サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」 第三幕 -Aパート 「船旅、雑魚寝、キスまでの距離 → 生徒四人」 準備のドタバタから数日が経ち、いよいよ夏の長期休暇に入ると、ベルフラウたちは旅 行支度をして船に乗り込んだ。 だが、そこでベルフラウが呆れたように言う。 「道理でチケットも何もいらないと思ったら……」 全員が操船技術の試験で優判定を受けた四人用にナップが用意したのは、十人乗りがや っとの小さな帆船だった。帝国でも有数の金持ちであるナップの父親が、息子の何年か前 の誕生日に購入してくれたものだ。ベルフラウは去年同行しなかったが、少年二人はこの 船で近海の諸島巡りをした経験があるという。 「大きさから考えるよりもずっと安定した船だから、安心していい」 ウィルがそう言わなければ、ベルフラウはアリーゼの腕を掴んで回れ右していただろう。 早朝に出発して、一晩を過ごして、翌日の夜には目的地に到着する、とナップは言った。 時間として丸二日近い船旅であるが、海戦訓練も受けた四人ならば船酔いなどの問題はな い。 結局、甲板に立てたパラソルの下で小一時間もくつろいでいると、ベルフラウもこの不 意打ちのような仲間だけの船旅を快く思うようになっていた。 大洋に出ると海は穏やかで、夏の陽射しが燦々と降り注いでいるのがパラソルの陰から 見える。海はため息が出るほど青く美しく、時折イルカが集団でアーチを描いて少女たち を喜ばせる。 ウィルもベルフラウやアリーゼとは違う位置にパラソルを立てて読書に励み、ナップは 裸の上半身にパーカーを引っ掛けただけの格好でサングラスをかけ、舵を取っている。 四人の小さな友人、オニビ、キユピー、アール、テコといった護衛獣たちもこのゆった りとした時間が嬉しいのか、四匹固まるようにして昼寝していた。 「静かね……」 「うん」 まったりと、レジャーシートに寝転がりながらベルフラウが呟くと、揃って薄着になっ たアリーゼが頷く。二人はレジャーシートの間に小さなテーブルを立て、そこに炭酸水で 割ったイチゴジュースのグラスを置いていた。 「すげぇもん飲んでるな……」 とナップなどは嫌な顔をするのだが、一つのグラスからハートマークを描いて二方向に 伸びるストローの片方をくわえたアリーゼは、 「やっぱり赤い方が雰囲気出ると思って」 そう言ってはばからない。少女二人は、何かとペアルックをしたり一つのジュースを分 け合ったり、ラブラブするのが好きなのである。 「そういうのは飲んだことないな……僕にも一口くれるかな」 ウィルが言うと、 「はい」 ベルフラウがグラスを彼に回す。そのままウィルは自然な流れでベルフラウの使ってい たストローに口をつけたのだが、それにナップが頬を引きつらせる。アリーゼは「あらら」 と苦笑いし、ベルフラウの後ろからウィルに「駄目駄目」と手を横に振ってジェスチャー を送った。 「……まずかったかな」 「あら、不味かった? 私はけっこう美味しいと思うんだけど」 「あ、うん。ジュースは美味しいよ。思ったより甘くなくてさっぱりしてる」 「じゃあ、何がまずいの?」 「ナップが舵を取ってない」 「こら、ナップ。さぼるんじゃないのっ」 「へ〜い……」 唇を尖らせ、ナップは舵に前のめりに寄りかかる。海は太平で、風向きも良い。しばら くは微調整以外はやることがないが、それでも誰か一人は舵に張り付いていなければなら ない。 「おもかじいっぱーい、よーそろー」 自分の船だからと、格好良いところを見せるつもりで舵を志願した少年は、少しふてく されてそう呟くのだった。 すると、 「ナップくん、はい。暑いでしょ?」 「アリーゼ……」 見かねたアリーゼが、グラスを持ってやってきた。ベルフラウ印のストローを少年に向 けて微笑む少女が天使のようで、ナップは思わず拝みたくなった。 「……って、俺は初等部のガキか!?」 「自覚しなくても……」 そして「サンキュ」とナップがストローをくわえた瞬間、 「ウィルくんと間接キス」 「ぶふぅ!?」 アリーゼがボソッと呟いた言葉に、ナップは赤い水を吹いた。げほげほと咳き込んでア リーゼを見れば、天使は「引っかかった引っかかった」とばかりに無邪気な笑顔を浮かべ ていた。 「あ、悪魔かお前は!」 「ふふ。まだ旅行は始まったばかりなのに元気なさそうだったから」 「あのなあ……」 「ふふ」 にっこりと微笑むアリーゼに、「あー、こいつもいい女になったなあ」と感慨深くナッ プは思う。六年前は、ちょっと強く言えば首をすくめていたような、か弱い少女の代表の ような存在だったものだが。 そうアリーゼに限らず、この世のものは全て変わっていく。六年間で子供たちは大人の 階段に足をかけ、今年が終わればそれぞれの道へと別れて行く。今はこうしてゆっくりと した時間を過ごしているが、時は確実に進んでいる。 目標物の無い洋上の船が、一見動いていないように見えるが、その実、波を切って確か に目的地に近づいていることを、夜に星の位置を確認して知ることが出来るように、その 時が訪れた彼らは知るのだ。 自分たちが、どこまで進んだのかを。 どのくらい成長したのかを。 「ま、楽しめってことか?」 「うん!」 「……お前、いい女になったなあ。マジで」 「や、やだ。なに言ってるの?」 手をヒラヒラ振って、アリーゼは照れ照れしながら言う。 「それもこれも、あの子のおかげ……ね?」 そうして、アリーゼはベルフラウのもとに戻る。さりげなくストローを一本抜き捨て、 「ナップくんが吹いちゃったから、わたしと一緒のでいい?」 「かまわないわよ」 ベルフラウに、自分のストローをぱくっとくわえさせる。 その様子を見ていたナップは、やはりアリーゼは小悪魔だと思うのだった。 ――ともあれ、そういう出来事があると、普段意識しないものも気になってくるもので、 その日一日中ナップはベルフラウの唇に視線がいって仕方が無かった。 仕舞いには、 「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」 とベルフラウに言われ、 「今生の別れに見納めを……」 と合掌したら「舵取りが不吉なこと言わないでよっ」と怒鳴られた。 まあ、結局は二人のやり取りはそんなものである。ナップのからかいにベルフラウがい ちいち反応してくれるのが楽しくて、ナップは彼女に構う。彼女はその辺りにいる男より も強く、ナップとやり合える数少ない一人で、良き友人だった。空気のように当たり前の 仲間で、いつ頃から異性として意識したのかはわからない。 (ま、悩むな悩むな。結局は男と女、そんなもんだろ。って言うか、このくらいの年齢な ら意識するのが当たり前だろ? ウィルもそう言ってたしな。だからよ……) ふう、とナップは船室の床に敷いた毛布の上に寝転がりながら、ため息をつく。 (ここまで無防備ってのは、ナメてねぇか!?) そこは寝室用の船室で、帆を畳んだ夜の間は四人揃って寝ることにしていた。大きな一 枚の毛布の上でウィル、ナップ、ベルフラウ、アリーゼの順番に並んで寝転がり、すでに 他の三人は健やかな寝息を立てている。 いつもならば、ナップもベルフラウの隣だろうと気にせずに眠れるのだが、今は昼間の 一件があって「間接キス」だの「恋愛」だのという言葉が頭の中を飛び交っていて、眠れ そうになかった。このナップ少年、恋人の一人や二人軽くいそうな見た目に反し、純情そ のもののお子様のような繊細な部分を持っているのである。 「う〜ん……」 眠れない、と悩んでいると、 「ん……」 「!?」 アリーゼの方を向いて眠っていたベルフラウが寝返りをうち、彼女の肩がナップのそれ に触れた。仰向けに転がるナップに、彼の方を向いたベルフラウ。 「う……」 規則正しい寝息が頬に触れ、ナップは緊張に身を硬くした。危険に、ではない。 期待に。 ほんの少し顔を横に寄せれば、ベルフラウの唇は少年の頬に触れるだろう。 否。 「…………」 ナップは、無言で自らも寝返りを打った。ベルフラウに向かい合い、額が触れ合う位置 でその寝顔を覗き込む。 起きていれば絶対にありえない距離に、少女の顔があった。瞼は下ろされているが、そ れだけに表情の無い顔立ちのみの端麗さが良くわかる。 「……噛みつくぞ」 なんだか黙っているのが苦痛で、ナップはそう呟いた。それに反応してくれれば、これ からすることは起きないぞ、と。 そんな言い訳じみたことをしながら、ナップはベルフラウの息を、自分の唇で感じた。 近い。 ほんの少し動かせば――。 (それで、どうなる?) 割り込んできた思考に、不意に冷静になってナップは苦笑した。 「意味ねーなあ」 意味が無い。 そこで寝ている少女に口接けて、それで? 起きた彼女に、キスしたぞ、とでも言うのだろうか? 馬鹿らしい。 (そういうのじゃねぇだろ、そういうのじゃ) あーあ、とナップは仰向けに直って天井を見上げた。 キャッチボールがないじゃないか、と。 ナップが欲しいのは、ベルフラウとの感情のキャッチボールだ。言葉のキャッチボール でもある。どうでもいいような冗談でもいい。真面目な怒りでもいい。とにかく、お互い にやりとりして、投げ合うものがあってこそ、自分たちの関係ではないだろうか。 (ベルフラウとは……そういうのが楽しいんだ。それが出来るから、だろ?) 彼女とだけ出来ることがある。だから、好意だって生まれるわけだ。 そこを逸脱したら、好意も何もない。強いて言うなら性欲だの肉欲だのの世界だ。 (それなら、他の女でもいいしなあ) 軍学校でもかなりモテる少年は、不遜にもそう考えて含み笑いした。 寝ている少女は、彼に何も返さない。 なら、俺も寝てしまおう。 「……だな」 気分の切り替えも早いナップ少年は、ようやくいつもの自分を取り戻して、瞼を下ろし た。一日中舵を取っていたせいで、睡魔はすぐにやってきた。 ――そして翌朝。 背中にベルフラウを潰し、後頭部をアリーゼの腹の上に乗せて大の字になって眠ってい た少年は、合掌するウィルの前でベルフラウに拳骨で起こされるまで熟睡し続けたのであ る。 続く