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サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS
「真夏の夜に逢いましょう」

			第六幕 -Aパート
      「ウィル・アタック → ウィル & アティ」





(落ち着け。どのような勝負であれ、冷静さを欠いたらその時点で負けだ)
 軍学校同期の中でも、試合の中で平常心を保つことに関してはずば抜けていると教師陣
に絶賛されている少年――ウィルは、かつてないほどの緊張に足をすくませていた。
 早鐘のような心臓の音が身体の中だけで幾重にも反響し、送り出された大量の血液が頬
や耳を真っ赤に染め上げる。上気した顔は額にびっしりと汗を浮かび上がらせ、胸の息苦
しさに呼吸すら震える。
 血液の循環が良いということは、身体が運動に適した状態になっているということなの
であるが、不条理にも両足はまるで芯が抜けてしまったかのように腑抜けていた。足だけ
ではなく両腕や背骨、全てから力という力が抜け落ち、自分自身の身体が鼓動の中に埋没
してしまったのか、と思うくらいに自由にならない。
(これだ……忘れてた)
 六年間に及ぶ訓練生活のせいで忘れてしまっていたが、勝負に挑む緊張感とはこういう
ものであったはずだ。まだ幼い少年であったウィルは、初めての真剣を用いた試合の際に、
親友であるナップを前に今と似たような身体の弛緩を体感したのを覚えている。
 そんなことはあるはずがない、と楽観する気持ちと、でももしかしたら、という不安の
気持ち。わずかでも『死』をちらつかされた時、少年の身体は理屈を並べるよりも前に、
素直に恐怖に縮こまったのだ。
(……この感覚を忘れたのは、いつ頃だっただろう)
 慣れというものは恐ろしいもので、試合を繰り返すごとにウィルの恐怖は薄らいでいっ
た。他人を殺すための武器を目の前に突き出される恐怖を、日常のものとして、つまりは
夕飯の魚を包丁で捌く際に指を切るかもしれない程度の恐怖までにしたのである。
 もちろん、恐怖を封じたからといって注意を怠ってはいけない。自覚すべきなのは、恐
怖しようがそうでなかろうが、恐怖を生み出す存在の危険度は増減しないということだ。
 ならば、恐怖に身をすくませず、冷静に対処することで己の失態による過失を少しでも
減らすことに努めるのが、ウィルに出来る全てである。恐怖せず、慢心せず、常に細心の
注意をもってその出来事に向かうのが一番であると、彼は経験の中から悟ったのである。
(だから、冷静になるべきだ)
 深呼吸しよう。
(いや、いきなりそんなことしたら驚かせてしまうかもしれないな……)
 ならば、昔アリーゼがやっていたように掌に「人」の字でも書いて飲み込んでみようか。
(それだって目の前で出来るはずがない)
 ――そう、目の前。
 ウィルの目の前には、微かに笑みを浮かべて小首を傾げている赤毛の美女がいた。
 『あの日の続きがしたい』と呼び出した自分に応えて、かつての見慣れた姿である赤い
旅装束に純白のマントと帽子。それは『家庭教師』アティと少年であったウィルが出会っ
た際の姿であり、そして別れた際の姿でもある。
「ウィルくん?」
「は、はい!」
 「先生」と声をかけて歩みを止めてから無言の時間が長過ぎたのか、アティが自分の名
前を呼ぶ。それに弾かれたように直立不動の姿勢で返事を返しながら、ウィルは胸中の焦
りに目の前の風景がグルグル回転する気分だった。
 朝に身だしなみを整えて、宿泊している鬼の御殿を出発したまでは良かったはずだ。
 さらに、ユクレス村にあるアティの家を訪れ、前述の台詞で森の散歩に誘ったのも、予
定通りだったはずだ。
 そこまでは、ウィルは自分で満足できる冷静さを保っていたはずである。
 だが、計画の最後。これで断られたらおしまい、という気概で申し込むはずだった男女
交際の言葉を言葉を発しようとしたところで、ウィルはつまづいてしまった。
 呼び止めて、目と目で見詰め合って。
 そこから、言葉が出ない。
 ついには焦れて名前まで呼ばれてしまっては、どう取り繕ってよいのか、ウィルにはも
はやわからなかった。
(こ、こんなにうろたえることになるなんて、予想外だ)
 自分を見上げてくるアティの瞳から、ウィルは目を逸らすことが出来なかった。大人だ
というのに真っ直ぐに躊躇いの無い感情をたたえたその瞳は、子供のように純粋と表現す
る者もいるかもしれない。
 だけれど、彼女がそれほど単純な、真っ白な存在ではないことをウィルは知っている。
 裏切られたことのある女性
 傷つけられたことのある女性。
 それでも己の信念を貫くと心に決めている女性の、強い瞳だ。決して無知や無邪気ゆえ
の真っ直ぐさではない、雑草のように幾度踏まれても太陽に向かって伸びる努力を諦めな
かった者だけが持てる意志の強さの瞳だ。
 ウィルが憧れ、その中に女性としての強さと魅力を感じ、恋焦がれた瞳だ。
 かつては見上げていたその瞳を、今ウィルは見下ろしている。
 そのことに気づいた時、ウィルは自分を恥ずかしく思った。
(とんでもないことを言ったんだな、僕は……)
 軍学校に入学する直前、ウィルはアティに子供らしい愛の告白をした。そして幼い自分
では吊り合わないと自覚するから大人になるまで待っていて欲しいと頼んだ。
(それこそ、子供の言い分なんだ。僕は、この人の魅力を理解なんかしていなかったんだ)
 そう、とウィルは改めてアティを見る。
 穏やかでのんびりとした彼女が持つ、決して消えない信念の炎を象徴するかのような、
長く赤い髪。やや大きな目のせいか少々童顔気味にも見える顔立ちは、十人中十人が美人
と評するに迷わない整ったもの。背丈は平均的だが、服の上からでもわかるほど豊かな胸
から腰、そして尻の描く線は、男ならば目を奪われ同性でも羨むしかない見事なものだ。
 美女、と簡単に言ってしまえるだろう。
(これでけの、誰もが放っておかない女性に、僕は……待っていて欲しい?)
 カッと頬が熱くなるのがわかった。何を馬鹿げたことを言ってしまったのか。彼女が優
しく、約束を破らない相手だとわかっていた上で、我が侭極まりない子供の理論を押し付
けてしまった。その過去を、恥ずかしく思った。
(僕は馬鹿だ)
 ――だけれど。
 悩んだ果て、ウィルはようやく口を開いた。
「僕は、六年前の自分に感謝しないといけないようです」
 怪訝そうなアティに、ウィルは必死に心を落ち着けて言う。胸の内を真っ直ぐに伝える
ことを教えてくれたのも、目の前の女性だ。
「あの時の僕は、正直子供でした。あなたを女性として愛していると言いながら、あなた
の女性としての価値を理解していなかった。あなたは僕の家庭教師。他にライバルなんか
いない。そう思っていました」
 想像以上に、言葉はすんなりと紡がれた。
「だから、あなたに待っていて欲しいなんて無茶なことを言えたんだと思います。恥知ら
ずな子供でした。そのことを謝罪します」
 余計なことは、考えなかった。ただ、胸の内を語るという行為。計画も何も無く、その
場で出来る最善のことをすることは、不思議とウィルの心を透明にしてくれた。手足に力
が戻り、胸の鼓動が快く感じてくる。
「だけど、僕は子供だった自分に感謝します。おかげで、今こうしてあなたの前に立つこ
とが出来たんですから。約束を守ってくれたあなたに、会うことが出来たんですから」
 真剣な瞳で見つめていると、うっすらとアティの頬にも赤味が差してくるのがわかった。
「少しは大きくなった僕から見て、あなたはとても魅力的な女性です。あの頃と変わらず
なんて言いません。あの頃の僕なら、あなたが他の誰かの手を取ったならば嘆いただけで
す。だけど、今の僕にはそれが耐え難く思えるほど、あなたは魅力的です」
 他の誰にも、と告げたい。
「他の誰にも渡したくなんかない。子供の頃とは違う我が侭で、そう思います。あなたを
独占してしまいたい。他の男になんか近づけさせたくもない。あなたは男にそう思わせる
くらい魅力的な女性なんだと、気づけました」
 アティに告白しようとしていた自分の決意すら、ウィルは恥ずかしいと思った。
 断られたらおしまい?
 それは違うだろう、と思う。
(断られたら、彼女が振り向いてくれるように努力するべきだ。先生に吊り合う男になれ
るよう、そうするべきだ)
 背水の陣など甘ったれるな、と言いたい。
「あなたに聞いてもらいたい」
 その言葉こそが、おしまいではなく、始まりの場所なのだ。ウィルという少年の、磨き
続けてきた己を使っての、勝負の開始の合図なのだ。
「あなたが好きです」
 単純明快な意志。
 六年前と同じとは言わない。もっと強い気持ちで、もっと強い決意で。
「ただの生徒ではなく、一人の男として僕を見てもらえないでしょうか」
 少年は、自分の思いのたけを告げた。
 途端、一つの満足感が胸に満ちる。
 アティが返す言葉を口にする前から心に広がったのは、今の自分の精一杯を告げた確信
があったからだ。幼い頃アティの姿に学んだ通り、恥ずかしいまでの自分をさらけだすこ
とが出来たからだ。
 どうだ、とウィルは過去の自分に言う。
(君にここまでのことが出来るか?)
 無理だ、と断定する。そう思えるくらいには成長したつもりだった。
 そして、少年の言葉を噛み締めるように瞼を下ろしてうつむいていたアティが、顔を上
げる。ほんのりと色づいた肌で、彼女はウィルに笑顔を見せてまず言った。
「ありがとう、ウィルくん」
 次に続く言葉を待ってゴクリと喉を鳴らすウィルの前で、アティは片手を胸に当てる。
豊かな膨らみの奥にあるのは、彼女の鼓動する心だ。
 潤んで光を弾く瞳は、かつては見下ろしていた少年を見上げて、はにかむ。
「ウィルくんの言葉でここがドキドキして、凄いです。あの小さな男の子が、こんなに素
敵な男の人になって、今私の前にいるんですね」
 びっくりです、と呟いたのは照れ隠しだろうか。
「ウィルくんの気持ち、確かに聞かせてもらいました。だから、今度は私の気持ちを聞い
てください」
 頷くウィルに、アティはゆっくりと焦らずに告げた。言うべき内容が誤解されないよう
に。正しく伝わるように。
「私は、ウィルくんのことが好きです。でも、きっとそれはあの頃、あなたが子供だった
頃と変わらない好きなんだと思います。ウィルくんふうに言えば、あなたを一人の男では
なく、生徒として見ている好き、なんだと思います」
「……はい」
 その答えは、予想されていたものの一つ。当然あるべき答えの一つ。
 動揺するな、と自分に言い聞かせるウィルに、アティは続けた。
「だって、こんなに男らしく素敵になったウィルくんとは、出会ったばかりなんですから」
「え?」
 それは艶やかで、花の咲いたような笑みだった。呆気にとられるウィルに、アティはま
るで少女のように華やいだ様子で言う。
「ドキドキしているって言いましたよね。これは、きっとウィルくん以外……他の素敵な
人に同じことを言われても生まれるドキドキなんだと思います」
 わかりますか、と。
「これまで知っていたウィルくんと違うウィルくん。大人になったウィルくんに、私はと
てもドキドキしているんです。これって、生徒に対する好きとも、男の人への好きとも違
う、まだドキドキだけのものなんです」
 真っ赤になった彼女の顔を、ウィルは目に焼き付けた。その顔を見たら、もう絶対にこ
の人を諦められなくなるとわかっていながら、そうしてしまった。
「ウィルくん。このドキドキを、あなたへの恋に変えてくれますか? あなたへの恋に変
わるかもわからないまま、待っていてくれますか?」
 その想いが、ウィルのものと吊り合うくらい大きくなるまで。
 即座に、ウィルは頷いていた。
「も――」
 もちろん、と言うことは出来なかった。思い切り舌を噛んだウィルは、手で口を押さえ
ながらもどうにかブンブンと首を縦に振る。その様子に、アティは自分の言葉に照れたま
ま彼の頬に手を添え。
 不意をついたように、背伸びしてその頬に唇を重ねた。
「!?」
「ふふ。今のは、六年間想い続けてくれた私の生徒のウィルくんへ、ですよ」
 驚くウィルを尻目に、アティは少年から身を離してクルリと手を伸ばして横に回る。白
いマントが翼のようにひらめき、まるで舞踏会で踊るようにして少し離れた位置まで進み、
アティは両足を揃えて立ち止まった。
「素敵な恋を、させてくださいね」
 両手を後ろで組み、弾む声で言った女性に、今度こそウィルは頷いて答えた。
「はい、もちろん!」
 それは迷い無い、二人の新しい一歩の合図であった。


                                   続く





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