サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」 第五幕 -Cパート      「あの頃は若かった → 先生2人 & アズリア」 「まさかこうして三人で酒を酌み交わせる日が来るとはな……」  そう感慨深く呟いたのは、自分の前に差し出されたグラスを見つめるアズリアだった。  夜の帳が世界を覆いつくすと、昼間の騒がしさが嘘のように辺境の島は静けさに包まれ る。あれだけ猛威を振るっていた夏の暑さも控えめになり、開け放たれた窓から室内に吹 き込んでくる穏やかな風は、涼風と言ってよい。蝉の声も消え、夜虫が鳴く秋にはまだ早 いこの時期、百戸に満たない小さな村の夜は、独りならば心細さにさいなまれていたかも しれない寂しさだ。  昼間が賑やかだからこその、寂寥感だろうか。まるで祭りの終わりのような不思議な気 持ちで、アズリアは来客用のグラスの足を指で絡めとるように掴んだ。  そんな、どこか神妙な様子のアズリアが顔を上げると、そこには同じテーブルにつく二 人の赤毛の男女がいる。にっこりと微笑む青年レックスと、ぽやっと微笑む美女アティ。  特に申し合わせたわけではなかったが、自然と三人の手にしたグラスが近づく。  口火を切ったのは、レックスだ。 「三人の再会と」 「優等生時代は出来なかった酒盛りを記念して」  冗談めかしてアティが続け、アズリアが締める。 「乾杯、だな」  チン、と軽い音を立ててグラスが触れ合った。紫紺の波が揺れるのを収まらずに三人は 最初の一口を含む。  それは、一種の大人の儀式だろうか。  乾杯を告げた後、三人は一様に押し黙って自分のグラスの中を見つめていた。アズリア にとっては二人とは数年ぶりの再会であり、色々と積もる話もあったはずなのだが、何故 か口を開くよりも、黙っていた方がお互いのことが理解出来るような気がした。 「ふふ。不思議ですよね」  不意に言ったのは、アティだ。快い沈黙を崩さない、さりげない言葉。沈黙という会話 から繋げる、音のある会話への移行の言葉。 「私たちが一緒にいるといつも怒鳴り合いでしたのに、こんなふうに何も言わないでいら れるだなんて、不思議です」 「そうかもね」  はは、とレックスも笑う。青年は堅苦しい佇まいをやめ、テーブルに肘をついた気軽な 姿で言う。 「前は、お互いのことを一方的に伝えようとするばっかりで……いつも何か叫んでいたよ な、アズリア」 「む……お前こそ、理想を掲げながら具体的な答えを出そうとはしなかっただろう。だか ら水掛け論になっていたんだ。なあ、アティ」 「結局、三人とも若かったんですね……本当に」  三角形でも描くように会話がお互いに飛ぶ。しみじみとアティが言うと、確かにと残り の二人も頷いて、ようやく各々つまみなどにも手を出し始める。  薄く切ったチーズを口の中に放り込み、そういえばとレックスがアズリアを見る。 「若いと言えば、六年前もそうなんだけど、もう少し前。軍学校の頃、俺一回アズリアに 剣の勝負挑まれただろ?」 「ああ……最終学年の時の最後の授業か。あれは、お前が棄権してくれたおかげでどれほ ど悔しい思いをしたか――」 「いや、その前。十五の時」  嫌な話題を、とむっとしかけたアズリアを制し、レックスは人差し指を立てる。あの時 の話、と繰り返すと、アティもピンと来たようだ。 「アズリア、あれですよ。はじまってしまった時」 「はじまった?」  と、アズリアは首を傾げ、次の瞬間。 「あ……!」  思い出したのか、ほんのりと頬を赤くした。その反応に、今度はレックスが首を傾げ、 女二人に疑問をぶつけた。 「あの時、俺も授業ならって納得して待ってたんだけど、アズリア結局欠席しただろ? 次の日も授業休みだったし、アティに訊いても『今会いに行くとアズリアに一生恨まれる』 って言われるだけだし、心配してたんだけど」  結局なんだったんだあれは、という赤毛の青年の視線に、アズリアは赤面したまま横目 でアティを見る。アティは、仕方ないですね、と助け舟を出すことにした。 「アズリアが女になった日なんですよ」 「ぶっ!」  レックスとアズリアがワインを吹いた。噴水のような攻撃を二方向から受けたアティが うひゃあと悲鳴を上げるが、アズリアの方はそれどころではなかった。 「ごごごごご誤解を招く言い方をするな!」 「だ、誰? あの時のクラスメイトっていったら――」 「指折り数えるな!」 「いたぁっ!」  あいつだろ、あいつだろ、と当時のクラスメイトを数え始めたレックスの顔面を、アズ リアが掌で突く。のけぞったレックスを放っておき、アズリアはテーブルにドンと両手を ついてアティに向かって叫んだ。 「月のものだっ。初めてそれが来て、動けなかったんだ、私は!」 「あ、アズリア恥ずかしいですよ。わざとぼかして言ってあげたのに」 「お前の言い方の方がタチが悪い!」  羞恥と怒りに頬を染めたままアズリアが怒鳴ると、アティはいじいじと両手の人差し指 をつつき合わせて唇を尖らせる。 「あの時、レックスには黙っていてくれって言うから、その通りにしてあげましたのに。 シルターン風にお赤飯まで炊いてあげましたのに」 「あれを食堂でやったせいで、私は女子寮の廊下歩くだけで『おめでとう』とか言われた んだぞ!?」 「いたっ、いたっ、いたっ」  きっかり三回でこぴんをくらい、アティが「う〜、痛いです。恩知らずです」と情けな い顔になる。  そこに、レックスが赤くなった鼻をさすりながら復活し、 「そっかあ……じゃあ今言うよ。おめでとう」 「記憶を失え!」 「いたぁ!?」  余計なことを言ってもう一度殴り飛ばされた。  即座に手が出るアズリアに、レックスとアティはテーブルを離れてこそこそと言う。 「……やっぱり、あまり変わってない」 「……そうですね」 「お前らが悪い!」  まあまあ、と二人してアズリアをなだめ、レックスが彼女のグラスに酒を注ぐ。それを あおるようにして飲んだアズリアは、まだ不機嫌そうに頬杖をついた。 「お前らこそ、多少落ち着いたが、まだまだボケたところは直っていないようだな」 「ボケって……」  酷いことを言われたような、とレックスが苦笑する。  しかし、それでもアティはめげなかった。 「じゃあ、今度はもっと大人になったと確認出来ることをしましょう!」 「ほう、なんだ?」  興味を持ってアズリアが促すと、アティはポンと胸の前で掌を合わせ、 「初めて会った時、お互いにどう思ったか教えあいっこましょう。何を思ってても、もう 時効です」 「初めての時……だと?」  アズリアが、眉根を寄せる。それから皮肉げに赤毛の二人を見遣り、言う。 「これが私と同じ得点をとった奴らか。偶然も良いところだ。すぐに化けの皮をはいでや る」 「ひ、酷いですよアズリア」 「……俺は口でそう言われたよ」  なかなか印象の悪い出会いらしい。  ともあれ、場を取り繕うようにアティが自分の場合を口にする。 「私はアズリアを初めて見た時、とっても恥ずかしかったです」 「恥ずかしい?」  それは意外だったのか、アズリアが怪訝そうな顔する。ええ、とアティは微笑んだ。そ の瞳は、十年以上前の時間をその場に見ているかのように優しい。 「アズリアは気がつかなかったかもしれないですけど、私は入学試験の時にアズリアを見 かけたんですよ」 「それは……初耳だな」  呟きながら、アズリアは空になったアティのグラスにボトルからワインを注ぐ。わざわ ざアズリアが持参した高級酒に、アティは礼を言ってから続ける。 「入学試験の時は、私服ですよね。私は村のみんなが贈ってくれた、一番立派な服を着て 試験に行ったんです。周りのお金持ちの人たちになんか負けないぞって。だけど、あの時 同じ試験会場にアズリアがいたんですよ」 「ああ……」  当時を思い出したのか、アズリアが苦い笑いを浮かべる。  ばあやに付き添われ、試験会場に向かった自分。軍閥の名門レヴィノス家の令嬢に相応 しい姿とやらで試験に挑まされた自分を、周りの人間が羨望の目で見ていたのは、覚えて いる。 「堂々と胸を張って、自信満々の顔をして……今思うと、凄い子供でしたよね、アズリア。 隣の席で、私ドキドキしていましたよ。わあ、お話でしか聞いたことのない、本物のお嬢 様が隣にいるんだ、って。私が汚さないように気をつけて着ている服なんて、この子には 普段の服以下なんだろうなって」  ため息は、羨望を含んでいただろうか。 「きっと、羨ましくて、悔しくて……みすぼらしい自分が近くにいるのが恥ずかしくなっ て……」  アズリアを見つめる瞳には、過去に出会った令嬢の姿が重なっていたが、それも一瞬の ことだ。  それは、過去のこと。 「負けるものかって思ったら、特待生入学出来ました。意地だったんですね、きっと」 「ふ……そういうことなら、感謝してもらわないとな」  アズリアの手が伸びて、アティの赤い髪をくしゃりと掻き混ぜる。アティは、くすぐっ たそうにそれを受ける。  軍閥貴族の令嬢と、地方の寒村の少女は、今ここにはいない。いるのは、長い悶着の果 てにかけがえの無い友情を得た二人の大人の女たちなのだ。 「――で、レックスは、アズリアと初めて会った時はどうだったんですか?」  今度はアティがレックスのグラスにワインを注ぎながら昔話を催促する。それに対し、 レックスはあからさまに「まずい」という顔をした。女二人の好奇心が刺激されたのは、 言うまでも無い。 「レックス。何か言ってはまずいようなことか? 別に子供の時のことで今さらどうこう は言わんぞ?」 「時効です、時効」  飲んで飲んで、と酒を勧められ、レックスはワインの酒気で勢いをつけて言うことにし た。 「初めてアズリアを意識したのは学校が休みの日のことで、図書室で君を見たんだ」 「ほ、ほう?」  意識、という言葉に、アズリアが思わず身を乗り出した。期待の出来る出だしに、杯を 重ねた酒の力以上に頬に赤味が差す。  青年は、古いが鮮明な記憶を脳裏に描きながら、言う。 「あの時、君は妖精を扱った絵本を読んでいたんだ」 「…………」  神妙に、アズリアは頷く。弟のイスラに手紙で紹介するための本を物色していた時期が、 確かにある。アズリアは、自分が知らないうちにレックスに見られていた事実に、きゅっ と唇を引き結んだ。何か、こそばゆい。気を抜けば、頬に手を当てて照れてしまいそうな、 そんな気持ち。  それを知ってか知らずか、レックスは自分のグラスの中身を見つめながら続けた。 「絵本を見つめる君を見て、俺は思ったんだ。なんて綺麗なんだろうって」 「!」  アズリアが、目を見開く。  そして、恥ずかしそうに顔を上げるレックスと視線が合いそうになり、慌てて両頬を押 さえてうつむいた。 「す、少し酔ったようだ。か、顔が熱い」 「そんなに飲みました?」  ぽえっとした表情でアティが言う。フォローしてくれ、とアズリアは心の中で懇願した が、無駄のようだ。  そうこうしていると、レックスが照れた様子で頬を掻いてアズリアに言う。 「はは……さすがに時効だよな。そうだよな、慌てることなかったんだ。子供の時のこと だし」 「そ、そうだな。時効。時効だとも! 私は気にしないぞっ」  ぶんぶんとアズリアは首を縦に振った。驚いてアティが、 「酔いが回りますよ」  と止めたが、アズリアはすでに首まで真っ赤にしており、さらにグラスに酒を注ぐ。 「そ、そうだ。酔ってるんだ。酔って。え、ええと、そのだなレックス」 「なんだい、アズリア」  レックスは少し首を傾げただけだったが、かなり酒が入ったアズリアには、それがキラ キラ輝く王子様の微笑みに見えた。  なんでも言ってごらん。今ならなんでもおっけーだよ、と。 「よ、よぉし、いい度胸だ」 「アズリア、器用ですね……」  堂々と胸を張りながら、胸の前でいじらしく指をこねこねさせるという技を使ってみせ たアズリアに、アティがさすがに呆れた声で言う。  いいか、とアズリアは酒の勢いと自分に言い聞かせて宣言した。 「わ、私はな、別にお前がその気なら時効にしないでこれから初めてやってもいいんだぞ」  それに対し、レックスは怪訝そうに言うのだった。 「いや、さすがに今は『凄い綺麗な男の子だなあ』だなんて思わないよ。君はどこから見 ても大人の女性だ――」  高級酒の瓶は、凄まじい音を立ててレックスの頭に炸裂し、砕け散った。  一瞬の空白。 「って、大丈夫ですかレックス!? あああ、アズリア、泣かないでください!」 「えぐ……えぐ……レックスのバカー!」  ドタンと床に倒れるレックスと、まるで幼児のように顔をくしゃくしゃにして泣き出し たアズリアに、アティの頭も真っ白になる。しかも、レックスに馬乗りになってポカポカ と叩き出すアズリアの姿を見れば、現実逃避もしたくなる。 「……アズリアって、泣き上戸だったんですね〜」  若者たちの夜は、まだまだこれからのようだった。                                    続く