サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」 第三幕 -Bパート     「たいちょうさんのすきなひと → アズリア&ギャレオ」  帝国は辺境、ほぼ休戦状態の聖王国との国境線上に配された白磁の砦は、今日も穏やか な陽を浴びてその白さを際立たせてた。  老朽化していた砦を、せめて見た目だけはと兵士たち全員で白いペンキで塗ったのは、 すでに数年前のこと。それ以来戦闘の一つもないその砦は、見晴らしの良い草原の中にポ ツンと取り残された、白いチェスのコマのようだ。広い盤上には自騎のみで、敵も味方も どこにもない。ただ、攻めて来るはずもない敵を睨みつける、のどかな砦である。 「……ふむ」  そんな砦の外壁の上。弓兵を備えるべき場所でただ一人佇み、黒髪の美丈夫――否、美 丈婦がなだらかな草原を見つめていた。不精なのか少々痛んだ黒髪を風になびかせ、目を 細めて遠くを見やる。  そうしていると、ぼんやりとだが、草原の果てにこちらの砦と似たような建物が見える。 当然それは聖王国側の国防の砦であり、また今の美丈婦と同じように暇を持て余した軍人 たちがつめているだろう場所だ。他に草原に村などの姿が無いのは、過去の戦争のために 存在していた村々が退去し、別の場所に移ってしまったからだ。  そのため、この草原には、本当に何もない。 「……退役前の閑職とは良く言ったものだな」  呟き、美丈婦――かつては帝国海戦隊第六部隊を率いていたアズリア・レヴィノスは、 風に弄ばれる髪を手で押さえた。一見すれば美青年にも見えなくは無い精悍な面立ちは、 実戦の場にいた頃の鋭さを失ってはいなかったが、下界を見下ろすその瞳には、家名と役 職の重さを背負っていた頃に見られた険しさは存在しなかった。  それは剣ではあるだろう。  しかし、抜き身ではない。  現在砦を統率する老隊長に言われたそんな評価を思い出し、アズリアはふっと口元に笑 みを浮かべた。 (思えば、海戦隊にいた頃は問題児ばかりが部下にいたからな)  第六部隊は、軍規を犯した者や上司に反発する者、一匹狼気質の者などが集まった、海 戦隊の鼻つまみ部隊だった。女であるためか、それとも有能さが認められたが故か、アズ リアは華やかしい他の部隊ではなく、その第六部隊の隊長に任ぜられた。それからという もの、アズリアは何かと反発したり暴走しがちな隊員たちを厳しく律し、まっとうな軍人 として返り咲けるように指導してきた。  与えられた任務は何一つ失敗することなく、最大の功績を挙げ続け、それこそが自分た ちが国に認められる唯一の手段であると口にし、自分と部下たちの緊張を保ち続けた。思 えば、あのもう後がないという緊張感と、結果さえ出せば自分たちでも認められるのだと いう満足感が、荒くれ部隊を一つに纏め上げていたのだろう。 (問題児ばかりだったが……皆、国を守りたい、民を守りたいという気持ちは同じだった。 その気持ちを上手く形に出来ず、軍の中で孤立してしまった者ばかりが集まった――私の 部隊)  アズリアは、風に打たれながら、瞼を閉じる。  ――全滅させたのは、自分だ。  それは六年前のこと。二本の魔剣の護送任務から始まった一連の事件。その中で、アズ リアは苦楽を共にしてきた部下たちを、国際的犯罪者集団<無色の派閥>に副長であった ギャレオ一人を除いて惨殺されている。  その失態と、剣の紛失。両方を合わせ重罰を待つばかりだったはずのアズリアは、名門 であるレヴィノスの家名のおかげで、閑職の国境警備に異動される程度の処置で済んだ。  閉じた瞼の裏には、未だに次々と狂刃にかかる部下たちの苦悶の表情がある。彼らの遺 体を荼毘に付す火を放った時の、自分の不甲斐なさを恥じる涙を覚えている。  だが、今瞼を開き、広い草原を見る瞳は穏やかだった。 「……本当に、良く言ったものだ」  一際強く風が吹き、髪が押さえつけた指の中からこぼれる。帝国軍服の上着の白く長い 裾がバタバタと音を立ててはためき、まるで寝台のシーツのようだと含み笑いする。それ くらいの気持ちの余裕があった。  何もない平原。だけれど、国境線にあり、背後には多くの弱き民を守る場所。いつ攻め てくるかわからない敵を気長に待ちうけ、出来ればそんなことがなければと願う場所。 (以前の私ならば、いっそ攻めてこいといらついていたのだろうな……)  だけれど、今はそんなことはない。部下たちの無残な死に様。圧倒的な大戦力に蹂躙さ れる尊い命。それを思い知った今は、そんなことは思わない。  ここは『そういう者』が来る場所なのだ。  不意に、石造りの床を靴底が叩く音が聞こえて、アズリアは振り返った。見れば、かつ ては第六部隊で彼女の副長を務めた巨漢の青年、ギャレオが慎重な足取りでやって来ると ころだった。  その緊張の表情に、アズリアは軽く笑う。 「どうした。高い所は苦手ではなかったのか?」 「こ、ここが狭すぎるだけです」  誰もが避けて通りそうな強面のギャレオは、弱みを見られて恥ずかしそうにそう言う。 しかし、彼の言うことももっともで、砦を囲む外壁は必要最小限の厚みしかない。いくら 胸の辺りまで壁があるといっても、通路の幅は弓兵一人がようやく歩けるほどだ。左右に 何も無い細い道を歩くのは、良い気分ではない。慣れていない者であれば、足がすくんで 進まないだろう。  もっともな言い分に、アズリアは笑って壁に肘を乗せた。半ばまで身を乗り出し、再び 平原へと瞳を向ける。 「だが、ここが一番見晴らしがいい。この広い大地を見ていると、心が和む」 「……隊長殿もそう言われてました。アズリア副長であれば、わかるだろうとも」 「そうか」  横に佇み、同じように砦の外を見るギャレオが言う言葉に、アズリアは頷いた。閑職の 長、とでも言うのだろうか。砦の責任者は退役間近の老兵で、旧王国を相手に数々の戦果 を挙げた名将だった。今ではのんびりとこの砦で茶を飲んでいるだけの人物だが、アズリ アもギャレオも大いに尊敬している、伝説的な軍人だ。  その彼と同じ感覚をアズリアは共感している。そのことを誇らしげにギャレオは言って くれるのだが、アズリアはあまり良いことではないと思った。 「ギャレオ」 「は」  呼びかけると、彼は直立不動の姿勢を取る。生真面目で融通が利かないが、その分誠実 で人を裏切らない、アズリアに残された最後の部下。そんな彼だからこそ、アズリアは小 さく呟いた。 「ここは、人の死に様に疲れた者が来る場所だ。敵も味方も、殺すのにも殺されるのにも な」  遠くに見える、敵国の砦。 「戦いの起こらない砦。ここには戦いは無い。しかし、国を守る誇りはある。わかるか、 ギャレオ」 「いえ……」  問われたギャレオは、戸惑った顔で首を横に振る。それに、アズリアは昔は絶対に見せ なかったやわらかい笑みを見せた。 「そうか。それなら、それでいい。――ところで、私に何か用があったのではないのか?」 「は。実は、副長殿に手紙が届きました」  ようやく思い出したのか、ギャレオが言う。なんだその程度か、とアズリアは肩をすく めた。 「どうせ、また父からの戻ってこいという催促だろう」 「いえ、その……あの男からです」 「あの男?」  首を傾げる。軍人気質で単刀直入なギャレオが名前をぼやかすとは、誰なのか。 「あ……っ」  不意に、一人の青年の顔が浮かび、アズリアはハッとギャレオを見た。彼は、それを待 っていたかのように頷く。 「レックスからです」 「そ、そうか。あいつからか」  途端、アズリアはギャレオから視線を外してコホンとわざとらしい咳払いをした。そわ そわと落ち着きが無い様子で左右の砦と平原を順番に見やり、さりげなさを装って尋ねる。 「で、では受け取ろうか。届いたのならば、読まないわけにもいくまい」  だが。 「それが……部外者からの手紙ということで、現在隊長たちに検閲されています。それは もう、楽しそうに」 「それを早く言え!」  悲鳴じみた叫びをあげ、アズリアが火をつけられたように走り出す。一気に外壁端の階 段まで進むと、頼りない手すりを片手に落下するような勢いで下りた。すると、前方の砦 の正門の場所にずいぶんと老けた人だかりが出来ているのを見て、思い切り怒鳴る。 「それは友人からの手紙です! 怪しいものではけして――」 「ほっほっ。アズリアちゃんのカレシからの手紙じゃ。ほれほれ」 「うあああああ!」  そこに、嬉しそうに手紙を片手に小躍りする老人を見つけ、アズリアは頭を抱えてのけ ぞった。その老人だけではなく、集まっていた十人余りの老兵たちが手紙を回し読みし、 ニヤニヤと口元にいやらしい笑みを浮かべている。 「よ、よ、読んだんですか、人の手紙!」 「当たり前じゃろう。レヴィノス家と言えば<無色の派閥>と怨恨の深い家柄。また何か あってはいかんからな。検閲するのは責任者の義務と言えよう」 「カー。それにしてもなんじゃこの男は。誘うならもっと男らしくじゃな、こっちに来い、 と言えばいいんじゃ。のう?」 「そうだのう。押しが弱い。女の顔をうかがっておるような輩に、うちのアズリアちゃん は任せられんのう」 「う、うあ……あ……」  何が書いてあったのか、自分も読んでないというのに口々に言われ、アズリアはその場 で悶絶した。  何を隠そう、そこで下品な笑いを浮かべる面々こそが、この国境線を守る砦の最長老た ちである。全員がアズリアの倍以上を生きてきた歴戦の軍人で、帝国の軍学校の教科書で 英雄と語られるような者たちだ。  さすがのアズリアも、若輩の身で家名だけを傘に来て怒鳴り散らすわけにはいかない、 とても偉い方々である。否、身分だとか地位だとか、そういうものだけならばアズリアは 遠慮などしなかっただろうが、 「うーん、どうかね、逢い引きの一回くらい認めるかね」 「いや、わしらはレヴィノス殿から娘を頼むと言われておるからな……ここは慎重に決め んと」 「何せ、わしらのお姫様じゃからのう」  ほっほっほっ、と笑う老人たちを前に、アズリアは真っ赤になって肩を震わせた。  この老人たちは、アズリアのことをまるで自分の孫のように可愛がってくれている。だ から、無礼をあまり責めることが出来ない。  それに何より。 「まあ、今のお前さんなら、なかなかいい顔を見せられるんじゃないかい?」  そう言って、まとめられた手紙を渡されて、アズリアは目を丸くした。  怒りが、消えていく。続いて浮かんだのは、苦笑だ。 「……そうでしょうか?」 「ああ、今のお前さんの顔を見せてやりなさい。きっと、相手も安心してくれるじゃろう」 「はい……っ!」  力強く頷き、アズリアは老人たちを見た。多くの戦いを経験し、そして最後にこの砦へ とやってきた者たち。  ――彼らは、アズリアの『同志』なのだ。  そのうちの一人が、そういえば茶の途中だったと背中を見せながら、呟く。 「和むのもいいが、枯れてはいかんぞ。君は、まだ若いんだからな」 「は」  それは人生の忠告だったのだろう。アズリアは、感謝の礼を軍式のそれで示した。  直後。 「『久しぶりに、君の顔が見たいです』」 「……え?」 「『君がいなければ今の俺はなかったと思います』……かー、熱いのう!」 「まさか……」  チラリ、とアズリアが自分が持った手紙を見る。  老人たちが、一斉に頷く。 「まさか……言いふらしたりは……?」 「するぞ。砦の若者たちに、娯楽を届けねば」 「では」 「ま、待てぇ!」  アズリアが叫んだ時にはもう遅い。蜘蛛の巣を散らすように四方八方に駆けて行く老人 たちは意外なほどの健脚で、アズリアはそれを呆然と見送るしかなかった。  しばらくして、ため息。 「はあ……」  そうして、アズリアも砦の宿舎に向かって歩き出した。後で色々言われるだろうが、今 だけは自室で一人で静かに読みたかった。 「今さら、何を書いてきたのか」  面倒なことになったじゃないか、と不満げに呟きながらも、アズリアの足取りは軽い。  そう、とても軽かったのである。                 ※  余談。 「……ふう」  先程までアズリアがいた外壁。  そこの壁に寄りかかり、ギャレオはぼんやりと、視界一杯に広がる大地を眺めていた。 「まだ好きなんですね、隊長……」  ため息交じり。  その『隊長』が誰のことであるかは――言わぬが花だ。  ともあれ、彼も苦労人なのである。                                    続く