サモンナイト3 レックス×アズリアSS 『きみの名を呼べば』            第四話「試験と試験後と握手と地団駄と」  軍学校に入学してから一週間が経過すると、身体測定やら各教科の教材配布などの合間 に案内されたおかげで、新入生たちも施設の大部分について理解することができた。  まず、彼ら新入生がいるのが、下三学年が一般科目を勉強する二等校舎。これに平行に 向かい合うようにして、上三学年が生活する一等校舎が存在している。  二つの校舎は共に白塗りの木造建築で、各三階層の構造になっている。上位の学年ほど、 上の階に移動する仕組みだ。  それらとは別に、数学年に同時に教えるための特殊な講義や催しのための大講堂が横に 控え、三つの建物は簡単にコの字を描くような配置となっていた。コの横棒の部分が一等 二等校舎であり、縦棒の部分が二つを繋ぐ大講堂である。  校舎の横には、生徒たちが模擬軍事訓練を受けるための広い訓練場がある。上級生たち の中には、新入生たちが登校する朝の時間帯にすでにそこで走りこみなどを行なっている 者もいた。  さらに視線を校舎から離していくと、港街であるパスティスの内陸部――つまり街外れ にある軍学校のさらに外れに、軍舎にも似た素っ気無いアパートメントが四つ並んでいる。  それが生徒たちの住まう学生寮であり、男子寮と女子寮がそれぞれ二つずつだ。当然そ こも低学年と高学年で分けられている。  寮の最終的な管理は事務員が行なっているが、よほどの問題が無い限り運営はその寮の 最高学年に任されている。寮長と呼ばれるその生徒たちにより、寮内の揉め事は処理され るようになっているのだ。  ちなみに、寮長の他にも各学年ごとに副寮長というものがおかれるのだが、新入生の場 合は総代入学者が――その性別の方にいれば――請け負うことがほぼ慣例化している。  結果、アズリアはもちろん、レックスもそれぞれの低学年寮の副寮長ということになっ ていた。  閑話休題。  とにもかくにも、一週間も経てば学校にも人間にも慣れるもので、初日以降さしたる波 乱も無しに進行した学校生活に、アズリアは安堵した。  アズリアは一つの一大決意を胸に軍学校に在籍していたが、常に緊張しっぱなしでいら れるわけもない。同じ教室で学ぶ少女たちから休み時間の占い遊びに初めて誘われた際の 嬉しさは、勉強漬けの一年間では得られなかったものだ。  が。 「アズリアちゃん、今気になる人がいますね」 「は?」  どこで購入してきたのか、古めかしい絵札を机に並べて言うクラスメイトに、アズリア は小首を傾げた。 (気になる人? まあ……)  チラリ、と本来の自分の席の前にいる赤毛の少年を見る。気になると言えば、来週本格 的な講義が始まる前に行なわれる、実力試験での彼と自分の得点結果だ。  もちろん、負ける気は無いが、今この休み時間の間も配られたばかりの教科書を眺めて いる――彼はこれまでの休み時間、全てそうやって過ごしている――レックスの勤勉さを 考慮すると、油断はできないと思っている。  口ではまぐれだと言ったが、面接まである入学試験でアズリアと同じ得点で総代入学と いうのは、彼の実力を証明している。絶対に、まぐれなどではない。  だから、勝負の行方はその後二人がどれだけ勉強したかによるのだが――。 「ズバリ。その相手は委員長さん」 「え、なんで!?」  いきなり当てられて、アズリアは胸をドキッとさせた。ちなみに、委員長さんとは、ク ラスの学級委員長となったレックスのことである。学級委員長とは、講師と生徒の連絡係 のようなもので、講義の際に用意しておくものや、宿題の回収などを主な仕事としている。  いわゆる、必要な雑用係なのであるが、レックスは「うん、いいよ」と嫌な顔一つせず に請け負った。ちなみに、最初に指名されたアズリアは断った。面倒くさいからだ。  机を挟んで向かい合った少女は、興味深げな他の少女たちの視線を集めながら言う。  あっさりと。 「だって、あっち見たから」 「あ〜」  納得の少女たちである。  しかし、それでも気になることがあり、アズリアは尋ねる。 「でも、最初に気になる人がいるって言ったのは、私が見る前でしょ? 何か出たの?」 「一応。ん〜、メイトルパ風の占いは難しいんだけど、身近なことはこれが一番当たるみ たいね」  絵札を一個一個指差しながら、占い好きの少女は笑う。逆に、シルターン風の占いは、 単純な作業でできるが大きな未来のことばかりで、身近なことはわからないことが多いら しい。 「『ユクレスの木』の逆さで、安定の反対。この場合アズリアって人間が対象だから、つ まり、不安? それに『隣人』の正位置だからクラスメイトでしょ。次に『儀式』だから、 何か勝負事かも……って思ったんだけど。来週の試験かな?」 「お見事」  軽く拍手までして、アズリアは感心の視線を少女に向けた。占いの道具は本物でも、そ こに示された暗示を状況に合わせて読み解く力が彼女にはあるのだ。  それに敬意を表して、アズリアは試験についての心構えを口にする。 「入学試験で同点だったから、次は絶対に負けたくないの。試験のために努力して、勝っ たとか負けたとかならともかく、同点だなんてすっきりしないでしょ?」 「勝負の鬼か、お前は」  横からボソリとルームメイトのマーサが言い、他の少女もうんうんと頷く。それに対し、 アズリアは胸を張って応えた。 「そうよ。女でも男の子に負けないことを証明してあげるわ!」 「頼もしい〜」  パチパチパチ、と拍手する少女たちに、小さな拳を握り締めて力むアズリア。何事かと クラス中の視線が集まるそこを、レックスもチラリと見たが。 「?」  目を数回瞬かせた後、教科書に注目を戻した。  筆は、教科書のチェックに勤しんでいた。                 ※  そうしてやってきた試験の日、アズリアは週末の休みも勉強に充てて迎えたその日に、 隈のある目の下を揉み解しながらあくびを噛み殺していた。  点呼の終わった食堂でパンを優雅にちぎって食べるマーサに、ひとこと。 「裏切り者」 「夜更かしは美容に悪いぞ。あたしと違って、お前は美人になりそうだ」  一緒に勉強しようね、と約束しつつ、夜中になるとさっさとベッドに倒れた友人を、ア ズリアは恨めしい気持ちで見る。誰かが寝ている横で徹夜勉強することほど辛いことはな いのだ。  とにかく、とアズリアはグラスに並々と注いだ牛乳をチビチビと舐めるように飲みなが ら、 「長かったけど、今日こそ白黒つけるわ。見てなさい」 「まだ入学して二週間だがな」  横槍を入れっぱなしのマーサである。                 ※ 「今日の試験の結果で勝負しましょう」 「しょ、勝負?」  朝、教室に入るなり待ち構えていた仁王立ちの少女に言われ、レックスは明らかに面食 らった。  何故少女は仁王立ちなのか。  何故少女は腕を組んでいるのか。  何故少女は偉そうにふん反り返っているのか。  まるで、それが何よりも正しいことのように、自信満々に。 「そう、勝負。入学試験だと同点だったから、今度こそ白黒つけるの」  おお、と周囲がどよめくようなことを少女は言い始める。不幸なのは言われている少年 であり、彼は小さな身体をさらに小さくして困惑の顔で少女を見る。 「別に……僕はそういうの興味ないから」 「逃げるの、田舎者?」 「むっ」  机に着きかけた少年が、その時初めて眉を跳ね上げた。立ったまま、アズリアを振り返 って憮然とした表情をする。クラスメイトたちが初めて見る、それはレックスの不機嫌そ うな顔だった。 「田舎者って、当たりだけどやめてくれないかな? 僕だけならいいけど、村のみんなま で馬鹿にされてるみたいで、嫌だ」 「あ、ご、ごめ……じゃない。――いいわ。じゃあ、私に勝ったら二度とあなたを田舎者 だなんて呼ばないわ」  一瞬、自分があまりに失礼なことを言ったのだと後悔しかけたアズリアだったが、すぐ に持ち直して虚勢張りに条件を叩きつけた。すると、レックスも納得したのか、 「……いいよ。わかった」  ムスッとした顔で、席に着いて教科書を開いた。  いつも通りの姿で、だけれどいつもとは違う顔で。  それに戸惑いながら、自らも席に着こうとしたアズリアに、マーサがそっと耳打ちする。 「ああいうタイプは、怒らせると怖いぞ」  アズリアも少しそう思った。                 ※  それからの二日間の試験期間、及び結果が出る週末までの間、アズリアとレックスはひ とこともしゃべらないで過ごした。席が前後であるから、プリントの受け渡しの際にどう しても顔を向き合わせることになったが、その際もレックスは決して視線を合わせようと はしなかった。 「意外と根が深かったな」  とはマーサの弁であり、アズリアはまったくだ、と押しの弱かった少年の根っこの部分、 頑なな部分に自分のことは棚に上げて立腹した。  無視までしなくてもいいじゃない、というのが、子供であるアズリアの勝手な意見であ る。  だが。  試験結果の返される朝、唐突に赤毛の少年はアズリアに頭を下げた。 「無視して、ごめんね」 「……え?」  前ふりの無い謝罪だった。アズリアが何か行動を起こしたわけではない。ただ時間が経 過して、変わりない数日が過ぎただけのこと。  だけれど、レックスは謝ってきた。 「なんで?」  思わずアズリアはそう尋ねていた。不思議な顔をする少女に、レックスは後悔の色の強 い様子で言う。 「努力して無視するなんて、変だもの」 「努力……して?」 「うん。僕、試験の時腹が立って勝負を受けたけど、後から考えると、あんまり腹を立て るようなことでもなかったかなって」  なのに、いきなり仲直りするのも気まずくて、少年は怒ったふりを続けていた。  わからないのだ。親しくも無い相手と仲直りする方法など。  だけれど、このまま試験の結果が出たら、『勝負がついた』後で強制的に自分とアズリ アの関係――つまり、アズリアが田舎者と呼ばなくなる、などが決定してしまう。  それで無視が終わるのは、何かおかしい。それは仲直りではない、別の何かだ。過程を 抜かして、結果だけ手にするようなものだ。  ――だから、そういうのは嫌だから、少年はわからないなりに、正攻法で行くことにし た。  それを前にして、アズリアは何とも言えない気分になった。 (そんなこと、考えてたの?)  アズリアが彼の態度に膨れている間に、彼は独り悩んでいたのだ。 (……謝るのは私の方なのに)  あの時、彼が村のことで顔を険しくした時、しまったと思った。悪かったと、そんなに 気に障ることだとは思わなかったのだと、伝えなかった自分が悪い。  意外にも、レックスの言葉に反射するようにして、アズリアは言うことができた。 「私の方こそ、ごめんなさい。結果はどうでも、もう言わないから」 「……うん!」  神妙なその謝罪と誓い。そこに誠実さを感じ取らない相手はいない。レックスも、微笑 んでその手を差し出した。 「なに?」 「仲直りの握手……しよ」 「わかった。これで仲直りね」  と、握手してから少女は首を傾げる。 (あれ?)  直すような仲など、あっただろうか?  その疑問を突き詰める前に、アズリアよりわずかに低い視点から、レックスはニッコリ と満面の笑みを浮かべてみせた。あまりに無防備で無垢な顔に、アズリアが怯む。 (わ……イスラに似てる)  姉に絶大の信頼を寄せる、弟のように。 「良かった……嫌われたままだったらどうしようかと思った」 「……別に嫌いだったわけじゃないわ」  何故か、そんなつもりはないのにアズリアは頬が膨らむのを止めることはできなかった。                 ※  それで、結果であるが。 「同点だな」  廊下に張り出された実力試験結果の一番上の段を見上げながら、マーサが呟く。  一位、レックス。  同一位、アズリア・レヴィノス。 「また同点……っ」  うう、と口をへの字にして、アズリアはプルプルと肩を震わせた。いや、同点は良いの だ。今回は意外な喧嘩に発展してしまったし、ここで決着がついては遺恨も残る。  だから、同点は良いのであるが――。  ビシ、とアズリアは順位表を指差して叫んだ。 「なんでレックスの方が上なの!?」 「『レックス』と『レヴィノス』だからじゃないかな?」 「ず、ずるい、ずるーい! 何よそれー!?」  さらりと名前の順を適用するレックスの横で、少女は悔しそうに地団太を踏んだのであ った。  ちなみに、これがアズリアの『万年幻の一位伝説』の始まりなのであるが、この時点で はこれが今後数年に渡って続く固定順意表なのだとは、誰も――想像だにしていなかった。                                   了