サモンナイト3 レックス×アズリアSS 『きみの名を呼べば』 第二話「レックス」 その赤毛の少年は、レックスと名乗った。 入学式で挨拶を交替で読み上げる関係上、二人は会場の最前列で並んで席についていた。 入場の際に簡単な打ち合わせがあって、頭を下げるタイミングなどを担当者に教わったの だが、その間も始終レックスは緊張に顔を強張らせていた。 「別に少し挨拶するだけでしょ。気軽にしなさいよ」 先程までの自分を棚に上げてアズリアが言っても、 「う、うん」 まったく緊張を和らげないで彼は頷くのみだった。 やせっぽっちで、アズリアよりも背の低い少年だった。正直、アズリアはこの少年を見 た時に呆れたものだ。 (こんなものか) と。 自分が一生懸命努力して手に入れた場所は、こんな『チビ』でも手に入れることができ る程度のものだったのだ。制服も着慣れないのか、まったく似合っていない。 興味本位で試験の結果について聞いてみると、アズリアと同じ箇所を間違っていた。そ れで同点だ。 「ふん……偶然にしてはいい点取ったわね」 「え?」 「あなたみたいなのと同程度と思われるなんて不快よ。見てなさい。入学して最初の試験 で、それを思い知らせてやるから」 「な……」 呆気に取られるレックスに、アズリアはそれ以上言うこともなくお澄まし顔で入場の列 に加わったのだ。その後をついてきたレックスの「やっぱり田舎者はわかるのかなぁ……」 という呟きに、正しく意味が伝わったかどうかは不安になったのだけれど。 やがて、入学式は滞りなく進んで、新入生挨拶の段となった。 全校生徒が集まるための講堂には、狭き門をくぐり抜けた新入生百人余りと、軍学校の 低学年の生徒たち三百人ほど、それから父兄たちが揃っていた。それらの視線の中、席を 立ったアズリアとレックスは、申し合わせた新入生と在校生の間の位置に向かって進む。 そこには、二人が身を寄せ合ってようやく乗れるくらいの小さな台があった。 (問題なし) ただその台の上で用意された文を読み上げるだけ。それだけだ。 そう楽観し、台の上に乗ったアズリアは、思わず息を呑んだ。 予想外に、人が多い。三百人というのは、背の低い子供にとっては、人の壁でまったく 見えない数だった。それが、高い位置に身を置くことによって、一度に視界に入ってきて、 アズリアは軽い眩暈を感じた。 ――軍閥貴族の子息だって、別に大勢の前での演説経験があるわけではない。 (舐めてた……) 同時に自分を見つめる、無数の瞳。わずかに視線を動かしても、同じような視線がまた そこにある。 これは怖いかもしれない、と。 思った時に、脇の辺りを肘でつつかれてアズリアはハッとした。 「挨拶」 囁きのような言葉。 弾かれるように、アズリアは挨拶文を懐から取り出した。 「新しい服に袖を通して迎えたこの春――」 間違えないように注意しながら、舌打ちしたくなる。 状況に呑まれて、するべきことを見失っていた。しかも、それを助けられてしまった。 (失敗した……しかも男に注意されるし) そういう気持ちが入ってしまったのだろうか。怖いという気持ちはどこかへ行き、当初 の目的よりもやや大きく張りのある声で挨拶は行なわれた。事情を知らない者にとっては、 朗々たる見事なものだ。 後半は、レックスが引き継ぐことになる。 自分の挨拶文を閉じながらアズリアがレックスを促すと、少年は緊張を吹き飛ばすよう に深呼吸をして口を開いた。 最初の一文。 「ほんだら」 「…………!?」 アズリアはコケた。 比喩ではなくコケた。 狭い台の上でのけぞったせいで足を踏み外し、落ちそうになったところに、レックスの 細っこい腕が伸びて、少女の手を掴んで引き寄せる。 「きゃあっ」 「あ、あぶなっ」 一瞬の交錯劇だったが、大いに長い沈黙が訪れ。 在校生は、笑った。 アズリアは死にたくなった。 ※ 「田舎者、田舎者、田舎者っ」 「ご、ごめんって言ってるじゃないか」 入学式が終わると、アズリアが一番最初にしたことはレックスに怒りをぶつけることだ った。式の間中真っ赤な顔で堪えていた少女は、もう限界とばかりに少年に辛辣な言葉を 向ける。 「人のこと構う余裕あるなら、自分の方もしっかりしなさいよ!」 「だ、だってあんなにたくさんの人初めて見たんだし……だからごめんって」 「ごめんで済んだら、二百四年の報復戦は無かったわよっ」 「い、いや、あれは謝罪はしたけど、相手を煽るのが目的だったんだから、この場合の引 用には不適切だよ」 「なるほど、つまりあなたは私を煽っているのね」 「違う。絶対に違うから!」 微妙に互いの知識を披露しながら、二人は校舎の指定の教室の中で対峙していた。ジリ ジリと間合いを詰めるアズリアに、レックスがゆっくりと後ろに下がっていく。 はた目には、美少女の姿をした獅子が哀れな少年を食い殺そうとしている場面に見えた だろうか。 そして、レックスが黒板に背をつき、あわや絶体絶命というところで、 「はいはい、騒いでないで席につきなさい」 今後彼らのクラス担任となる女性講師が苦笑混じりに止めに入ったおかげで、命拾いし た。 「ふん……っ」 怒りが収まらないのは恥をかいたアズリアで、彼女は教室の後ろの方にある指定の席に 腰を下ろしながら決意した。 (絶対に、仕返ししてやる) そのようなところばかりは、立派に子供なアズリアなのである。 ところで。 「よ、よろしく」 「なんであなたが前の席なの」 「『レックス』と『レヴィノス』だからじゃないかな」 「…………」 アズリアは、沈黙した。 席順は、名前の順で決められている。この名前の順というのは、姓を優先するため、確 かにレヴィノスとレックスでは近くの席になるだろう。 そのことは、一つの事実も示していた。 「……あなた、姓が無いの?」 「え? う、うん」 「そう」 確認だけして黙り込んでしまうアズリアに、レックスは少し不安そうな顔をしたが、担 任による点呼が始まってしまい、仕方なく前に姿勢を戻す。 一人一人の名前が読み上げられる中、アズリアは空恐ろしい気持ちで目の前の少年の頼 りなげな背中を見るのだった。 ――田舎者で、貧乏人? ではこの少年は、家庭教師も無しに、アズリアと同じ点数を取ったということになる。 アズリアは、誰よりも努力した。寝食も忘れるほどに勉強した。 それならば、より不利な条件で試験に及んだ少年は、どれほどの努力を重ねたのか。 (まぐれよ) 本人にも言った言葉を、アズリアは口の中で繰り返した。 そうでなければ、自分の自信が――そう、これから大きなものに戦いを挑むための勇気 が失われてしまうかもしれなかったからだ。 ※ それから、諸注意を受けて初日は解散となると、各子供たち――本日からの軍学校一年 生たちは、それぞれの親としばらくの別れの前の食事や語らいのために散っていった。 軍学校は全寮制であり、遠方からの生徒たちにとっては次に親に会えるのは数ヵ月後の 夏の長期休暇だからだ。 アズリアも、多忙な中をわざわざ時間を割いて出向いてくれた父親のために足早に教室 を出ようとした。 そこで、少女は席に座ったままの少年に気づく。 「あなたは行かないの?」 「僕は――」 困ったようにレックスが口を開こうとしたところに、横から笑顔の担任がやって来た。 髪を短くまとめた、眼鏡の奥の瞳が優しそうな四十代前半の女性講師だ。 「レックスくん。ちょっといいかしら?」 「は、はい。それじゃ、また明日」 「え? ええ」 質問の途中だったのに、とアズリアは眉根を寄せたが、相手が担任では納得するしかな い。そうして少女は荷物を手に廊下に出たのだが、その際に、 「先生と一緒にご飯に行きましょうか」 「ありがとうございます」 そんな会話が、聞こえてきた。 どれほど成績が良かろうと、総代入学しようとも、それが何を意味するのかすぐに理解 できるほど、少女は大人ではなかった。 了