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サモンナイト3 レックス×ベルフラウSS
「ベッドの秘密」





「まあ、平和ってことよね」
 部屋に入るなり目に入った太平な寝顔に、思わずベルフラウはそう呟いた。<忘れられ
た島>に接岸した海賊船の一室で、昼にもなろうというのにベッドを離れていないのは、
今や島を救った英雄であるレックスその人だ。
 レックスたちが激しい戦いの果てにディエルゴを滅ぼしてから、一週間。それまで緊張
の連続だったせいか、レックスはこうして遅くまで寝ていることが多くなった。まあ、理
由としては連日連夜の宴会やらが無きにしも非ずだが、体力を消耗する魔剣を使い続けて
いたことが、想像以上に彼の身体を蝕んでいるのだとアルディラは皆に語った。その疲労
は怪我や病気とは違う、魂の疲弊そのものなのだと。
 だから、彼と共に戦った仲間たちはできるだけ彼を休ませようと、学校の教師役まで一
時的にヤードが代行して、彼にしばらくの休暇を与えた。仕事の虫というか、仕事がなく
ても人付き合いの虫といか、彼はそうやってやることを取り上げない限り、隙あらば面倒
ごとを引き受けて疲労する困った人間だったからだ。
 結果、彼は今まで出来なかった最高の贅沢であるところの惰眠に及んだのである。それ
もベルフラウ言わせれば「下手な休暇の取り方」なのだが、幸せそうな寝顔を見れば文句
もどこかに引っ込んでしまう。
「幸せそうな顔しちゃってまあ……」
 引きずっていた苦悩の欠片も見えない、弛みきった寝顔。それは、彼がいかに激しい戦
いをくぐり抜けて来たかを知るベルフラウにとって、百万の宝石よりも価値のある寝顔で
あった。
「ん……」
「ふふ」
 人の気配に赤毛の青年が身じろぎすると、蜜色の髪の少女はいたずらな笑みを浮かべて
ベッドに歩み寄った。すり足で、できるだけ音を立てないようにレックスの枕元に忍び寄
る。
「ふふん。どうしてくれようかしら」
「ビ?」
「しっ。静かにね、オニビ」
「ビィ〜」
 後ろからついてきたオニビにも注意し、ベルフラウはレックスのベッド周りを物色し始
めた。
 昨夜もずいぶん遅くまでスカーレルやヤッファと酒盛りをしていたのか、少し酒臭い匂
いが鼻を刺激する。まだそうした匂いに免疫の無いベルフラウは、彼が目を醒ましたらま
ずそれについて文句を言おうと心に決めた。何故か彼に小言を言うことが楽しくて、つい
つい粗探しをしてしまう最近のベルフラウである。
 そして枕の横、寝返りを打てば潰してしまいそうな位置に眼鏡を発見する。レックスは
読書と授業の際にのみ眼鏡をかけるので、どうやら昨夜も部屋に戻った後に読書をしてい
たらしい。その辺りのインテリぶりは、召喚術師のヤードと並ぶくらいだ。
「危ないわね……没収よ」
「ビビ?」
 眼鏡を救済ついでに、少女はそれを自分の顔にチャッとかける。
「あんまり度は入ってないのね。――似合う?」
「ビビビ」
「ありがとう、オニビ」
 もちろん、と頷くオニビに、ベルフラウは眼鏡の奥でにっこりと微笑んだ。もとから聡
明な顔立ちの少女だが、眼鏡というインテリの象徴がさらにその度合いを上昇させた印象
がある。
 チラリとレックスを見たベルフラウは、彼がまだまだ起きそうも無いのを確認してから、
懐から取り出した鏡で自分の顔を眺めてみる。
「う〜ん、さすがにアルディラお姉さまにはほど遠いわね」
 などと言いつつ、アルディラのまねをして、鏡を召喚の制御装置に見立ててポーズをと
ってみたりする。
「こんなものね」
 知性派美人のアルディラによく似合うクールな決め台詞である。
「ビビビィ〜!」
 音を立てないようにして拍手するオニビの喝采に、そのまましばらく悦に入っていたベ
ルフラウであるが、やがて恥ずかしくなったのか少し頬を染めて鏡をしまう。眼鏡は、も
うしばらく拝借することにした。
「他には、と」
 レックスが静かなので段々大胆になったベルフラウは、彼の身体の上に横方向に覆いか
ぶさるようにして、ベッドの上の小物をとっかえひっかえ検分する。予想していたよりも、
転がっているものが多い。
「意外とだらしないのよね……生徒の前じゃ見栄を張るんだから」
 共同の物はしっかり整理整頓するレックスだが、私物に関してはかなりおざなりだ。他
人のことばかり世話をして、肝心の自分のことに関しては無頓着という彼の性格がそのま
ま出ているようで、ベルフラウはため息をついた。
「ん……ん?」
 そのため息がレックスの耳にかかって、彼がくすぐったそうに手を耳に当てようとする。
しかし、手を持ち上げようとしたところでベルフラウの胸につっかえて止まってしまった。
「ん〜?」
「ひゃっ」
 無造作に胸をまさぐられ、ベルフラウは思わず胸を押さえて飛びずさった。恨みがまし
く睨むが、当のレックスはぽりぽりと耳を掻いている。
「…………」
 なんとなく、ベルフラウはこの男を叩き起こしてやりたい気分になったが、そこはオニ
ビの「ビィビィ……」という慰めで自制する。
 と。
「ビ?」
「どうしたの?」
 ベルフラウが再び未知なる男部屋の探索に乗り出そうとした時、オニビが何かを発見し
て声を上げた。先ほどまではレックスの背中側隠れていてわからなかったのだが、今寝返
りを打ったことで一冊の本が視界に入ったのだ。
 オニビがそれを持ち上げ、ベルフラウに表紙を見せる。
 少女の目が点になり。
 ――次の瞬間には激しく吊りあがった。

                ※

「あん? 何してんだよ先生?」
 その日、釣りから帰ってきたカイルは、船の外に立つレックスを見て怪訝そうな顔をし
た。レックスは、カイルが持っている魚を入れたバケツよりも大きなバケツを両手に一つ
ずつ提げており、非常に情けない顔で佇んでいたのである。
「先生も釣りでもしてきたのか……っておい、なんで水の入ったバケツ持たされてんだよ」
「それが……」
 ずーんと肩を落としたレックスは言い淀んだが、結局カイルに事情を話すことにした。
「昨日ジャキーニさんが、英気を養えって秘蔵の『特選魚介美女』って本を貸してくれた
んだけど……」
「おお。あのナイスバディな海の女特集な。どうだ、先生の好みの女は――」
「ベルフラウに見つかった……」
「…………」
 笑顔で挙げたカイルの手は、深い同情の瞳でレックスの肩に下ろされた。
 ポン、という軽い音が虚しく波の音の中に混じり、レックスは深い深いため息をついた。
「廊下に立ってなさい、どかん」
「蹴られたか」
「蹴られたよ」
「バケツか」
「バケツだよ」
「本、読んだのか?」
 力なく、レックスは首を横に振った。さらにカイルの瞳に憐憫の色が混じる。
 ふう、とカイルは腰に手を当てて空を見上げた。
「先生よぉ」
「うん」
「見ろよ、空が蒼いぜ」
 言われ、レックスは上を見た。昼時の現在、太陽を中天に置いた青空は、まさに眩しい
という言葉が似合う。その光に目を細めながら青空と白い雲を眺めたレックスは、身体に
染み入る楽園の陽射しの中で、苦笑するのだった。
「うん……本当だ」
「ま、がんばれよ」
「あ、カイル」
「あん?」
「ジャキーニさんになんて謝ったらいいかな。紛失したって伝えたいんだけど」
「……没収かよ」
 今日はレックスのおかずを一品増やしてやろうと思う、カイルだった。

                ※

 さて、本の行方であるが。
「うわ、すっごーい。見て見て、この人なんかこんなに胸が大きいのに腰はこんな。何食
べてるのかなぁ〜?」
 問題の本をテーブルの上に広げて、ソノラが歓声を上げていた。他にも島の主だった女
性たちが集まり、わいわいと騒ぎ立てている。
「ほう……先生殿がこのようなおなごが好みとは、意外じゃったな」
 とミスミが言えば、
「彼も健全な男性なんだから、生理的な問題からもこのような本を持っていたとしてもま
ったくおかしくないわ。ただ、少し趣味が偏っていることは認めざるを得ないわね」
 アルディラが眼鏡を煌めかせて分析し、
「データベースにアクセス……巨にゅ――」
 クノンが口を開きかけてアルディラにばってんシールを貼り付けられ、
「……はあ」
 ファリエルは、ページの豊満な身体つきの女性と自分の身体を何度も視線で往復させて
は絶望的なため息をつき、
「斬る」
 アズリアが剣を片手に部屋を出ていったが誰も止めず、
「ふっふっふっ」
 メイメイはその見事な肢体でポーズを取って見せ、ソノラ、ファリエル、ベルフラウか
ら殺人的な視線を浴びせかけられていた。
 そして、ベルフラウだ。
「んぐんぐんぐ……っ」
 大きな真鍮のジョッキで白い牛乳を飲み干し、少女はダーンとそのジョッキをテーブル
に打ち下ろした。
「うう〜、不味いわね。なんで私がこんなもの飲まないといけないのよ!」
 牛乳嫌いの少女は、怨念がこもった視線で大量の牛乳が入ったピッチャーを睨む。だが、
すぐに取っ手を掴むと、再びジョッキに牛乳を注ぎいれる。
「それもこれも、それもこれも、それもこれも……っ。全部先生のせいなんだから!」
 一気にジョッキをあおる。苦手なものを飲む辛さに涙まで流していたが、それはそれで
幸せなのではないかと、周りの者は思ったりもしたのだが。
 ――とばっちりが怖くて、言い出せなかったりした。
 ともあれ、こうしてベルフラウは毎日大量の牛乳を飲むようになるのだが、その成果が
出たかどうかは、推して知るべし、である。
 そして。
「ところで、なんで先生の眼鏡してるの?」
「知りません」
 ソノラの問いかけに、ベルフラウは唇を尖らせて言うのだった。


                               了





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