙らされた。 ※ 受けたダメージも回復し、ようやく立ち上がったレックスは、そこが中央制御室のまま であることを知った。予想通りアズリアはブルマの体操着姿だったが、レックスは敢えて そのことを気にしないで会話をすることにした。 アズリアは、ホッとしたような、残念なような微妙な顔をしたが、その心情を口にする ようなことはなかった。 「それじゃ、やっぱりアルディラが?」 「ああ。手当たり次第にブルマを広げようとしている。これを早く止めねば、この島の命 運にも関わるだろう」 「いや、それは言いすぎだと思うけど……」 なんだか真面目な顔で言うアズリアに、レックスは苦笑して頬を掻く。退屈のせいか悪 ノリしているアルディラを止めるだけの話だ。 「よし……じゃあ、行くよ」 「ああ。私もついて行こう。文句の一つも言ってやらねば気がすまん」 ギリ、と奥歯を噛み締めて険しい顔になるアズリアに、レックスは訝しげな表情になっ た。何か、アズリアが本気なのである。 「何かあったのかい?」 「……医務室に寄ってこい」 「え? うん」 そして、ラトリクス前で待ち合わせをして二人は別れた。言われた通りに医務室に向か ったレックスは、その中から低い嗚咽が聞こえてきてビクリと足を止める。 「お……お……おおおおおおお……っ」 「ギャ、ギャレオ……」 アズリアの副官、ギャレオ。巨躯を生かした肉弾戦を得意とし、多くの戦いでレックス たちを苦しめた強敵。そして仲間になった今は、誠実で頼りがいのある男だ。 その彼が、泣いていた。声を殺すことも無く、慟哭していた。 「ごめん……ギャレオ、ごめん……」 犠牲は、すでに出ていたのだ。 いたたまれなくなって、彼はその場を走り去った。それが勇敢なる戦士ギャレオに対す るせめてもの情けだった。 「守れなかった……」 悲しみというより、あまりの馬鹿らしさに涙が溢れるレックスであった。 そして、合流したレックスの決意に満ちた顔を見て、アズリアはうむと頷く。 「その気になったようだな」 「ああ。何があろうともアルディラを止めるんだ。協力してくれ、アズリア」 「ふん。可愛い部下の仇討ちだ。言われなくてもそのつもりだ」 力強い視線を絡め、二人は腕をがしっと叩き合わせた。 並んで歩き出し、不意にレックスが言う。 「ところで、なんでブルマのまま?」 「言うなっ」 鉄拳が、レックスの顔面を殴り飛ばした。