サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」 第四幕 -Aパート     「少女の初恋は二度巡る → ベルフラウ & レックス」 「久しぶりね」  小型船が岸に寄せられると、ベルフラウは即席の桟橋が下ろされるよりも早く、見覚え のある岩場へと飛び移っていた。蜜色の長い髪が一瞬宙に広がり、それを追うようにして 赤い人間の頭大の生き物――護衛獣のオニビが追従する。 「ビビィ!」  オニビはその身体をすっぽりと覆うようにして鍔広の麦藁帽子を被っており、数メート ルの距離をクリアして岩場に降り立ったベルフラウは、サンダルのつま先でクルンと回転 して振り返り、飛んでくるそのオニビをワンピースの胸で受け止める。 「ありがとう、オニビ」 「ニビ〜」  忘れ物だよ、とばかりに身を揺らすオニビから麦藁帽子を受け取ったベルフラウは、そ れを自分の頭に乗せる。頭を押さえたちょうどその時に風が吹いて、大きくたなびいたワ ンピースは、青をほんの一滴だけ落としたような白い色。袖なしのシンプルな服は、先日 海旅行のために水着を買った際に一緒に購入したものだ。  軍学校の卒業を控えた、学生としての最後の夏。行楽を兼ねて、かつて自分が激しい戦 いを経験した<忘れられた島>に戻ってきた少女は、潮の香りの充分に含まれた空気を胸 いっぱいに吸い込み、そして「久しぶりね」ともう一度繰り返した。  久しぶりに見た懐かしい島は、おりしも夕焼けの世界だった。  船が接岸したのは島の南側、やや西よりの岩場で、操船していたナップは少し東に進ん だ場所にある砂浜よりも、こちらの方を上陸の場所に選んだ。理由は単純で、浅瀬となる 砂浜方面では船底が海底に当たってしまい、自力で進めなくなるからだ。陸に上げるため に並べた丸太で道でも用意してあれば別だが、ボートではなくれっきとした船舶である彼 らの船では、充分な水深を得られる岩場側からの接岸しか出来なかったのである。  これがもっと大きな、例えば海賊カイル一家の持ち船のような巨大船舶であれば、海上 でいかりを下ろして停泊し、搭載していたボートで砂浜に上がるという手段も取れるので あるが、それは無いものねだりだろう。  ともあれ、波と風に恵まれた彼ら四人の生徒たちの船旅は、予定よりも少し早く終わり を告げた。本来ならば夜に島に着く予定だったところを、陽が赤く染まったばかりの時間 帯に到着出来たのだから、幸先の良い行楽旅行だ。 「早っ。俺が一番乗りしようと思ってたのに……っ」  悔しそうな少年の声が背後から聞こえ、ベルフラウはナップを出し抜いた自分の行動に 含み笑いしながら、西へと消えていく赤い太陽に目を細めた。  傾いた太陽は、ベルフラウの影を東に向かって細長く伸ばし、少女はそちらを見遣って 不意に歩き出す。 「確か……こっち」  岩の足場の続く道を、ベルフラウは進む。ナップが訝しげに声をかけてきたが、まだ船 の上の友人たちに彼女をとめることは出来なかった。  久しぶりの島で、軽い散歩。場所の確認。  そのくらいの気持ちだった。  ありえないような偶然を期待するほど、子供ではない。  ベルフラウは、歩きながらうんうんと頷く。 (私も大人になったものだわ)  この岩場での一番印象深い思い出と言えば、半ば泣きながら這いつくばって、目を皿の ようにして砕けた剣の欠片を探していた自分の姿。大好きだった人が破れ、その心までが 痛手を負った時、ベルフラウが考えたのはとにかく彼を支え続けていた魔剣の欠片を拾い 集めることだった。 (この欠片さえ集めれば……もう一度剣にすることが出来れば、あの人は、自分自身を取 り戻してくれる)  今思えば、幼稚な発想だった。剣は剣であり、彼が敗れた象徴、彼の心が破れた象徴で はあったが、彼の心そのものではない。だというのに、彼女は当時まだ島を支配しようと していた危険な敵たちがうろつく状況の中で、それを集めようとして、結局足を滑らせて 岩場から落ち、怪我を負ってまた彼に迷惑をかけたのだ。  ――恥ずかしい思い出だ。  あの頃に比べて、なんと自分は大人になったことだろう、と少女は思う。  おそらく当時の自分であれば、迷うことなく『奇跡』を信じたことだろう。  奇跡は常に夢見る少女のそばにあり、望めばいつでも起こる、必然だったのだから。  例えば、と。 (例えば、この先で昔みたいにあの人が釣りをしている……とか)  昔であれば、確信していたことだろう。  子供であれば、駆け出していたことだろう。  だけれど、大人は単純ではない。安易に走ったりしない。 「変わってないか少し見てみましょう、オニビ」 「ビビィ!」  不思議と、オニビの声が後ろに遠いのは、気のせいだろう。  確信なんかない。無邪気に運命を信じたりなんかしない。  彼女は彼に約束したのだ。大人になってみせると。彼に相応しいレディになって、彼を 振り向かせてやるのだと。 「そう……よっ」  息が切れてきた。認めたくはないが駆け出していたベルフラウは、ほんの少しだけ走っ ただけで肩が上下するほど苦しい理由に、思わず舌打ちする。 (馬鹿っ。子供じゃないんだから!)  苦しいのは、疲れたからではない。  胸の動悸が激しかった。  都合の良い運命など信じてなどいない。  信じてないから、もっとタチが悪かった。 (絶対にいる! だなんて信じてないのに。ありえないと思ってるのに)  たった少しの可能性。 (絶対を信じてないくせに……そこにいる『かもしれない』で走るのって――)  呆れてしまう。  だからベルフラウは、ええい、と自分に向かって怒鳴った。 「もうっ。昔より子供じゃない!」  そして、胸の動悸を抑えるようにワンピースの胸をかきむしり、足を止める。その拍子 に、一際強めに吹いた風によって麦藁帽子が宙を舞った。 「あ」  と思った時には、一緒になびいた蜜色の髪を残して帽子は飛んでいく。後からやって来 たオニビが瞬時に反応して手を伸ばしたが間に合わず、麦藁帽子は彼女たちが進もうとし ていた方向へと飛んでいき――。  夕日に染まった青年が、軽く跳躍して掴み取った。 「あ……」  先程と同じ音の呟き。しかし、意味合いのまったく違う呟きが、少女の口から漏れた。  呆然とするベルフラウに、生来の赤毛をさらに赤く染めた青年が言う。 「君の、だね。この辺りは風が強いから気をつけて」  まだまだ遠い距離。夕日を背にしたベルフラウの顔は、逆光のせいできっと彼には見え ていないのだろう。  それは、不思議な出来事。  一つの再会を果たした少女と、まだ再会を果たしていない青年。  一歩二歩と彼が近づいて。 「ビィ〜!」 「……あれ?」  久しぶりの再会に喜んでいるオニビの姿に彼が気がついて。  ――呆けた顔。 「ぷっ」  そこで呪縛が解けたベルフラウは、彼――レックスのその間抜けな顔に思わず吹き出し た。ふふっ、と続いた笑いは堪えきれるものではなく、ベルフラウは手で口を隠してクス クスと笑い続けた。 「ベルフラウ!?」  やがて、目を丸くしたままのレックスが呟いたその名前に、少女はいたずらっぽく首を 横に振る。 「違うわ」 「……う」  それだけで、きっと意図は伝わったと確信する。  そう、子供が都合の良い答えを信じ切るように、確信するのだ。  青年は一瞬ためらう。困ったように眉根を寄せ、次に口をへの字にしてほんの少し照れ くさそうな表情。それでも最後には仕方ないなあ、と苦笑して、その苦笑を微笑みに変え て言ってくれるのだ。 「……お帰り、ベル」 「ええ。ただいま、先生!」  差し出された麦藁帽子の横をすり抜けながら、ベルフラウは笑顔を浮かべて彼の胸に飛 び込んでいった。  ――そして。 「結局……子供のまま帰ってきちゃったみたい」  久しぶりの抱擁の後、照れくさそうに言うベルフラウに、レックスはそうでもないよ、 と言う。身を離しながら少女の頭にぽふんと麦藁帽子を乗せて、上から下までじっくりと 眺める。  果たして、レックスは言う。 「うん……綺麗になった」  レックスの目は、優しい。だけれど、昔子供の頃に見られる時にはなかった、どこか異 性を意識したその視線に、ベルフラウは急に恥ずかしくなって身を縮こまらせた。  レックスは続ける。 「背もこんなに伸びて……昔は、俺の胸までもなかったよね。本当に大き――」  続けようとして、彼はベルフラウのワンピースの胸の部分で視線を止めた。  その平らさに、言葉も止まる。  数秒。 「――本当に綺麗になったよ」 「……何を言いたかったのかしら〜?」 「ビ――」 「な、何も……別に何も……っ!」  ピシリとこめかみに血管を浮かべたベルフラウは、オニビを掴んでレックスの顔にぐり ぐりと押し付けた。レックスが情けない声で弁明するが、少女は唇を尖らせて「ふん」と 背を向ける。 「ベル〜」 「どうせ成長してませんわよ! ほら、さっさと来なさい。船から荷物を降ろすんだから」 「は、はい……わかりました……」  結局、不機嫌になったベルフラウには敵わないとレックスはため息をついて、少女に並 んだ。攻撃の道具にされたオニビもやれやれといった感じで二人の後に続く。  いきなり喧嘩しないでよ、という目で二人を眺めるオニビだったが、しかしすぐに目を パチパチとさせる。 「ビ……」  不機嫌だったはずの少女が、隣を歩く青年の腕に自分の腕を絡め、身を寄せる。  青年はそれに驚いたようで、子供の頃は気にしなかったそういう少女の態度に、ぎくし ゃくと緊張した面持ちで歩く。  何年かぶりに見る、ベルフラウとレックスの連れ添う姿。  昔と少し違う先生の様子に首を傾げながら、だけれどオニビは確信する。  二人は、変わらず仲良しで、大好き同士なんだ。  だって、とオニビはにっこり笑う。  ベルフラウが、とってもゆっくり歩いているから。  さっき走ったベルフラウが、今度はゆっくり歩いている。  大好きな人には凄く急いで会いたいし、大好きな人とはゆっくり一緒に歩きたいものだ から。  子供も大人も、そういうものはまったく変わらないんだね、と素直なオニビはそう思う のであった。 「ふふ」  少女は含み笑いをする。  意外と簡単だった再会のやり取り。それから、今絡めた腕。 (昔は……どうだったかしら?)  ゆっくりと、時間をかけて歩きながら、思いをはせる。  かつての自分。今の自分。  彼の腕にぶらさがるような自分。横に並んで歩ける自分。 「伸びた背の分は、近づけた?」 「〜〜〜〜」  笑ってベルフラウが尋ねると、青年は余った手で自分の頬を掻いてひとこと。 「追い越されそうだよ……」 「あら、それもいいかもしれないわね」  ご満悦な笑顔。  意外と変わっていなかった自分の子供の部分と、確実に伸びた背丈という大人の部分。  とりあえず、『ここ』から再開しようと少女は思う。  子供の頃の恋心。抱き続けた恋心。さあ、ここからもう一度。  ──途切れていた初恋を、もう一度始めてみよう。  遠回りして再び巡って来た恋に、ベルフラウは仲間たちの待つ船までの間に思い切り甘 えておこうと決意するのだった。                                    続く