サモンナイト3 生徒四人+全員集合!SS 「真夏の夜に逢いましょう」          「発端 → ベルフラウ&ナップ」 「海に行こうぜ」  と、最初に言い出したのはナップだった。  軍学校の校舎の一角、移動教室のために教材を抱えて廊下を歩いている際のことだった。 後ろから大股でがさつな足音が聞こえてきたので、どうせ六年来の顔なじみの少年だろう と思って振り返ったベルフラウに、予想通りかの少年は言ったのだ。 「今度の休み、お前暇だろ。部屋でごろごろしてるだけってのもなんだし、一緒に海に行 こうぜ、海」 「ふうん。海……ね。またずいぶんといきなりね」  その少年が唐突に何か言い出すのはいつものことであったので、ベルフラウもその時は さして驚きもしなかった。  ここ数年で一気に伸びた背丈で少女を見下ろすナップは、そろそろ青年と言われてもお かしくはない年齢になろうというのに、その表情には幼い少年の頃と変わらない、やんち ゃ坊主のような親しみのある笑みを浮かべている。これが軍学校の他の男子生徒であれば、 同年代の異性を誘う年齢相応の下心が見え隠れするところであるが、この栗毛の少年に限 ってそういった盛りのついた犬のような態度は少しも見えない。洗濯物を素早く乾かすカ ラッとした太陽の光のような笑顔がそこにはある。  だから、ベルフラウも他の男であればひとこと「嫌よ」で済ますところを、一応はふむ と考えてみせた。 (海……か)  思い描くのは、青い海。強い日差しに照らされ、どこまでも白く続く美しい砂浜。寄せ ては返す波がその砂をさらい、波打ち際を歩く少女の素足をくすぐっていく――。 「やたら眩しくて肌を焼く太陽。熱されてろくに歩けない砂浜。本当なら静かな浜辺を埋 め尽くす半裸の男女。そして屋台の怪しい食べ物――」 「一人で行けば?」 「待った!」  クルリときびすを返した少女に、少年は早足で並ぶ。ベルフラウは思い切り早足のつも りだったのだが、一歩の歩幅が違うのでどうしても引き離すことは出来ないのが悔しかっ た。 (ついこの間まで、私と対して変わらなかったくせにっ)  ベルフラウだって同年代の少女に比べて決して小さくは無いのだが、いかんせん今回は 相手が大きすぎた。長身というか、でか男というか、のっぽ野郎というか、とにかくナッ プはベルフラウに言わせれば「無駄に大きくなった」少年なのである。  最初の数歩で追いつかれて、後は彼が加減して歩く。それだけで、もう振り切れない。 「もうウィルとアリーゼには話つけてんだよ。他に女が一人行く予定だったんだけどさ、 いきなり実家に帰る用事が出来たとか言い出したんだ、これが。そうなると、女がアリー ゼ一人だろ? 頭数合わねぇんだ」 「ウィルとアリーゼ、ね」  歩きながら冷たい一瞥を加え、ベルフラウは肩をすくめる。ウィルにアリーゼ、それに ベルフラウとナップの四人は軍学校入学時期から六年来の友人同士だ。四人とも自分たち の得意分野で軍学校一を誇る生徒たちで、今年は首席卒業を争う間柄でもある。性格的に も馬が合うのか、何かと四人一組で行動している仲間たちである。  その三人までが参加する休暇の行楽に、ベルフラウ一人だけが仲間外れにされていたと は考えにくい。一人欠けたというのは方便で、『遊び場』に関して一番我が侭なベルフラ ウを落とす作戦であろう。 「一昨年のことは俺が悪かったからさ。な、行こうぜ、海?」  頼む、とナップは顔の前で両手を合わせる。いつの間にかベルフラウを追い越して、器 用にも彼女と向かい合わせで後ろ歩きをしている。道行く生徒たちは何事かと首席候補た ちの姿を眺めていたが、 「なんだ、またナップとお嬢か」  とすぐに興味を失って各々の目的地へと歩みを開始する。  ベルフラウは周りの「慣れっこ」の様子に苦虫を噛み潰した顔になった。二人で歩きな がら、 「なーなー、いいだろ?」  だとか、 「海、磯辺焼き、花火大会」  だとか、 「ベルフラウ、マルティーニ嬢、お嬢、ベル、ベルベルベルベルベル」  だとか、 「貧乳」 「誰が貧乳よ!?」  ぶち切れた。  教科書を含めた教材で横振りに一撃を狙ったが、ナップはそれを見事な反応で避け切っ てみせる。そして、小さく間合いを取って再び合掌。 「な? 海!」  こいつは……、とベルフラウは顔を引きつらせて深呼吸する。  いけないいけない、相手のペースにはまってしまっては思う壺だ。何せ相手は、ベルフ ラウをからかうことを至上の喜びとするタチの悪い男なのだ。 「海って、どこに行くつもりなの? 今の時期だと、どこも混んでるでしょう?」 「大丈夫。穴場確保しとくからさ、のんびり楽しめるぜ」 「へえ……」  歩みを再開しながら、ベルフラウは一考した。一昨年、ベルフラウがナップたちに連れ られて行った海水浴場は最悪だった。近隣で一番美しいと評判の浜辺だったのだが、それ だけに同じ目的の人々が押し寄せ、とてもではないが海を楽しめるような状況ではなかっ た。  だから、ベルフラウは去年は頑なに海に遊びに行くことを拒んだ。そのため、今年はナ ップも色々準備を済ませてから誘ってきたのだろう。 「俺たちで広い浜辺を終日貸切り! あいにく屋台は一店しか出ないが、新鮮な海の幸が 満載! 宿泊先はシルターン風、ロレイラル風、サプレス風、メイトルパ風からご自由に。 行かなくちゃ損だぜ、な?」  笑いながら、ナップはベルフラウの肩に腕を回して体重をかけてくる。まるで駄々をこ ねる子供で、ベルフラウは「はいはい」と彼の顔を押し退けて肩をすくめた。 「行くわよ。行けばいいんでしょ。アリーゼも行くみたいだし、あなたたち三人だけじゃ、 心配ですからね」 「よっしゃ、決まりぃ!」  パチンと指を鳴らして、ナップがにんまりと笑う。その笑みに「来るぞ」とベルフラウ は警戒する。彼がこういう笑いをした後は、 「ま、お前の水着になんか期待してねぇから、気楽にな。アリーゼ一人で、女三人分はイ ケるか――つうっ!」  今度は、外さなかった。                                    続く