サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」 第六幕 -Bパート       「ナップ・アタック → ナップ & ベルフラウ」  ナップが長い蜂蜜色の髪の少女を見つけたのは、青空教室のそばにある池でのことだっ た。 「……無防備な女」  思わずそうナップが呟いてしまったのは、ベルフラウが袖なしのブラウスにベスト型の カットソーを合わせ、スラックスズボンという姿で木陰に寝転がっていたからだ。  上等な服が汚れるのも構わずに芝生の上に四肢を投げ出した彼女の寝息は、健やかの一 言に尽きる。無造作に地を這う髪も目に鮮やかで、男性的な服装をしていても、その姿は 眠れる森の美女を想起させる。 「お?」  そんなベルフラウの寝姿を遠巻きにする一団がいることに、ナップは目をパチパチとさ せた。それが大人の男であれば眉根を寄せるところであるが、小さな島の子供たちであれ ば、首を傾げざるを得ない。 「どうした、お前ら」 「あ、ナップ兄ちゃん。こんにちわ」  声をかけて歩み寄ると、五人の子供たちが気づいて挨拶をしてきた。それに手を挙げて 応え、ナップはもう一度ベルフラウへと視線を移す。その距離からすると、子供たちはベ ルフラウの眠りの邪魔にならない位置に固まっていたようだ。 「お姫様みたいねって見てたの」  一番年長者らしい兎耳の獣人の少女の言葉に、なるほどとナップは頷く。子供たちは、 森の中を駆けて遊んでいたのだが、池にやってきたところでベルフラウを見つけ、その眠 りを妨げてはいけないと静かにしていたのだ。 「そりゃあいつが悪ぃな。起こしてやるよ」  と、ナップが大股にベルフラウのもとへ行こうとしたところ、小さな手が彼の服の裾を 掴んだ。 「ん?」 「駄目よ。王子さま以外は、起こしちゃいけないのっ」 「ほほう」  ぐっと拳を握り締めて力説する幼い少女たちに、ナップはさもありなんと頷いてその場 にかがみこんだ。そして、重大な秘密を打ち明けるように真剣な顔を作る。  子供たちはいきなり変わったナップの雰囲気に、ごくりと唾を飲んで顔を寄せた。その 様子に、ナップはことさら声を潜めて言う。 「実はな、あいつの王子さまは俺なんだぜ」 「ええ!?」 「だから、起こしても別にオッケーなわけだ」 「本当?」 「おお。本当だって。その証拠に、起こしてきてやるよ。王子さま以外には、起こせない んだろ?」  それはナップにしては上手い誘導だった。「王子さましか起こしてはいけない」を「王 子さまだけが起こせる」に変えてしまい、子供たちのためにベルフラウを起こしてしまう のだ。 (昼寝の場所くらい考えとけってんだ、ボケ)  子供たちの小声の声援に応えながら、ナップは太平な昼寝を満喫するベルフラウに毒づ く。そもそも、子供たちだったから良いものの、これが若い男どもだったらどうするつも りなのか。 「こーの馬鹿。起きろ、ここはお子様御用達の広場だぜっ」  地面に膝をついてベルフラウの肩を揺すると、少女がうっすらと瞼を上げる。その目が ぼんやりとナップを捉えると、少女は口を押さえてあくびを一つした。 「なによ。もうお昼?」  目を醒ました。  すると、二人から離れた場所で子供たちがわっと盛り上がった。 「わ、わ、本当に起きた!」 「本当に王子さまだったんだー」 「え? 何? どういうこと?」  いきなりのそれに、ベルフラウが目を白黒させる。その顔を見て思わず吹き出したナッ プは、いやいやと意味の無いことを言いつつ、上半身を起こしたベルフラウの肩に腕を回 して引き寄せた。 「うーし、どうだ見たかガキども!」 「?」  ナップが指二本を立てて突き出すと、その姿にきゃっきゃっと子供たちが喜ぶ。首を傾 げるしかないベルフラウは、疑問符を顔に貼り付けたままとりあえず子供たちに向かって 手を振っておくことにした。 「いったい何事?」 「御伽噺のラスト、眠り姫覚醒の瞬間に立ち会った感動だろ?」 「ふーん? ところで」 「ん?」 「は・な・れ・な・さ・い!」 「へへ。役得役得」  顔面を両手でつかまれて押され、ナップは心底おかしそうに笑いながら手を放した。  まったく、とベルフラウはため息をついて立ち上がった。服についた汚れを軽く叩いて 払いながら頭を振ると、最後に残っていた睡魔が消えていく。 「いつの間に見世物になってたのよ」 「ガキの遊び場で、お前がアホ面見せて寝てるからだろ」 「誰がアホ面よっ」  むっとして睨みつけるが、どうやら子供たちの邪魔だったことは確かのようで、ベルフ ラウは一考してから彼らの方へ足を踏み出した。近づいてくる『お姫さま』に、子供たち は頬を林檎のようにした。 「遊びの邪魔をして、ごめんなさい。これはお詫びよ」 「ありがとう!」  ポケットから取り出した飴玉を一人ずつに手渡すと、子供たちはそれがまるで金貨か何 かのように顔を輝かせた。その愛らしい姿に、ベルフラウも頬を緩める。  が、その笑顔も子供たちの次の台詞で崩れることになった。 「それで、お姫さまは王子さまのお嫁さんになるの?」 「はあ?」  ぽかん、としたベルフラウの目に映るのは、期待に目をわくわくとさせた幼子たちの顔。 キラキラ輝く大きな瞳は、純粋そのもの。自分たちの願う答えが返ると信じて疑わない、 守られて当然の素敵な夢を持つ、大切な時間を生きる者たち。 (う、裏切れないわね、これは……) (裏切れねぇだろ……)  瞬間、ナップとベルフラウは視線で会話を交わした。 (途中、そっちに振るわよ) (どんとこい!)  子供たちに負けないくらい嬉しそうに、ナップは胸を叩いた。子供たち相手のお遊びと はいえ、ベルフラウの王子さまであれば悪い気はしない。  ベルフラウは、子供たちの目線に合わせて、にっこりと微笑んだ。 「そうね。私は王子さまのお嫁さんになるのよ。私だけの、素敵な王子さま」 「きゃーっ」  そのひとことに、少女たちはぷくぷくとした頬を両手で押さえてご満悦である。ああ可 愛いわね、とベルフラウもニコニコしながら、人差し指を立てた。  でもね、と。 「だけど、残念ながらあいつは王子さまじゃないわ」 「お?」  なんだか、予想していたのとは違う言葉が飛び出し、ナップはベルフラウに指差された 自分を、さらに自分でも指差した。  少女は、鋭い面差しで叫ぶ。 「あいつこそ、私を眠らせた魔物! 軍学校の誇るお調子者、魔獣ナップナップよ!」 「センスねぇ!?」  五秒後に子供たちに石を投げつけられる運命の少年は、そう叫んだ。  そして。 「ここまでやるか、普通……」 「ふふ――ごめんなさいって――あはは――言ってるでしょ――あははははっ」  子供たち及びベルフラウに追い掛け回されたあげく、足を滑らせて池に落ちたナップが 浮かび上がってくると、ベルフラウは腹を抱えて笑いながら手を差し伸べた。  憮然として、ナップは唇を尖らせる。 「謝るか笑うかどっちかにしろっ」 「あはははははははは!」 「笑う方かよっ!?」  こいつは、と睨みつけながら、ナップはしかし逆襲を思いついてニヤリと笑った。岸に 上がるために、ベルフラウの手を借りたその瞬間。 「ははは! ガキども、姫はいただいたぁ!」 「きゃあ!?」  ベルフラウの身体が、宙を舞った。  ざばーん、と激しい音が鳴ったのは、ナップがベルフラウを真横の姿勢で落ちるように 調整したからだ。子供たちへのサービスみたいなものである。  案の定、子供たちは「悪者め!」と水をすくってはナップに向かってぴしゃぴしゃ飛ば してくるが、それすら可愛いものでナップはニヤニヤと浮かんでくるベルフラウを待った。  待つことしばし。 「――ぷはぁ! な、なんてことするの、あなたはっ!」  足が底につく岸付近で、ベルフラウは恨みがましい目でナップを睨んだ。だが、二人し てずぶ濡れで、これでおあいことも言える。 「まったく、子供なんだから」 「へっ。どっちが。人を池に落として喜んでるお姫様」 「む〜」 「やるか〜」 「がんばれお姫さま!」 「負けないで〜!」  顔を突き合わせて唸る二人に、子供たちもお姫さまの応援一色である。  そこへ、小走りにやってきた者がいる。 「誰か池に落ちたのか!?」 「うげっ」 「せ、先生!?」  騒ぎを聞いて駆けつけた赤毛の青年に、ナップとベルフラウはばつの悪い顔をした。レ ックスは岸の子供たちのもとから池の中で牽制しあう二人を見て、まず呆れ、次に大きく ため息をついた。 「二人とも、何をしているのかな?」 「こ、これは、ベルフラウが!」 「これはナップが!」  同時に言う少年少女は、はっとしてお互いを見て、すぐにふんと顔を逸らす。仕方なく、 レックスは近くの子供に尋ねることにした。 「何があったんだい?」 「ええとね、お姫さまを起こしたのは王子さまじゃなくて、卑劣な罠でお姫さまを池に引 きずり込んだの」  あまり、参考にならなかった。  ともあれ、二人に手を貸して岸から上がらせたレックスは、自分のハンカチを取り出し てベルフラウの顔を拭いた。少女は、 「化粧がつくからいいわ」  と遠慮したが、レックスは構わないとそのハンカチをベルフラウに握らせた。ナップは と見れば、彼は上着を脱いでそれを絞ってから頭を拭いていたので、レックスは改めて二 人に問いただした。 「それで、どういうことかな?」 「レックス先生気をつけて、そいつは魔物だよ!」 「お姫さまを守ってー!」 「は?」  湧き上がった子供たちの声援に、レックスは目を丸くして二人を見た。ナップとベルフ ラウは視線で訴え、レックスは理解して頷いた。 「姫、こちらへ!」 「うわ、大根!?」  もの凄い棒読みのレックスにナップは思わず叫んだが、ベルフラウは気にせずにその誘 いに乗ってレックスの胸に飛び込んだ。 「王子さまっ」 「きゃーっ!」  黄色い嬌声が池を突き抜ける。ひしっとベルフラウを抱きとめたレックスの姿に、子供 たちはやんややんやの大喝采。反面、ナップは納得いかないものを感じて口をへの字にし た。  そして、魔物をやっつけろと囃し立てる子供たちに促されるままに無手の構えを取るレ ックスに、ナップは一つ思いついたことを試すことにした。  よぉし、と唇を舐めて、両の拳を前後に構える。その真剣な瞳に、レックスばかりでは なくベルフラウまで顔色を変えた。 「ちょ……っ」 「へへ、王子さまよ。お姫さまは俺がいただいていくぜ!」 「!」  獰猛なほどの威圧感を放って、ナップは一気にレックスとの間合いを詰めた。  ──昔話をしましょう。  ──それは昔々の横恋慕の話。  ──とある国に、お姫さまのことが好きな魔物がいました。  ──魔物はお姫さまの気を惹こうと、色々な贈り物をしました。  ──だけれど、お姫さまは振り返ろうとはしませんでした。  ──お姫さまには、大好きな王子さまがいたのです。  ──ある日、魔物はお姫さまに訊きました。  ──なんで王子さまがいいの? 私が魔物だから? 彼が王子さまだから?  ──お姫さまは答えました。  ──いいえ、それは違います。魔物とか王子さまだとかは関係ありません。  ──ただ、彼はあなたより素敵なのです。  ──あなたの千の贈り物よりも宝石よりも、彼の笑顔はずっと魅力的なのです。  ──魔物は悔しくて泣きました。  ──泣いて泣いて、ついにはお姫さまをさらって深い眠りにつかせてしまいました。  ──これでいい。これでお姫さまは自分のものだと魔物は思いました。  ──そんな魔物のもとへ、王子さまがやってきました。  ──王子さまはすぐに魔物を打ち倒し、お姫さまの目を醒まさせました。  ──なんでだろう、と魔物は思いました。  ──なんでお姫さまは自分のものにならないのだろう。  ──こんなに努力しているのに、どうして駄目なのだろう。  ──泣き続ける魔物に、お姫さまは言いました。  ──彼より素敵な人になってください。  ──そうしたら、私はあなたに振り返るでしょうから。  ──私はいつだってこの世で一番素敵な人のものなのですから。  ──生まれもお金も関係ない。お姫さまは、いつだって最高の男の人のものなのだから  ──だから、がんばってください。  ──それきり、魔物がお姫さまの前に現れることはありませんでした。  ──だけれど、お姫さまは知っています。自分のことを好きな魔物のことを。  ──王子さまより素敵になろうとがんばっている魔物がいることを。 (確かめてやる!)  ナップは、地を這うほどに低い位置からレックスの懐に飛び込み、握り締めた右の拳を 全身のバネで射放った。強弓から放たれた矢のような勢いで突き上げられた一撃で、レッ クスの顎を狙う。  ベルフラウが叫んでいるのが聞こえたが、意味はとれない刹那の時間。軍学校で最強を 誇るナップの全身全霊の不意打ち。  ──自分とこの男に、どれほどの差がある!? 「せぇあああああ!」  骨を叩き割る威力で振り切る。  が。 「な……っ」  ナップは、目を見開いた。  ガツッという手応えで、ナップの拳はレックスの左手に包まれるようにして受け止めら れていた。  直後、背筋を走った冷たいものにナップは顔を引きつらせる。 (やばっ!)  思った時には、遅かった。 「づっ!?」  反射的に繰り出されたレックスの右拳が、正確にナップの頭を打ち下ろしていた。視界 に火花が散り、ナップはその痛み以上の衝撃に世界が暗転していくのを感じた。 (ここまで……かよ)  いっそすがすがしい。  笑みさえ浮かべて、ナップはその意識を手放した。  目が覚めたのは、それほど後ではなかった。 「つう……いたた」  後頭部に痛みを感じながら覚醒したナップは、まず空がベルフラウで出来ていることに 怪訝そうな顔をした。それから、寝かされた自分を彼女が覗き込んでいるのだと気づいて、 すかさず顔を横に向けた。  別に照れたわけではない。向いた先は少女のズボンで、彼は小さく舌打ちする。 「……その元気があれば、充分ね」 「こういう時は膝枕か、スカートだろ? くそっ」  愚痴りながら上半身を起こし、ナップは自分の頭をさする。強烈な一撃を受けたとわか る痛みに、しかし彼は口元をほころばせた。  笑ってしまう。  おかしくなるくらいの、圧倒的な差だった。  はあ、とナップは満足の息をついて大きく伸びをした。 「あ〜、やっぱり強ぇや、先生は」 「当たり前じゃない……って言いたいけど、驚いたわ。あなたでも、あんな簡単なのね」  ふう、とベルフラウもため息をつく。少女の顔が火照り、その手が胸を押さえているこ とに、ナップは苦笑した。 「ときめいてしまいましたか、お姫さま」 「う、うるさいわねっ」  カッと頬を紅潮させてベルフラウがそっぽを向く。正直な反応だ、とナップは思った。  見れば、子供たちはすでにどこかに行ったのか、姿が見えない。魔物のやられっぷりは、 彼らを大変喜ばせただろうとナップは含み笑いした。 「先生は?」 「クノンを呼びに──戻ってきたわね」  言うが早いか、クノンを小脇に抱えて走ってくるレックスが見えて、ナップは無事を知 らせるために手を振り上げた。安堵したレックスが歩みを緩め、小柄なクノンが地面に足 をつける。  そんな彼らを眺め、ナップは不意に隣のベルフラウに呟いた。 「また、挑戦するからよ」 「?」 「その時は、楽しみにしてろ」  首を傾げるベルフラウ。だけれど、それも今は仕方ないとナップは頷く。  そう、眼中にも入らないのだろう。この少女の瞳は、ナップの遥か上を見ているのだか ら。  ──やりがいがある。  隣のベルフラウ、そしてやってくるレックスを交互に見つめ、少年は大きく深呼吸した。 「先生。次やる時は俺が勝つから、よろしく」  そのひとことにレックスは驚いた顔をしたが、さっぱりとした表情のナップを見て、口 元をほころばせた。 「こっちこそ、負けないよ」  しっかりと握られる、二つの手。  いつかその手の大きさを越える日を見つめ、ナップはしっかりと自らの両足で立ち上が る。  そして、ベルフラウに舌を見せて言うのだった。 「我が侭な女」 「な!?」  ──彼より素敵な人になってください。  ──そうしたら、私はあなたに振り返るでしょうから。  ──私はいつだってこの世で一番素敵な人のものなのですから。  ──生まれもお金も関係ない。お姫さまは、いつだって最高の男の人のものなのだから                                    続く