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サモンナイト3 レックス×アズリアSS
『きみの名を呼べば』

           第三話「ルームメイト」



 世界でも最高水準の講師陣を擁する帝国軍学校。
 十二歳で入学し、十八歳で卒業するまでの間、数少ない落第や途中入学の例を抜かせば、
少年少女たちは六年の間同じ仲間に囲まれて過ごすことになる。実家に帰れるのも年に数
度のみで、残りの毎日は学校の寮で寝食し、帝国の未来を担うための研鑽の日々を続ける
のである。
 それが辛いと感じない幼い子供はいないだろうが、それ以上に彼らは彼らなりの目的な
り誇りなりを抱いてこの学校にやって来ている。
 ある者は優秀な軍人になるため。
 ある者は勉学のため。
 ある者は家名のため。
 子供だって、子供なりに考えるところがあるのである。そうでなければ、帝国全土から
わずか百人足らずしか入学することができない狭き門をくぐり抜けるほどの努力はしてこ
ない。
 ともあれ、そうして入学してきた子供たちは、まず初期三年間であらゆる基礎知識を学
ぶことになる。歴史から文学、測量術まで、帝国軍士官に相応しい教養を身につけさせら
れる。
 それらの基本を踏まえ、後半三年間は主に軍実技や召喚術の学習に重きを置いたカリキ
ュラムとなり、過酷なそれを乗り越えた子供たちは肉体的精神的に優れた人材となって学
校を羽ばたいていくのである。
 その道程をアズリアが見渡せば、それは果てしなく遠く、そして長い時間に思えた。何
せ、これまでの人生の半分と同じ時間を軍学校で過ごすというのだ。
「イスラ……寂しがっていないかしら」
 夜、アズリアは支給された日記に筆を走らせながらぼんやりと呟いていた。ほのかなラ
ンプの明かりを硝子窓から外に漏らすそこは、軍学校の女子寮の一室。アズリアと、ルー
ムメイトのマーサのための狭い部屋だ。
 そうとなれば、呟きに反応するのは机を並べたルームメイト以外にはあり得ない。
「イスラとは?」
「弟。少し身体が弱くて、寂しがりやだから……夜一人で寝られているのかなって」
「なるほど」
 相づちを打つのが、マーサ・カスティス。少女らしくなく短くまとめた栗毛の髪と、大
きく開いた額。その下で存在を主張する太い眉毛が印象的な少女だ。
 幼くして目を悪くしているらしく、縁の無い眼鏡を鼻に引っ掛けているその容姿は、可
もなく不可もなくといった標準点だが、入学式前の一週間から同室で暮らしたアズリアは、
彼女が実に抜け目無い注意力の持ち主であることを知っている。
「アズリアが男の子慣れしてるのは、弟君のおかげなわけか」
「お、男の子慣れ?」
 納得、といった感じに頷かれ、アズリアは面食らう。
 すると、マーサはスラスラと日記に今日の出来事を書き記しながら言う。
「あの赤毛の子と仲良さそうだったではないか? あたしでは、ああはいかないな」
「仲良さそうって……嘘でしょ」
「あたしは嘘はつかない。冗談なら言うがな」
 まるで男のような口調で言い、唇の端を――まったく少女らしくない仕草で――面白そ
うに吊り上げるマーサの横顔に、アズリアは唇を尖らせた。このルームメイトは、時折こ
うしてアズリアをからかうような言動を取る。
「あたしに限らず、軍学校に来るような娘は、同年代の男の子になど触れ合う機会はほと
んど無い。例外があるとするなら、アズリアのように兄や弟がいる場合だろうな」
 理解した、というふうに告げる。
 だが、アズリアの顔がふくれっつらのままなのを確認すると、おやと眉根を寄せる。
「……どうした?」
「なんでもないっ」
 まさか、軽く引き合いに出された赤毛の男の子――レックスのことで膨れ続けていると
はさすがに子供過ぎて言えない。マーサが単なる男の子の代表として彼を例えにしたのは
わかっているのだ。アズリアだって、他の男の子の名前が出されたなら、ここまで反応は
しなかった。
 しかし。
 視線を、日記に落とす。
 内容は晴れ舞台である入学式について。そこでの、恥ずかしい事件について。
(あの田舎者〜っ)
 恥をかかしてくれたのが、眼中に無い他の男子とかなら、まだ良かった。そういう手合
いなら、できるだけ意識しないように努めればいずれ恥も忘れられるだろうから。
 だが、あの少年だけは違う。
 アズリアと、同点で軍学校に入学した相手。
 男には絶対に負けたくない、アズリアと互角の成績を持つ男の子なのだ。意識せざるを
えない。
(そうしないためには――)
 日記に、決意を書き込む。力強い文字で一筆。
『最初の試験で完全勝利!』
 本来、軍学校の生徒に支給される日記帳は、軍入隊後の毎日の活動期報告書――それが
有事の際の事実関係を明らかにするための、いかに重要な資料であるかは誰もが知るとこ
ろだ――を先んじて体験するためのものなのであるが、アズリアは実に普通に『日記』に
する予定らしい。
 彼女の気合が伝わるような勢いのある文字を覗き込んだマーサは、几帳面な小さな文字
を連ねていた自分の日記帳と見比べて肩をすくめる。
 実に子供らしくない苦笑を一つ。
「可愛げがあってよろしい、お嬢様」
「お嬢様とか言わないでよ。それを言うなら、あなただってお嬢様でしょう?」
 ちょっと赤くなって、隠すように日記帳を閉じたアズリアは、自分の知っている事実に
照らし合わせてそう言った。
 マーサ・カスティス。レヴィノス家ほどではないが、それなりに知られたカスティス家
の一人娘。
 帝国に於いて召喚術は軍が管理しており、軍属ではない召喚師は存在しない。その軍属
召喚師を現在束ねているのが、マーサの祖父であるカスティス将軍である。
 折りしも、軍閥貴族の子女二人が相部屋になっているのであるが、偶然ではあるまい。
部屋割りの段階で、ある程度の配慮が為されたのは想像に難くない。
 しかし、マーサは備え付けの、簡素だが丈夫な椅子の背もたれに身体を預けながら首を
横に振った。
「『成り上がり』と名門では違うんだよ、アズリア。あたしの実家なんて、名前ばかりで
ただの屋敷さ。レヴィノスの豪邸とは違うんだ」
 大きな違いは、そこにあるのだと。
「あたしはこの学校を出ても軍人にはならないし、気楽なものだよ」
 伝統的に、軍人であるべき家と。
 ただ、祖父と父が軍人であるだけの家と。
 背負うものは、まったく違う。
「悪いな」
 あくまで気楽な口調で、マーサはそう告げた。
 そこに、入学したてで少し深刻そうな卒業の話をして悪かったな、という響きを聞き取
り、アズリアもおどけて肩をすくめてみせた。
「悪いって言うなら、その男言葉をどうにかしてよ。まるでお父様と一緒にいるみたい」
 クスリと、笑う。
「こっちにも伝染っちゃいそうだわ。もっと女の子らしい話し方しなさいよ」
「あ、伝染るぞ」
「え!?」
 冗談を向けたアズリアは、意外にも素で返ってきた言葉に目を丸くした。
 マーサは、うむむ、と腕を組む。
「実は、あたしもお父さんに伝染されたんだ。お父さんは、お爺さんに伝染されたらしい
ぞ。このしゃべり方の人間のそばにいると、かなりの確率で伝染る」
「ちょ……それ嘘でしょ?」
 思わずアズリアが身を引くと、マーサは眼鏡の奥で真剣な瞳を煌めかせる。
「あたしは嘘はつかないと言ったはずだ」
「えっと……」
 その言葉を、アズリアは吟味する。
 そして。
「……冗談は言うって言ったわよね」
「ああ。冗談だし」
 アズリアは、無言で彼女の鼻をつまんだ。
 ルームメイトとは、仲良くやっていけそうであった。


                                  了





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