戻る


サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS
「真夏の夜に逢いましょう」

			第三幕 -Cパート
      「世界に向けた愛の手紙 → レックス&アティ」


 絞ったランプの灯りが、部屋の天井や壁に揺れる黄昏色の影を映し出している――そん
な夜。ユクレス村の自宅で書き物に集中していたレックスは、わずかな衣擦れの音に顔を
上げた。
「こんばんわ」
 屋根へと通じる梯子がかかっている天井の板を外して顔を覗かせているのは、燃えるよ
うな赤い髪をした彼の同輩、アティだった。ユクレス村特有の地上、樹上の二段階の村作
りのうち、樹上住宅に住んでいる彼女の家は、何を隠そうレックスの家の真上である。
「ちょっといいですか?」
「うん、どうぞ」
 客の到来に眼鏡を外し、レックスはお茶を淹れるために椅子から腰を上げた。アティは
慣れた様子で急勾配の梯子を下り、床に立つ。梯子対策なのか、穿いているのはスカート
ではなく、裾をつめたレックスのお下がりのズボンである。
 レックスが水出しの茶の用意をしている間、アティは家にある唯一つの机の上に置かれ
た手紙に興味を引かれ、顔を近づけた。だが、薄暗いことと低い視力が重なって、ぼんや
りと滲んだ文字は酷く読みにくく、彼女は読むのを諦めて大人しく席についた。
「手紙、書いていたんですか?」
「え? ああ……うん。マルティーニさんにね。暑中見舞いを」
 あら、とそれにはアティが苦笑する。
「まだ出してなかったんですか? もう夏も半ばですよ?」
「はは……うっかりしてて。アズリアのところに手紙出したんだけど、その際に暑中見舞
いですかって街の郵便屋さんに言われて気づいた」
「私は十日前に出しましたけど……それなら連名にしておけば良かったですね」
「だね。次からはお願いするよ」
「はい。来年は」
 気軽に次の年の約束を交わし、レックスが二人分のグラスをテーブルに置く。書きかけ
の手紙が濡れない位置に置かれたグラスの中身は透明度の高い琥珀色で、わずかに混じっ
た茶葉が、緩やかに泳いでいる。
 自らも席に着くと、レックスは尋ねる。
「それで、こんな時間に何?」
「あ、忘れるところでした」
 まったりとした日常会話で用件を忘れかけていたアティは、胸の前でぱふっと両手を重
ね合わせる。それには、今度はレックスが苦笑する番で、肩をすくめた彼の影が壁に大き
く映りこんで踊った。
「実はこれなんですけど……」
「手紙?」
 ぴらっと上着の裾をたくし上げると、アティはズボンと腹の間に挟んでいた手紙を取り
出す。レックスが、こらこらどこから出すんだ君は、と呆れた顔をするが、気にせずに言
う。
「ウィルくんから友達を誘って遊びにくるってお手紙をもらったんですよ。すっかり言い
そびれていたんですけど、レックスは明日の予定は大丈夫ですか?」
「いきなりだなあ……まあ、大丈夫だよ」
 頷いてから、
「友達?」
 訝しげな顔になる。その顔に対し、そうなんですよねぇ、とアティも頬に手を当てて首
を傾げる。
「この島のことは出来るだけ秘密にするってウィルくんとは約束していますし、滅多な相
手は誘わないと思うんですけど……島のみんなとしたらどうなんでしょう?」
「う〜ん……ウィルを信用してくれって言うしかないかな」
 島の住人たちの大半は異世界から召喚されたはぐれ召喚獣たちだ。数年前に島で起こっ
た大規模な事件の際に生きて島から逃げ延びた<無色の派閥>が情報を漏洩したのか、時
折彼らはぐれ召喚獣を売り物にする密猟者がこの島にはやってくるようになっていた。そ
のため、最近外部の者に対してやや神経質になっているのである。
 難しい顔でレックスがそう言うと、アティはさらに憂鬱な顔になる。
「信じてますよ。信じてますけど……はあ」
「……どうしました、アティ先生?」
 ため息をついてテーブルに突っ伏すアティに、レックスは改まった口調で尋ねる。する
と、アティはテーブルに顎を乗せ、上目遣いに彼を見て少し拗ねたように言った。
「恋人とかだったら、どうしよう……って考えて」
「う……それは微妙だなあ」
 アティの教え子であるウィルは、彼女のもとを卒業する際に、彼女のことを女性として
愛していると告げた。まだ幼い子供の言うことであったし、アティは彼のことを恋愛対象
として見ることが出来ず、その場は保留、という形になっているのであるが――。
「他に女の子を連れてこられると、やっぱり複雑なんですよ」
「文通してたろ? 恋人が出来たとか書いてなかった?」
「そういうこと書く子じゃないですからねぇ」
 はあ、とため息。
「ウィルくんの選んだ子なら、とってもいい子なんでしょうけどね〜」
「膨れない」
「うう」
 頬をぷくっと膨らませてテーブルをガタガタ揺らすアティに、レックスは人差し指を近
づけてその頬をむちっと潰した。対抗してさらに膨らませてくるのを、ぐりぐりと押し潰
す。
「そういうふうに考えるってことは、君だってウィルのことを気にしてるってことだろ?
いい機会だし、これであの子に恋人がいなかったら、今後のことを考えてみたらどうかな」
「今後?」
「今後。少し未来のこと、とかね」
 優しく、レックスは微笑んだ。その言葉は決して大きな声ではなく、むしろ周り中から
聞こえてくる虫の声の方が大きなくらいだったが、真っ直ぐにアティの耳に届いて赤面さ
せた。
「未来、ですか」
 ボソリ、とアティが呟く。
 その言葉が何を意味するか、わからないほど愚かではない。鈍くもない。だからアティ
は照れるし、唇を尖らせもする。――反撃だってする。
「……レックスはどうなんですか」
「は?」
「少し先の未来」
「うっ」
「見ましたよ、ベルフラウちゃんからの手紙。首席で卒業して、胸を張ってレックスに会
いに来るだなんて……可愛いですよね」
「み、見たって、いつ!?」
「この前、レックスが食事当番の時に、ずっとこのテーブルの上にありました」
「うわ……」
 そういえば、鼻歌交じりに料理していた自分の背後で、やけに楽しそうにアティがクス
クス笑っていた覚えがある。
 強烈な反撃に、レックスは自らもテーブルに突っ伏し、うう、と呻く。
「……彼女が魅力的な女性になってるのは疑いようもないけど、会ってみないとなんとも
言えないよ、先のことなんか」
「でしょう?」
「だね……参りました」
 はあ、と今度は二人のため息が重なった。狭いテーブルの上、二人して顎を乗せて憂鬱
な表情でう〜んと悩む。
「他人のことと自分のことだと、やっぱり勝手が違いますねえ……」
「そうだねえ……」
 教師生活も早六年。しかし、まだ二十代の二人は人生の生徒としてまだまだ未熟すぎる
ようだ。
 う〜ん、と二人して自分と教え子の関係について悩むことしばし。
 やがて、二人は同時に顔を上げて呟いた。
「まあ、それは置いておいて、他のみんなにも手紙出そうか?」
「でも、どうせだから、他のみんなにも手紙を出してみませんか?」
 同じことを言ってしまい、顔を見合わせてぷっと吹き出す。
「いい考えだ」
「いい考えですね」
「ウィルが遊びに来るなら、他の子たちも誘おう。今年卒業だし、最後の夏を島で楽しん
でもらおう」
「カイルさんたちも誘いましょう。久しぶりに、みんなで集まりたいです」
 打てば響くようにお互いの言葉に言葉が返る。先程まで悩んでいた顔が嘘のように、楽
しそうな笑顔が咲いた。
 自分たちを好きと言ってくれた生徒たち。彼らとの未来に悩むのも良いが、結局は再会
してみないと何の答えも出ないだろう。彼らは自分たちに相応しい素敵な大人になると約
束してくれたのだから、色眼鏡無しに見つめてあげるのが先生の義務だ。あれこれ考えて、
不安な心で迎えるのは、本意ではない。
 真っ直ぐ、等身大の、成長した君たちを迎えよう。
 だから、二人の先生はやってくる「決断の未来」とは別の、もう一方。「自分たちで作
れる素敵な未来」の計画を話すことにした。
 過去の戦いで学んだのは、運命は、未来は自らの手で切り開けること。
 そしてこの数年間の穏やかな暮らしで学んだのは、もっと大切なこと。
 ――運命や未来は、自らの手で作り出すことが出来ること。お隣の家にお芋を届けるこ
とで笑顔が生まれるような、そんな些細で素敵な未来の作り方。
(楽しい集まりに出来るといいな)
 さっそくペンを取って書く気満々のアティを見ながら、レックスは思う。きっと生徒た
ちは六年間でずっと大きく成長しているだろうから、先生である自分も少しは成長したと
ころを見せないといけない。
(俺は、困難を切り開く力よりも素敵な、幸せを生み出す力を学んだよ)
 それは誰しもが当たり前に日常で愛する人たちに行なっていること。
(素敵な未来をたくさん作っていけば、切り開かないといけない未来なんか、やってこな
いんです、きっと)
 アティも、そう思って口元に笑みを浮かべる。
 戦わないで良い未来を作っていく手紙を、書き始めよう。


 そうして、その夜、レックスの家からランプのか細い灯りが消えることはなかったので
ある。


 ――ちなみに、ウィルのつれてきた友人というのはベルフラウをはじめ彼らの生徒たち
で、アティの心配が杞憂に終わったことや、そのせいで三通の手紙が行き違いで無駄にな
ったことを、ここに追記しておく。


                                   続く





戻る